23 豊かな土地
まだ日が昇りたての早朝に、レントラー公爵家の馬車がやってきた。サリエルが物凄い早起きさせてくるから何かと思ったが……感謝しかない。
馬車から降りてきた二人とも、狩猟用の服装をしているのだが、まぁ令嬢夫人達に注目されそうな見た目だ。あー私また令嬢に陰口言われるのかな〜?ちなみに私は出場する気はないし、同じくレヴィスも普段着だ。
「ごきげんようミス・イヴリン。後ろの君は昨日会ったね?」
「レヴィスと申します。本日はよろしくお願いいたします」
エドガーに差し出された手を、レヴィスは穏やかな表情で握る。あまりの外面用の喋り方に、エドガーの後ろにいたパトリックが驚いて見ていた。それに気づいたレヴィスはパトリックを見る。
「童………パトリック様も、本日はよろしくお願いいたします」
「おい今なんて言おうとした?」
童貞って言おうとしてた。
《 23 豊かな土地 》
ハリス伯爵家の領地は、海に面した漁業が盛んな土地だ。だがそれだけでなく、山も多いためか野生動物も多く生息しているという、とても豊かな領地。
その為か他の伯爵家よりも資産があり、伯爵自身も土地から搾取するだけでなく、土地や領民の為に寄付を惜しまない素晴らしい方らしい。
「仕事の関係でハリス伯と親しくなってね、去年から《狩猟大会》に参加させて貰ってるんだ。 土地が豊かだからか、野生動物も体格が良くてね。去年も中々楽しい大会だったよ」
馬車の中で、エドガーは楽しそうに去年の狩猟大会の話をした。昨日はうっかり誘いに乗ってしまったが、よく考えてみると大会規模の狩猟は見た事がない。少々興味が出てきた。
「その領地ではどんな動物がいるんですか?」
「今の時期だと鹿や兎、熊なんかもいるよ。実は去年、私は熊を狩って大会で優勝したんだ」
「え!凄いじゃないですか!?」
「ちなみに準優勝はパトリックで、鹿二頭だったかな?」
「あー凄いじゃないですかー」
「おい、社交辞令下手すぎるだろう」
昨日はとんだストーカー男だと思っていたが、流石商人だけあって場の繋ぎが上手い。しかも話を変えて、口下手なパトリックにも分かる話を振ってきたり、もはや接待だ。お茶会でのルークが聞き上手であるなら、エドガーは話し上手と言ったところか?羨ましい私にもそんな才能が欲しいものだ。
長い馬車での道のりも、エドガーの巧みな話術であっという間に過ぎていった。伯爵の家らしき、立派な屋敷の前に馬車が止まると、ここまで御者をしてくれていたレヴィスが扉を開けてくれた。
「着きましたよ」
最初に馬車から降りたエドガーは、レヴィスに笑顔を向ける。
「レヴィス君、ここまで有難う。御者じゃないのに凄いね」
「いえ、快適に過ごせていただけた様で、安心いたしました」
エドガーに穏やかな微笑みを向け返事をしたレヴィスは、次に降りてきた私に手を差し出した。お礼を伝えながら手を添えようとしたが、添えようとした手を思いっきり掴まれる。
そのまま強くレヴィスの方に引き寄せられたと思えば、耳元に口を寄せてくる。
「随分と楽しそうだったな、主」
「あー……」
「俺をどうしたいんだ?頭の中であの人間、何度殺したか分からないな」
「……えーっと……気をつけ、るよ……」
少し離れたエドガーには聞こえないように小さく、地を這う様な低い声でレヴィスは放った。
この悪魔、後ろにパトリックがいる事を分かっててやってる。私にもパトリックにも牽制をかけているのだろう。童貞ちょっとビビってる。あまりの嫉妬ぶりに顔が引き攣るが、耳元から離れたレヴィスは、普段と変わらない穏やかな表情を向けている。
「二人ともどうしたんだ?」
そんな現場を知らないエドガーは、不思議そうな顔をしてこちらを見た。……私とパトリックは気づかれない様に、固いながらも笑顔を向け馬車を降りた。
伯爵邸はかなり年代の経っている屋敷だった。だが手入れがされているのでボロいという訳ではない。ただ伯爵の趣味なのか、正面の庭には強い香りを放つ薔薇が多く植えられていた。
馬車から降りた時思ったが、周りにはエドガー達と同じ狩猟服を着た貴人や、猟銃を持つ平民らしき者たちが多くいた。皆貴族平民関係なく穏やかに会話をしており、上下関係が激しい中央区とは全く違う。
