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24 鹿は熊には負ける


 狩猟大会は昼から夕方まで。範囲は伯爵領の山。参加数が多いので前半と後半に分かれて、そして誤射防止の為に必ず動物が見えてから撃つ事が規則になっている。確かにざっと見ただけでも五十人は超えていそうだし、安全の為にこの規則は必須だろう。


 参加者は全員平等にくじ引きをし、前半にパトリック、後半にエドガーが狩りを行う事になった。

 前半の参加者達が自分の銃の手入れをしている中、一際手慣れた手つきで、猟銃に銃弾を込めるパトリックに私は近づく。こちらに気付いたのか、彼は振り向き眉間に皺を寄せる。


「そこまで熱烈に見られると、手が震えるんだが」

「いや、手慣れてるなぁと、感心してたんです」


 パトリックは更に険しくなった表情をするが、作業を続けた。


「……別に、叔父上まではいかないが、俺も狩猟は得意なんだ」

「まぁ流石に、熊には負けますよね」

「去年は途中で体調を崩して、時間を半分も残して終了したんだ。……それで鹿二匹で準優勝なんだから、目一杯やっていれば叔父上にも勝ってた筈だ」

「いや熊には負けますって」

「お前なぁ……」


 最終的には呆れた表情を向けられるので、流石に次期公爵へ失礼だったかと心配になった。だがパトリックは小さくため息を吐いてから、準備を整えた猟銃を持ち他の参加者達の元へ向かって行った。……てっきり舌打ちでもされると思ったが。


 そのままパトリックの後ろ姿を眺めていると、突然後ろから腕を回され抱きしめられる。あまりにも勢いが強すぎて足が宙に浮いてしまった。

 驚いて無理矢理離れようとしたが、ふわりと香る甘い匂いで抱きつく人物を察したので、苦笑いで頭を後ろを向けた。


 予想通り、レヴィスは美しい笑顔を向けてこちらを見ている。


「主。見学者は奥の天幕に集まれだとさ」

「うん、分かったから離れようか?」

「離れてもいいが……そうなると俺はうっかり火を吹いて、レントラー家のガキ共を焼き殺してしまうかもしれないな」

「好きなだけくっついてね〜」

「そうそう、素直な主は可愛いな」


 言わせているのに素直も何もないだろう。そう言い返したいが後が面倒なので、私は口を閉じされるままだ。

 後ろで甘える様に首に擦り寄るレヴィスに、周りはこの悪魔の色気やら官能さに当てられ明らかに目を背けている。奥の方でエドガーも、レヴィスのマーキングの様な行動に顔を引き攣らせながら見ている。これで呆れて、私を少しでも嫌いになってくれるなら有難い。

 このままレントラー家二人と会話をしていると、この悪魔は何をしてくるかわからない。面倒だが今日はレヴィスを刺激しないようにせねば……あ〜〜〜フォルとステラの癒しが恋しいなぁ〜〜!



 ようやく離された私とご機嫌のレヴィスは、ハリス家の庭に設置されている天幕へ向かった。おそらく参加者の妻や恋人であろう女性達や、子供までいる。一人の女性がこちらに気づくと笑顔を向けた。


「あら!可愛いお嬢さんと、噂の男前さんね!どうぞこちらへいらっしゃい」


 金髪の髪を丁寧に一纏めした、品のある女性。おそらくハリス夫人だろう。夫人の側には車椅子に乗った老婆と、その車椅子を引く夫人とそっくりな顔立ちの少女がいる。私は先程と同じ様に会釈をした。


「初めまして夫人。イヴリンと申します。後ろの従者はレヴィスです」

「マーシャ・ハリスよ。義理の母のミザリと、娘のドロシー。……レントラー家の子息と一緒に来たって事は、あの家の事件を解決したのは本当なのね!」


 夫人は興奮げにこちらへ問いかけてくる。ハリス伯の時から何となく察してはいたが、私の名前はレントラー公爵家のお陰で中々売れている様だ。道理で周りの平民貴族もこちらを見ていると思った。自分としては名前が売れれば売れるほど、今回の様に違法悪魔に出会う確率があがるので迷惑だが。


 だが夫人も伯爵も、私のよろしくない噂も聞いているはずだが……今まで初対面でここまで気さくに話しかけられた事がないので、裏があるのではと疑ってしま……あいや、いたな。エドガーが。


