18 言葉の勘違い
キャロンを見つけた時、私は部屋にあるティーカップに気づいた。
リビングのテーブルに置かれたカップは二つ、一つはキャロンのものとして、あともう一つは犯人のものだろうか?彼女は犯人をもてなした。という事は知り合いの可能性が高い。
「知り合いの犯行……悪魔が化けたのか?ノエルの皮を使って、とか?」
ほとんどの悪魔は姿を持っておらず、前のスザンナの様に契約したり、殺したりなどで人間の皮を手に入れる。皮を被った悪魔は見つけるのが難しい。サリエル達はその為見つけるのに手を焼き、私と悪魔探しの契約をしたのだが……。
……アイビーの歌声と、ノエルの行方を探す。それにノイズが聞こえた。だが他の人間がノエルを語ってもノイズは聞こえず、アイビーは仕立て屋の床のヒビを知っていて、ノエルと同じ癖を持っている。一つずつあげていくとキリがない、何だこの違和感は。
それに今回のキャロンの死だって可笑しい。明らかにノエルの関係がある筈なのに、店主がキャロンの話をしてもノイズは掛からなかった。……まるでノエルの事は、悪魔とは関係ない様な……
………あれ?そう言えばノエルって、どんな顔なんだ?
「あっ」
「ご主人様?」
ずっと無言だった私が出した呟きに、ケリスは不思議そうに此方に声をかけた。私はある仮説の証明の為に、彼女の方へ向く。
「ケリス、調べて欲しい事がある」
そう伝えると、ケリスは一瞬だけ目を大きく開く。
だが段々とその目は細くなっていき、やがて頬を赤くしながら、熱いため息を溢した。美女がそれをすると、やけに官能的に見えてしまう。熱い吐息と共に、ケリスは潤んだ瞳で私に声を発する。
「四番目の契約を、お使いに?」
「そう、使うよ」
私が肯定と共に頷いた後、ケリスは全身を震わせて下を向く。自分で自分を抱き、荒い口呼吸を何度も溢している。
暫く経つとそれは止み、ゆっくりと顔を上げて……恍惚な表情と、涎塗れの口元を見せつけてくるものだから、驚きすぎて小さく悲鳴をあげてしまう。もう官能的じゃない、猟奇的だ。
「っ、はぁっ……お任せください、ご主人様。必ずやご期待にお応えいたしますわっ……!!」
「うん、まずは涎拭こうか?」
あまりの変態メイドぶりに、思わず顔を引き攣らせて後ろへ下がる。
そういえば、ケリスに第四の契約を使うのは一年ぶりだったか?年に一度のご馳走が食べれる喜びに、ケリスは興奮しているのだろうが……私はバースデーケーキか?
頼むからサリエルの時の様に、特殊な対価はやめて欲しいのだが。最初に舌しゃぶりたいって言ってたのケリスだしなぁ〜最近皆、欲求不満なのかやけに積極的だよなぁ〜。
……まぁ、何を対価に望まれても、私に拒否権なんて無いのだけれども。
◆◆◆
ご主人様に頬を添えられている依頼者は、恐怖で真っ青な顔をしている。嫌気が差すような甲高い声で泣き叫ぶ演技も、する事を忘れているのか、無言でご主人様を見ていた。
ご主人様はそんな哀れな依頼者に、囁くように声をかけはじめた。
「そもそも、妹探しを私に頼む所から可笑しかった。誘拐されているかもしれない妹を、何故探偵に探させるのだと。街の自警団の方が人数も土地勘も、知識も多い。普通ならそっちに頼みます」
「そ、それは私が今注目の歌姫だからよ!!身内のスキャンダルかもしれないのに、自警団になんて言えないでしょう!?」
真っ青な表情は変わらず、依頼者はご主人様へ叫んだ。だがご主人様は、それを無視して此方を向く。私は持っていた鞄から、ある一冊の資料を渡した。ご主人様はそれを手に取り、依頼者の目の前でページを開く。
「仕立て屋アビゲイルでの、妹さんのここ数ヶ月の出勤簿。そして貴女の練習、そして公演の予定表です。アビゲイルは歩合制で給料が決まります。妹さん、毎日相当な時間働いていた様ですが、三ヶ月前から急に勤務時間が短くなっている。そして丁度針子として働いていない時間帯、そこには最近大注目になった歌姫アイビーの稽古時間が丁度当てはまる」
