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37 踊りましょう



 私の隣には、国中で愛される麗しの王太子殿下がいる。

 王族のみが許される藍色の正装がとてもよく似合っており、令嬢達は美しい殿下に頬を赤く染めている。


 だが、そんな殿下は周りを気にせず、エスコートする私に熱を孕んだ目線を向けている。もう穴が開きそうな程に見てくる。私はそんな目線で、必死に顔が引き攣るのを耐えた。


「えっと……き、今日も……凄く、綺麗だ……イヴリン」

「…………有難うございます」


 やめて、そんな純粋な目で見てこないで。ちゃんと前見よう?周り見よう?もっと綺麗な人沢山いるよ?


 結局あのまま、私は赤いドレスで舞踏会に出席する事になった。アリアナはあの後逃げるように会場を後にして、その後は見ていない。

 可哀想だと思うが、地位が全てのこの国では致し方ない。


 それよりも今の状況だ。ルークは真っ赤な顔のまま、この後の舞踏会でのエスコートを申し出てきた。全力で断ろうと思っていたが、側にいる王太后の威圧感のある笑顔の前に……私は敗北し受け入れた。……その間後ろで歯軋りが聞こえたので、多分屋敷に帰ったらまた椅子に縛られるだろう。やってらんねぇ。


 だがルークと共に居てよかった事もある。王太子が側にいる手前、挨拶へ来る貴族達は皆皮肉を言う事が出来ない。社交場に平民がいる事などあり得ないので、今日も爪弾きにされるのではと心を強く持っていたが、そんな事をすれば隣が黙っていないので、皆笑顔で私にお祝いの言葉を告げてくる。有難いが、裏では何を言っているのやら。


 暫くすると会場にいた音楽隊が楽器を鳴らす。ルークは私を見て首を傾げた。


「イヴリン、ダンスは踊れる?」

「いえ全く」

「ふふ、じゃあ僕が教えるよ」

「……はい」


 そんな簡単に覚えれないと思うが、ここで断る理由も思いつかない。

 ルークは嬉しそうに私をダンスホールの端、というよりバルコニーへ連れて行った。会場中央では令嬢と子息が楽しそうにダンスを踊っているが、外のバルコニーは人気がなく音楽しか聞こえない。


 外は既に夜で、月の光に照らされたルークの銀色の髪が美しい。そんな彼と正面を向き合うと、腰にやや緊張した手が添えられた。私も中央にいる令嬢を見習いルークの腕に触れると、一回だけ彼は震えたが、すぐに艶やかに笑って見せる。だが耳は真っ赤だ。


「まずは左足、それから右……僕に合わせて」


 ゆっくりと歩き出すように、ルークと私はバルコニーで踊り始めた。

 といっても全く同じ足捌きをしているだけで、おそらく初歩中の初歩レベルだろう。だがダンスなんて踊った事もないので、私は何度もルークの足を踏んだ。


「も、申し訳ございません!!」

「気にしなくていいよ、最初は皆そうだから」


 ルークはそう言いながら優しく微笑んだ。その表情があまりにも若い頃の陛下と似ていて、思わず赤くなる顔を隠すために、目線を下にずらした。……まぁ私の知っている陛下なら、無理矢理中央でダンスを踊らしてくるだろうが。

 その姿を見たルークから、生唾を飲み込む音が聞こえた。その後は小さなため息が聞こえたと思えば、握られている手が強くなる。



「……ねぇイヴリン。僕は大きくなったよ」

「え?」


 突然の静かな言葉に見上げれば、ルークは真剣な表情でこちらを見つめていた。


「もう君よりも背も高いし、君よりも力だってある。……君を、守る事だって出来る」


 ダンスが止まり、それでも腰に添えられた手はそのままだ。

 目の前のルークは、まっすぐ私を見て逸らさない。何かを決心した様な表情……駄目だ、この続きは聞いてはいけない。取り返しのつかない事になる。私は引き攣る顔をどうにか抑えて、ルークから離れようと体をずらした。

 

「あ、あの私、ちょっと使用人の様子を」

「駄目、逃げないで」


 逃げようとするが、荒い声と共に添えられた手が強くなり、ルークの体にすっぽりと収まってしまう。自分の顔が、ルークの胸元に当たる。……そうか、もうこんなにも成長したのか。初めて出会った時は骨と皮だけで、息をしていなければ死体と勘違いする程だったのに。

 やけに煩い彼の心臓の音が、何故か心地よく感じてしまう。


 悪魔達に触れられるよりも、まるで壊れ物の様に優しく抱きしめるルークは、何度か深呼吸をした後に……震える唇を動かした。






「……イヴリン……僕を、受け入れてほしい」




 ルークは、顔を私の肩に押し付けた。





◆◆◆






 イヴリンへ蕩けるような表情を向ける殿下に、何故かそれ以上二人を見る事が出来なくなり、俺は会場から逃げるように廊下へ出た。


「……何してるんだ、俺は」


 殿下の側近で、次期公爵の自分が理由もなく社交場から離れるなど馬鹿だ。……だが、あの二人を見続けていたら、自分がどうなってしまのか分からない、底なしの恐ろしさを感じた。


 会場は賑やかだが出てしまえば人は居らず、明かりも最小限にされている。近くに中庭があるので、そこで一休みしてから戻ろう。そう思い俺は薄暗い廊下を歩いた。






 だが、歩いている途中で背筋が震えるような感触が襲う。

 ……この感触は初めてではない。誰から溢れる殺気なのかも分かる。



 廊下の奥を見れば革靴の音が聞こえる。

 足音はこちらへ近づいて来て、やがてその人物の姿が見えた。




「ご主人様へ、犬の様に発情して楽しかったですか?」




 その人物は、イヴリンが暮らす屋敷の執事。確かサリエルという名の青年だ。

 神々しい程の美しさを持っているが、奴はイヴリンと契約した悪魔だ。屋敷では必ず彼女の後ろにおり、他の悪魔達とは違い表情が豊かではないので、全く感情が読めない。


 そんな奴が、静かに問いかける言葉の意味が分からなかった。だが何故か奴が近づくにつれて、自分の心臓が鋭い痛みを生み出していく。

 俺は胸の痛みを堪えながら、薄暗く姿が明確に見えない執事へ声を出した。


「貴様が何を言っているのか、俺には分からないんだが?」


 質問の答えに、革靴の足音が止まった。

 代わりに何度も深呼吸をする音が聞こえる。


「……そうですか、なら言葉を変えます」


 執事はそう発した直後、一瞬で目の前に来て俺の首を掴む。首に強烈な重みで口から唾液が溢れるが、奴はそのまま壁に打ちつけた。


 「ッは!!」


 言葉にならない声を出して、俺は首を絞める奴の手を離そうとするが、手に触れれば鱗の様な感触がして驚く。


 目の前の執事を見れば、奴は青筋を立てながらこちらへ激昂した表情を向けていた。赤い目は獣の様に鋭く、透き通る肌には蛇の鱗が現れていく。怒りが収まりきらないのか、荒い呼吸音を鳴らしている。



 どんどん化け物の姿へ変わっていく執事は、俺に顔を近づけ、吐き出すように声を出した。




「あの娘の体を愛撫していいのも、鳴かせていいのも僕だけだ。……その汚い手で、僕のものに手を出すな」




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