表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/193

55 中央区自警団


 朝食に鯖のサンドウィッチを食べた後、私はサリエルとレヴィスを連れて中央区へ向かった。


 先日の反省をして、馬車の窓は開けていつでも脱出できる様にしている。

 窓から入る空気が心地よい。外の景色と共に堪能するこの時間。素晴らしい朝だ。



 だがそんな私を見つめる、右隣のサリエルは相変わらず無表情だが、少し不機嫌そうに見える。小さくため息をついたと思えば、サリエルは右腿に触れながら顔を近づけた。おい自然にセクハラをするな。揉むな。


「何も、こんな周りくどい事をしなくてもいいのでは?僕達に命令すれば、ヴァドキエル家を潰す事なんて簡単ではないですか」

「それは物理的に潰すでしょ?私がしたいのはそういう事じゃないの。あと腿触るのやめてくれないかな?」


 悪魔に頼めば快く引き受けてくれるだろうが、潰すの意味が全く違う。

 翌日の新聞の一面に、ヴァドキエル一家が皆殺しにされている。……なんて恐ろしい内容の記事が載ってしまうのだろう。流石にそこまでは恨んでいない。あと絶対私の所為だと噂される。


 右腿の感触に顔を引き攣らせていると、突然左腿にも触れる、というか鷲掴みにする感触がある。優しさが一切ない乱暴な手付きをしているのは、左隣にいるレヴィスだ。お前もセクハラするな。叩くな。


「楽しそうだし、たまには周りくどくてもいいだろ?主の我儘を聞くのも、使用人の勤めだしな」

「有難うレヴィス。腿触るのやめてくれるかな?」

「だがこれは危険すぎるだろう。ご主人様が怪我でもしたらどうするんだ?」

「そうさせない為に、今回は俺とアンタがお供をしているんだろ?全く、過保護のフリも大概にしとけよ。主を監禁をする為に迎えに行った時だって、屋敷に戻るまでにこの馬車で一体何をしてたんだが」

「ご主人様が上書きして欲しいと命令されたんだ。契約者に従うのは当然だろう?」

「よく言うよ、脅して無理矢理言わせた癖に」

「……お前も、この前のお供では同じ事をしていただろう?知らないと思っていたのか?」

「俺は命令されてないさ。可愛い主が、俺におねだりしてきたんだよ」

「それをさせる為に、一体どんな事をしたんだか」



 私の言葉を無視して、サリエルとレヴィスは意味のない口喧嘩で火花を散らしている。なんて下品な悪魔達なんだ。私が求めただ求めてないだ。どうでもいいだろう終わった事など。


 右側から蛇の威嚇と、左側から煙が見えた所で。私は大きくため息を吐きながら、外の素晴らしい景色を眺めていた。










  《 55 中央区自警団 》








 このルドニア国には、騎士という称号は存在しない。代わりにあるのは、軍と自警団だ。

 王族と、ルドニア国全ての公安を守るのがルドニア軍隊。国ではなく地区や街に存在し、区切られた場所の治安を守るのが自警団だ。今回は中央区の自警団に用がある。


 目的地である中央区自警団の詰所に着くと、私はサリエルとレヴィスを窘めながら馬車を降りた。ここまでずっと口喧嘩をしていたのだから、本当に仲が悪い。


 私が来る事は連絡を入れているからか、御者のいない馬車から私が降りてきても、詰所の門にいる自警団員達は驚いていない。むしろ睨んできている。おうおう、いい出迎えだ。

 ここに来たのは、キャロン殺害の冤罪を掛けられそうになり、牢屋に入れられた時以来だ。……王権で無理矢理釈放されたのが、真犯人が捕まった今でもそれを恨んでいるのもあるのだろう。恨むんじゃなくて謝ってほしい。冤罪だぞ冤罪。

 気を取り直して、私は精一杯の社交辞令の笑顔を彼らに向けた。


「イヴリンと申します。速達で連絡が入っていると思いますが、今日は団長にお話がありこちらへ参りました」


 あからさまに睨んでいるのに、何の反応もなかったのが意外だったのだろう。団員達はやや驚きながらも、渋々頷きながら団長室まで案内してくれた。



 詰所には多くの自警団員がおり、皆私を睨んだり怪訝そうな顔を向けてくる。だが後ろから付いてくる美形二人には驚いて、人によっては頬を赤くする者もいた。

 

 ああ、よかったケリスを連れて来なくて。

 牢屋にケリスと捕まっている際、私の縛られた姿を見て興奮している変態メイドを、団員達は牢屋の外からねっとりとした熱い視線を向けていたのだ。その目線が恐ろしすぎて、私はちょっと泣いてしまった。そしたらケリスは大興奮していた。あのメイドはもう駄目だ、末期だ。


