表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/193

56 使われた忠誠心

10/4 ものすごいミスをしておりましたので、一部変更しております。



 辺境の魔女、その通り名は誰でも知っている。


 黒魔術で国王陛下と王太子殿下の病を癒し、王室の信頼を勝ち得た魔女。

 それだけでなく、娘は我が中央区自警団やルドニア軍隊でさえ証拠を見つけれなかった、レントラー公爵夫人の殺人を解決に導いた。そしてハリス領地で長年隠されていた大量虐殺も解決させた所で、その功績を認められ、最高勲章である白百合勲章を平民で初めて得た娘。



 俺がこの娘を見たのは八歳の時、そこから十数年経つが見た目が全く変わらない。陛下達を癒した聖女と思っている者もいるらしい。馬鹿げた話だ。


 五年前、あの娘が王太子殿下をもっと早く癒していれば、ヴァドキエル家は莫大な慰謝料を払ってまで、アリアナを殿下から離す事はなかったのだから。


 最近では貴族社会でも、この娘を邪気に扱うのではなく、自分の家に取り込んだ方が得なのではと考える者も出て来た。その筆頭としてレントラー公爵家だ。

 あの家は娘に恩義がある為か、先日の勲章式で次期公爵がアリアナから娘を庇っていた。極秘に処理された先代の愚行で多少は地位も落ちた様だが、それでもこの国ではウィンター公爵家と並ぶ権力を持っている。


 今の仮の公爵である、中央区を牛耳る商人エドガー・レントラーもだ。中央区にある彼の家から何度かこの娘が出入りしているのを、見回り中の団員が何度も目撃している。この前は早朝に家から出て来たのを見た者もいた。



 周りの権力を傘にして、他人の知恵を借りお遊びの様な探偵をしながら、のうのうと暮らしている魔女。

 殺人の容疑者として拘束した時も、即刻王権が使われ釈放された賤しい娘。……そして、俺の従姉妹を呪った悪女。





 そんな娘が、何の用かこの中央区自警団にやってきた。団長である父上は、自分の尊敬する兄ヴァドキエル侯の娘が、魔女により精神を病んで部屋から出てこれなくなっている事を相当恨んでいる。

 ……だから、娘の要求など、話など聞かないつもりだったのだ。小娘には耐えられない程の殺意を出しているのに、娘は何も気にせずに話をした。それが更に苛立ってしょうがない。


 


 だがその結果、魔女は俺達を陥れる言葉を並べていった。




 父上の目の前に出される金の指輪。我が中央自警団の紋章が掘られた、団員の身分証でもある名誉ある初めの勲章。この指輪を粗末に扱うのは、自警団員の誇りを捨てるのと同じ。だから団員達は皆決して外す事はなく、指輪を大切に扱う。


 打ちひしがれる父上を尻目に、娘は部屋の端にいた団員を見た。先程から父上の威圧に恐れ震えていた団員だったが、娘に見られた事で更に震えている。


「てっきり、私は自警団全員が共犯だと思っていました」


 その言葉には、父上はピクリと体を反応させて娘を見た。その表情は怒りで歪んでいる。

 だが娘は全く気にせず、流し目で父上を視界に入れた。


「陛下がヴァドキエル家の反逆罪をなかった事にしても、ヴァドキエル家の汚名と、アリアナ様に至っては「魔女に呪われた令嬢」として広く知れ渡ってしまった。その恨みで兄であるヴァドキエル侯に頼まれ、団員を送り込んでいるのかと」

「私が私利私欲で!誇り高き自警団員を手駒に使うなど馬鹿馬鹿しい!!」

「ええ、その通りです。閣下は今回の騒動には関係ない」


 小さく息を吐いた娘は、もう一度団員を真っ直ぐ見た。

 彼は怯えて顔を真っ青にしていくが、娘はその反応に微笑み、彼の元へ歩き始めた。


「中央自警団が関わっていると判明した際、私は中央区に詳しい知り合いに、自警団員の中で私と関わった事がある者。もしくは団員の家族でいるか調べてもらいました。……マイク・ベイカー様。貴方はヴァドキエル家の反逆を証言した、マーサ・ブラウン様の叔父ですよね?」


 マーサ・ブラウン。ヴァドキエル家と親交があった伯爵家の末娘だ。

 彼女はアリアナを庇護し、あのお茶会で魔女を非難した。……だが、魔女の呪いに掛けられたアリアナを見て、自分の身を案じて王室へ証言している。

 その事でヴァドキエル侯はブラウン家を見限り、ブラウン家への援助を取りやめたのだ。


「貴方の姪は、私を恐れヴァドキエル家を王室に売った。その所為でヴァドキエル侯は私を罪に問えなくなり、侯爵は裏切り者のブラウン家への事業援助を取りやめた。実家のブラウン家から援助を得ていた貴方は、贅沢な暮らしが出来なくなる可能性に、相当焦ったでしょう」


