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09 父


「フォルネウス。アンタはお嬢ちゃん探しに行かないの?」


 執務机に座るベルゼブブが、羊皮紙を見たまま気だるげに声を掛ける。本棚の整頓をしていた僕は、その質問に鼻で笑った。


「主が留守な地獄の管理を、君だけに任せるのは酷だろう?」

「あら、優しい事言っちゃって。結局はアタシの監視役でしょ?」

「そうとも言う。君は一度、主を陥れようとしたしね」


 乾いた笑い声と共に、ベルゼブブは此方へ黄緑の瞳を向けた。

 弟に裏切られ、深い傷を癒す為に地獄へ戻った悪魔。他者の契約者を傷つけようとした罪で、現在は地獄の管理の手伝いをしている。「あの方」曰く、地獄で一番退屈な事務仕事だ。


 ベルゼブブは羊皮紙をヒラヒラと揺らしながら、執務椅子に深く腰かける。


「安心して、紳士さん。暫くはお嬢ちゃん……地獄の主様の、従順な下僕になってあげるから」

「暫くは、ねぇ」


 どうやら彼は、まだ主の事を諦めていないらしい。……まぁ、気持ちは分かる。地獄に閉じ込められてからというもの、主の魅力は底なしになった。


 普通の人間ならば、何度も悪魔と情を交わせば多少は「穢れ」が出る。なのに主は、むしろ清らかさが際立っていく。神の器とは、闇に当てられれば尚更光り輝くものらしい。お陰でサリエルとレヴィスの執着は最高潮となり、益々狂っているが。


 ベルゼブブの手元が開ければ、闇と共に新たな羊皮紙(契約書)が現れる。彼はその契約の中身を見て、問題ないと分かればまた闇へ戻す。事務仕事とはその繰り返し。下界で人間と契約した悪魔達の、契約書の確認だ。「あの方」が地獄の主だった頃は、責任者が目玉を抉られ長らく不在だったが、今ではベルゼブブが新たな責任者になった。



 何枚かその作業を繰り返した後、ベルゼブブは静かに口を開いた。



「……ねぇ、アンタ知ってたんでしょ?お嬢ちゃんが攫われる事」


 ペラペラと、紙を捲る音だけが響く。

 ゆっくりと目線を合わせれば、挑発的な黄緑が見据えていた。


「サマエルが前言ってたわ。「最近自分が造っていない、小鳥のまやかしを見る」って。確かアンタのお友達、ダンタリオンって使い魔が青い小鳥じゃなかった?」

「……よくご存知で」

「でしょ?って事はお嬢ちゃんを地獄から攫ったのはダンタリオン……あの悪魔は気狂いだけど、頭は悪くない。お嬢ちゃんを攫えば、あのサマエルとレヴィアタンを敵に回す事は分かっていた筈よ。ダンタリオンでも流石にあの二人は相手できない。だから、確実な「保険」があった筈。……そうねぇ、例えば「万が一攫った事がバレても、自分側についてくれる悪魔がいる」とか?」


 無言。だがこれは肯定とも言う。ベルゼブブは想定通りの反応に、執務机に頬杖をついて声をだして笑った。


「なぁに紳士さん?あの二人を欺くなんてやるじゃない。もしかして反逆?」

「そんな理由じゃないよ。それに、ダリに許可を出したは僕じゃない」


 その答えには予想外だったのか、ベルゼブブは新たな羊皮紙も無視して、僕へ怪訝な表情を向けた。


「えぇ?じゃあ誰よ、ダンタリオンの味方は」


 


 ……その答えなど、すぐに分かる事だ。

 返事の代わりにベルゼブブへ笑って、僕は再び作業に戻った。……暫くすると、後ろからグシャグシャに丸められた羊皮紙を投げられる。どうやら、女王様の機嫌を損ねたらしい。





《 09 父 》





 対価、その言葉にシェリーは明らかに怯えた。もうない片手を労るように胸に閉じ込め、震えた声を出す。言葉の恐怖で、痛みなど忘れている様だ。


「何を言ってるの?……私は、悪魔と契約なんて……」

「していますよ。だから貴女は()()()()()。貴女はそ……ッ!?」


 真実を伝えようとするが、その声は突如向かってきた聖人に寄って消えた。剣の切っ先が、私の首を狩ろうと向かっている。

 だが寸前の所で、サリエルが聖人の胴体を蹴り上げた。聖人は驚き、そして鈍い骨の折れる音と共に、聖人の口から血が吐き出された。


 床に膝をつき、腹を支え睨む聖人へ向けて。無表情でサリエルは見下ろしている。思わず寒気が出る程の殺気だ。


「気安くご主人様に近づくな。お前の相手は、僕が責任を持って受ける」


 容赦のない、冷たい声が響くが……なんだ?さっきから。他人に殆ど興味がなさそうなサリエルが、この聖人には随分とご熱心じゃないか。もしかして知り合い?


