3 王太子とのお茶会
陛下と別れた後、私達は温室へ向かうために再び歩き出した。……だが、後ろから仏頂面のパトリックも付いてくる。最初こそは他の部屋に用事があるのかと思ったが、温室の前まで一緒に来たので、これはついて来ている。次期公爵って暇なのか?
私は温室の扉を開く前に、恐る恐る彼の方を見た。
「……あの、何でついてくるのでしょうか?」
「貴様と殿下だけにすると思ったか?」
「ねぇご主人さまーこのバカ殺むぐっ」
「何か言ったか?」
「いいえ!何でもございません!!!」
フォルが恐ろしい事を全て言う前に口を塞ぐ。運のいい事にフォルの言葉は聞き取れなかった様だ。……おい、フォルお前、塞いでる手を舐めるな。うっとりした顔をするな。
前の側近、この男の家の次男が元は側近だったが、家の事情で交代し、長男であるこいつが側近になった。
こいつ、貴族の令嬢から相当人気が高いらしいが、貴族の令嬢達は見る目がないのか?顔だけが良いだけじゃ駄目なんだぞ男は。絶対に結婚記念日とか忘れるタイプだぞ。
私の表情に、彼は仏頂面をさらに強くして舌打ちをする。フォルとステラも同じ様に舌打ちを彼へ向けている。二人とも本当にやめて罰せられるの私なんだから。これ以上このメンバーでいると本当に厄介な事になりそうだ。私は慌てて温室の扉を開けた。
温室の中には、我が国の国旗にも描かれている百合の花は勿論、薔薇やチューリップ、温室でしか見た事がない美しい花々など、色とりどりの鮮やかな花が沢山植えられている。
そのまま花に囲まれた通路を歩いていくと、中央にやや簡素なテーブルと椅子が置かれている。テーブルにはティーカップとショートケーキが四人分置かれており、側で少年が紅茶の入ったポットを持ち、ティーカップへ紅茶を注いでいる。足音に気付いたのか、少年はこちらを見た。
「ようこそイヴリン!使用人の子供達も久しぶりだね。……あれ?パトリックもいるのかい?」
銀色の髪、深い紫色の瞳。現国王の生写しの様な少年。彼はルーク・ウィリエ・ルドニア。この国の王太子で、五年前に父親と同じ病にかかり、私が助けた少年だ。
五年前には確か十歳だったから、もう十五歳だろうか?大きくなればなるほど父親に瓜二つになってきた。思わずアレク、と呼んでしまいそうだ。
「お、お久しぶりです、王太子殿下」
「王太子殿下なんてやめてくれ。僕と君の仲だろう?ルークと呼んで欲しいな」
うわ〜〜〜同じような事さっき父親に言われた〜〜!性格までそっくりすぎて、もうドッペルゲンガーじゃないかと疑いたくなる。しかもうちの使用人であるフォルとステラの分までケーキが用意されている。違う使用人と来る時もその分まで置かれているのだ。本当に心優しい少年だ。側近にもその優しさ分けた方がいいのでは?
そのまま私は、いつものようにルークと話をした。その間にパトリックが睨むような表情でこちらを見ているが、彼の両側にはフォルとステラが、口一杯にケーキを含み、リスの様に頬張るのが可愛いので怒りが中和されていく。
ルークとの会話はもっぱら私の話だ。最近読んだ本や使用人の事、街の様子など事細かく聞いてくる。あまりにも聞き上手なので思わず語ってしまうが、それでも嬉しそうに頷きながら聞いてくれるものだから、日々悪魔達に翻弄され疲弊した心が安らいでいく。……そして帰る度に、国の王子様に聞かせるものじゃなかったと反省しているが。
「そう言えば、今月はまだ「探偵業」の方はしていないのかい?」
「はい、今月は有難いことに暇ですね」
「……探偵業?」
ルークの言葉をパトリックは不思議そうに復唱した。それを見たルークは笑う。
「弟から聞かなかった?イヴリンは仕事で探偵業をしているんだ。彼女は気に入った仕事しかしないが、必ず三日以内に依頼を解決すると城でも噂だよ?」
「……王族から支援を受けておきながら、小遣い稼ぎか」
「え……えへへ……」
パトリックは物凄い睨んでくるが、別に王族からの支援で生活は事足りているし、何だったら貰い過ぎている位だ。
私が探偵業をしている理由は、そこのケーキを頬張る悪魔達との契約があるから。違法悪魔による事件を見つけ、悪魔か契約者を見つける為に行っている。流石にタダでやると却って依頼者から信頼されないので、多少は報酬をもらっているが。
私達の姿を微笑ましそうに見ながら、ルークは話を続けた。
「そうだ、レントラー公爵家も今大変なんだろう?イヴリンに依頼すればいいじゃないか」
うん?大変?この男の家が?
ルークの提案に、パトリックは慌てて立ち上がった。
「こんな女が、我が家の事件を解決できる訳ないでしょう!既に軍や自警団にも話は通しております、こいつの手を借りるまでもありません!」
「女とかこいつとか、ご主人さまいじめないでよー」
ケーキを食べ終えたステラが、頬を膨らませてパトリックを見た。流石に子供を睨む事はできないのか、パトリックは不機嫌そうな表情をして目線を逸らす。紅茶の入ったカップを手に取ったルークは苦笑した。
「でももう一ヶ月経つだろう?まだ手がかりも掴めていないと聞いているけど?」
「………それは……」
ルークの言葉に何も言い返せないのか、段々と声が小さくなっていった。レントラー公爵家で一体何が起きたのか?そう問おうとする前に、ルークはこちらを見て美しく微笑む。
「イヴリン、《一ヶ月前に彼の母親、レントラー夫人が何者かに殺害されたんだ》」
ルークの放つ言葉の途中が、微かにノイズが入った様に聞こえた。フォルとステラは目を大きく開き立ち上がり、そして私に向けて輝くほどの笑顔を向ける。
そう、ノイズの入った声。これは悪魔が関わった事案だけに聞こえるものだ。本来は契約者を狙わない為のマーキングらしい。悪魔にしかノイズは聞こえないが、契約した私にも聞こえる様にして貰っている。
……じゃなきゃ、折角のこの悪魔達が私の体を狙えるチャンス。違法悪魔を取り逃す可能性があるからだ。
「ご主人さま受けるってぇ!!」
「受けるってー!!」
王子殿下が話している途中なのに、フォルとステラは輝く笑顔で大声を出した。それにはルークもパトリックも驚いている。おいフォルにステラ、後で説教だからな。
今月は平和に過ごせると思ったんだが……しょうがない、契約違反をする訳にはいかない。
驚く表情をしているパトリックに、私はまっすぐ目を合わせた。
「パトリック様、その事件の詳細を教えてください」
彼の両隣にいる悪魔二人が、舌舐めずりしながら私を見ていた。