55 中央区自警団
朝食に鯖のサンドウィッチを食べた後、私はサリエルとレヴィスを連れて中央区へ向かった。
先日の反省をして、馬車の窓は開けていつでも脱出できる様にしている。
窓から入る空気が心地よい。外の景色と共に堪能するこの時間。素晴らしい朝だ。
だがそんな私を見つめる、右隣のサリエルは相変わらず無表情だが、少し不機嫌そうに見える。小さくため息をついたと思えば、サリエルは右腿に触れながら顔を近づけた。おい自然にセクハラをするな。揉むな。
「何も、こんな周りくどい事をしなくてもいいのでは?僕達に命令すれば、ヴァドキエル家を潰す事なんて簡単ではないですか」
「それは物理的に潰すでしょ?私がしたいのはそういう事じゃないの。あと腿触るのやめてくれないかな?」
悪魔に頼めば快く引き受けてくれるだろうが、潰すの意味が全く違う。
翌日の新聞の一面に、ヴァドキエル一家が皆殺しにされている。……なんて恐ろしい内容の記事が載ってしまうのだろう。流石にそこまでは恨んでいない。あと絶対私の所為だと噂される。
右腿の感触に顔を引き攣らせていると、突然左腿にも触れる、というか鷲掴みにする感触がある。優しさが一切ない乱暴な手付きをしているのは、左隣にいるレヴィスだ。お前もセクハラするな。叩くな。
「楽しそうだし、たまには周りくどくてもいいだろ?主の我儘を聞くのも、使用人の勤めだしな」
「有難うレヴィス。腿触るのやめてくれるかな?」
「だがこれは危険すぎるだろう。ご主人様が怪我でもしたらどうするんだ?」
「そうさせない為に、今回は俺とアンタがお供をしているんだろ?全く、過保護のフリも大概にしとけよ。主を監禁をする為に迎えに行った時だって、屋敷に戻るまでにこの馬車で一体何をしてたんだが」
「ご主人様が上書きして欲しいと命令されたんだ。契約者に従うのは当然だろう?」
「よく言うよ、脅して無理矢理言わせた癖に」
「……お前も、この前のお供では同じ事をしていただろう?知らないと思っていたのか?」
「俺は命令されてないさ。可愛い主が、俺におねだりしてきたんだよ」
「それをさせる為に、一体どんな事をしたんだか」
私の言葉を無視して、サリエルとレヴィスは意味のない口喧嘩で火花を散らしている。なんて下品な悪魔達なんだ。私が求めただ求めてないだ。どうでもいいだろう終わった事など。
右側から蛇の威嚇と、左側から煙が見えた所で。私は大きくため息を吐きながら、外の素晴らしい景色を眺めていた。
《 55 中央区自警団 》
このルドニア国には、騎士という称号は存在しない。代わりにあるのは、軍と自警団だ。
王族と、ルドニア国全ての公安を守るのがルドニア軍隊。国ではなく地区や街に存在し、区切られた場所の治安を守るのが自警団だ。今回は中央区の自警団に用がある。
目的地である中央区自警団の詰所に着くと、私はサリエルとレヴィスを窘めながら馬車を降りた。ここまでずっと口喧嘩をしていたのだから、本当に仲が悪い。
私が来る事は連絡を入れているからか、御者のいない馬車から私が降りてきても、詰所の門にいる自警団員達は驚いていない。むしろ睨んできている。おうおう、いい出迎えだ。
ここに来たのは、キャロン殺害の冤罪を掛けられそうになり、牢屋に入れられた時以来だ。……王権で無理矢理釈放されたのが、真犯人が捕まった今でもそれを恨んでいるのもあるのだろう。恨むんじゃなくて謝ってほしい。冤罪だぞ冤罪。
気を取り直して、私は精一杯の社交辞令の笑顔を彼らに向けた。
「イヴリンと申します。速達で連絡が入っていると思いますが、今日は団長にお話がありこちらへ参りました」
あからさまに睨んでいるのに、何の反応もなかったのが意外だったのだろう。団員達はやや驚きながらも、渋々頷きながら団長室まで案内してくれた。
詰所には多くの自警団員がおり、皆私を睨んだり怪訝そうな顔を向けてくる。だが後ろから付いてくる美形二人には驚いて、人によっては頬を赤くする者もいた。
ああ、よかったケリスを連れて来なくて。
牢屋にケリスと捕まっている際、私の縛られた姿を見て興奮している変態メイドを、団員達は牢屋の外からねっとりとした熱い視線を向けていたのだ。その目線が恐ろしすぎて、私はちょっと泣いてしまった。そしたらケリスは大興奮していた。あのメイドはもう駄目だ、末期だ。
