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31 初恋


「この人殺し!!私の息子を返せ!!!」



 翌朝、結局一睡もせずレヴィスに対価を与えていた私は、疲れる体に鞭を打ちながらレントラー家の馬車へ向かった。

 ちなみにレヴィスは、鼻歌を歌いながら上機嫌で馬車の馬の準備をしている。馬が奴に怯えて変な震え方をしているので、可哀想だから無闇に近づかないであげて欲しい。


 パトリックやエドガーもやって来て、さぁ帰ろうと馬車に乗ろうとした所で、後ろから金切り声が聞こえた。

 声で誰が来ているのか分かった為、私は大きくため息を吐いて後ろを向く。やはりそこには車椅子に乗ったミザリがいた。彼女は人でも殺しそうな程の鋭い目線を私に向けている。


「お前の所為でヨーゼフは死んだ!あの子を返せ魔女!!」


 あながち間違いでは無いので無言でいると、他の帰路につこうとしていた貴族達がこちらを見てきた。皆私に向けて怯えた目線を向けてくるが、どう考えても頭がイカれているのは老婆の方だろう。まぁ自分の「魔女」という通り名と、社交性の無さが仇となっているのかも知れないが。


 パトリックは今にもミザリへ襲いかかりそうな目線を向けているが、それをエドガーが肩を叩いて止める。


「これ以上関わる必要もない。帰ろう」

「…………はい」


 不服そうなパトリックだったが、今のレントラー公爵の立場であるエドガーには何も言えないのか、唇を噛み締めながら馬車の中へ入っていった。何とも優しい男である。私の為にそこまで怒らなくても良いのに。


「ミス・イヴリン。君も早く馬車に乗りなさい」


 エドガーが柔らかい微笑みをこちらに向け、馬車に乗るのを手伝う為に手を差し出す。

 私は小さくお辞儀をして、その手を受け入れようと自分の手を出した所で……完全に無視をされていたミザリが、車椅子を懸命に動かす音を出しながら、再び大きく騒ぎ出した。


「その貧相な体で高位貴族を誑かして、さぞ良い気持ちでしょう!?こんな魔女を贔屓する公爵家も!国王陛下も皆操られているのよ!!」


 後ろの声に、私は手を差し出すのをやめた。それを傷ついたと思ったのか、ミザリは嘲笑いながら甲高い声を続ける。


「ねぇ貴女!陛下に一体どれだけ足を開いたの!?早くに王妃様も亡くされた陛下の弱みに付け込んだんだろうけど、あの老いた陛下の体を、どうお慰めすれば寵愛を受けるのかしら!?」

「ミザリ夫人!それ以上は不敬罪に問われても可笑しくないぞ!」


 流石に堪え切れなかったのか、エドガーが顔を真っ赤にしてミザリを怒鳴りつける。現公爵家当主に怒鳴りつけられ一瞬怯んだ様だが、ミザリは鼻息を荒くしながら車椅子の肘掛けを叩く。



「本当の事を言っているだけでしょう!?魔女に誑かされている愚王だって!!」




 叫ぶ様に出したその言葉の後、周りは目線を落としながら静まりかえった。





 ……私は大きくため息を吐いて、後ろを振り返る。

 そのまま昨日と同じ、ゆっくりと彼女へ近づいた。……ただ違うのは、これから出す声が全て、冷たい刃の様に尖っている事だろうか。


「ミザリ様。私は貴女の事を、この街の犠牲者だと思っていました。痩せた土地を父親から譲り受け、そして心を許した親友を殺され、最後には息子まで悪魔に誑かされた貴女を」


 こちらを睨んでいたミザリは、近づく私の表情を見て顔つきを変えていく。

 やがて其れが恐怖した表情だと気づいた頃には、私は彼女の車椅子の肘掛けに手を置き、顔を近づけていた。


「……でも違いました。貴女のこの全ての不幸は、全て貴女が呼び寄せた自業自得。領民を統制出来ず親友を失い、息子を止められず罪のない人を犠牲にした」


 過呼吸の様に口で呼吸音を鳴らす彼女へ、私は耳元で小さく呟いた。




「私の前で、これ以上アレクの事を言うなら息子と同じ目に遭わせてやる」




 私はどう言われても気にしない。だが陛下を、アレクを言うとなれば話は別だ。

 吐く息に怯え、ミザリはそれ以上何も言わなくなったので、私は彼女から離れてエドガーへ手を差し出した。


 だが一向に手に触れず、エドガーは呆然とこちらを見ていた。


「……エドガー様?」

「えっ?……す、すまない!!」


 ようやく気づいたエドガーに慌てて手を握られ、私は馬車の中に入ると……物凄い殺意を込めた目線をミザリへ向けている、レヴィスとパトリックがいた。

 思わず引き攣った表情になっていると、レヴィスは眼光鋭くしながら口を開く。


「主、老いた肉は燻製にすれば美味いぞ?」

「早く馬車を動かしなさい」



 普段通りのレヴィスすぎて、怒りもおさまってしまった。





 






◆◆◆







 ミス・イヴリンを屋敷へ送った後、私は仕事の為に中央区にある自分の家へ向かった。と言っても最近は期限付きの公爵となってしまったので、帰るのはアビゲイルの視察帰りぶりだろうか。

 仕事以外碌に趣味もないので、家の中は相変わらず殺風景なものだ。


「……疲れたな、流石に」


 荷物を適当に置き、タイを緩めながら酒でも飲もうと地下室へ向かう。確か貰い物の赤ワインを置いていた筈だ。酒なんて滅多に飲まないので地下室へ置いていたが、今日ばかりは飲まなければやってられない。


