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5 レントラー公爵家へ


 

 王に寵愛を受ける魔女。社交界ではそう呼ばれている。


 三十年前、今の国王の病を治し王族から信頼を得た。そして五年前も王太子に同じ事をし、更にその地位を盤石にさせた。


 何十年も姿が変わらず、王族から譲り受けた屋敷には、恐ろしいほど美しい使用人しかいないという。その使用人達も黒魔術で洗脳されているのでは、そう皆は噂している。


 俺は噂話は好きではないし、その娘も周りから嫉妬されて悪い噂が広まったのだと思った。……だが弟の代わりに王太子の側近となった三ヶ月前。王族か一部の側近しか立ち入れない城の温室に招待されたその娘と、娘に蕩けるような目線を向ける殿下を見て、それはあながち嘘ではないと思った。


 幼い頃から仲の良かった殿下は、他人にも自分にも厳しく、次期王としての威厳を持っていた。あんな教養がない娘に、笑顔を向けたり甲斐甲斐しく世話をする人じゃなかった。完全に骨抜きにされている。

 しかも殿下だけではない。殿下の父である国王陛下もこの娘だけには特別甘やかしている。先代から今まで、三十年間も娘に資金的に援助をしているのだ。確かに王族の病を二人も治した功績はあるが、それでも異常な支援額になるだろう。


 国の絶対的な権力者に寵愛を受け、それをさも当たり前の様に享受する。そんな姿を見て、あの娘に優しくしろと言われても無理だ。



 


 朝。レントラー公爵家の門の前に、異常なほどに大きな黒い馬に引かれて、黒い馬車がやって来た。

 あまりの大きさの馬と、御者も居ないのに動く馬車に、父が不在なので使用人達は慌てて俺の元へやって来た。だが俺はその持ち主を知っているので、大きくため息を吐きながら家の正面玄関へ向かった。





「ご主人様、段差がありますので手を」


 低い声を出しながら、馬車の中から出て来た青年。艶やかな黒髪を持つ赤目の、見惚れてしまうほどに美しい青年で、髪色と同じ黒の執事服がよく似合っていた。

 青年の手を借りながら、馬車の中からもう一人出てきた。焦茶色の肩につくほどの髪、闇の様な底のない黒い目。深緑の質素な飾りしかないドレスを着ている娘。

 殿下の命令でなければ会いたくなかった娘、イヴリンだ。


「ありがとう、サリエル」


 見た目は10代後半だが、三十年前も全く同じ姿だったと、長年城に勤めている使用人は怯えていた。うちの使用人達の中でも魔女の噂は聞いた者は多いのだろう。美しい青年と共に現れた娘に、皆真っ青な表情になった。


 娘はそんな事も知らず、玄関で立っている俺に向かって微笑んだ。


「お早うございます。昨日お伝えした通り、調査に参りました」

「…………ああ、分かっている」


 ……最悪だ。娘が微笑んだ表情は、少し好ましいと思ってしまった。








◆◆◆






 私の事が嫌いなパトリックも、流石に王太子が提案した調査には何も言えないのだろう。絶対に難癖付けて帰されると思ったが、夫人の侍女をしていたメイドと一緒に現場を見る事を許された。


「奥様はとてもお優しい方で、こ、こんな私にも良くしてくださって……」


 メイド、物凄い私に怯えている。廊下ですれ違う他のメイドも、サリエルを見て頬を赤くさせて、私を見て真っ青にしている。魔女と怯えられるのは、いつもの事だがらもう気にしていない。何ならこの場で魔女っぽい事してやろうか?なんかこう変な呪文を言い出すとか、何も起きないけどな!!


 そんな事を考えていると、夫人の部屋に着いたらしい。メイドは震えた手で鍵穴に持っていた鍵を通し、ゆっくりと扉を開いた。


「こ、ここが奥様のお部屋、です。事件後から、何も移動させて、お、おりません」

「ありがとうございます。中に入らせて頂きますね」

「も、もちろんです!!」


 あまりの怯え様になんか可哀想になってきたが、彼女にはこのまま部屋の案内もしてもらいたいので、そのままついて来てもらう事にした。大丈夫だよ、私は食べないから、私は。


 中は、流石公爵家夫人の部屋だけあって豪華だった。素人目でも全ての家具が一級品だとわかるし、無造作に大粒の宝石で出来たネックレスなどが置かれている。ベッドも何人で寝るの?ってくらい広い。完全に気品ある貴族の部屋だ。可笑しいなぁ、うちの屋敷も元々は王族の別宅なのに、なんで私の部屋はあんな庶民的なんだ?


