50 小さな嫉妬
毎月恒例である、王太子殿下のお茶会の招待を受けた私は、城の温室へ続く長い廊下を歩いている。
今日のお供であるサリエルは、涼しい顔をして優雅に後ろに付いて来ている。通り過ぎる城の使用人達が性別年齢関係なく、サリエルを見て頬を赤くしていた。
城の使用人達は貴族出身も多いので、サリエルの様な気品ある顔面は大人気だ。
だが随分前に、私がちょっと目を離している隙にサリエルに言い寄っていたメイドが、フルシカトをされて落胆していた話を皆知っているので、恐れて皆見るだけで話しかけては来ない。あの時は大変だった。本当はフルシカトではなく、苛立ちメイドを殺そうとしていたのだ。全力で止めたが。
お茶会のお誘い自体は一週間前に受けていたのだが、その時私は屋敷で監禁をされていたので行けなかった。地下の拷問部屋で二週間、その間私の話し相手は壁に磔にされていた人骨だった。名前はジョンと名付けた。やれやれ、アイツがいなきゃ狂ってたね。
「骨に一方的に話しかけている時点で、既に狂っていますが」
「サリエル、心を読むんじゃない」
サリエルに鼻で笑われるが、私は腹が立ったので無視をして歩みを進めた。
すると前から、見覚えのある顔がこちらへ歩いて来ている。深緑の髪と瞳、金縁のメガネを付けた男性。……ゲイブ・ウィンター公だ。
ウィンター公もこちらに気付いたのか、穏やかな笑顔を浮かべながら手をひらひらと向けてくる。私が睨むような目線を向けても、彼は気にせず目の前で立ち止まった。
「やぁ、ミス・イヴリン。孤児院の件、見事に片付けてくれて有難う」
「滅相もございません。こちらこそ胸糞悪い経験をさせて頂き、有り難うございます」
優雅にお辞儀をする私へ、小さく笑い声が聞こえた。
「おや、随分と辛辣だね。僕だって見過ごせなかったんだよ。神聖な教会に、中身が害虫で出来た畜生が過ごしているなんてさ」
よく言う。正体を知っていながら私へ依頼し、私の技量を確かめた癖に。
ゲイブはサリエルへ目線をうつすと、嘲笑う様な表情へ変わった。
「サマエル。まさか再び会う事になるなんてね」
レヴィスが言っていた通り、本当に知り合いだったらしい。サリエルはその言葉を無視して目線を逸らす。その反応にゲイブは面白くなさそうに目線を細くしていく。私は呆れながらサリエルを肘で小突くと、奴は面倒臭そうに二度目のため息を吐いた。
「……相変わらず、呑気に伝書鳩をしているみたいだな」
「光栄だね、僕の仕事を覚えていてくれたなんて」
「お前がわざわざ地上に来るなんて、ご主人様に何の様だ?」
「畜生に成り下がった君に、僕が言うと思ったのか?」
その言葉に、サリエルは無表情でこちらを見た。脳筋が何をしようとしているのか分かったので、私は首を横に振る。すっごい大きな舌打ちされた。いや相手公爵だぞ手出すなよ。
その光景を穏やかな表情で見ていたゲイブは、再び歩き出し私達を通り過ぎた。……だが、何かを思い出した様に立ち止まる。
「そういえば畜生退治してくれたお礼、しておいたからね」
「しておいた?」
ゲイブはそれ以上、何も言わなかった。
……そういえば、何故ゲイブはここにいるんだ?
