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20 全ての真実は、当事者にも分からない


 私はある資料を持ちながら、城の廊下を早歩きで奥へ奥へ進む。

 やがて廊下の絨毯の色が藍色となり、そのまま進めば突き当たりに扉がある。その扉だけはドアノックが存在し、私はそれを数回叩いた。中で返事があれば、そのままゆっくりと扉を開く。


 扉の先には、窓から溢れる眩しい光と、その前に置かれた執務机に座る男性がいる。

 

 銀色の美しい髪、十代の息子がいるとは思えないほどの若々しい見た目の男性。

 深い紫の目が此方を見たのを確認して、私は持参した資料を男性、陛下へ差し出した。


「陛下、マーカス・ヒドラーの件でお伝えする事が」

「あの伯爵家の次男、また何かやらかしたのか?……いつもの様に被害者へ見舞金を渡し、口外させない様にしなさい」


 呆れた様な表情で、目線を机の上の資料に向けながら陛下は命令した。


 ヒドラー伯爵家の次男坊は基本的には穏やかだが、一度頭に血が上ると手が付けられない事で有名だ。それでも頭は悪くないので、自分より位の高い相手には媚びへつらうが、自分より下の場合は虫の息になるまで暴力を振るう。

 だから伯爵家は、厄介払いの様に劇団のお飾り総支配人にしたのだ。平民の団員しか居ない場所なら、どうなってしまっても金で解決するからだ。

 私は首を横に振り、話を続けた。


「……いえ、今回は被害者のアイビー・スミスと、もう一人平民が殺害されています」

「アイビー・スミス……はぁ、最近大人しくなったと思ったが、とうとう人殺しまでしたか」


 劇団員の一人、アイビー・スミス。彼女は劇団員の中でも一番ヒドラーに暴行を受けていた。最初こそは原石だと喜び手厚く世話をしていたらしいが、歌以外無能だと分かった途端に標的となった。

 ここ最近は急に才能を開花したアイビー・スミスに、再び手厚く世話をしていた様だったが……。


 陛下は事件の資料を無関心そうに眺めていたが、一番最後のページで手を止める。私はそうなる事を分かっていたので、補足する様に説明した。


「実は、今回の問題にはイヴリン様が関わっていた様で……その、アイビー・スミスと一緒に、ヒドラーに襲われています」

「怪我は?」

「幸いな事に、あの方の使用人によりイヴリン様は怪我はありません。……ただ」

「言え」


 陛下は、背筋が震える程の殺意を含んだ目を私へ向けている。

 冷静で冷酷、この国を更に盤石にさせた賢王は、たった一人、あの平民の女にだけは理性を保てない。私は平静を保つ為にも一度深呼吸をし、まっすぐ陛下を見た。


「……怪我を負ったヒドラーへ、自ら手を傷つけ、血を飲ませたそうです。そのお陰で、ヒドラーは両目の負傷が完治しています。その後、イヴリン様により呼ばれた自警団により、捕らえられています」


 その言葉に、陛下は目を大きく開き無言になった。


 だが持っていた資料は、段々と手の力により皺になり、やがて読めるものではなくなっていく。





 暫くの無言の後、陛下は顔を下に向け、小さく一度笑い声を出した。




「そうか、彼女が慈悲を……なら、私達もそれに答えなければ」

「……陛下、ヒドラーを如何なさいますか?」



 私の問いかけに、陛下は顔を上げる。……普段と変わらない、穏やかな表情だ。



「両腕と両足を切断し、喉も焼け。何日か見せ物にしてから……そうだな、彼女が癒した目玉だけくり抜き、後は火炙りにしてやれ」

「………かしこまりました」

「目玉は私が貰い受けよう。……火炙りにするまで、決して命を絶やさせるな。彼女が、美しい手を傷つけてまで延ばした命なのだから」

「………ええ、勿論です」



 か細くなってしまった私の返事に、陛下は微笑み頷く。

 そして窓の外を見て、陛下は目を細めた。




「イヴリン……君が癒した目玉が、私の元へ来るのが今から楽しみだよ」




 美しい横顔、穏やかな声で。


 陛下は愛おしい女性に想いを馳せていた。





◆◆◆





 ヒドラーはその後、他の余罪も何件も見つかった為、男の実家である伯爵家は取り潰しになり、男自身は最高刑である火炙りとなった。


 あの男は潰れた喉で、何度も私の名前を叫んでいたらしい。……まぁ、潰れた喉から発せられる言葉が、本当にそうなのかは男にしか分からないが。







 私は事件後、何も変わらず屋敷の中庭でお茶をしている。今日はカモミールティーに、シンプルなプレーンのマフィンだ。いやぁ美味しい!仕事終わりの甘いもの程、素晴らしいものはない。


「そういえば、ノエル・スミスと契約した悪魔はどうしたの?契約者から辿って見つけたんでしょ?」


 後ろで新しいティーポットを持ちながら立つサリエルに質問すると、相変わらず無表情で目線だけ向けてきた。


「捕まえ地獄へ落としました。恐らく今頃、あの方から罰を受けているでしょう」

「……ふーん」


 サリエル達がよく口にする「あの方」という存在。三十年間会う事はなかったが、残りの二十年でお目にかかる事は出来るだろうか?出来る事なら会って、部下の教育についてクレームを伝えたい。


 私がそう考えていると、左隣にいたケリスが主張する様に荒い鼻息を出す。恐る恐る見れば、彼女は腕組みをしながら不貞腐れていた。最近、というか事件後からその調子で、時間が経てば治ると思っていたが悪化している。……私はため息を溢しながら、彼女へ呆れた表情を向けた。


「ねぇケリス、あの時は悪かったって謝ったじゃん。何いつまでも不貞腐れてるの」

「謝って済む事ではありません!たかが人間一人の為に、御身を危険に晒すなんて!しかもあんな老いた豚に血を与え癒すなんて!!」

「豚……」


 恐らくヒドラーの事だろう。あんな狂った男を貶すためになんて事を、豚さんに謝れ。

 私が愛想笑いで対応していると、サリエルは無表情でケリスを見た。


「ケリス、ご主人様を責めているが、今回はお前の落ち度だ」

「そうだそうだ!よく言ったサリエル!言ってやれ!」

「ご主人様が変な行動をする前に、お前は豚共を全員殺しておくべきだった」

「こいつが脳筋悪魔だったの忘れてた」


 サリエルに無言で頭を掴まれた。ミシミシ鳴ってる痛い。



「ご主人さまぁーーーー!!童貞がきたよぉーーーー!!!」

「童貞きたよーーーーー!!!」

「おいイヴリン!!!ここの使用人教育どうなってるんだ!?」

「まぁ本当の事だからいいだろ?童貞君」

「貴様なぁ!!!」



 遠くからフォルとステラ、レヴィス。そしてパトリックの騒がしい声が聞こえる。私はその方向を見て、苦笑いをしながら手を振った。


 そしてサリエルの方を向くと、彼はため息を吐きながら、来客用のティーカップを取りに向かった。




歌姫編はこちらで終了です!

姉妹は、しっかり話し合っていれば、ひょっとしたら幸せになれたかもしれませんね。

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