39 激昂
10月14日 ちょっと台詞編集しました。
会場中央にあるシャンデリアが突然割れ、灯りが消えてしまったそうだ。
その所為で来客達は大混乱し、舞踏会もそのまま中止となってしまう。
皆口には出さないが、アリアナの件もある為、私が何か呪いを掛けたのだろうと囁いている様だ。……そんな事、ただの人間である私に出来る訳がないが。
陛下と王太后、ルークに軽く挨拶をして、私は屋敷へと帰った。
三人ともこんな事になって申し訳なさそうに謝罪をしてくれたが……むしろ中止になってよかった。言わなくてはと思ってはいるが、ルークに返事を返すのが恐ろしかったのだ。
だが今は、そんな私の噂はどうでもいい。それよりも、今のこの状況をどうすればいいのか考えなくてはならない。
屋敷の居間にある椅子に、私は縄で縛られ身動きが出来ない。しかもこの前よりも更に強く結ばれており痛いんだが?
縛られた私の周りには、言うまでもなく使用人悪魔達がいる。しかも全員こちらを睨みつけており、身体中の震えが止まらない程に恐ろしい。
あの時、レヴィスとウィンター公が睨み合い、今にも襲いかかりそうな場面。レヴィスに続けて他の使用人達もバルコニーへ駆けつけてきた。おそらくルークに呼ばれてやって来たのだろうが、彼は居ないので放置して先に来たのだろう。一国の王太子に何をしているんだ。
だが皆ウィンター公を見た途端、何故か威嚇するように睨み付けていた。それを見て流石に不利だと察したのか、ウィンター公は小さくため息を吐いてバルコニーを後にした。……と、そこまではよかったのだ。本当にここまでなら現在の状況にはなっていない。
だが奴は、レヴィスに抱かれる私の元を通り過ぎる最中、耳元に顔を近づけてある言葉を囁いた。しかもその後に嫌がらせの様に耳を軽く齧ってきたので、それが使用人達の逆鱗に触れたのだ。本当にひと齧りだ、お前らの方がもっと過激なのしているだろうが。
勿論、公爵に手を出させる訳には行かないので必死に止めた。フォルとステラには骨つき肉の様に両手を噛まれたが、これ以上公爵に何かをして問題になるよりましだ。
必死の努力の結果、使用人達を止める事ができたが、そこからが問題だった。帰りの馬車の中では全員無言で睨みつけてくるわ、屋敷に着いたと思えばケリスに俵担ぎをされて身動き出来ないわ、そして極め付けにはこの状況だ。
震えながら使用人達を見回していれば、ウィンター公に会ってからずっと無言だったサリエルが口を開いた。
「……悪趣味な尻軽女が」
「サリエルくん!?仮にもご主人様に酷いよそれは!?」
「その通りでしょう?僕達の見ていない間に、あのクソ伝書鳩と密会しているんですから。クソ王子にこれ程感謝したいと思ったのは初めてです。クソ伝書鳩と何していたんですか?どこ触らせたんですか?」
「クソが多いねサリエルくん!!」
クソ伝書鳩とは、確実にウィンター公の事だろう。何故そう呼ばれているのか分からないが、あの男は相当サリエル達に嫌われているらしい。それだけは分かった。やはり只者ではない、こんな嫌われているのに命がまだあるのだから。
私は体をくねらせて縄を解こうとするが、全くびくともしない。どういう結び方をしたらこんな頑丈になるんだ?すごいな教えてくれよ、今度同じ事してやるから。
「ご主人さま、最近どうしたのぉ?痴女になろうとしてるのぉ?」
「いつからそんな阿婆擦れな尻尾フリフリする人間になったのー?」
可愛らしい幼児達から、悍ましい程の暴言を投げつけられる。普段癒し要員の二人からそう言われてしまうと、物凄い心が抉られる。
そんな二人の頭を、側の椅子に座りながら両手で撫でるレヴィスは、普段と変わらない穏やかな表情を向けていた。やはり一番年長者な見た目の男は違う!思わず安堵したため息を溢しながら彼を見た。
「この前はあんなにも豚声出してトびまくってた癖に、またブチ犯すぞ浮気者」