どうやら団長室に着いたようで、前を歩いていた団員がドアを数回ノックしている。中から中年男性の声が聞こえると、団員はドアを開けた。
部屋の中は、奥に執務机と、その手前にソファが置かれている質素な部屋だった。
だがその執務机の椅子に腰掛け、こちらを恐ろしい形相で見つめる中年男性と、その後ろに同じ表情の青年がいる。どちらも強い威圧感を放っているので、ドアを開けた団員は小さく悲鳴を上げていた。
鍛えられた逞しい体付き、やや白髪の入った燃えるような赤髪の中年男性。彼の名前はギデオン・ヴァドキエル。ヴァドキエル侯の弟で、中央区自警団の団長をしている。
その後ろにいる青年もギデオンと同じ赤髪、似た顔立ちなので彼の息子だろう。自警団員の服装がよく似合う、やや品のある青年だ。
こちらの観察していた視線に気付いたのか、ギデオンは更に顔を歪ませながら、ゆっくりと口を開いた。
「王室を誑かす不純な魔女が、私に何の用だ?」
うわぁ懐かしい。パトリックも昔はこんな感じだった。だが威圧感が全く違う。身体中がヒリついてしょうがない。
私は一度深呼吸をしてから、後ろにいるサリエルが持っていた鞄の中から、少し小さめの紙袋を受け取った。
「お時間を取らせてしまい申し訳ございません。……実は、最近屋敷に、私の暗殺を企んでいる輩が毎日の様に来ておりまして」
「それが何だ?魔女殿は大層嫌われ者なのだから、何処かで恨みでも買っているんだろう。中央区外は管轄外だ。他を当たれ」
「ええ、普通の暗殺者なら、私もわざわざここまで来ていません」
その言葉に怪訝そうな表情を見せるギデオンの元へ、私は紙袋を持ち彼のそばへ向かう。
それには後ろにいた青年が、腰に付けている剣の鞘に触れながら迎え撃とうとしたが、ギデオンが手を伸ばし行動を止めた。……ありがたい。あのまま此方へ向かっていたら、後ろで何時殺そうか考えているであろう悪魔達が、彼の喉を掻っ切っていただろう。
「暗殺者は全員、捕らえ拷問をしました。とても精神が強い者達ばかりで、手足の指をなくしても依頼者を割らなかった者もいます」
「……下衆が」
「私も、使用人達も犯人探しに必死なんです」
ギデオンの前にたどり着いた私は、紙袋を彼の執務机の上でひっくり返した。そこから出て来たものに、ギデオンも青年も驚愕する。
紙袋から出したのは、金の指輪だ。それも何個もあり、全てに血が付いている。
その指輪の意味を分かったのだろう。ギデオンは驚愕したまま固まっている。……私は、そんな彼らへ話を続けた。
「ある暗殺者を拷問中、腹を割り内臓を出した際にこの金の指輪が胃から出て来ました。……恐らく、自分が捕らえられると分かった暗殺者は、自分の身元が分かるこの指輪を飲み込んだのでしょう」
本当はフォルとステラが暗殺者を食べている際に「なんか硬いの出て来たー!」と持って来たのだが。まぁ生きたまま踊り食いをしていたので、間違ってはいないだろう。
「この指輪は、自警団員となった者が区団長から受け取る最初の勲章。団員は必ず指に付ける事を義務付けられたものです。……そして私は、使用人に暗殺者を捕らえる際、必ず指を確認する様に言いつけました。……そうしたら、この通りです。指輪をつけていない者には執拗に拷問した所、先に襲撃へ向かった者が帰ってこない点を考え、指輪を外して来た事も自白しています」
「……………」
「この指輪の紋章は、全て区によって違う。……この指輪は全て、中央自警団のものです」
大きな音が鳴る。ギデオンは動揺し、顔の血の気がなくなり真っ青な表情をしながら、両手で机を強く叩いたのだ。
「父上!!」
そばにいた青年が、慌ててギデオンに叫んでいる。やはり子息だったか。
肩を大きく揺らしながら呼吸をし続けていたギデオンは、やがて下を向いたまま呟く様に声を出した。
「貴様なんぞを、私の団員が暗殺を企んでいただと……そんな事……」
「私の団員だからこそ、この様な事態になったんですよ。ギデオン・ヴァドキエル閣下」
顔を上げて此方を見るギデオンを尻目に、私は後ろを向いた。
後ろの悪魔達……その後ろにいる、誰よりも真っ青な表情となっている、門番の団員を見た。




