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30 母は狂う



 私とパトリックが外へ出ると、何故かレヴィスは失神したエドガーを担いでいた。何をしたのか問いただそうと睨んだが、どうやらエドガーはハリス伯を追いかけて、小屋の隠し通路で偶然レヴィスと遭遇したらしい。


「え!それでちゃんと持って帰ってきたの!?えらじゃないかレヴィス〜〜〜!!!」


 今回レヴィスは相当機嫌が悪かったのに、嫌いな男をよく五体満足に連れて帰ってきたと褒めて頭を撫でた。嬉しそうに頬を擦り寄せるレヴィスを見て、隣で肩を貸していたパトリックは顔を引き攣っていた。 ……まぁ、レヴィスは非常に嫉妬深いが、それ以上に甘えたがりなのだ。本人は認めたくない様だが。


「主、他の悪魔も全て地獄へ返した。雨も止んだし、朝になったら屋敷へ帰ろう」

「うん。……悪魔探しは終わったけど……この領地の惨劇、また記者がうちに押し寄せるだろうなぁ……」


 今回の事件は、レントラー夫人殺害事件よりも新聞に大々的に載せられるだろう。該当するハリス家が、認知症の老婆以外死亡しているので書きやすいのもあるが……何せ六十年もの間、人が虐殺され、それを貴族が行っていたのだ。平民社会や、貴族社会にも大きな波乱を落とすだろう。……私は全く関係ない事にしてもらおう。






 私はパトリック、レヴィスはエドガーを其々相手の部屋まで送る事にした。

 屋敷へ戻ると、銃声の音で起きた参加者や伯爵家の使用人達が、皆居なくなっている参加者がどこにいるのか分からず混乱している。家長が居ないので、参加者は使用人達に詰め寄っているが、彼らは言葉を濁していた。

 そんな周りを他人事の様に、静かに私達は進む。パトリックの方を向くと、彼は下を向いて唇を噛み締めていた。……本当に優しい男だ。


「契約するなら、パトリック様みたいな悪魔が良かった……」

「……返答に困るんだが」

「返答しなくていいです」


 私は今回の事件で、自分の契約した悪魔をあまり信頼してはいけないと学んだのだ。奴らは所詮、私の体目当て。三十年間……もはや夫婦なら、とっくに銀婚式を終えている程の月日を悪魔達と過ごして、やや彼らを仲間だと思ってしまっていた。



 パトリックは心配そうな表情でこちらを見ているが、私にとっては彼の足の方が心配だ。治してやりたいが、彼に私の体液で治せると伝えた際、先程の口付けの事だと思ったのか全力で拒否された。

 口付け以外にも色々方法はあるのだが、伝える前に拒否され続けているので諦めた。善意の押し付けをする必要はない。








 パトリックを部屋へ送った後、私は疲れた体を引き摺りながら自室へ戻る為に足を進めた。


 流石に疲れた。早朝から聞き込みをして、夕食も食べずに他の参加者の猟銃を借りてドンパチして来たのだ。かつて陛下に何度も狩りに付き合わされたのが、まさかここで役に立つとは。





 廊下を歩いていると、前からカラカラとタイヤの音が聞こえた。疲れで下を向いていた私は、その音の正体を知るために顔を上げる。


 


 ……そこには、車椅子に乗った老婆がいた。

 息子と同じ焦茶色の長い髪に、澱んでいるが深緑の瞳。彼女は何も声を出さず、まっすくにこちらを見つめている。



 私はそんな彼女に笑いかけた。



「……この結果は、貴女が思い描いた通りでしたか?」


 問いかけても答えはないと思ったのだが、意外にも彼女は震えた唇を動かす。


「ええ満足よ。忌まわしい悪魔共を殺して、そして悪魔に誑かされた息子に、罰を与えてくれて有難う」


 ……目の前にいる、一人では動く事が難しい彼女。

 丁度良い、私は彼女に、どうしても確認したい事があった。



「もし宜しかったら、少しお話ししても?」




 私の言葉に頷いてくれたので、彼女の元へ歩みを進めた。



「……そもそも、領民と貴族の集合写真に、何故奴隷だったマーシャが写っているのか?あの時代の奴隷達は人として扱われていなかったと記憶しています。……あの記録帳は、どちらかと言えば代々伝わる事務的な記録帳ではなく、家族の思い出記録の様でした。マーシャは毎年の集合写真に写っており、それ以外も個人だけの写真もありました。……余程その時の記録帳の持ち主と、仲が良かったのでしょうか?」


 ゆっくりと進む私を、彼女は見据える。

 表情はとても穏やかなもので、とても認知症とは思えない。


「狩猟大会で狩りをする悪魔達は、獲物の参加者の情報を聞き取りハリス伯へ伝えていました。おそらく悪魔が狩る獲物を選んでいたのは、契約で伯爵と決まっていたのでしょう。……そうなると、六十年前奴隷だったマーシャ以外、残りの何人かの領民は何故選ばれたのでしょうか?」




 

獲物を決める事なんて、契約以外で人間に従わない悪魔が、勝手に決めているのが普通だ。だが今回の悪魔達は皆、獲物の情報を伯爵に伝えている。つまりは獲物の最終決定は伯爵で、それも契約に含まれていたのだろう。