 どうやら団長室に着いたようで、前を歩いていた団員がドアを数回ノックしている。中から中年男性の声が聞こえると、団員はドアを開けた。



 部屋の中は、奥に執務机と、その手前にソファが置かれている質素な部屋だった。

 だがその執務机の椅子に腰掛け、こちらを恐ろしい形相で見つめる中年男性と、その後ろに同じ表情の青年がいる。どちらも強い威圧感を放っているので、ドアを開けた団員は小さく悲鳴を上げていた。


 鍛えられた逞しい体付き、やや白髪の入った燃えるような赤髪の中年男性。彼の名前はギデオン・ヴァドキエル。ヴァドキエル侯の弟で、中央区自警団の団長をしている。

 その後ろにいる青年もギデオンと同じ赤髪、似た顔立ちなので彼の息子だろう。自警団員の服装がよく似合う、やや品のある青年だ。


 こちらの観察していた視線に気付いたのか、ギデオンは更に顔を歪ませながら、ゆっくりと口を開いた。


「王室を誑かす不純な魔女が、私に何の用だ?」


 うわぁ懐かしい。パトリックも昔はこんな感じだった。だが威圧感が全く違う。身体中がヒリついてしょうがない。

 私は一度深呼吸をしてから、後ろにいるサリエルが持っていた鞄の中から、少し小さめの紙袋を受け取った。


「お時間を取らせてしまい申し訳ございません。……実は、最近屋敷に、私の暗殺を企んでいる輩が毎日の様に来ておりまして」

「それが何だ?魔女殿は大層嫌われ者なのだから、何処かで恨みでも買っているんだろう。中央区外は管轄外だ。他を当たれ」

「ええ、普通の暗殺者なら、私もわざわざここまで来ていません」


 その言葉に怪訝そうな表情を見せるギデオンの元へ、私は紙袋を持ち彼のそばへ向かう。

 それには後ろにいた青年が、腰に付けている剣の鞘に触れながら迎え撃とうとしたが、ギデオンが手を伸ばし行動を止めた。……ありがたい。あのまま此方へ向かっていたら、後ろで何時殺そうか考えているであろう悪魔達が、彼の喉を掻っ切っていただろう。


「暗殺者は全員、捕らえ拷問をしました。とても精神が強い者達ばかりで、手足の指をなくしても依頼者を割らなかった者もいます」

「……下衆が」

「私も、使用人達も犯人探しに必死なんです」


 ギデオンの前にたどり着いた私は、紙袋を彼の執務机の上でひっくり返した。そこから出て来たものに、ギデオンも青年も驚愕する。


 紙袋から出したのは、金の指輪だ。それも何個もあり、全てに血が付いている。

 その指輪の意味を分かったのだろう。ギデオンは驚愕したまま固まっている。……私は、そんな彼らへ話を続けた。


「ある暗殺者を拷問中、腹を割り内臓を出した際にこの金の指輪が胃から出て来ました。……恐らく、自分が捕らえられると分かった暗殺者は、自分の身元が分かるこの指輪を飲み込んだのでしょう」


 本当はフォルとステラが暗殺者を食べている際に「なんか硬いの出て来たー!」と持って来たのだが。まぁ生きたまま踊り食いをしていたので、間違ってはいないだろう。


「この指輪は、自警団員となった者が区団長から受け取る最初の勲章。団員は必ず指に付ける事を義務付けられたものです。……そして私は、使用人に暗殺者を捕らえる際、必ず指を確認する様に言いつけました。……そうしたら、この通りです。指輪をつけていない者には執拗に拷問した所、先に襲撃へ向かった者が帰ってこない点を考え、指輪を外して来た事も自白しています」

「……………」

「この指輪の紋章は、全て区によって違う。……この指輪は全て、中央自警団のものです」


 大きな音が鳴る。ギデオンは動揺し、顔の血の気がなくなり真っ青な表情をしながら、両手で机を強く叩いたのだ。


「父上!!」


 そばにいた青年が、慌ててギデオンに叫んでいる。やはり子息だったか。

 

 肩を大きく揺らしながら呼吸をし続けていたギデオンは、やがて下を向いたまま呟く様に声を出した。


「貴様なんぞを、私の団員が暗殺を企んでいただと……そんな事……」

()()()()()()()()()、この様な事態になったんですよ。ギデオン・ヴァドキエル閣下」


 顔を上げて此方を見るギデオンを尻目に、私は後ろを向いた。




 後ろの悪魔達……その後ろにいる、誰よりも真っ青な表情となっている、門番の団員を見た。




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