爽やかな笑顔で言って来やがった。多分この中で一番キレてる。あと豚声は出してない。
一番後ろにいるケリスは、ブツブツと何かを言いながら鞭を持っている。おいメイド、お前が持つのは箒だ鞭じゃない。何処から出してきた、元の場所に戻しなさい。鼻息を抑えなさい。
確かに私も、バルコニーの端ではなく会場へ逃げればよかったし、異常なノイズが聞こえた時点で使用人達へ助けを呼べばよかった。……だが、そうだとしても流石にここまで怒りをぶつけられるのは意味が分からない。そう思ってしまえば、この悪魔達が腹立たしく思えてきた。
私はわざとらしくため息を出し、じっとりとした目線を悪魔達へ向ける。
「ねぇ、ウィンター公とは知り合いなの?もしかして悪魔?」
投げかけた質問に、何故か皆更に睨みつけるのを強くした。思わず小さく悲鳴をあげてしまう。
暫くすると、レヴィスは頬杖を付きながらサリエルの方を見る。
「サリエル、主に説明してやれよ。アンタの元お仲間だろ?」
「仲間?」
サリエルは小さくため息を出しながら、無表情だが滲み出る不満を隠さずにこちらへ顔を向けた。苛立ちすぎて忙しなく指を動かしている。
「あの男は悪魔ではありません。天界の使者です」
「………つまり、悪魔じゃなくて……天使って事?」
「おっしゃる通り、奴は神の言葉を人間に伝える者。地位は低いですが、神にもっとも愛された天使です」
「…………天使って、本当にいるんだ」
「悪魔と契約している癖に、今更何を言っているんですか」
サリエルは大きな音を鳴らして舌打ちをした。いやそんな事を言われても、今まで天使という存在は聞いてはいたが、本当に実在するかなんて実際に見なければ信じれないだろう?そんな簡単に悪魔の言葉を信じていたら、三十年も生き永らえていない。……というかサリエル、お前まさかの元天使だったのか。あんまり興味ないし知らなかった。
「成程……だから「天に昇ってくれなかったのか?」か」
「ご主人様!あの者に何を言われたんですか!?」
「ケリス落ち着いて〜?鞭を振り回さないで〜??」
まるで野獣の様な表情をしながら、ケリスが鞭を振り回してこちらへやって来る。当たったら洒落にならない。なんてヒステリックなメイドなんだ、出来る事なら解雇したい。
「ケリス!それご主人さまに当てたら、けいやくいはんだよぉ!」
「だめだよケリスー!」
流石に契約違反になるのは避けたいのか、フォルとステラが顔を膨らませながら私の前に立ち塞がった。ケリスは我に返ったのか、鞭を振り回すのを辞めて荒い鼻息を漏らす。本当に解雇したい。
サリエルはそんな三人を見て、呆れた様に目線を落とす。レヴィスも同じく呆れた表情をしながら、指を一回鳴らす。すると今までびくともしなかった縄が解けていき、私は無事に椅子から解放された。
「……とりあえず、暫くはクソ天使が何をしてくるのか分かりませんので、ご主人様は屋敷から一歩も出ないでください」
「そうだな。違法悪魔云々の前に、主を掻っ攫われたらたまったもんじゃない」
二人の言葉に、残りのフォルとステラ、ケリスも何度も頷く。皆の意見が珍しく一致したらしい。
私は椅子から立ち上がり大きく背伸びをして、皆に引き攣った表情を向けた。
「あー…………実は、ウィンター公に依頼されててさ、ちょっと明日行ってくるよ」
「あ?」
「は?」
「はぁ?」
「えー?」
「はい?」
…………複数の場所から血管が切れる音と、歯軋りの音が聞こえた。
私は急いで居間の扉を開けて逃げ出そうとするが、ドアノブに触った手を上から思いっきり掴まれた。あまりの強さで手が悲鳴をあげている。
恐る恐るその手の持ち主を見れば、瞳孔が開いたサリエルがこちらを見ていた。
「逃すと思ったのか?」
「………………あっ、えっ……」
そこから記憶はない。
だが朝起きたら私は自分の寝室のベッドの上で、全身に噛み跡があった。
奴ら、意識なければセーフと思ってるのだろうか?せめて治してくれよ。




