44 屋敷に帰ると
「クソッ!クソクソクソ!!!クーーーッッッソ!!!」
「もぐもぐ、ご主人さま、さっきからクソしか言ってないよぉ?」
「もぐぐ、あのおにーさんに何かされたのー?」
エドガーの家からの帰り道、馬車の中で右手にフォル、左手にステラが私の手にしゃぶりつきながら、呆れた表情でこちらを見ている。
私は怒りが治らず自由に動く両足を忙しなく動かし、先程のエドガーの勝ち誇った表情を思い出し再び叫ぶ。
あの地下室で見たノートには、私の事が書かれていた。サリエルにより記憶を消され、それを忘れる前に殴り書きをしたのだろう。あのノートの内容と先日の狩猟大会、私が先代伯爵へ怒りを露わにした姿を見たエドガーの表情。……おそらく、彼は被虐性欲、つまりマゾヒズムの持ち主だと気づいた。
そうなれば第四の契約を使わずとも、今回の彼の失態とその欲でつついてやれば言う事を聞くのでは?万が一間違えていたとしても、まぁその時は素直に契約を使えばいいと思ったのだ。
そして実行後、結果は大当たりだった。明らかに攻められ罵られている事に興奮している。素直に要望も聞いてくれたし、こんな素晴らしい権力を持つ男が言いなりなのだ!最高じゃないか!色恋もたまには役に立つな!!
…………と思っていたが、見事に逆転され、私は結局対価もどきを払う事になってしまった。
久しぶりに賭け事に負けた、その苛立ちでずっとクソクソ言いまくっているのだ。超人的な力も持つ悪魔ではない、普通の人間の男に負けた。しかもこちらが明らかに損な約束を取り付けられたのだ。ああ、明日エドガーの家に行きたくない。でも情報は欲しい、でも行きたくない。
何とか苛立ちを抑え込んだ私は、そのまま屋敷に着くまで幼児二人に両手をしゃぶられた。屋敷の門へ差し掛かった所で、何かが駆けてくる音がどんどん近くなっているのに気づいた。
何事かと馬車の窓を見ると、窓に恐ろしい形相のケリスがいた。驚きすぎて悲鳴を上げた。いやだって、まだ走ってるんだぜ馬車?へばりついてるんだぜ絶世の美女?
ケリスはまだ走る馬車の扉を無理矢理開けると、こちらへ顔を向けて声を荒げた。
「ご主人様!!ご無事ですか!?」
「そっちが無事か?」
「予定よりお帰りになるのが遅いので、私本当に心配でっ……!」
「馬車にへばりついた理由にならないぞ」
やがて屋敷の玄関へ到着し、馬車が止まったのでケリスにエスコートされながら降りた。地面に降り立ったすぐに玄関は開かれ、中にはサリエルとレヴィスが待っていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「遅かったな主、何かあったのか?」
そこまで遅くなった訳ではないのに、先日の天使の件で余程警戒しているのだろう。私の代わりに、横にいたフォルとステラが眩しい笑顔を彼らに向ける。
「あのねぇ!しょーにんのおにぃさんの家にいたのぉ!」
「美味しいお茶を飲んだのー!」
二人の回答を聞いて、サリエルは無表情でこちらを見た。
「商人?……レントラー家の、あの代理公爵ですか?」
「そう、エドガー様。ちょっと会ってね」
「あのクソガキの家だぁ?何の用があるんだよ」
レヴィスは狩猟大会の件があってから、レントラー家の人間……というかパトリックとエドガーを毛嫌いしている。そうだよな、迷惑系彼氏だもんなお前。
そんな目の前の二人の苛立ちに気づかないのか、フォルとステラは嬉しそうに今日おきた事を話していった。人様の家に上がるのが珍しいので、沢山仲間に話したい事もあるのだろう。
私は微笑ましく思いながらその話を聞いていた。が、最後の辺りで雲行きが怪しくなった。
「なんかねぇ、ご主人さまがおにぃさんに言い寄ってたぁ」
「お願いきいてだっけー?」
「あっちょ、待って二人ともそこは端折ってい」
「それでぇ、ご主人さま言い負けしてねぇ!馬乗りになってたぁ!」
「そーそー……えーっと、何だっけ?ご主人さまとおにーさんの約束」
「もういい!もういいんじゃないかな!?そこまでにしようね!?」
慌てる私を無視して、フォルとステラは思い出す為に考え始める。私はどうにかして黙らせようと頭をひねるが、その前に二人は思い出したのか、どびっきりの笑顔を向けた。
「思い出した!ご主人さまのお願いきくかわりに、舐めさせてほしいって言われてたぁ!」
「そー!足舐めさせてほしいって!!」
…………フォルとステラの爆弾発言で、他の悪魔達は固まっていた。
私はこれ好機と思い走り出す。この屋敷は恐ろしい程広いので、逃げてしまえば暫くは安全だ。その間に言い訳を考えたい。
前とは違い、皆衝撃で固まっているので追いかけられて来ない!エドガーにより散々な目にあったので、厄日だと思っていたが最後の最後で幸運だ!あっぶねー!あのままだったら私、生きてなかったね!!
一階の廊下を走り、奥の空き部屋に入ろうと扉を開けた。勢いよく開けたので思わず転びそうになるが、そうなる前に、開けてすぐに何かの障害物にぶつかった。
柔らかくはないが硬くもない。それでいて清潔な石鹸の匂いがする。何か洗い立てのシーツにでもぶつかったのか?そう思い上を向いた。
だが目の前には、洗い立ての爽やかなものでも何でもなく、青筋を立ててこちらを見下ろすサリエルがいた。
思わず逃げ出そうとしたが、頭を鷲掴みされる。痛いよサリエルくん。
「……詳しく、お話頂けますか?ご主人様」
「………………アッ……ちょ……」
目の前の悪魔に怯えて声が出せずにいると、ぬるりと後ろから手が回される。
その手は体に触れながら、やがて耳元で息を吐いた。
「主は優しいから、レントラーのクソガキに足を舐めさせるんだったら、俺達にはそれ以上舐めさせてくれるよな?」
色気のある低い声で、死刑宣告をしてきた。ねぇどうして君たち、普段仲悪いのにこういう時だけ息ぴったりなの?
前後の恐怖にもはや気絶しかけていると、廊下から蹄の音が聞こえる。恐ろしい雄叫びの様な声が聞こえるが、これはケリスだろう。メイドが一番怖い。
私はこの後、彼らが行う恐怖の体験にどれだけ耐えれるだろうか?
いや耐えなくてはならない。私の身体中が唾液まみれになるのだけは遠慮したい。
目の前の、今にも攻め落とさんとする彼ら彼女に、私は絶望の表情を向けた。
今日の夕食は、生のピーマンと、茹でたピーマン。そして焼いたピーマンだった。
ちなみにフォルとステラも同じメニューだった。ざまぁないね!