 それならば、六十年前奴隷だったマーシャが獲物となるのは分かる。……だが、他の数名の領民達は、どうして選ばれなければならなかったのか。




 彼女はゆっくりと目を伏せながら、ずっと足元に掛けていたブランケットに触れる。


「これ、体の弱い私の為に、六十年前生贄になる前夜にマーシャがプレゼントしてくれたの。あの子は本当に優しい子でね、貴族と奴隷で位も違ったけど、それでも親友だった」

「ならどうして、マーシャを悪魔へ?」


 その言葉に、彼女は触れていたブランケットの端を強く握った。


「……ある日、この領土の豊穣を約束すると悪魔が囁きかけてきた。対価に人の命が必要だと知ったから、私はそれを拒んだわ。もう人が何かの所為で居なくなるのは嫌だったもの。……でも、それを聞いていたのは私だけじゃない。何人かの領民達も聞いていたの」

「…………領民達は、貴女と考えが違ったんですね」

「ええ、そして奴隷だったマーシャを無理矢理対価にしたの。自分達がこの先、生きるためにね」


 彼女とすぐ近くで立ち止まる。

 目の前の彼女は、目を伏せたまま語り続ける。


「食い散らかされたマーシャを見つけた時、私は自分がどれだけ無力で、綺麗に生きていたのか理解したわ。お父様は戦争で武勲を立てられたけど、私はただの小娘。……私は、マーシャの無念を晴らすために、彼女の皮を対価にして悪魔達と契約した」

「……そして、貴女は狩猟大会を開いた」

「ええ、自分達が殺した人間(マーシャ)に、命乞いをしながら喰われていく姿は最高に滑稽だったわ。一気に殺すと怪しまれるから、毎年一人ずつ確実に殺して行った。初めの方に喰われた者は、契約した悪魔達に皮を与えていって……それが終わった後は、その人間の記憶を消してもらった。狩猟の為に動物を体格のいいものに悪魔に変化してもらったお陰で、他の領地からも参加希望する声もあったり、益々この領地は豊かになっていったわ」


 その当時の記憶を思い出しているのか、顔を上げた彼女は嘲笑った表情を見せた。……だが、この続きは転落だ。私は続きを話す為に口を開いた。


「貴女の思惑通り、最初は進んだかもしれません。……しかし、契約は貴女の復讐したい相手がいなくなるまで。こんなにも簡単に人間を食らう事ができるこの環境を、悪魔は惜しく思った。……だから、ある悪魔は貴女の息子、ハリス伯と関係を持った」


 その言葉に、彼女は一気に憎しみに満ち溢れた表情へ変わる。


「あの蛆虫は!勝手に息子との間に子供を作って「この土地の豊穣と私達の子供の為に、人間の血肉が必要」と息子を誑かした!!純粋なあの子は私の静止も聞かずに、蛆虫に言われるままに狩猟大会での狩りを続けていったのよ!!」


 震える手で何度も車椅子の肘掛けを叩きながら、自分の息子を誑かした悪魔へ憎しみをぶつける。

 本来ならば彼女の復讐で終了する筈だった人間狩りが、味をしめた悪魔により続けられる事になってしまった。それも息子が率先し、やがて家長となった息子は妻娘の為に更に人を増やしていった。

 狩りを辞めさせようと彼女が何度も伝えたのだろうが、悪魔に誑かされている人間を解き放つのは難しい。まるで、親友と息子を盗られたようで相当に堪えただろう。



 肘掛けを何度も叩き、暫くすると肩で息をしながら、赤く腫れてしまった手を労わっている。

 やがて彼女はこちらへ嬉しそうに微笑んだ。


「でも、貴女が蛆虫達を退治してくれたお陰で、またヨーゼフは私の元へ帰ってきてくれる。……本当に感謝しているのよ、流石「辺境の魔女」様ね」

「…………」



 ……彼女は、息子が心から妻と子供を愛していたのを知らなかったのだろう。そして妻達の裏切りに、耐えられる程強くなかった事も。

 まだ全ての真実を知らない彼女は、息子が自分の元へ戻ってくれる幸福に浸っていた。





 もう話す事はない。私は再び部屋に戻る為に歩みを進めた。


 

 先代伯爵は、こちらに気づかずに息子の名前を呟き、頬を赤く染めた。















 つい話し込んでしまい遅れたが、恐らく部屋にはレヴィスが待っているだろう。


 何せ奴には、久しぶりの対価を受け取る時間が待っているのだ。ここまで散々腹を立たせてしまったので、恐らく簡単には解放してくれなさそうだ。……正直、物凄く行きたくないが、契約違反などする事は出来ないので、ため息を吐きながら部屋の扉の前に立つ。


 そのままドアノブを回そうとしたが、その前に内側から扉が開かれる。


「遅いぞ主、逃げ出したかと思ったじゃないか」

「ひぃっ!!」


 扉の向こうには、物凄い笑顔のレヴィスがいた。思わず悲鳴が出てしまうほどに恐ろしい。だが、奴は私の腕を掴みそのまま部屋の中へ引っ張る。


 そのままレヴィスは軽々と抱きかかえて、あっという間に唇を合わせてくる。いつも思うが、なんてスマートなんだ。あと許可なく唇を奪うな、お前もサリエルも。


 暫く口付けを楽しんだレヴィスは、灰色の瞳を細め、やけに色気がある美しい笑みを向けた。


「豚声しか出なくなる程に犯してやるから、何回トんだか、一緒に人間の言葉使って数えような?」


 全く顔に似合わない下品すぎる言葉を放つ悪魔に、抵抗が出来ない私は顔を引き攣らせる。……最近、何故悪魔達は食欲よりも性欲を満たしたがる。どうした、皆ちょっと前までは血やら髪やらだっただじゃないか。皆思春期なのか?何歳だお前らは?


 ……私は、眉間麗しく、そして興奮した鼻息だけは抑え切れていないレヴィスへ怯えながら、叶うか分からない願いを伝えた。



「あ、あの、処女のままでいさせてくださ」



 全てを言う前に、もう一度唇を塞がれた。なんて奴だ。









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