 地下室には亡くなった母の形見や、幼い頃の自分の写真など様々なものが置かれている。と言ってもそれはほんの一握りで、ほぼ仕事に関係ある物ばかりだが。


「確か、ワインはこの辺りに置いていたな……あった」


 記憶を頼りに荷物を探っていると、埃を被った上等な赤ワインがあった。それを見つけ取り出した際、隣にある箱から何かがはみ出しているのを見つけた。気になり箱を開けると、どうやら幼い頃の自分の宝箱らしい。母から譲り受けた硝子細工の髪飾りや、紙飛行機までも中に入っているが、はみ出していたのは一冊のノートだった。


 幼い頃の私は、座学が好きではなく外を散策するのが好きだった。中央区にいる大人達の話の方が、家庭教師から教わる事よりもやけに輝いて見えたものだ。……だから、宝箱の中にノートが入っているのが意外だったし、それを入れた記憶もない。

 私はワインを小脇に抱えて、その古びたノートを開いた。





『いやだ 忘れたくない 初めてなんだ ここまで いやだ 消えないで』


 予想に反して、ノートには殴り書きをされた単語が並べられていた。

 余程焦っていたのかインク量の調節が出来ておらず、やや滲んでいる。


『書きとめなくては 焦茶色の髪 夜みたいな真っ黒な目 うすい唇 化け物を見つめる目』

『ぼくも見てほしい あの目でぼくも見てほしい ぼくにさわってほしい』


 ……まるで、自分が書いたように思えなかった。

 だがこの拙い文字を見ていると、心臓の音が煩くなっていく。



 私は、そのままノートのページを進めていき……そして、最後のページに辿り着いた。





『ぼくをこんなきもちで無茶苦茶にした あの子が欲しい』








 ノートを閉じ、私は堪える事が出来ず声を出しながら大笑いした。地下室に私の笑い声が響く、この場に誰かが居れば気でも狂ったのかと思われそうだ。


 やがて笑うのをやめた私は、汗でへばりついた髪を掻き上げてそのノートを見る。



「昔の私が一体、どんな子へこれ程の執着をしていたか知らないが……女の趣味は変わっていないみたいだ」



 伯爵家を立ち去る時、老婆へ向けたおぞましい彼女の目線。耳に残る冷たい声。

 

 あの姿を見た私は切実に願った。

 老婆へ向ける目線を、声を、無慈悲なまでの冷酷な言葉を。全て自分へ向けて欲しいと。

 



 私はノートを元の場所に戻して、まるで初恋のやり直しの様な今の状況に、胸が躍った。












「…………思い出しました」

「えっ、どうしたの急に?」


 ようやく屋敷に帰って来た私は、中庭でサリエルの淹れてくれた紅茶を飲んで休んでいた。彼の淹れるお茶が疲れた体に染み渡る、最高の時間だ。



 私とレヴィスが屋敷に着くと、レヴィスの使い魔であるコウモリを鷲掴みにしながら、サリエル達が馬車まで駆けつけて来た。そして降りた私の体を全員で触り始め、暫くして「よかった処女だ」とか何とか言い始めるのでパトリックとエドガーが顔を真っ赤にしていた。なんて下品な悪魔達だ。


 私は帰ってこれなかった事情を説明した。全て聞き終えるとサリエルは無言でエドガーの頭を掴む。驚いていたエドガーだったが、すぐに意識を無くして倒れた。どうやら悪魔関係の記憶を全て抹消したらしい。なんと仕事の早い男だ、流石脳筋執事。





 とまぁ色々あり落ち着いた所で、紅茶を優雅に飲んでいた時に、思い出した様にサリエルは呟く。私は何の事だと首を傾げるが、サリエルはこちらに紅茶のおかわりを注ぎながら話を続けた。


「あの商人の男。二十年ほど前にご主人様と出会っています」

「え!?」

「ご主人様が見つけた悪魔が暴れ出し、路地裏にいた子供を盾に逃げようとしたのを覚えていますか?」


 ……そう言われれば、何となく記憶がある。

 違法悪魔が最後の最後で暴れ出し逃げて、サリエルと追いかけると小さな子供を盾にしていたのだ。だが高位の悪魔であるサリエルにそれで叶うはずもなく、すぐに悪魔は地獄へ落とされていた。

 そこからサリエルは悪魔を逃さず確実に仕留める為に、手で心臓を抉るなんて方法を取り始めたのだ。……確かに、その時の子供の顔は覚えていないが、結構特徴的な肌色だった気がする。


「その際に、子供を盾にした悪魔に、高圧的に罵倒するご主人様に興奮している様でした。事が事だっただけに、悪魔の記憶を消す際にご主人様の記憶も消したのですが……」

「……ですが……?」

「その子供、記憶を消して欲しくないと、泣きながら懇願していた記憶があります」

「サリエルが怖かったんじゃない?」


 頭を鷲掴みにされた、痛い。

 

「でっ、でも凄いね!?まさか子供の頃のエドガー様に会ってたなんて!運命じゃない!?」

「そんな運命、豚の餌にしましょう」

「どうしたのサリエルくん!?物言いが強いね!?」

「ご主人様から、やけにレヴィスの匂いがするのが腹立たしいんです。対価何を望まれたんですか?舌しゃぶる位じゃこうなりませんよね?」

「…………………」

「僕にだんまりが通用するとでも?」




 

 サリエルの鋭い目線と共に、私の頭蓋骨が悲鳴をあげた。






狩猟大会編はこれにて終了です。

ちなみにレヴィスの使い魔は、無事に彼の元へ返されました。

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