「ねぇ、もしかしてこの聖人顔見知り?」


 服裾を引っ張り質問してみる。これには冷酷に聖人を見ていたサリエルが、勢いよく振り返った。此方に向ける表情は何故か必死、目が泳いでいる。どうした。


「……過去の事ですので、ご主人様が気にされる事では」

「えっ、もしかして昔の恋人?」


 サリエルくんの尻尾がばしんばしん!と床を勢いよく叩く。近くにいた聖人と私の服が風で揺れた。腹いたい聖人は呆気に取られている。ごめんなんか。


「やめてください。僕の恋人は未来永劫ご主人様だけです」

「お前の恋人になったつもりはないが」

「しかし先日、ご主人様は情交中に「サリエル好き♡」と仰っていたではないですか。つまり両思いですよね?」

「ふざけるな!それ言わないとお前が終わらなかったからだろ!っていうか語尾♡なんてしてないし!!」

「いえ、絶対に語尾♡でした。なんだったら「大好き♡」って言ってました」

「何これ!?これ今話すことなの!!??」


「〜〜〜〜〜っ!!!いい加減にしなさいよ貴方達!!!」


 話を全て聞いていたシェリーが、顔を真っ赤にしながら叫んだ。その様子を見ていた聖人も、その声に反応する様に慌てて立ち上がる。痛みで汗をたらす聖人は、震える手で剣を構えた。多分怖いとかよりも、意味不明な存在に怯えているやつ。


 再び向けられた切っ先に、サリエルは苛立ちながらため息を吐いた。


『お前、誰に剣を向けているか分かっているか?』

『うるさい……お前達の様な化け物の所為で、私は……!!』

『……不相応な力を得て、歪な存在となったお前は化け物ではないと?』

『違う!!私は村人達に、あの姉妹に脅かされていると聞かされたから……まさか、村人が娘の目玉欲しさ故の演技だと、思わなかった!!』

『!………嗚呼、そういう事か』

「っ、また何を話しているのよ!?」


 シェリーには、彼らの話す言葉が分からないのだろう。当たり前だ、おそらくこの言葉は、ステラやエウリュアレーが「生きていた世界」のもの。私が対話を出来るのは、この世界にきた時に悪魔に言語能力の恩恵を与えられたからだ。できる事なら、読み書きも出来る様にして欲しかった。


『……まぁいい。その持っている剣を寄越せ。そうすれば命は助けてやる』


 サリエルは手を差し出し、聖人の持っていた錆びた剣を受け取ろうとする。……やはり可笑しい。普段のサリエルなら命を助けるなど言わない。あの錆びた剣を何故欲するのか分からないが……普段の奴なら、相手を殺してから手に入れる筈だ。脳筋だからそんな面倒な事考えない。


 サリエルにしてはあり得ない温情だが、かの世界で戦士の立場を得ていた聖人は、サリエルから屈辱を受けたと捉えられたらしい。血を唾の様に吐き出し、激昂した表情で剣を強く握った。


 そして目の前の悪魔へ、怒り狂った怒声を浴びせるのだ。




『ふざけるな!!この剣は私が産まれた時、父である()()使()()()()()から授かったものだ!!幾ら錆びようとも、私が化け物になろうとも!父から託されたものを渡す訳にはいかない!!!』





 部屋に響く、大きな怒声。

 その衝撃な発言に、私の顔はゆっくりと、ゆっくりと奴へ向ける。……案の定、顔を片手で覆い大きく舌打ちをしている。


「……ねぇ……今この聖人様……サリエルが父親って言った」

「…………」


 無言。心を読む力がなくとも分かる答えだ。

 ……色々聞きたい事はあるが……とっ、取り敢えず、これだけは言っておこう。



「サリエルが……サッ…サリエルが……パ」



 その言葉を全て発する前に、私の頭はパパに鷲掴みされる事になる。



 この世界の言葉が分からない聖人は、この緊張感の中での、私達の行動に再び驚いた。だがそれも束の間。私達が立っていた床が大きく揺れ、地割れの様に部屋中から軋む音と、揺れにより家具や飾りが落ちていく。

 甲高い悲鳴をあげてよろけるシェリーの声に反応して、聖人は彼女を抱きとめた。その表情は心から心配している、慈悲深いものだ。


 同じく庇う為に、私の頭を掴んだまま胸に押し付けるサリエルだったが、此方は盛大に舌打ちをしている。


「クソ魚が……」

「えっ、レヴィスもいるの?」

「ケリスもいます。フォルは地獄で留守番です。ケリスはご主人様の捜索。レヴィスは船を沈没させるつもりです」

「あばばばばばばばばば」


 どうしよう、レヴィスさん本格的に厄災になろうとしてやがる。シェリーと聖人に気を取られている場合ではない、今すぐにレヴィスを止めなければ!!



 ………あれ?ステラは?




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