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52 窘める



 ヴァドキエル侯爵家の屋敷に着くと、どうやら招待されたのは私だけではなかったらしい。屋敷の前に馬車が何台も停まっており、小綺麗にした令嬢達が続々と門の中へ入っていく。

 絶対何か企んでいるだろうと思っていたので、エドガーの店、仕立て屋アビゲイルの新作で来て良かった。去年のだと流行遅れと笑われていただろう。


 レヴィスにエスコートされながら馬車から降りると、令嬢達は美しいレヴィスを見て頬を赤くしていく。穏やかの中に危険な香りもするレヴィスの顔面は、幼い令嬢達には刺激的に見えているのだろう。全く、罪な顔を持つ悪魔達だよ。

 レヴィスは令嬢達の視線に笑って、こちらへ目を細めた。


「主も、ちょっとはあんな顔してくれていいんだぞ?」

「流石に三十年見てたら慣れる」

「澄ました顔しやがって、馬車の中ではあんなにも可愛かったのに」

「…………」


 人目がなかったらぶん殴っていた。良かったな命拾いして。


 令嬢達と同じく門の中へ入ると、流石名門だけあって煌びやかな屋敷だ。広さはうちの屋敷と同じ位だが、それでも一つ一つの造りや魅せ方が美しい。


 どうやらお茶会は中庭で行われる様で、入り口で招待状を見せると、使用人達は険しい表情で私達を見ながら、強い口調で場所を教えてくれた。

 まぁヴァドキエル家の人間には嫌われていると分かっていたので気にしないが……客人に対する姿ではないのは確かだ。すると、同じく使用人を見ていたレヴィスが、爽やかな笑顔で口を開く。


「主、殺すか?」

「絶対駄目」


 レヴィスは不機嫌そうに顔を顰めるが、こんな事で殺していたらキリがない。この家の人間が全員海に沈められてしまう。

 私はレヴィスを窘めながら、お茶会の会場である中庭へ向かった。既に始まりの挨拶をしている様で、中庭の中央には、派手な衣装を着こなすアリアナが令嬢達へ挨拶をしていた。今日は運良くドレスの色はかぶっていない様だ。


 挨拶の内容は、お茶会で決まった内容から、ヴァドキエル家の栄光、そしてこの国の情勢など。とても十五歳が話す内容ではないので驚いた。どうやらただの高飛車お嬢ちゃんではない様だ。


 彼女の挨拶が終わると周りから歓声が沸き立つ。それに酔いしれる様に微笑んだ彼女は、やがて一番奥にいた私に気づいた。

 アリアナは一瞬、虫ケラでも見るような表情になるが、直ぐに穏やかな表情となりこちらへ向かってくる。


「ミス・イヴリン!来てくれたのね。辺境に閉じこもってばかりの貴女だから、来ないかと思っていたわ」

「アリアナ様からの招待状でしたので」


 高位貴族の招待を、平民である私が断れない事は分かっている癖に。

 アリアナは私の言葉に嬉しそうに顔を緩ませていく。


「平民の貴女のお口に、貴族の食事が合うか分からないけれど、どうぞ楽しんで」

「はい、有難うございます」


 王室で今まで散々貴族の食事を口にしているし、レヴィスの作る料理はそれ以上なのだが。お嬢ちゃんに言ったら煽るだけなので黙っておこう。


 平民、その言葉だけ強く言い放った。そのお陰で周りの令嬢達はレヴィスではなく私を見る。そして皆、私が「辺境の魔女」だと気づいたのか顔を真っ青にする者もいた。

 アリアナは皆の反応を首を動かし見回し、首を傾げる。


「どうしたの皆様?……ああ、マーサ嬢どうしたの!?顔が真っ青じゃない!」


 一際真っ青になっている令嬢の元へアリアナは駆け寄った。マーサ嬢、と呼ばれた令嬢はアリアナの手を取り、震えながら口を開く。


「アリアナ様!どうして魔女をお茶会へ呼んだのですか!?」

「それは、彼女の勲章式の際に無礼をしてしまったから、謝罪も兼ねて……」

「貴女様は優しすぎます!平民の為にそこまでお心を病む必要はありません!!」

「で、でも……」

「そもそも!あの化け物が不相応な勲章を得たのはその通りでしょう!?」


 周りもマーサ嬢の言葉に同調し頷きながら、やがて私を睨みつける。

 アリアナは周りの視線と言葉に動揺しながら、困り果てた様子だ。




 ……成程、こんなに大規模なお茶会をした理由はこれか。


 先日の勲章式で、アリアナの名声はパトリックと王太后の発言により地に落ちた。だからその名誉回復として、中央区の令嬢を多く呼んだ今回のお茶会に私を招待したのだ。

 表向きは謝罪をする為。だが本当はこの猿芝居で、私に謝ろうと行動したアリアナの慈悲深さと、謝る必要はない事だと印象付けたいのだろう。プライドが高いアリアナがしそうな事だ。せっかく感心していたのに台無しじゃないか。



 アリアナは必死に演技を続けているが、口元が下品に歪んでいる。

 ……もう面倒だな。別に謝ってほしいとも思わないので、私はそのまま彼女達の思惑通り、謝罪の必要がない事と、邪魔者はお暇する事を伝えようと口を開こうとした。



 だが、その前にレヴィスの手が、後ろから私の口を塞いだ。

 その行動に驚き後ろを向こうとしたが、それと同時に前方からマーサ嬢の叫び声が聞こえたので、声の方向を向く。



 マーサ嬢は今までよりも更に顔を真っ青にさせ、私ではなく手を取っていたアリアナの顔を見て、彼女から必死で離れながら叫んでいる。それにはアリアナも、他の令嬢も唖然としていた。


 アリアナは慌てて離れて行ったマーサ嬢に近寄った。


「マ、マーサ嬢どうし」

「近寄らないで化け物!!来ないで!!!」


 アリアナの手を叩き払い除け、顔が涙と鼻水塗れになっているマーサ嬢は、腰が抜けているのか這いずりアリアナから離れている。


 皆その異常さに無言で、アリアナもどうすればいいのか分からないのか固まっている。




「どうやら、真っ青になっていたのはご主人様の所為ではなかった様で」



 沈黙を破く様に、レヴィスは後ろから愉快そうに言い放った。その言葉に皆、思わずアリアナの顔を見た。


 アリアナの美しい顔は、まるで酸を掛けられた様に皮膚が溶け、肉や骨が露になっていた。ボタボタと肉や皮膚が落ちるたび、小さく悲鳴が聞こえる。

 令嬢達は皆、マーサ嬢と同じく泣き叫び、震え、なんなら失禁する者もいた。まさしく阿鼻叫喚、地獄絵図だ。




 ……まさか、そう思い今度こそレヴィスの顔を見る為に後ろを向く。

 後ろにいた奴は、穏やかに笑いながら口元を塞ぐ手を咥内へ入れ込んできた。そのまま撫でるものだから、口の中が気持ち悪い。やめて。



「こら、駄目だろやり返さなきゃ」



 レヴィスは、腹に響く低い声で私を窘めた。




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