「庶民がそこで寝ているんですから、当たり前じゃないですか」

「サリエル?心を読むのはいいけど一言多いなぁ?」

「真実です」


 サリエルに突っかかろうとしたが、思いっきり頭を鷲掴みされる。なんかミシミシ音が聞こえる。



 ……気を取り直し、私は壊れたように震えているメイドへ問いかけた。

 


「夫人はどの辺りで亡くなっていたのですか?」

「奥様は、えっと……確かこの辺り、ベッドのすぐ下です」


 メイドが指差した場所を見ると、そこだけ絨毯に皺が出来ていた。恐らく首を絞められた際にもがき苦しんだのだろうか。その場所に座り周りを見ると、ベッドの下、奥に何か光るものが見えた。私はメイドに了承を得てそれを取ると、それは髪飾りだった。


 それを見たメイドは、何かを思い出した様に声を出した。


「その髪飾り、奥様がとても大切にされていたものです!」

「貴族の夫人が好む様な、宝石も何もついていないのに?」

「ええ!《何でも頂き物みたいで、毎日その髪飾りを嬉しそうに眺めていました》!」

「……誰に、何処で贈られたのかはわかりますか?」

「いいえ、それは私にも何も……」


 途中でメイドの声が、ノイズがかった声に変わる。つまりこの髪飾りを渡した相手は、悪魔に関わっている可能性が高い。


 宝石ではなく、色とりどりの硝子細工が飾られた美しい髪飾り。だが社交界では、女性は多く宝石を付ける事が好ましいとされている。それは自分の家の裕福さを知らしめる為だ。中央区に住む公爵家の夫人なら尚更、硝子細工しかない髪飾りを公でつける事も、何ならプラベートでも出来ないかもしれない。


 そんな付ける事が一生ないであろう髪飾りを、夫人は大層大切にして、そして何故かその髪飾りはベッドの下に放り投げられていた。


「サリエル。この髪飾りが何処で作られているか、調べてほしい」


 後ろで見守っていたサリエルは、無表情のまま首を傾げた。


「それは、契約の四番目の執行になりますが、よろしいですか?」

「それでいいよ」


 サリエルはそれ以上何も言わず、髪飾りの詳細を調べる為に部屋から出ていった。







 その後は目ぼしい物はなく、メイドも声が変わる事もなかった。あの部屋で悪魔に繋がる手がかりなのは、髪飾りだけなのだろう。


 私はメイドにお礼を伝え、家でサリエルの調査結果待ちをする為にも、公爵家を出ようとした。周りでお見送りをする使用人達は皆震えている。そんな震えるなら見送らなくていいんだが?それともジョークか?なんかボケようか?


 そのまま扉のドアに手をかけ開けようとしたが、それを阻止するように、扉を突然現れた手に抑え込まれた。


「おい、挨拶もなしに帰る気か?」

「げっ」


 扉を抑えたのはパトリックだった。相変わらず虫でも見るような、険しい表情を向けてくれる。私は冷や汗をかきながら彼に愛想笑いを浮かべた。


「おっ、お忙しいと思いまして……」

「母上が大切にしていた髪飾り、俺も知らなかった」


 何でそれを!?勢いよく振り向きあのメイドを見ると、震えて涙を浮かべながら床に倒れた。周りの使用人達は「魔女に生気を吸われたんだ」と囁いている。……えっ、これ私悪いの?

