35 勲章式
「ご主人さま!たくさん馬車がいるよぉ!」
「これみーんな!ご主人さまをお祝いしに来た人たちなのー?」
薄桃色の正装をしたフォルとステラは、馬車の窓から城の周辺に停車された馬車と人混みを見て、明るい笑顔を向ける。
そんな二人の可愛さに微笑んでいると、焦茶色の正装を着崩さずに身に纏うサリエルが、無表情でフォル達を見つめた。右隣に座るサリエルは、右手で懐中時計を出し時間を確認し、左手は何故か私の右太腿を撫でている。おいセクハラだぞ馬鹿悪魔。
「フォル、ステラ。みっともないから騒ぐんじゃない」
「ご主人さまの太もも触ってるサリエルに!言われたくないよぉだ!」
「やーいやーい!変態サリエル!」
「毎朝ご主人様を起こす際に、匂いを嗅いだり舐めたりしているお前達に言われたくないな」
やはり、この前のペロペロキャンディ騒動は、あれが初めてではなかったか。フォルとステラは何も言い返せないのか、可愛らしく頬を膨らませてサリエルを睨んでいる。
呆れて三人を見ていると、左太腿も撫でられる感触が襲った。右とは違いやや乱暴、誰がしているのか分かっているので、私はそちらにも呆れた表情を向ける。
私の左側に座るレヴィスは、反対の手で身に纏う深緑の正装のタイを緩めている。今から城へ行くのに何故着崩す?あとお前もセクハラだぞ野蛮悪魔。
「いいだろ別にはしゃいでも。あんまり硬っ苦しいと息がつまる」
「レヴィス、貴方はもう少し息がつまった方がいいんじゃないかしら?ご主人様の顔に泥を塗るような事しないわよね?」
「ケリスに言われなくても分かってるよ。主が不利になる事はしないさ」
鮮やかな水色のドレスを身に纏うケリスは、適当に返事をするレヴィスに大きくため息を吐いた。華やかなケリスの顔に、上品な刺繍がされたドレスはとても似合っている。
勲章式当日、陛下の計らいで使用人達も式への参列を許可されたので、私と五人の悪魔達は馬車に乗り城へ向かっている。
この日の為にケリスに用意してもらった濃い赤色のドレスは、薄いレースの胸元と、スリットが入ったシンプルなドレスだ。ちなみに左側にスリットがあるので、先程からレヴィスが手を入れ込んでくる。お巡りさんここで〜す。
「頼むから皆、大人しくしてね。決して周りの人に迷惑かけないでね」
両側から弄られるのに耐えながら、苦虫を噛み潰したような表情を皆に向ける。
だが悪魔達はその言葉に、頷かずに聞こえなかった事にしている。嘘付きが居なくて結構だよ全く。
《 35 勲章式 》
「ハリス領地での大量虐殺騒動の解決をした汝に、その功績を讃え白百合勲章を授ける」
王座に座る陛下の前で傅く私に、陛下は穏やかに微笑みながら、白百合の紋章が彫られた勲章を私の左胸に付けた。思ったよりも小さなものだ、まるでブローチだ。
陛下の後ろには王太子であるルークと、陛下の母親である王太后がこちらへ微笑んでいる。王太后は最近体を弱くしたそうで、今日も姿を見せないと思ったが、車椅子で登場した際には周りの来賓達から響めきの声が聞こえた。
「おめでとうイヴリン。これで君の事を平民だからと、馬鹿にする者も少なくなるだろう」
「特に、馬鹿にされても何も思いませんが……」
「私が嫌なんだよ。君は私の大切な人なんだから」
そう言いながら優しく頬に触れる手に、私は気恥ずかしさと周りの目線が気になり思わずじっとりとした目線を向けてしまった。陛下はその目線には、意地悪そうに片眉を上げていたが。
勲章式が終わり、次は全く興味がない舞踏会だ。だが今日の主役である私は行かねばならない。最悪だ。ダンスなんて平民に必要ないと思ってたので習っていないし、あの顔面凶器悪魔達へうじゃうじゃ寄ってくる貴族達に、どう接すればいいのか分からない。
王座のある壇上から降りると、人混みの間を縫うようにフォルとステラが駆け寄って来た。
「ご主人さま!くんしょー見せてぇ!」
「見せてー!」
「はいはい見せるから、はしゃがないの」
周りは幼い美少年と美少女がはしゃぐ姿を微笑ましく見ている。私は左胸に付けられた勲章を取ると、差し出されたステラの手に乗せる。フォルも興味津々で勲章を見ているのが可愛らしい。こんな可愛いのに、毎朝匂いかいだり舐めてくる変態幼児なんだぜ?