 夫人の言葉で、私が今噂の「辺境の魔女」だと確信したのか、周りにいた女性達も目を輝かせてこちらへ詰め寄ってきた。


「ねぇ!貴女って何年も見た目が変わらないって本当?」

「あ……あまり老けないといいますか」

「後ろにいるレヴィスさんみたいな、すっごい美形の使用人しか居ないんでしょ!?」

「あ、あー……そう、かも、しれないです」

「国王様と王太子様の愛人って本当!?」

「違います」


 

 よく言われる事からとんでもない事まで。まるで井戸端会議だ。あまりにも詰め寄られるので助けて貰おうとレヴィスを見ると、奴も奴で頬を赤く染めた美しい人妻達に言い寄られている。

 穏やかな表情で人妻達に接し、肩にも触れているが完全に肉質を見ている。リブロース肉かサーロイン肉なのか確認している。流石に睨みつけると気づいたのか、人妻達を押し退け、群がる女性陣達から私を引き抜いた。

 いきなり近くに来た美形に、女性達は今までの勢いを止め急にしおらしくなる。そんな彼女達にレヴィスは笑顔を向けた。


「お嬢さん方。あまり俺のご主人様を、いじめないでくださいね」


 色気を含めた低い声に周りは当てられたのか、皆うっとりとレヴィスを見ている。……偉大だ、美形は本当に偉大な生き物だ。引き抜き後ろから抱いているし、しれっと首筋に顔を埋め大きく深呼吸しているのに、顔面の輝きで皆気づいていない。

 周りをどう鎮めればいいのか苦笑いを向けていた夫人は、我に返ったのか手を数回叩く。


「さぁ!恋人や夫達が狩りを楽しんでいるんですから、私達も美味しいお茶とお菓子で楽しまなくちゃね!」


 その声かけに反応して、皆は恥ずかしそうに天幕に置かれたお菓子と紅茶のテーブルへ向かった。私も小腹が空いたので置かれているスコーンを食べたいが、後ろにいる迷惑彼氏面の悪魔がまた何かしてきそうなので、あまり刺激をしない為にもお茶だけ頂いた。






 ティーカップを持ちながら、伯爵邸の庭を少し見回っていると広い庭の奥に小屋が見えた。倉庫にしてはかなり大きいし、よく見ると小屋の扉の上には十字架が設置されている。……という事は、簡易的に作られた祭壇や教会なのだろうか?


「あそこに行っちゃ駄目よ」

「うわっ!?」


 急に声が聞こえたので、吃驚して私は叫んでしまう。声の聞こえた後ろを見れば、そこには夫人の娘、ドロシーが立っていた。


「えっと、あそこへ行っちゃ駄目なの?」

「うん。あのね……」


 どうやら内緒話をしたいのか、ドロシーは小さな声を出しながら手で口を覆った。私は彼女の目の前でしゃがむと、彼女は耳元に口を近づける。


「あのね、あそこは」



 それ以上の言葉は、近くで聞こえた大きな銃声によって消えてしまった。

 どうやら狩猟大会の参加者の誰かが、獲物を見つけたのだろう。ドロシーは音に驚いて震えると、そのまま走って夫人の元へ駆け寄って行った。流石に追いかけてもう一度聞きに行くのは迷惑だろう。


 私は立ち上がり再び小屋を見るが、それと同時に、頭上に水が何滴か落ちてくる感触がした。頭上、つまりは空を見れば、いつの間にやらどんよりとした雲が出ている。どうやら通り雨では終わらなさそうだ。


「主!」

「レヴィス」


 レヴィスが小走りでこちらへ向かってくると、自分の着ていたジャケットを頭に被せてきた。ジャケットにもついている彼の香りを少し嗅いでると、本人は優しく笑う。


「変態め。……すぐに大雨になる。天幕へ戻ろう」


 どう考えても、処女を奪える興奮で息が荒くなる悪魔とか、朝起きたら全裸でいる悪魔とか、夜中に弄りにくる悪魔よりは変態ではないと思うが。


 私はそのままレヴィスに連れられ、天幕の下へ向かった。



 レヴィスの言った通り、天幕へ着いた途端に小雨は大粒となり、やがて雷まで鳴る大雨となった。




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― 新着の感想 ―
ウッレヴィスの嫉妬深さ心地いいし、面白いし楽しいし大好きですッッこの2人のやり取りをずっと見ていたい……
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