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32 少しずつ変わった朝

私達悪魔は、基本的には個人でしか動かない。


 弱肉強食の地獄の世界で、その頂点に立つ「あの方」以外には従わない。それは悪魔が皆、己の利益しか考えない、堕落した性質を持っているからだ。


 多少は上位悪魔となれば理性を持っているが、それでも人間の理性よりも遥かに幼い。だから一人の人間に五人の悪魔が契約しているなど、ご主人様の体と魂でなければ有り得なかっただろう。最高の獲物を前に、皆ない理性を必死にかき集め、三十年間協力関係を築いていた。

 

 だが、最近それも崩れ始めている。……それはご主人様を取り巻く人間関係や、最近の違法悪魔関係の所為だ。




 朝、いつもの様にご主人様の朝食を準備する為に、サリエルは紅茶を淹れるための水を沸かし、レヴィスは朝食のオムレツを作り、そして私は昨夜下準備されていたパンを焼く。もうじき出来上がるので、フォルとステラはご主人様を起こしに向かっている。

 特に話す内容もないので、全員無言で作業を進めていたが、懐中時計で沸かす時間を確認していたサリエルが口を開いた。


「レヴィス。前回の対価で、随分ご主人様を嬲った様だな」


 その言葉に、オムレツを皿に盛り付けながらレヴィスが頷いた。


「あー……まぁそうだが、過剰対価じゃないぞ?今回は中位悪魔の術を解いたんだからな」

「そこまでの内容なら、腕を喰う事も出来ただろうに何故しなかった?」

「その時は、食欲より性欲の方が勝ってたんだよ。……何ださっきから、嫉妬か?」


 レヴィスは、皿にサラダを盛り付けながら鼻で笑った。

 懐中時計を胸ポケットにしまい、沸いた水へ茶葉を入れながらサリエルはため息を吐いた。


「……いや?久しぶりの対価で体を求めたのに、ご主人様は最後までさせてくれなかったのかと、哀れに思ったんだ」


 大きな音が鳴った、レヴィスが作業台を強く叩いたのだ。叩いた周りからはレヴィスから出た海水が漏れ始めている。肩を動かしながら呼吸をし、怒りの表情をサリエルへ向けた。

 サリエルはそんな姿を見て、嘲笑うように目を細めた。


「あそこまで匂いを付けておいて処女のままとは、随分とお前は幼稚な手付きだったんだな?」

「……そこまでは過剰対価だったんだよ、アンタこそ前は口付け以上の事を求められなくて残念だったな。小鳥みたいに可愛く啄んでいたのか?」


 二人の間に雷が落ちた。お互い相手を殺しそうな目線で睨んでいる。

 ご主人様と契約した悪魔は五人とも上位の悪魔だが、サリエルとレヴィスは上位の中でも群を抜いている。ご主人様と契約する前からこの二人の存在は知っていたが、お互い反りが合わないと分かっていたのか全く関わっていなかった。……だが、ご主人様の存在は、そんな二人が青筋を立てながらでも協力関係を築く程なのだ。


 最近、ご主人様はこの世界の人間とやけに関わりを持ち始めた。

 特にレントラー家の子息なんて、あれ程嫌がっていたレヴィスに対価を与えてまで助けた程だ。しかも好意を持たれているのを分かっているのに、子息が童貞だから手を出してこないと思っているのだろう。……奴はインキュバスの血を持っているのだ。いつ能力が開花して、夢の中でご主人様を孕まされる様な事があっても可笑しくない。だから出来る限り、関わりを持って欲しくないのだが。


「忘れたのか?前に僕はご主人様に求められていたんだぞ?それを台無しにしたのはお前達だろう?」

「汚い蛇舌で脅して無理矢理だろ?興奮して涎垂らしてた様な奴が、主を満足させれると思えないがな?」

「満足?お前がそれを言えると思っているのか?」

「は?」

「あ?」


 ……早く、ご主人様達が来てほしい。

 この悪魔二人の喧嘩を止めれるのは、ご主人様しか居ないのだから。

 






◆◆◆






 身体中が痺れる感覚がする。だが別に苦しいという程ではない。


 目を開けると全く知らない寝室だった。ただやけに豪華な寝室で、どこか既視感に近いものがある。……それは窓の形、壁の模様だったり、天井に吊るされたシャンデリアに見覚えがあるからだろうか?


 そんな事を思っていると、ベッドで寝ているらしい私に誰かが覆いかぶさった。真っ黒の影で顔の輪郭も見えないが、やけに知っている匂いで、嫌いじゃない。


 その影は顔に近づき、やがて唇に柔らかいものが襲い掛かる。

 多分、口付けをしているのだろうか?抵抗したいが体が痺れているし、何故か分からないが、受け止めなくてはという使命感がある。


 何度も離れて、すぐにまた塞がれる幼稚な口付けを受け入れながら、やがて影の右手が体を弄り始める。

 まさか、この前のレヴィスに対価を与えた際、家に帰った時に他の悪魔が怖くて処女喪失を拒んでいたが、心の内はここまで望んでいたのだろうか?……うん、あり得る。


 まぁ夢の中だし、別に求められる所まで行ってしまっていいだろう。

 なんて思って受け入れていたら、やがて影から声が聞こえてきた。




「イヴリン……イヴリン……」




 …………待て、聞いた事あるぞこの声。興奮して上ずったものだが、それでもこの声を間違えるはずがない。

 私は一気に冷や汗が出ながら、震えた手で影の頬に触れた。






 そうしたら、影は一気に消えてしまった。

 代わりに目の前に、頬を赤く染めてこちらを求めるパトリックがいた。






「うわーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「もぐっ!?ご主人さまぁ!?」

「もぐぐ!?ご主人さまー!?」




 勢いよく起きあがると、側からフォルとステラの驚いた声が聞こえる。

 周りを見れば自分の部屋、そして窓は明るいから朝だろう。ベッドの上には私を驚かそうと寝具の中に潜っていたフォルとステラがいる。おい、何故私の両手の指を舐めている?私の指はペロペロキャンディーじゃないんだぞ。



 ……だが、そんなのは今はどうでもいい。

 私は再び寝具の中に潜り、心臓の音を鎮める為に何度も深呼吸をした。


「あり得ない……あの童貞となんてあり得ない……」


 周りでフォルとステラが慌て始め、何度も私の名前を呼んでいるが……今は答えられない。


 最悪だ、今日は王太子とのお茶会があるのに。

 


「絶対に、童貞の顔見れない」

「ご主人さまー!童貞がどうしたのぉ?」

「童貞が好きなのー?」

「好きじゃない!!!」



 

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