27 銃声
8/26…ほんのちょびっと、言葉を変えました。
触れる藁の感触、生臭い匂い。目を開けても、明かりがなく薄暗い部屋。
体を動かそうにも縛られているのか身動きできない。
ここは一体どこだ?どうして縛られている?
どうやら頭を殴られた様で、少しでも動けば頭が痛む。俺は目を凝らして周りを見ながら、こうなる前の記憶を思い出そうとする。
「……俺は……そうだ……あの時、参加者が襲われたのを見て……」
そうだ、俺は狩猟大会中に物音が聞こえて、様子を見にいったんだ。伯爵邸の庭に近い場所で、「ソレ」を見て……。
……すると、部屋の奥から咀嚼音が聞こえている事に気づいた。何かを引きちぎりながら食べているのか、ブチブチと音も聞こえる。
俺は目を凝らして奥を見ようとしたが、やはり暗すぎて見えない。……だが、俺の動く音で気付いたのか、咀嚼音が聞こえ無くなった。
「あら?起きたんですね。ごめんなさい、今食事中で」
それは聞き覚えのある女性の声だった。
恥ずかしそうに笑いながら、女性は立ち上がり部屋のカーテンを開ける。
カーテンが開けられ、月明かりで部屋の中が見る事が出来た。
自分の周りに、無数に人間の骨が置かれていた。古いものから真新しい血肉がこびり付いたものまである。先ほどの匂いはこの匂いだったのだろう。あまりの恐怖で吐き出しそうになるが、それを必死に抑えた。
「まさか、パトリック様が悪魔の血を持っていたなんて。お陰で他の参加者の様に、術が効かないんですもの」
「……術」
そういえば、イヴリンと契約していた悪魔も同じような事を言っていた。悪魔の血を引く者には、悪魔の術が効かないと。
奥にいる女性の周りは薄暗く、顔がまだ分からない。だがゆっくりとこちらに近づいているのか、足音が段々と近くなっていく。
「パトリック様とエドガー様には感謝しています。あんな素晴らしい人間を、この屋敷へ連れて来て頂いたんですから」
「……イヴリン」
「そう!イヴリンさん!身内もおらず、使用人と暮らす寂しい方!なんて好都合な人間なんでしょう!」
どんどん近づくにつれて、女性は月明かりに照らされ、姿が露わになっていく。
「六十年ここで人間を食べて来ましたが、あんな素晴らしい肉体は初めて見たわ!」
「……あいつに、何をした」
「まだしてません。……最後のメインの前に、前菜が必要でしょう?」
やがて女性の姿が、完全に露わになった。
やはり思った通り、そこにはマーシャ・ハリス夫人がいた。普段美しく整えられている髪は荒れ果て、口元には血がこびりついている。……夫人の後ろには、肋が露わになった人間らしき肉塊があった。
「同族を食べた事はありませんが、パトリック様は人間寄りの思考をお持ちみたいですし……少し味にも興味があるわ」
この現場に反して、優しく微笑む夫人を俺は睨んだ。
「ふざけるな!!公爵家の人間を殺して、無事で済むと思うのか!?」
「ええ、ですから術でパトリック様の存在を皆から消しました。参加者も公爵家の人間も、エドガー様もイヴリンさんも、パトリック様の記憶はありません」
「はぁ!?」
夫人は嘲笑いながら、俺の首を掴み持ち上げていく。女性の力では考えられない姿に、本当に夫人が、母上を殺したスザンナや、イヴリンの使用人達と同じ悪魔である事を理解した。
首を掴まれているからか、息が上手くできない。暴れるが全くびくともせず、逆にどんどん首は絞められていく。だらし無く唾液が出た所で、夫人は更に顔を歪めていった。
「お父様の様に精神を病んでのたれ死ぬより、さっさと死んでしまった方が楽でしょう?この田舎でも噂になってますよ?……お父様、ゴミ溜めでお亡くなりになっていたんでしょう?お母様も使用人に殺されて……本当に可哀想」
「っ……」
「地に落ちきっている公爵家で、どれだけ努力しても過去は消えない。無様すぎませんか?そんな人生で生きるのは」
……分かっている。両親のした罪で、俺がどれだけ努力しても、領民の公爵家への失望は消えないと。公爵家として相応しくない家だという事も。
それでも……俺はこのままでいいと、そうイヴリンが言ってくれたのだ。俺の記憶が消されたとしても、俺は彼女を覚えている。……俺が覚えているだけでいい。
「っ……ざ、けるな……!!」
彼女の事を考えれば、妙に力が漲ってくる。力を込めれば、腕を縛っていた縄は千切れた。俺は次に、首を掴む夫人の手を握り締め、もう一度力を入れれば夫人の指が何本か折れる音がした。夫人は激痛で叫び声を出しながら首から手を離し、俺は床に倒れる。
歪に曲がる手を労わり、こちらへ激昂した表情を見せる夫人は、目から口から蛆が溢れていく。強烈な匂いに顔を歪めながら、俺は必死に立ち上がり夫人を見た。
「俺が無様かどうかは!俺が決める!!部外者は黙っていろ!!」
そう叫んだ時、自分の後ろにある扉が、大きな音を鳴らして倒れた。
それと同時に直ぐ側で銃声が聞こえる。
蛆が顔についた所で、銃弾は夫人の頭を撃ち抜いた事を知る。
突然の出来事に驚いていたが、銃をリロードする音と共に、焦茶色の髪色が見えた。
どうやらその人物が夫人を撃ち抜いたらしい。……その人物が見えた時、心臓の音がやけに騒々しくなる。
そこには、猟銃を持ったイヴリンがいた。扉を蹴破ったのはレヴィスなのか、手を払いながら彼女の後ろに立っている。
「パトリック様!ご無事ですか!」
「……イヴ、リン……どうして」
夫人が言っていたのが本当なら、彼女は俺の事を忘れているはずだ。なのに何故おぼえている?