だが、私達は温室でその言葉の意味を知る事となる。
普段通りお茶とケーキを準備していたルークは、なんと舞踏会で私に告白した記憶を消されていた。絶対に返事を聞かれると思っていたし、気まずくなると思っていたのに。えっ、何それすごい天使じゃん……天使だったわ。
今日は葡萄のタルトか。私の喜ぶ姿を、ルークは蕩けるような表情で見ていた。……本当に気持ちを隠そうとしなくなった。いや前から分かりやすかったが、それ以上だ。告白したのは忘れている様だが、この調子だとまたすぐされそうだ。
「どうせなら、恋愛感情も消してほしかった」
「イヴリン?」
「いえ何でも。……殿下、ウィンター公はどんな方なのでしょうか?」
私は向かいの席に座り、首を傾げているルークに質問した。ゲイブ・ウィンターはルークの叔父、という事になっている。それが術でそうなっているのか定かではないが、それでも私よりは地上での彼を知っている筈だ。
ルークはティーカップを持ち上げながら、やや考えるような表情をする。
「叔父上?……とても優秀な公爵で、叔父上が家督を継いでからは、ウィンター領も更に繁栄してると聞いているよ。姉の子供である僕にも優しいし……素晴らしい叔父だけど……」
「だけど?」
ルークはティーカップに口を当てながら、じっとりとした目線を向ける。
「珍しいね、君が人に興味を持つなんて」
「…………そんな事、ないですよ」
「ふーん……」
何が言いたいのか手に取るように分かるが、どう言っても面倒な事になりそうだ。ルークの目線から逃げていると、そのままじっとり見つめられていたが、ルークは何かを思い出したのか声を出す。
「そういえば、この前は父上の相手をしてくれて有り難う。久しぶりにイヴリンとゆっくり話が出来て、父上も喜んでいたよ」
先日の陛下とのお茶会の事だろう。あの時間の所為で、白百合勲章を賜ったり天使に会ったりしてしまったのだが。……確かに、陛下とのお茶会は随分久しぶりだった。懐かしい、まだ陛下が王太子だった頃は、毎週の様に呼ばれたものだ。
この世界に来たばかりで、私の拙いテーブルマナーを見て陛下……いやアレクは、面白そうに笑いながらも丁寧に教えてくれた。当時はまだ年頃の娘だったので、美しい王子様との時間は夢の様だった。今ではすっかり板についた礼儀作法や所作は、アレクが全て教えてくれたものだ。
昔の記憶を思い出していると、胸の奥がじんわりと温かくなる気がした。
「私も楽しかったと、そう陛下にお伝え頂けると嬉しいです」
ルークはそのお願いに頷いてくれたが、何故か苦笑いをしていた。
後ろで全てを見ていたサリエルも、ルークに聞こえない様に小さく小さく、三度目のため息を吐く。
お茶会が終わり、私とサリエルは屋敷に帰る為に馬車に乗っている。特にする事もないので窓の外の景色を見ているが、サリエルは馬車に乗ってから何故か、腕を組んでこちらを凝視している。
まだゲイブの事を引き摺っているのかと顔を顰めると、サリエルは突然口を開いた。
「ご主人様、口付けをしても良いですか?」
「え、嫌だけど」
「…………ご主人様が欲しがっていた、うさぎの絵柄のティーカップ。買っても良いですよ」
「あー!無性にムラムラして来たなぁー!誰かチューしてくれないかなぁー!!」
「はい、では欲求不満なご主人様。膝に乗ってください」
思いっきり転がされている気がするが、可愛いうさぎのティーカップが手に入るならいい。長年悪魔に愚弄され続けて、もう貞操概念が崩れているので恥ずかしさもない。処女だけど。
最近、人様の膝の上に乗る機会が多くなった気がする。向かいに座るサリエルが軽く自分の膝の上を叩くので、私はその場所に気にせず座った。もう慣れたもんだ。
膝に座った事により、至近距離になった美しい顔をまじまじと見る。その目線に一瞬目を細めたサリエルは、革の手袋を着けた手で私の頬に触れた。
意味不明な要望と態度をするサリエルへ、私は首をかしげて質問した。
「サリエル、どうしたのいきなり?」
私の質問へ、サリエルは顔を近づけながら口を開いた。
「……ちゃんと僕の所有物なのだと。確認したかっただけです」
何だそれ、と言い返してやりたかったが、それは優しい口付けによって言う事は叶わなかった。
だが優しいけれど、蛇の様にねちっこいのは普段通りだった。
翌日、朝起きるとベッドの横に、欲しがっていたうさぎ柄のティーカップが置かれていた。サリエル、お前はサンタさんか。




