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40 孤児院へ



 娘を寝室で寝かせた後、俺達は再び居間に集まった。

 まさか天使が娘に接触をしてくるのは予想外だった。本当に最悪だ。


あの天使は娘を長年探していた様だが、ここまで見つからなかったのも契約当初、他の悪魔に捕られない為に、娘の匂いを欺く術を掛けていたのが幸いしたのだろう。だがそれでも娘ほどの匂いは完全に隠しきれず、出会う悪魔に喰われそうになっていたのだが。


「サリエル、貴方はあの天使がご主人様を狙っているのを知っていたの?」


 ケリスがサリエルを睨みつけながら質問をしたが、奴は忙しく足で床を叩く。


「知っていたら、ご主人様を勲章式になんて行かせない」

「なぁんでご主人さまは天使に知られてるのぉ?」

「そうだよー!天使が人間一人のために、何でわざわざ地上に来るのー?」


 フォルとステラの言っている事は正しい。あの高慢な奴しかいない天使が、わざわざ娘に会いに来るために地上へ降りてくるなんて前代未聞だ。

 しかも今回はわざわざ人間の貴族に成りすまして接触している。娘の為にそこまでする理由がわからない。


「そもそも、主の存在自体が可笑しいだろ。あんな恐ろしい程に旨そうな魂と体は見た事がない。どうして神はあんな存在を作ったんだ」

「さぁな、僕は神の考える事なんて知らない」

「元熾天使様がよく言うよ」


 どうやら揶揄ったように聞こえたのか、サリエルはこちらに鋭い視線を向ける。

 ……この元天使、本来は感情表現がかなり豊かだ。娘と契約した当初は顔に出していたが、後ろから娘を舐めるように見つめていたのを気づかれ、気色悪がられ離れられてしまったのだ。娘と行動を共に出来ない事に嘆き、感情を極力出さない無表情を貫く事にしたらしい。……まぁ、あの娘はその事を完全に忘れてしまっているが。


「どうするの?ご主人様は明日、あの天使に伝えられた孤児院へ行かれるわ。私達がどう止めたとしても、ご主人様は契約違反をしない為にも無理矢理行く筈よ」

「明日は場所が孤児院だから、僕とステラがお供してって言われてるよぉ!」

「もしも天使がいたらどうするのー?殺していいのー?」

「ご主人様が危害を加えられない限りは放置しろ。後が面倒だ」


 フォルとステラは不機嫌そうに頬を膨らませているが、天使と争いを起こしてもろくな事にならない。最悪の場合再び戦争だってあり得る。


 俺達は話し合いの結果、あの天使は厳重注意で放置する事にした。娘は既に俺達と契約関係にある、そんな人間を簡単に天使は手出しできないだろう。ただ万が一の事があれば力技で止めるしかない。天使には契約も規則も関係ないと思っている奴もいるのだから。



 話し合いも終了し、皆それぞれ持ち場へ戻る。サリエルは明日の娘に淹れる紅茶を選ぶ為に食堂へと向かう様だ。俺はそんな奴の肩を掴んで止めた。

 非常に不愉快そうな表情をされたが、俺は奴に聞きたい事がある。


「なぁ、アンタ右手どうしたんだ?」


 その言葉に、サリエルは目を大きく開いて驚いていた。俺は苛立ちを抑える為に頭を掻く。


「今は主のお陰で治ってるみたいだけどな、俺が気づかないと思ってたのか?」

「……お前、気味が悪い程に周りを見ているんだな」

「あ?」


 サリエルは右手を見つめながら、小指から順番に動かしていく。

 娘の体液で既に完治している様だが、それまでの間は右手を動かすのをやや躊躇していた。逃げようとする娘を捕まえた時も利き手ではない左手を使った所で、それが怪我による仕草だったのだと気づいた。


「少し犬に噛まれたんだ」

「犬だぁ?」

「ああ、でももう調教した」


 皮肉そうに顔を歪めながら、サリエルは俺の手を振り払い食堂へと向かっていった。

 俺はそんな奴の後ろ姿を見ながら、背中に向けて舌打ちを飛ばす。



「……どんだけ命知らずな犬だよ、そいつ」











 ◆◆◆






 あの時、ウィンター公が耳元で囁いたのは、ある孤児院の名前だった。中央区の端にあり、教会が運営している小さな孤児院。

 何故私がそこまで知っているのかというと、最近その孤児院に勤める神父が殺害されたのだ。テレビもラジオもないこの世界で、新聞が唯一の情報媒体なので毎朝読んでいるのだが、やけに小さい記事なのに衝撃的だったのは覚えている。