リロードを終えた猟銃の銃口を、夫人の方へ向けながらイヴリンは答える。
「消された記憶を、対価を払って戻してもらったんです」
「対価って……」
それ以上聞く前に、彼女の体に後ろから手が這わせられていく。手を這わせているレヴィスは、こちらに美しい顔で笑いかける。……意味を理解した俺は、気づけば歯軋りをしていた。
イヴリンは邪魔そうに体を暴れさせると、レヴィスはつまらなさそうに離れていく。
彼女は大きくため息を吐いた後、頭を猟銃で撃たれても立っている夫人を睨んだ。
「ミザリ様の言っていた「獣は、この屋敷を恐れて、近づいてくる事はない」という言葉。……狩猟大会の獣は、この屋敷を恐れ周辺には来ない。だから中庭で聞いたあの銃声は、獲物を見つけたものではない。そうミザリ様は教えてくれていた」
イヴリンは俺を見て笑いかけた。
「偶然現場を見たパトリック様は、止める為に銃を撃った。その所為であんな庭の近くで大きな銃声が聞こえた。……パトリック様は、悪魔の血を持つから術が効かない。だから、貴女達は仕方がなく捕らえる事にした」
すると、猟銃で撃たれ頭が半分無くなっている夫人は、割れた部分から蛆を出しながらゆらゆらとイヴリンの元へ向かう。
「私ハ、アの時庭にいたノに……ドウして私が悪魔ダッテ……」
「……今言ったでしょ「貴女達」って。貴女だけと思っていないし、誰が悪魔で誰が人間なんて、どうでもいい」
近づく夫人へもう一度、今度は右足を撃つ。右足は膝から下が引きちぎれ後ろへ飛んでいく。夫人は再び甲高い叫び声を上げた。
イヴリンはレヴィスから一冊の古書を受け取り、床へ投げつける。投げつけられた衝撃で、古書のページが開き、ある写真が目に入った。
……その写真と、その年代に俺は目を大きく開いた。
「これは、百年前から現在まで続く記録表。その時代の領地の風景や、伯爵家の家族写真が載せられている。……百年前はこの領地は荒れていたのに、急に六十年前から緑が溢れ、農業も盛んになった。……それにこの写真、六十年前のものなのに、どうして貴女や狩猟大会に出ていた領民がいるの?」
開かれたページには、六十年前の年代が刻印された写真に、当時のハリス伯と家族、そして領民の集合写真が載せられていた。
………その領民の中に、今と全く同じ姿の夫人や、大会に参加していた領民たちもいる。
「ハリス領地は六十年前からずっと、領地の豊穣の為に生贄を捧げ続けていた。狩猟大会は、人間が獣を狩る大会と、貴女達悪魔が人間を狩るものでもあったの。……それを、伯爵も人間の領民達も知っていた。伯爵達には「この豊穣を保つには毎年生贄が必要」とでも言っていたんでしょう?……本当は、六十年前の一度だけでいいのに、貴女達は彼らを騙した」
イヴリンはもう一度撃つ為に、リロードをして夫人を狙った。足が動かなくなった夫人は、蛆を撒き散らしながら叫んでいる。
イヴリンはそんな姿を睨み、再び銃口を向ける。
だが、その前に猟銃ではない、別の銃声が鳴った。
その音と共に、後ろでイヴリンを見ていたレヴィスが前へ倒れる。いきなり後ろで聞こえた銃声と、倒れる音にイヴリンは驚きそこを見た。
「レヴィス!!」
イヴリンは、倒れたレヴィスに向かって驚愕した表情で叫ぶ。俺は慌てて体を動かし、レヴィスの後ろにいる人物を見た。
そこには小さな少女。ドロシーが煙の出ている小型拳銃を持っていた。
少女は、こちらへ歪んだ笑みを向けた。
25と26話で、レヴィス以外は一度もパトリックの名前も存在も言っていなかったのですが、もしかしたら「あれっ?」って思ってくださった方も居たのでしょうか……いらっしゃいましたら、全力で称えたいので教えてください。




