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34 夢の中では、素直



 昨夜夢を見た。自分の寝室の上に、頬を赤く染めるイヴリンがいる夢だ。

 しかもそれだけじゃない。俺は彼女に口付けたり、弄ったりしている。普段ならあり得ない行動だが、何故か夢の中の俺も彼女も、それをするべきだと思い込んでいる。


 やけに現実的なその夢の所為で、ハリス家で助けてもらった礼をしたいのに、会うのが恥ずかしくて暫くは難しいだろう。ただの夢にここまで愚弄されるとは、情けない。


「パトリック。来週の勲章式には参列できそうかい?」


 書類を見ていた叔父上は、資料を渡す際に俺に話しかけた。資料を受け取りながら、俺は叔父上に頷いて返事をした。


「もう不自由なく歩けますから、出席する予定です」

「それはよかった。ミス・イヴリンに怒られるのが、私だけじゃあ嫌だからね」


 叔父上はそう言って笑いかけた。



 来週の勲章式は、ハリス伯爵家での大量虐殺を解決させたイヴリンの為のものだ。俺達は彼女の願い通りに事件には関係ないと話していたが、どうやらあの老婆が尋問で話してしまったらしい。その所為で彼女は功績が認められ、このルドニア国で最高の勲章である、白百合勲章を得ることになった。

 ちなみに、白百合勲章は滅多に得られないもので、前回は二百年前。勲章を得た男爵は一気に公爵まで陞爵している。


「平民では、初めての白百合勲章ですか……彼女の価値が更に上がりましたね」

「その通り。恐らくウィンター公あたりが、ミス・イヴリンを取り込もうとするだろう。まぁ、国王陛下が彼女を守るだろうが、それでもあの家は厄介だ。彼女を養子にして、王太子の婚約者に仕立て上げようとするかもしれない」


 椅子にもたれながら、叔父上は苦笑いを浮かべる。

 ウィンター家は、今は亡き王妃殿下の実家である公爵家だ。元々あの家は、陛下に寵愛を受けていたイヴリンを目の敵にしていたが、彼女が勲章を得るなら取り込んだ方が得だと判断するだろう。

 それに最近、王妃殿下の弟が新たな当主となったらしいが、かなりの野心家だと有名だ。今でさえ貴族社会で大きな発言力を持っているが、更に権力を望んでいるそうだ。


「彼女はレントラー家の恩人だ。彼女が望むならいくらでも助ける手立てはあるが……恐らく望まないだろうね」

「そうですね、あいつは「人間」を頼りませんから」


 そう、イヴリンは悪魔にしか頼らない。全ての願いには対価がつきものだと思い込んでいる。だがその癖に周りの問題には首を突っ込み、当たり前の様に手を差し伸べ助けるのだ。


 俺は彼女に何度も救われているのに、何もお礼を返せていない。……少し位、頼ってくれてもいいのに。そんな事を思っているから、あんな夢を見たのかもしれない。


 気づけば手は拳を作り、唇を噛み締めていた。

 そんな姿を見て、叔父上はその行動の意味が分かるのか笑っていた。








◆◆◆







 屋敷に戻ると、ケリスはお茶会での出来事を怒り心頭で他の悪魔達に伝えた。

 その所為で気持ち悪い位の笑顔を向けるレヴィスに、フォルとステラ。無表情だが背後に禍々しいオーラを放つサリエルにより、私は椅子に縛り付けられ説教を受けた。


 それでも流石にこの国にいる以上、平民の私が王族の命令に従う事しか出来ないのを分かっているのか、最終的には舌打ちを何度もしながら縄を解いてくれたが。


 違法悪魔はこの世界、特にこのルドニア国に集中している。拠点を移して違法悪魔に出会う機会を逃すより、彼らはこの国に留まった方が、私を得られるチャンスが増えるのだ。この国から出て行く事は損だと分かっているのだろう。

 私も今の生活に満足しているので、わざわざこの屋敷を捨てて他国へ行くなど考えていない。縄を解いてもらった後は、まだ怒りが収まらないレヴィスにより、私の苦手なピーマンが多く入った夕食を出された。しかも生だ。おい、いつから自然派料理人になった?


「レヴィス……あの……ピーマン……」

「俺の作った飯に何か不満でも?……ああ、口移しがいいのか?」


 無害そうな、美しい笑顔のまま皿に盛られたピーマンを咥えたレヴィスは、ほれ食えと言わんばかりに顔をこちらに向ける。どうしたものかと顔を引き攣らせていると、次の瞬間、後頭部を掴まれ無理矢理口に入れ込まれた。レヴィスの口から移されたピーマンの苦味に、大きく咳き込んでしまう。


「ぐえっ!苦い!!」

「ご主人様、こちらも向いてください」


 口移しされたピーマンを必死に咀嚼していると、反対側からサリエルの声が聞こえ、再び違う手により頭を掴まれる。されるままに顔を向ければ、今度はサリエルからピーマンを口移しされた。今レヴィスからのピーマンを必死に食べているのに、何故口の中にピーマンを増やす?吐くぞ?


