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女と、聖人の出会い



 俺は今、亜麻色髪の美女メイドに横抱きされている。俺が横抱きしているのではなく、美女が俺を横抱きしている。

 色々と問題はあるが、一番は横抱きされている事により、美女の豊満な胸が押し付けられている所だろうか?この美女メイドは、俺の神父精神を試そうとしているらしい。落ち着け俺……最近の養父の、通い妻の様な態度を思い出せ。萎えろ俺の息子。


 そんな俺の必死を知らぬのか、美女は甲板に立ち、「ある存在」に逃げ惑う招待客を涼しい顔で見ていた。


「ここにはいなさそうね……ねぇ、ぼうっとしてないで、貴方もご主人様を探しなさいよ」

「その前に、俺を下ろして欲しいんですけど……」


 顔を引き攣りながらそう願えば、美女は鼻で笑った。


「私に抱かれる名誉を、光栄に思いなさい」

「アッ、ハイ」


 美女は己の蹄を鳴らしながら、イヴリンばりの高圧高飛車目線で俺に言ってのけた。強すぎる。あまりの身勝手具合に顔を引き攣らせていると、逃げ惑う招待客の一人、中年男性が此方に気づいたらしい。男性は真っ青な表情で俺達に叫ぶ。


「君達何しているんだ!?早く逃げなさい!!殺されたいのか!?」


 ……うん、逃げたいよ俺もこのおっ……メイドさんから。突然いなくなった俺を皆が心配しているだろうし、養父なんて発狂してるだろうし。昼飯食べてないから腹減ったし。


 美女メイドは男性の様子に呆れ、彼が逃げようとする「理由」へ振り返った。




 禍々しい雲と大嵐。大型船を揺らす程の波。


 が、そんなものはどうでもいい。そう思わせてしまう程の、巨大な竜が船の前にいた。



 見た者へ畏怖の念を抱かせる程の、絶望を与えるその姿。いっそ神々しさもある。

 大嵐と共に突然現れたその化け物は、長い体で船を巻き付け止めている。その所為で船は身動きが出来ずに、招待客は化け物の登場に大騒ぎだ。……分かる。俺も逃げたい。



 同じく竜を見た美女メイドは、面白くなさそうに不貞腐れた。


「ただ大きいだけじゃない。なんでこんなにも騒がしいのよ」

「いや、誰だって船よりデカい化け物が出たらビビるって」

「貴方は平気そうじゃない」

「そりゃあ、化け物の正体知ってるからなぁ」


 誰が信じるだろうか?あの竜が、実はあの色気溢れる料理人だなんて。俺も実際に姿を変える所を見ていなければ信じな……いや今でも信じたくない。イヴリンがここに居ると分かった途端、笑顔で海に入りながら「沈没させてくる」と言っていた言葉が真実になってしまう。


 先程の出来事を思い出し、顔を真っ青にする俺を目端で見て。美女メイドは力強く鼻息を吹きかけてきた。フローラルと獣の匂いがした。


「まぁいいわ。私達は一刻も早くご主人様を見つけましょう」

「なぁ、俺帰ってもいいか?」

「は?」

「何でもないです探します」


 おい、イヴリンよ。どうやってこんな使用人達を従えさせてるんだ。







《 女と、聖人の出会い 》




 



 五年前、我が家で一番の大きさを誇る貨物船が沈没した。現れた氷山の存在を軽んじた、雇われ船長による判断ミスだ。


 不幸な事に積荷に入れていた品物は全て、上流階級向けの貴金属や金刺繍の生地だ。沈没した船周辺の捜索をしたが、船の油で見えづらくなった海では半分も見つからず、生地は見つかっても使い物にならない。船の責任者であるヒルゴス家が賠償金を払ったが、家の資産が底をつく程の金額だった。


 栄光あるヒルゴス家は一気に危機となった。その責任を負うように、お父様はお母様を道連れに死んだ。……私を置いて、全てを擦りつけて。


 確かに次期当主として学んでいた。それなりにいい結果を残せていた。だがそれは栄光あるヒルゴス家があってこそだ。崩れかけた我が家に融資をしてくれる資産家など、国中探しても誰もいなかった。


 今まで世話をしていた家も、友と呼んでくれた人も。頼れと言ってくれた彼も。……皆、誰も手を差し伸べてくれなかった。結局彼らは、今まで我が家が与えた金に集っていたのだ。