そんな事を思っていると、前がやけに騒がしい。何事だとその方向を見れば、顔面が神々しい美形三人がこちらへ向かって来ていた。一人の時も街へ出れば大概騒がしいが、それが三人となると、もはや恐れて皆避けている。だが皆チャンスがあれば話しかけようとしているのか、目がギラついている。やめてくれ、喰われても知らないからな。
三人の中で一番早くこちらへ来たサリエルは、やや眉を顰めて二人を見た。
「お前達。勝手に走るんじゃない」
「サリエル達が遅いんだよぉだ!」
「のろまのろまー!」
「いい加減にしろ、指を全て折るぞ」
無表情で告げているが、声色が一気に冷たいものになっている。私は慌ててフォルとステラを後ろに隠した。
「サリエル言い過ぎ、私も周りも気にしてないから抑えて」
「……チッ、かしこまりました」
「おいこら舌打ちするな」
遅れてこちらへやってきたレヴィスとケリスは、面白そうにサリエルを見つめる。
「あーあ、主に怒られちゃったなぁサリエル?」
「みっともないのは、サリエルの方じゃないかしら?」
二人に挑発的な言葉をかけられたサリエルは、再び舌打ちをしながら目線を落とした。それすらも面白そうに二人は見ているが、そろそろサリエルが言い返して喧嘩に勃発しそうなのでやめてほしい。本当になんて幼稚な悪魔達だ。
そんな事を考えていると、後ろからヒールの音が聴こえた。それはこちらに向かって来ている様で、私は後ろを向いてその人物を確認しようとする。
燃えるような長い赤髪、エメラルド色の美しい瞳。私と同じ赤いドレスを着た美女がいた。扇子で口元を隠しているが、絶対に歪んでいるだろうと分かる程、目元はこちらを睨みつけている。
そうか、白百合勲章となると彼女も出席する事になるのか。最後に出会ったのはルークが主催した大規模なお茶会だっただろうか?私は彼女に頭を下げた。
「お久しぶりです、アリアナ様」
「ええお久しぶり。随分と不相応なものを陛下に頂いたわね」
彼女はアリアナ・ヴァドキエル。ヴァドキエル侯爵家の次女で、かつてはルークの婚約者だった女性だ。だが白紙にされ、現在ルークには婚約者はいない。
五年前に私がルークを助けてからというもの、会う度に皮肉を言ってくる。どうやらルークと婚約が破棄になったのは私の所為だと思っている様だ。逆恨みすぎる。
「親も分からない卑しい平民が、白百合勲章を得るなんて。最高の勲章も落ちたものね」
「全くその通りでございます」
「しかも私と同じ赤いドレスなんて、似合っていないわよ」
「はい申し訳ございません」
こういう皮肉には、はいはいと肯定するのが一番だ。否定しても格下のこちらが罰を受ける事になるし、無視をするのも同じ事だ。
それに彼女はまだ十五歳だ。子犬がキャンキャン鳴いている様なものだろう。後ろで今にもアリアナを殺しそうな悪魔共の方が恐ろしい。やめて洒落にならない。
アリアナは面白くなさそうに眉間に皺を寄せ、優雅に扇子を畳むと私の頬に軽く当てた。
「今すぐそのドレスを脱ぎなさい。私と同じ色なんて恥晒しよ」
鋭い目線でそう伝えてくれるが、こちらとしては願ってもない事だ。ドレスを脱げと格上に言われているのだから、私はそれに従う必要がある。という事は舞踏会に着て行くものがないので、彼女の責任にして辞退する事が出来るのだ。
なんていい人なんだアリアナ様。自ら責任を担ってくれるとは。
「では、舞踏会に着ていくドレスが御座いませんので、私はここで御暇します」
「ええそうしなさい。舞踏会は卑しいものが出るものではないわ。大人しく田舎の古屋敷に戻りなさい」
嘲笑いながらこちらを見るアリアナに、私は心の中で感謝を伝えながらお辞儀をした。よしそうと決まれば帰ろうすぐ帰ろう。有難うございますアリアナ様!
私はウキウキ気分で頭を上げると、目の前のアリアナは何故か真っ青な表情だった。一体どうしたのだ?
不思議に思いながら彼女の見る方向、私の隣を見れば…………鋭い目線で彼女を睨む、パトリックがいた。
「アリアナ嬢、何をしている」
あーあ、ヒーロー来ちゃったよ。