「あーっ!ずるい!僕もやるぅ!」

「私もやるー!」

「サリエルにレヴィス!交代しなさい!!」


 二人の行動を見ていた残りの悪魔達も、皆こちらへやって来て同じ事をしようとする。これ以上は危険だと椅子から離れようとしたが、サリエルに後ろから羽交締めをされ、レヴィスに至っては両足を掴んで拘束してきた。


「まだ残ってるぞ、主?」

「お行儀が悪いですね?次は噛み砕いて口移ししましょうか?」


 美しい顔面で微笑む二人に、私は更に顔を引き攣らせる事になる。

 ……おかげで、今日の夕食はフォークもスプーンも使う必要がなかった。


 


 

 なんとか夕食を食べ終わると、弄られた事による疲れと、空腹が満たされた事により眠気が襲う。私はすぐに風呂に入り、それが終わればベッドに寝転んだ。


「……来週末までに、勲章式用のドレスを見繕わなきゃな」


 前に仕立てた舞台劇用のドレスは黒一色なので、流石にそれを着て行くわけにはいかない。なんやかんやケリスが用意してくれるだろうが。だって私、この世界の流行とか知らないし。




 駄目だ、今日はこれ以上考えれない程に眠い。

 私は目を瞑ると、やがてすぐに意識が遠のいて行った。













 遠くから、小さく囁くように声が聞こえる。


「イヴリン……イヴリン」


 聞き覚えのある声と、昨夜と同じ手が体を弄る感触。

 

 目を開ければ、昨夜とは違い影ではなく、最初からパトリックがいた。昨日と同じ部屋、同じベッドの上。パトリックは熱を孕んだ目でこちらを見て、幼稚な口付けを何回も重ねてくる。

 まさか同じ夢を二回も見るとは思わなかった。今回も体は身動き出来ない、というかする必要がないと頭が考えてしまっている。口だけは動きそうなので、私は重ねられる口付けの間で声を出した。


「パ……パトッ、パトリッ、様ッ!」


 あまりにも口付けを重ねてくるものだから、言葉を放っても意味を成さない。……童貞、がっつき過ぎた。私は別にいいが、将来の奥さんにそれだと引かれる恐れがあるぞ?落ち着け大人になれ。……あっ、いやこれは夢だから、まさか私が望んでいるのか!?


 そんな事より、何かこの夢は可笑しい。パトリックの荒い呼吸に、触れる手や唇の暖かい感触。……夢とはここまで現実的なのか?それにここまで意識がしっかりしても覚めないとは、どういう事だ?


 興奮しすぎて暑くなってきたのか、パトリックは着ていたシャツを脱ぎ始めた。へー夢の中のパトリックはそんな所に黒子があるのか。へーいい体してるじゃん夢の中のパトリック。

 …………なんて呆然と考えているが、流石に気恥ずかしくなってきた。


 それにこれ以上は流石に、夢の中だったとしても駄目だ。純粋な童貞を夢の中で汚すのは申し訳ないし、申し訳なさと恥ずかしさで、もう現実でパトリックを一生見れない。こんなに求められてちょっと興奮してきたが、収まれ私、童貞は面倒だぞ。


 どうにかして目を覚まそうと必死に体を動かしている私へ、パトリックは再び体を覆いかぶせ、頬に優しく触れる。


「イヴリン……俺は……」


 今までと違う、どこか色気のある彼の声色が耳に響き、自分の心臓の音が煩い。体を動かすのもやめて、私は次の言葉が何なのか、検討がついているのに……顔を逸らせない。

 触れる手が心地いい。思わず目を細めてしまう私に、パトリックは穏やかに微笑む。





「俺は………俺は、お前を」






 だが、全ての言葉を放つ前に、私の顔にパトリックから吹き出す血がかかった。

 それは彼の心臓から出たもので、溢れる大量の血は私の顔、体にどんどん落ちていく。



 声の代わりに、パトリックの口から血が溢れた。そのまま暫く痙攣をした彼は、私の隣へ倒れ込む。あまりの衝撃に固まっていた私だったが、倒れたパトリックの後ろにいた人影に気づいた。




 その人影は荒い呼吸をしながら、瞳孔を細くして、獣の様な赤い目を向けていた。

 革の手袋をつけた右手は、血で赤く染まってポタポタと水滴を落としている。握りしめているのはおそらく、パトリックの心臓だろうか。



「……ご主人様、ご無事ですか?」


その人影、サリエルの肌が一部蛇の鱗の様に変化していくが、彼は気にせずに私の安否を確認した。衝撃すぎて固まっていたが、どうやら体を動かせる様になったらしい。私はゆっくりと起き上がり、まだ呼吸の荒いサリエルを見つめた。


「えっと……無事だよ?」

「この男にさせましたか?」

「えっ何を?」

「この男のペ」

「まだ処女です!!!」



 それ以上生々しい事を言わせない為に、首を大きく横に振り否定する。

 ようやく呼吸が落ち着いたサリエルは、やがて大きくため息を溢した。持っていた心臓を床に放り投げ、そのまま血のついた手で私を抱きしめた。あっパトリックの心臓が。


「よかった……」


 弱々しく呟く、珍しいサリエルに目を大きく開き驚く。

 やはりこれは夢だ、あの無表情で無慈悲なサリエルが、こんな幼い姿を見せるなどあり得ない。


 そのまま肩にぐりぐりと顔を押し付ける彼に、無性に母性をくすぐられる。何だこの可愛いサリエルくんは、普段の脳筋悪魔とのギャップが激しすぎる。

 

「サリエル可愛いねぇ。現実でもこうならいいのに」

「…………」


 そう笑いながら、私は顔を肩に埋めるサリエルの頭を撫でた。想像通り絹のように滑らかな黒髪で、だが汗ばんでいるのか湿り気もある。本当に現実の様だ。


 暫く頭を撫で続けていたが、やがてサリエルに手を払われる。そのまま左手で頭を掴まれると、意識が段々と遠のいて行くのが分かった。どうやら夢から覚めるらしい。ちぇ、折角可愛いサリエルが出てきたのに。






 だが意識が遠のく中、無表情でこちらを見つめるサリエルの耳が、真っ赤になっているのが見えた。








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