 どんどん近づくにつれ、ベイカーは唇まで震え始めている。


「私の首をヴァドキエル侯へ渡せば、またヴァドキエル家は援助をしてくれる。そう思った貴方は、仲間の団員達に「姪は、魔女に脅され無理やり証言した。全ては団長のご実家、ヴァドキエル家を陥れようと企んでいた魔女の所為」「このままでは団長も、辺境の魔女の餌食になってしまう」と言ったそうですね?拷問した団員の一人が教えてくれました」


 ベイカーは何も反論をしない。……それは、娘の言っている事が正しいと言っているようなものだ。

 娘はベイカーから目線を離し、ずっと娘を睨みつけていた父上を見た。


「暗殺者としてやって来た団員達は、何故素性が分かる勲章の指輪を付けて私の元へやって来たのか。……それは殆どの団員達が皆、これが主君の為に行う、()()()()()()だと思っていたからです。だから拷問も必死に耐えた。忠誠を誓う主君に、罪を被せる訳にはいかないから」


 淡々と告げる娘に、父上は机の上にある無数の指輪を、自分に忠誠を誓った団員達の形見を眺める。……やがて父上らしくない、弱々しいため息を吐いた。


「団員は殆ど、南区の捨て子や、浮浪者を拾い鍛えた者達だ。……皆私に恩義を感じ、中央区自警団としての誇りを持っていた」

「成程、南区出身の人間は学がある者が少ない。だからベイカー様の言葉を、一部の団員は疑いもなく信じてしまったんですね」

「……剣よりも先に、知識を与えるべきだった」


 父上は何回か深呼吸をすると、眼光を鋭くさせ顔を上げた。

 その目線の先には、震え声を出せずにいるベイカーがいる。


「本日限りで、マイク・ベイカーの自警団員の任を解く。それと同時に、貴様を殺人教唆の罪で拘束する」

「さ、殺人教唆!?ぼ、僕はただ姪から聞いた言葉を……噂を皆に教えただけで!!」

「貴様は文字が書けない団員の為に、小銭を貰い出勤記録や書類を書いているだろう。……五名ほど、体調不良や家族の事情といい休暇届を出している者達がいる。その文字は全て同じ筆跡だが、貴様が代わりに書いてやったのだろうと気にしていなかったが……」


 その続きは告げられなかったが、ベイカーは父上の鋭い眼差しに怯え、床に座り込んでしまう。

 ……おそらくこの男は、魔女の屋敷へ行ったきり帰ってこなくなった者達を、問題にならない様に休暇だと処理していたのだろう。俺や父上に不審がられ、魔女を殺す前に発覚するのを恐れたのだ。……全ては、自分の遊ぶ金の為に。其の為に我が同志達の忠誠心は使われたのだ。



 それからベイカーは、ただただ震えるみっともない姿を晒し続けた。

 呼ばれて来た団員に拘束されたベイカーは、右手に付けていた勲章の指輪を抜かれ、団員達と共に部屋を後にした。



 その姿を俺も父上も、そしてイヴリンも無言で見つめていた。








 ◆◆◆






 フォルとステラが勲章の指輪を見せて来た際、私は使用人達へ暗殺者の指を確認する事、そしてヴァドキエル家との関わりがないのか、拷問で聞くように言いつけた。


 指輪は中央区自警団のもので、その自警団はヴァドキエル侯の弟が団長を勤めている。……まさか、家族総出で私を殺そうとしているのか、そう身震いしたものだ。



 そこから数日後、ある暗殺者がとうとう口を開いた。

 団長への盲目なまでの忠誠心、そして私を殺そうとした理由。……全てを聞いて、私は目の前の、指を全て折られた暗殺者に同情した。


……まぁ、まさかあの証言してくれた令嬢の一族が元凶だとは、自警団へ向かう前にエドガーに受け取った名簿と、ベイカーの書類を見るまで考えもしなかった。団長への忠誠心から発言し、団員を鼓舞したベイカー。……ではなく、自分の金のために人を欺いていたとは。なかなか悪役じゃないか。


 サリエルとレヴィスは、また私がエドガーと取引していたのに腹を立て、腿を好き勝手弄くってきた。しかもサリエルに至っては、回りくどい事をするなと怒られてしまった。いや猪突猛進共に言われたくない。




 ベイカーが拘束され部屋から出た後、後ろから苛立ってる様な息遣いが聞こえる。その方向を見れば、ギデオンが此方を恨めしそうに睨んでいる。……だが、先程よりはやや穏やかになった気がする。



「……望みはなんだ?」



 絞り出す様に告げる言葉。……そう、私はこの言葉を待っていたのだ。

 中央区自警団の団員が、魔女と呼ばれているとは言え一般市民を暗殺しようとしていた。これが世間に知れ渡れば大混乱だ。ひょっとしたら他の区自警団にも影響が出るかもしれない。



 私は今、この男に最大の切り札を持っている。

 その事実に感動しつつ、私はギデオンに向けて口を開いた。




「私を、ヴァドキエル侯に会わせてください」




 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