 パトリックはメイドを見て、大きくため息を吐きながらドアを抑えていた手を離す。


「あのメイドは悪くない、俺が報告しろと命令していたんだ」

「……はぁ、私を監視されていたんですね?」

「貴様の様な女を我が家に入れるんだ。当たり前だろう」


 今頭の中でこの男の顔面に、二発拳をお見舞いした。


「そうですか〜じゃあ帰ります〜」

「おい待て、あの髪飾りに何があるのか教えろ」

「調査中です〜言えません〜」

「………貴様、俺を公爵家嫡男と分かってその態度か?」

「嫡男ってだけで爵位ないでしょ?私と同じ平民みたいなもんじゃん」

「き、貴様なぁ!?」


 綺麗な顔を真っ赤にして怒りを向けている。いやーもう知らん知らんこの男。次男の方がよっぽど性格良かったわ。これで罰が与えられるのであれば喜んで受け入れよう。代わりにこの男の綺麗な顔が、私の拳のお陰で腫れ上がるだろうがな!


 周りの使用人が慌てているが、私とパトリックはお互いを睨み続けた。その後もまぁ酷い暴言を吐くこの男に、私は負かす様に言い返してやった。


 最終的には何も言い返せなくなったパトリックは、私を玄関外で投げ捨て、聞き取れないほどの早口で罵詈雑言、つまり負け犬の遠吠えをして扉を勢いよく閉めた。はっ!十代の若造が、三十は確実に超えている私に勝てると思うなよ!?バーカ!!




 そのまま勝利の悦に浸りながら馬車の扉を開けると、そこには既にサリエルがいた。余にも気配がなく驚いて叫んでしまう。

 だがサリエルは全く気にせずにこちらを見つめ、口を開いた。


「ご主人様、御用命の情報を調べて参りました」

「い、いつもより早いね!?」

「ええ、思いの外簡単でしたので」


 いつもなら悪魔の彼でも三時間はかかっているが、今回はまだ一時間も経っていない。早すぎる。どうした、何処となく彼の顔も明るい気がする。無表情だけど。


 サリエルはそのまま見つめたまま、もう一度口を開く。


「ご主人様、対価を要求します」

「……う、うん。いつもみたいに血でいい?」


 契約の四番目、契約者である私は、契約した五人の悪魔へ、ある程度の対価を条件に手を貸してもらう事が出来る。但し強い痛みはなしで。

 大体皆、血とか髪の毛とか、私の体の一部を求めてくる。サリエルもよく血を求めてくるので、今回もそうだろうと手を差し出した。




 が、彼は首を横に振った。



「今回は違うもので」

「違うもの?何がほしい………のぉぉっ!?」


 最後まで告げる前に、サリエルに勢いよく腕を引っ張られる。そのまま馬車の扉は閉められ、それが合図の様に、御者もいないのに馬は動き始めた。


 


引っ張られた先はサリエルの膝の上だった。余りの衝撃に言葉が出ずに固まる。彼はそのまま私の頬に手を添えて、美しい顔を近づけていく。そして、呟くように声を出した。


「舌をしゃぶらせてください」

「はぁ!?」


 ま、まさか今回の対価それ!?おしゃぶり!?

 とんでもない要望に顔がどんどん赤くなっていくが、そういえば昨夜、ケリスがそんな事を言っていた事を思い出した。


「まさか昨夜の、ケリスのあの発言か!?」

「はい、確かにご主人様の舌の味は最高だろうと思いまして」


 顔をどんどん近づけるサリエルは無表情のままだが、言葉はいつもよりも軽い。めっちゃウキウキしてるこの悪魔。


「ご主人様、舌を出してください」

「も、もっと他の健全そうな対価は駄目かね!?」

「駄目です、舌を出してください」

「いつもみたいに血でいいじゃん!?何でこんな小っ恥ずかしい事を!!」

「舌を、出して、ください」



 地を這うような声を出し始めるサリエルに、私は首まで赤くして下を向いた。


 だが、対価の変更は契約者にはできない。………暫くして心を落ち着けた私は、勢い良く彼に顔を向ける。


「チクショウ!!せいぜい味わえ!!!」


 先程、あれほど馬鹿にした負け犬の遠吠えをしながら私は、サリエルに向けて舌を思いっきり出す。



 そんな私を見て、サリエルはほんの少しだけ口元に弧を描く。





「………嗚呼、やっぱり美味しそうだ」




 妙に色っぽい声を出しながら、サリエルは私の舌に食らいついた。

 ……………舌しゃぶりは、そのまま屋敷に着くまで続いた。


 


 ステラ、本当にべしょべしょぐしょぐしょにされたよ………。




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