「っ……どうして貴女が」
依頼者は、何の関係者でもないご主人様が、個人情報の書かれた資料を持っている事に驚いていた。ご主人様はその言葉には何も言い返さず、ただ目線だけは私を見ている。その目線だけで私は達しそうだ。
……そう、私がご主人様に頼まれたものは、仕立て屋と劇団の姉妹のスケジュールだ。どちらの関係者の人間もちょっと体を触れば、簡単に情報を教えてくれた。
ただ穢らしい人間に触れてしまったので、昨夜血を吸いすぎて倒れたご主人様に触れ、素晴らしい体で上書きをさせてもらったが。
「あの後、確認したい事があってもう一度アビゲイルの店主に話を聞きました。何せ貴女以外、妹さんの顔を知っているのは店主だけでしたから。……最初会った時、店主は「国一番の歌姫と姉妹なんて、とても信じられなかった」と言っていました。私はその時、愛想のある姉と血が繋がっているなんて信じられない。そういう意味だと思っていましたが、それは違った」
再び依頼者に目線を合わせたご主人様は、皮肉そうに笑った。
「あの店主は、ノエルはアイビーと同一人物だと思っていた。だから人気の出始めた三ヶ月前から仕事量が減って行き、主演の公演がはじまった際に、針子の仕事を完全に辞めいなくなったのだと。……あの時貴女が「アイビー」として店に来るまで、信じられなかったんです。まさか双子だと思わなかったと」
「………」
「あの店主、急に仕事量を減らした妹さんに何も言わなかったのは、針子と、ようやく軌道に乗った劇団員の仕事を掛け持ちする妹さんを、陰ながら応援していたからでした。だから姉の存在を知って、あんなにも辛辣に妹さんの事を伝えてきた。理由もなく仕事量を減らし、突然いなくなった妹さんに裏切られた気分だったんでしょう」
依頼者は目線に堪えきれず、顔を下に向けて震えている。過呼吸の様な息遣いをしながら、ただただ黙ってご主人様の話を聞いていた。
「貴女の依頼を受けた時、何か引っかかる感覚がどうしても抜けなかった。でも店主の話を聞いて分かったんです。そういえば、貴女は私に依頼した際、写真を一枚も寄越さず、外見の特徴を私に伝えただけだったなと。家族なら写真の一枚あるだろうに。……それは、私にアイビーとノエルが双子だと極力気付かれない様にする為。それは調査の邪魔をして、私を陥れようとしていたからですが……まさか私が、貴女に姉の歌声を移した悪魔を探しているなんて、考えてもいなかった」
ご主人様はしゃがみ、下を向いている依頼者の顎に触れ持ち上げた。
依頼者は、もう「歌姫アイビー」の顔ではなかった。姉の影に隠れ、家族を養う為に身を粉にして働いていた「可哀想なノエル」だ。ノエルはご主人様に暴かれてしまった屈辱で、床を両爪で引っ掻いている。
「貴女はノエル・スミス。悪魔と契約して双子の姉の歌声を奪い、姉に成りすまして歌姫を「演じて」いた。……悪魔の対価。貴女がまだ生きているって事は、悪魔に姉を差し出したんですね?」
ノエルはその言葉に瞳孔を大きく開き、益々息を荒くした。怒りで顔は赤くなっていき、噛み締める唇は血が滴る。その光景をご主人様は冷たい眼差しで見るだけだった。
暫くして、屈辱で歪んでいた表情をゆっくりと変えたノエルは、ご主人様に笑ってみせる。
「……貴女なんかに、幸せな人生を送っているアンタなんかに……アタシのこれまでの屈辱なんて、分からないでしょ?」
ノエルはふらつきながらも立ち上がり、部屋のソファに向かい腰を下ろす。ご主人様もそれを見届けてから、ゆっくりと立ち上がり向かいのソファに座った。
何度か大きく深呼吸をしたノエルは、薄気味悪い笑顔を見せつける。おそらく、これが本当の素顔なのだろう。
床を掻けない代わりに反対の腕を掻きながら、ノエルは真っ直ぐご主人様を見た。
「そう、アタシは歌姫アイビー・スミスの双子の妹、ノエル・スミス。ずっとずっと姉さんの影に隠れていたアタシに、あの悪魔は幸福をくれたの」