 教会の神父で孤児院の責任者でもあった、ダニエル・ジョンソン。彼は二週間前に南地区の裏地路で死体となって発見された。人が殺害される事は珍しくないが、そのジョンソン神父が亡くなっていた場所が問題だった。


 南地区といえば、この国でも一番治安が悪い地区で、裏地路は売春が盛んに行われている。神聖な教会の神父がそんな場所で殺されていたのだ。明らかに売春云々のトラブルがらみだろうと皮肉も交えて記事に書かれていた。

 その記事を読んだ時は、流石に神に仕える人間も性欲はあるんだなとか、すごい間抜けな死に方だなとか、顔も知らないその神父を哀れんだものだ。


「でも何であの人、この事件が違法悪魔がらみだと知ってたんだろ」

「天使の考えてる事は、僕たちもわかんなぁい」

「虫唾が走るから考えたくなーい!」

「二人とも素直でよろしい」


 孤児院に向かう為、私は今回のお供であるフォルとステラを連れて馬車に乗っている。子供が多い場所なので、女性の見た目であるケリスをお供にする事も考えたが、昨日の姿を見てやめた。あんな変態ヒステリックメイド、子供に悪影響しか及ぼさない。


 となれば消去法で、フォルとステラなら見た目は天使の様な子供なので、孤児院の子供達とも馴染むのも早いだろう。それにフォルは人に好感を持たれる能力を持っている。……何故こんなに馴染む馴染まないかでお供を決めているのかというと、私が「辺境の魔女」と呼ばれている為か、子供に怖がられているからである。

 前にルークと孤児院の視察に付き合った際も、施設の子供達に怖がられ大泣きされてしまった。あの時の屈辱とルークの必死の励ましは忘れない。そこからフォルとステラ以外の子供が苦手になった。



 二人とたわいも無い会話をしていると、ゆっくりと馬車が停止したので目的地に着いたのだろう。フォルが馬車の扉を開けて、ステラは私の手を繋いで降りていく。



 馬車から降りると、古いながらも手入れのされている教会が目の前にあった。白を基調としたよくある教会の姿そのもので、敷地内からは子供達のはしゃぐ声が聞こえている。

 とても穏やかな雰囲気で、ここの神父が売春疑惑を掛けられ殺されているとは思えない程だ。


「さて、どう関係者に聞き込みをしようかな」


 来たはいいが、どう孤児院の関係者に聞き込みをしようか決めていない。手を繋いでいたステラは眩い程の笑顔を向けてきた。


「ご主人さま、第四の契約つかうのー?」

「うーん……そうだなぁ、それが手っ取り早いか」


 関係者に話を聞くだけの事なら、少々の対価で済みそうだ。ウィンター公が孤児院へ話を通しているかもしれないが、それでも悪名高い魔女の私を警戒する可能性もある。

 私は眩しい笑顔を向けるステラと、話を聞いて涎を垂らしてやってくるフォルを見て、第四の契約を使う事を二人に伝えようとした。



「ミス・イヴリン?」



 だがそれは、後ろからの聞き覚えのある声によって阻止された。

 声の聞こえた方向へ振り向くと、相変わらず目立つ容姿のエドガーがいた。今日は品のある濃い紫色の服装らしい。毎度派手な服をよく着こなすものだ。

 彼もまさか私がここにいると思わなかったのか、目を大きく開いて驚いた表情を向けていた。


「どうして君がここにいるんだ?新しい見習い使用人でも探しに?」

「いえ、とある方から孤児院の調査を依頼されまして」

「この教会に?……あの事件の事かい?」

「エドガー様、もしや神父様をご存じなのですか?」


 その言葉にはエドガーは目線を下げ、気まずそうに苦笑いをする。


「この教会の建っている場所、私名義の土地のひとつでね。ジョンソン神父とも交流があったんだ」


 ……この商人、店のオーナーだけでなく地主でもあったのか!?しかも土地のひとつという事は、他にも中央区に持っているという事だろう。……凄いとは思っていたが、とんでもない資産家じゃないか。


 思わず顔を引き攣る私に、エドガーは品良く笑っている。

 そして目の前へ手を差し出し、こちらを伺う様に首を傾げた。


「ここで会ったのも運命だ。是非君の調査、側で見させてくれないか?」




 妖艶なその商人へ向けて、小さな悪魔達はバレない様に舌打ちをした。


 

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