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38 衝突



 肩に顔を埋めるルークに、どう断りの言葉を告げようか頭を悩ませた。

 当たり前だろう?彼は王太子で、私はただの平民だ。それも悪魔にあと二十年は命を握られている、そんな自分の事だけで精一杯の女が、一国の王太子を支えるなんて出来ない。


 それに純粋な彼の想いを受け入れるのは簡単だが、あの悪魔達が何をするか分かったもんじゃない。そんなものにアレクの息子を巻き込むわけには行かない。……あと年下すぎる。これが断る理由の五割を占めている。


 まだ若いルークにとっては、これが初めての告白だったのだろう。抱きしめる腕が小刻みに震えている。……とても言いづらいが、彼の将来の為にも伝えなくてはならない。もっと早く伝えておけばよかった、今更そう後悔してしまう。



 一回大きく深呼吸をした私は、ルークへ断りの言葉を放つために口を開いた。







「《殿下、ここにいらっしゃいましたか》」

「っ!?」






 突然、後ろからノイズが聴こえ、私は言葉を詰まらせた。

 ルークはその声に反応し顔を上げると、その人物へ向けて目を大きく開く。


「叔父上!?」


 抱きしめる腕の力が弱まったので、私は体を離した。そのままノイズがかった声を出す人物の方向、後ろを振り向く。


 バルコニーの入り口に、一人の男性が穏やかに笑いながらこちらを見ていた。

 やや癖っけのある深緑の髪と瞳。金縁のメガネを付けた男性は、私とルークを見て暫くすると罰が悪そうに目線を下げた。


「《今日の主役と殿下が見当たらないので、探していたのですが……お邪魔だったかな?》」

「そ、そんな事はないです叔父上!……あ、イヴリンは初めて会うよね?母上の弟で、僕の叔父のウィンター公だよ」

「《どうも初めまして、ミス・イヴリン。僕はゲイブ・ウィンター。……君に会えるのを、とても楽しみにしていたよ》」

「………お初に、お目にかかります……ウィンター公」


 ルークの母親、今は亡き王妃殿下の弟。

 穏やかに笑う、とても優しそうな男性なのに……彼の全ての言葉が、何故かノイズがかかっている。こんな事はあり得ない。もしも違法悪魔が関係あるのなら、それに関係する事しかノイズが掛からないはずだ。

 だがウィンター公の言葉は、全てノイズがかかっている。


 思わず顔に感情が出てしまっていたらしい。ルークは心配そうに私を見つめると、先程まで抱きしめていた手で頬に触れた。


「顔が真っ青じゃないか、大丈夫かい!?」


 ウィンター公も私の顔色を見て、心の底から心配した表情を向けてくる。


「《きっと慣れない舞踏会で疲れてしまったんだろう。確か、ミス・イヴリンは使用人達と来ていたね?ええっと……どんな顔だったかな》」

「使用人の顔なら僕が分かります!呼んできますので、叔父上はイヴリンをお願いします!」

「《有り難うございます、殿下》」


 ルークは使用人達を呼ぶ為に、慌てた様子でバルコニーから出ていった。出来ればルークに側に居てほしかったが、その声を出す前に彼は目線から外れてしまう。



 ウィンター公は、立ち尽くす私の体に触れた。体に触れるやけに冷たいその手に反して、彼の表情はとても穏やかだ。


「《さぁ、そこに椅子があるから座りなさい》」

「……いえ、あの……もう、大丈夫ですから」


 


 この男の側に居てはいけない。そう頭は警告を鳴らしている。私は触れる手から体を離し、少しでもウィンター公と離れようとバルコニーの端へ行く。



 ようやく理解した……このノイズは、()()()()()()()

 私を陥れようとする目の前の男が、危険だと警告を鳴らしているのだ。




 私の反応に思う所があったのだろう、ウィンター公は触れる事が叶わなくなった手で、自分の喉部分をゆっくりと摩る。

 そしてこちらへ、変わらない穏やかな笑みを向けるのだ。



「《……ああ、やっぱりあの悪魔達》に「耳」を授けられていたのか」

「…………何なの、お前は」

「少なくとも君に危害を加えるつもりはないよ。……まぁ、()()どうしても反応してしまうかもしれないけれど」


 ノイズ音が消えたウィンター公は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。一歩ずつ確実に近づいてくるその足音に、その恐ろしい気配に背筋が震えていく。


 震える体を必死に抑えて、私はウィンター公を睨んだ。公爵にこんな目線を向けるのは大問題になりそうだが、そんな事を言っている場合じゃない。


「何故?私に何か用でもあるの?」

「用が有る?大有りだよ。じゃなきゃ、わざわざ僕がこんな反吐が出る場所に来ないさ」



 近づくウィンター公から離れる為に、私はバルコニーの端へと下がっていく。

 そこまで広さもないバルコニーだからか、直ぐに行き止まりとなった。ウィンター公は少し目を細めながら、こちらへ向かう歩みは止めない。


「君と契約した悪魔達は、随分と人間を隠すのが上手いらしい。お陰で探すのに三十年も掛かってしまったよ」


 三十年。それは私が悪魔達と契約して、この世界で過ごした年数だ。

 この男の言葉が正しければ、この世界に来た時から私を探していた事になる。……もしくは、私が前の世界で一度死んだ時からだ。

 そして私は、今までこの男を知らなかった。ルークから叔父がいると聞いた事もないし、陛下からも義理の弟の存在は伝えられていない。ルークは私が初対面だと紹介してくれたが、三十年も王室と関わりがある私が初対面なのが可笑しいのだ。()()()()()()()()()()()()


 ……それに、この男は先程まで全ての言葉にノイズが掛かっていたのに、それを自分の意志で無くした様に見えた。一体何なんだこの男は?サリエル達と同じ悪魔なのか?



 やがてウィンター公は、私がもたれ掛かるバルコニーの柵に手を置く。至近距離にある男の緑の目、微かに金色がかった色彩が見えた。

 このまま口付けでもされそうな距離だが、ウィンター公は唇に吹きかけるように息を放った。




「君はどうして、あの時に天に昇ってくれなかったんだ?」

「………え」




 男が問いかける言葉に唖然としていると、突然会場から大きな割れる音が聞こえた。来客の悲鳴が聞こえ、眩い光が溢れていた会場は突然暗闇になる。


 流石にその音には驚いたのか、ウィンター公の体は音の鳴る方向を見る為に離れた。私はその一瞬を見過ごさずに男から離れ、バルコニーから出る為に駆け出す。これ以上この男に関わるのは危険だ。


 だがバルコニーの入り口には人がおり、必死になっていた私はその人物と体がぶつかる。

 まさかルークが戻ってきたのか?そう思いその人物を見ようと顔を上げるが、その前に後頭部を掴まれ、その人物の胸あたりに顔を押し付ける形になった。


 ほのかに香る甘い匂いと、海水の匂い。そして怒りの余り興奮した呼吸音。



 ……その人物の正体を理解した私は、三十年間それに自分の命を脅かされていたのに、どうしようもない安堵でため息を溢した。



 その人物、レヴィスは私を息が出来ない程に抱きしめ、激昂した表情をウィンター公へ向けた。



「神の戯言を伝えるだけの存在が、俺の契約者に何の用だ?」



 レヴィスの言葉に、穏やかな表情を浮かべていたウィンター公は、そのまま変わらない表情で歯軋りを鳴らした。



「勝手に攫ったのは、君達だろう?」





 二人の殺気の様な目線に、レヴィスが現れた安堵で冷静を戻した私は「どっちの所有物でもありません」と言いたい気持ちを、必死に抑えた。




 


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