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41 平穏な庭



 どうやらエドガーは、責任者の居なくなった教会と孤児院の処理の為にここへ来たらしい。教会本部ではジョンソン神父の問題で追われているそうで、これ以上教会の名を汚される事を恐れ、取り壊しを検討していたそうだ。


「教会の取り壊しだけなら何とも思わないが、孤児院も一緒となると良心が痛んでね。だから教会本部と掛け合って、この教会と孤児院の権利を買い取ったんだ」


 敷地内で遊びまわる子供達を見ながら、エドガーはさも平然と教えてくれた。……買い取ったって、一体いくら積んだのだと聞きたかったが、流石に野暮すぎるので口を閉ざした。




 狩猟大会でパトリックを部屋に送る際、この青年、エドガー・レントラーの話を聞いた。

 彼の母親の実家は、戦争で敗北した異国の貴族だったそうだ。敗北した国の貴族は、身分を剥奪され平民落ちをするが、エドガーの母親は当時のレントラー公爵に見染められ後妻となった。

 だがいくら実家が元貴族だったとしても、敗北した異国の娘など貴族社会では相手にされない。エドガーを産んですぐに精神を病んだ母親は、息子と共に公爵家の別宅で過ごしていたが、暫くして自殺したそうだ。


 自分の母親が貴族社会に殺された。そう感じたエドガーは公爵家から出て行き、一平民、商人として働く様になった。目立つ容姿なので相当苦労した様だが、元々才能があったのか、見る見る内に中央区で有名な資産家となった。……そんな貴族社会を恨んでいる彼が、代理とはいえ公爵なんてよく引き受けたものだ。パトリックは「尊敬のできる、素晴らしい叔父」と言っていたが。

 



 そんな資産家エドガーが買い取ったと言っても、神父のいない教会は成り立たないので、エドガーが商談で隣国へ行った際に、偶然知り合った神父を雇う予定らしい。

 何でもその男は教会本部で神父の資格を得てから、特に教会を持たずに各国を行く当てもなく旅していたそうだ。ちなみに出会いは酒場だ。いいのかそんな神父。


 現在この教会は、唯一いるシスターが仮の責任者だそうで、今は庭でシスターが来るのを待っている。

 この前の勲章式にはエドガーも出席していた様だが、舞踏会での出来事の所為で会う事が叶わなかったらしい。いやぁよかった、あの時の私はアリアナに、ルークにパトリックに終いには天使様と、もう頭が可笑しくなりそうだった。


 シスターを待っている間、エドガーは顔を近づけて耳打ちをする。近づいた彼から香る香水の匂いは、やや香辛料が入ったような面白い匂いだった。


「ちなみに、君にジョンソン神父の調査を依頼したのは誰?」

「ウィンター公です」


 私が即座に答えを出した事が予想外だったのか、エドガーは苦笑いを浮かべた。


「……聞いた私が言うのもなんだが、依頼者の情報をそんな簡単に言っていいのかい?」

「エドガー様に隠し事をしても、無駄だと思いまして」


 横目でエドガーを見ると、美しい金色の目を細めながら意味深に笑っていた。

 このストーカー男に何を隠したとしても、また商人の情報網を使って知ろうとするだろう。その内使用人の正体もバレてしまうやもしれない。全くとんでもない男に惚れられたものだ。


「エドガー様!お待たせしていまい申し訳ございません!」


 小走りしている足音と、澄んだ女性の声が聞こえる。

 その方向を見れば、シスターの格好をした背の高い女性が慌てて向かってきている。ウィンプルを被っているので髪色は分からないが、美しい碧眼の瞳の女性だ。格好からして先程聞いた仮の責任者のシスターだろう。

 シスターはこちらへ向かってくる途中で、私の存在に気づき驚いた表情を向けた。エドガーはそんな彼女に向かって穏やかに笑いかける。


「こちらが連絡もなしに来てしまったのだから、シスターは気にしないでくれ。彼女はミス・イヴリン。私の友人で、ジョンソン神父の事件について調査をお願いしているんだ」


 エドガーはそう言いながら私の肩を抱く。……素晴らしい、この教会の現在の持ち主が依頼した事にすれば、シスター達も無下に扱えないだろう。やはりこの男は有能だ、力技で解決しない所は、悪魔達にも見習ってほしい。


 側にいたフォルとステラは、シスターへ無邪気に手を挙げて飛び跳ねた。


「使用人見習いのフォルだよぉ!」

「ステラだよー!」


 私の名前を聞いて、やや不安そうな表情を浮かべていたシスターも、可愛らしい二人を見て穏やかな表情へと変わる。


「初めましてミス・イヴリン。それに見習いのお二人も。……私はこの教会のシスターで、フェリチータと申します」

「シスター・フェリチータ。どうぞよろしくお願いします」


 シスター・フェリチータは、眉を下げて申し訳なさそうにこちらを見た。


「ジョンソン神父の事ですが……私は勿論、皆も混乱しておりまして……申し訳ございませんが、私や他のお手伝いの方への聞き込みだけで、子供達には止めて頂けると」


 私はその提案に頷いた。まだ幼い子供達が、信頼していたであろう神父があんな事になったのだ。流石に私だって多少は優しさを持っている。この三十年で、悪魔達の所為で無くなりかけているが。


「勿論です。ですがうちの見習い二人は、同じ年代の子供達と話すのを楽しみにしておりまして。事件の事関係なしに、二人を孤児院の子供達と会わせても宜しいですか?」

「ええ勿論です。……子供達も、フォルさんとステラさんに話しかけたい様で、さっきからこちらを見ておりますしね」


 シスターが嬉しそうに向く庭を見ると、確かに遊んでいる子供達は皆、美しいフォルとステラに興味津々なのかチラチラこちらを見ている。これは好都合だ。私は腰に引っ付く二人に声をかけた。


「二人とも、子供達と遊んでおいで」

「えぇ、でも……ご主人さま一人になっちゃうしぃ」

「サリエルに怒られちゃうー」

「帰りの馬車で、ペロペロキャンディになってあげよう」

「行ってきまぁす!!」

「行ってきまーす!!」


 なんて現金な奴らだ、二人とも眩い笑顔で子供達の元へ走っていった。

 その姿を見て、エドガーはこちらへ首を傾げた。


「ミス・イヴリン。……えっと、今のはどういう意味だい?」

「世の中には、知らない方が幸せな事もあります」

「……わかった、私が悪かった」


 察しがいい所は、パトリックと似ている。

 私はそのまま彼を無視して、シスターの方を向いた。


「では、まずはシスターにお話をお伺いしても?」


シスターはこちらへ小さく頷いた。


「勿論です。……ここでは何ですから、側に応接室がございますのでそちらで」


 

 私とエドガーは、シスターと共に応接室へ移動する為に歩き出した。……まぁ、フォルとステラなら上手いこと子供達から情報を聞き出してくれるだろう。舐めさせてやるんだから、レヴィスの様に隠し事はしないはずだ、多分。



 

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