その中で、正面玄関の前に立つ、黒の狩猟服を着る貴人。やや白髪の入った焦茶色の髪色に、深緑の瞳を持つ中年男性。彼はこちらに気づくと笑顔で向かってくる。
「エドガー様!それにパトリック様も!お久しぶりです」
「ハリス伯!相変わらずこの大会は大人気だな」
「ええ!お陰様で例年以上の参加数となりました。………おや?後ろにいるレディーと青年は?」
エドガー達と再会を喜んでいたハリス伯は、一緒に来た私達を見て問いかける。私はドレスの裾を持ち会釈した。
「イヴリンと申します。隣の青年は従者のレヴィスです」
私の紹介に、レヴィスも和かに会釈する。自己紹介にハリス伯は驚いた表情を向けているが、やがてそれは興奮したものに変わった。伯爵は右手を私に差し出す。
「まさか「辺境の魔女」とお会いできるとは!……嗚呼失礼、私はヨーゼフ・ハリスだ。この辺りの領地を任されている」
「よろしくお願いいたします」
差し出された手を握りながら、私は愛想笑いを伯爵へ向けた。
話には聞いていたが、平民の私にも丁寧な言葉遣いをしてくれるし、本当に優しい紳士だ。狩猟大会がここまで大規模に、そして貴族平民が平等に対話をしているのも、おそらく彼の存在あっての事だろう。
……しかし、本当に周りが穏やかすぎる。とてもじゃないが違法悪魔が関わっていると思えない程だ。だが今回は「ハリス領」と「狩猟大会」の言葉にノイズが入ってくるので、この場所で間違いがないと思うのだが……。
「……おい、何を考えている?」
そんな事を考えていると、パトリックは怪訝そうな表情を向けながら私に声をかけた。そう言えば彼にこの狩猟大会へ来た理由を伝えていない。……だが、エドガーの好意もあるし、これ以上パトリックに頼るのも面倒になりそうだ。
「何でもないです」
「……わかった。俺の助けが必要な場合は、遠慮せず言ってくれ」
物凄い眉間に皺を寄せながら言ってくるが、言葉は優しい。これがツンデレ、というものか?いや、好きな子に優しくしたいけど、恥ずかしくて顔が険しくなっちゃった恋愛初心者かもしれない。
「折角綺麗な顔なのに、宝の持ち腐れですね」
「……喜んでいいのか、馬鹿にされているのか分からないなそれ」
「どっちでもいいのでは?」
「お前……」
呆れた表情だが、綺麗な顔と言われたのが嬉しいのか頬は赤い。公爵家の事件があってから、本当にパトリックは性格が変わった。……まぁ、素直に顔に出るのは、可愛いんじゃないか?歳離れすぎて、もう子供を見ているような感覚だが。
ふと、後ろからドレスを引っ張られる感覚がする。
植えられている薔薇にドレスが引っかかったのかと思い後ろを見ると、レヴィスが笑顔を向けていた。だが物凄い作ったような笑顔だし、禍々しいオーラを放っているので、思わず小さな悲鳴を出した。
「……頭が弱い主は、さっき「気をつける」って言ったのも忘れたか?」
「…………………」
……そうなんだよなぁ、レヴィスをお供にしたくない理由って、色々あるがその一つに嫉妬深すぎるのがある。毎回軽い事でも嫉妬して、溜まりに溜まって相手へぶつけたり、もしくは第四の契約を使った対価で、私に怒りをぶつけて来る。
悪魔は自分の所有物を取られるのをとても毛嫌いしているとは聞いているが、レヴィスに至っては交友関係にも口を挟む。周りに悪魔たちがいる際は不利なので必死に堪えて、一番悪魔らしくない穏やかな好青年だが、お供となると自分より弱いものしか居なくなるので、耐えるのをやめている様だ。悪魔の本能というか、人間の病んでる彼氏みたいだ。迷惑すぎる。
しかも今回は、自分に好意を抱いている相手二人と行動を共にするのだ。もういつ爆発してもおかしく無いだろう。……ああ、サリエルも同じ位嫉妬深いけど、ちゃんと我慢してくれるのに……この前の愛人発言は無理だったけど……。
私は大きくため息を吐いて、やはり今回の依頼は、レヴィスを連れてこなければ良かったと後悔した。
次回更新は22日の予定です。(早くなるかもしれないです)
誤字脱字報告していただいた方!本当にありがとうございます!ご迷惑おかけしすいませんでした…!