 知恵がある小娘一人残った所で、家の為に出来る事など一つもない。

 私が生きている意味など、どこにも無い。……全てに絶望し、死に場所を探して夜の海を歩いていた時、あの男と出会ったのだ。



 その男は、海辺に倒れていた。

 骨と皮だけの体で、錆びれきった剣を抱えていた。死んでいるのかと思わせる様な見た目だったが、肺は動いている。


 最後に、己で命を終わらせようとする私の罪を、少しでも軽いものにしたかった。父の様に誰かと共でなければ、死ねない人間だと思われたくなかった。そんなほんの少しの慈悲が、男を助けるきっかけになった。


 男の言葉は聞いた事もない異国のもので、何を言っているかは分からない。けれど助けた私に恩義を感じているのか、何かを願わせようとしているのだけは分かった。……願い?この見窄らしい男が、私の願いを叶えれるっていうの?


「なら、金が欲しいわ。私の家が救える程の、莫大な金を寄越してよ」


 願っても意味がないのに、私はその男へそう願いを吐いた。

 男は私を見据え、そして錆びた剣を持ち姿を消した。想定内の姿だった。自分が馬鹿らしいと、誰もいない部屋で笑った。




 ……だが、翌日に男は戻ってきた。

 鉄を金へ変える、黄金の手を持って。




 





「ヒルゴス家にはっ、初代当主から、っ、伝わる、古い本がある……滅んだ国から、盗んだもので……その本に描かれた、紋章で……初代当主がっ「黄金の手を持つ悪魔」と、契約して……莫大な金を、得たと……」


 肩で息をして、声を出す。手の痛みで視界が鈍っていく。

 私の言葉に女は、小さくため息を吐いた。


「成程、初代当主は物取りで金を得た。ではなく、悪魔と契約して金を得たという事ですか。……で、貴女は過去に先祖と契約していた悪魔を、契約ではなく聖人に殺させる事で力を得たと」

「ええ……ええそうよ……でも、でもそれは、神の導きだった!……ルドニア教の、書物に……男が持っていた剣と同じ柄のものを、聖人ロンギヌスが、持っていたの……だから、だからこの男は、っ……!」


 女は、イヴリンは私を見据えた。


「………神が自分を助ける為に寄越した、聖人だと?」

「ええそうよ!!この聖人はッ!私が、神に愛された証なの!!」


 私の感情に反応する様に、私の聖人は錆びた剣を構えた。眼光鋭いその目線は、イヴリンと黒髪の悪魔へ向けている。


 ええ、ええそうよ。この聖人はいつもそう。

 例え言葉が通じなくても、何時だって私の為に剣を振るう。初代から伝わる本に倣い、これまで何度も悪魔を呼んできた。己の為に呼んだり、気に入った招待客や上客と関係を持つ為にも呼んだ。その度に聖人が、対価を求める悪魔を殺してくれた。


 逃げない様に自由を奪っても、欲の吐け口にしても、痛めつけても。……この聖人は決して、私には手を出さなかった。



「今までと、何の変わりもない!呼んだ悪魔は……殺して、殺して殺して!!利益だけを手に入れるの!かつて、ヒルゴス家にした仕打ちを、今度は、私が与える番なのよ!」


 そう!この男は聖人という素晴らしい騎士、奴隷!!

 かつての初代が得た「利益」よりも超えて、それ以上のものを家に与える!!未来永劫ヒルゴス家は繁栄する為に、神が私に与えてくださった奇跡でしかない!!



 イヴリンは、私の言葉を静かに聞いていた。次には再び溜息を長く吐いて……そして目線は、聖人へと向けられる。



「ーーー。ーーーーー、ーーーー?」

「!」

「………え?」


 其れは、聖人が使っているものと同じ言語だった。剣を向けていた聖人も目を見開く。

 動揺しながら、聖人は恐る恐る口を開いた。


「ーー、ーーーー!」

「ーーー。ーーー、ーーーーーー?」

「ーー!?ーー!ーーーーー!!ーー!!!」


 イヴリンの言葉に、聖人が怒りを露わに叫ぶ。それにはイヴリンも、悪魔も驚いた表情を向けた。



 一体、何を話している?

 何故。あの女は私を見て、あんなに艶やかに笑って魅せるのだ?



 その目線に、手の痛みを忘れる程の、悍ましい恐怖を感じた。……震える唇で、私はイヴリンへ問いかける。



「……何、を……話したの……?」



 女は、私へ底なし闇の目を向けた。



「真実です。……貴女が、まだ払い終えていない「対価」についての」





全然関係ないんですけど、イヴリンとアダリムってどっちが上なんですかね?(おい作者)

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