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07 利益


床から呻く声が聞こえる。どうやら伯爵のお目覚めらしい。

 彼女の目の前に座っていた私は、芋虫の様に動き始めるその姿へ声を掛けた。


「お目覚めになりましたか、伯爵様」


 ゆっくりと瞼を開くシェリーは、目の前に座る私の存在に驚き、床から起きあがろうと体に力を入れる。だが身体が思う様に動かず、転がるだけだった。


 何を思ったのか彼女は、鋭く目線を向け言葉を吐き捨てる。


「貴女!私に何をしたの!?」


 身勝手にも、私が何かをしたのだと確信している。恐らく、私が「あのイヴリン」であり、ルドニアで何と呼ばれていたのかご存知なのだろう。見当違いな態度に鼻で笑ってやれば、シェリーは馬鹿にされたと思った様で、顔を真っ赤にした。


「酷いなぁ、私は伯爵様を助けたんですよ?あのまま止めなかったら、貴女は悪魔に殺されていたんですから。ね?エウリュアレー」


 私が名を呼べば、隣にいたエウリュアレーはシェリーへ姿を表した。彼女は急に現れた存在に悲鳴をあげる。どうやら姿くらましの術を初めてみた様だ。


 エウリュアレーは唯一見える唇を噛み締めて、私が命令した通り、シェリーに襲い掛からない様にしている。……否、襲い掛かりたいのはシェリーのみ、ではないだろうが。


 私はわざとらしくため息を吐いて、頬杖を付きながらシェリーを見つめた。


「いやぁ、随分と振り回されましたよ。最初はメデューサを殺した聖人は、ヒルゴス家の初代伯爵だとか?あの展示室にある悪魔の遺物達は、初代伯爵が狩ったもので、その恩恵で事業を始めたとか考えていました。……本当は、そんな可愛いものじゃなかったのに」


 最初の時点で。この伯爵に証言を聞いたのが間違いだった。その所為で余計な推測までしてしまったのだ。

 聖人、その言葉が誰を指すのか悟ったのだろう。シェリーの瞳は揺れ、目線を己の後ろへ向けた。特に薄暗い部屋の奥、花瓶割れた際に見えたもの。……シラを切ると思っていたが、案外素直な性格でよかった。


「私は「聖人」を特別視しすぎていました。彼らは力がありますが、結局はただの人間と変わりない。「この世界」に逃げてきた聖者が、たった一人で今世まで続く伯爵家など築けないでしょう。初代当主は聖者じゃない、先代の時代はルドニア国が建国されたばかりの、戦争時代です。あの時代には、戦争真っ只中の国へ盗みに入る者も少なくなかった。おそらく先代は、敗戦国の隠し財産でも見つけたのでしょうか?」


 そう、どれだけ異能の力を持っていても、ただ一人が出来る事など些細なものしかない。この世界の常識も理解していない個人が、いざ金と力があるからと、長く続く事業を立てるなど不可能だ。故に先代伯爵は聖人でも何者でもなく、幸運にも手に入れた金を担保に成功した、所詮成り上がりだったのだろう。


「ヒルゴス家の海上貿易、何年か前に貨物船が沈没して大変だったみたいですね。その年の最大取引の貨物船で、ヒルゴス家は賠償金を支払う羽目になったとか?あわや一家存続の危機、その責任を負うように、貴女のご両親は自殺された」


淡々と告げる事実に、シェリーは唇を噛み締めながら此方を睨みつける。私は気にせずに目線を彼女に向けたまま、無表情だ。


「予想外の早さで伯爵位を得た貴女でしたが……家督を継いだ途端、ヒルゴス家は劇的に経営回復を果たしています。まさに奇跡の様にね」


 私は立ち上がれば、ゆっくりと歩みを進めていく。床に這いつくばるシェリーを通り過ぎて、更に奥へと。


「ですが、それは奇跡ではありません。全て展示室に飾られた悪魔達から得た、()()です。貴女は数年前から数々の悪魔と契約し、そして一方的に放棄。利益に対する支払いをしなかったんです。……「これ」を使って」


 ようやく辿り着いた先、そこには鉄格子で作られた、大型犬用の檻があった。

 鼻が曲がりそうな腐った匂いと、血の匂い。その檻の中にいるのは、決して犬ではない。



 檻の上に置かれていた手鏡で、その檻の中を映し出す。




 

 中にいたのは、エメラルドの美しい瞳をした、痩せほそった青年だった。細い首に似合わぬ重厚な首輪、抜け落ちている黒髪。身体中の痣。青年は私を睨みつけ、血で錆びた剣を抱え込む。



 私は、鏡越しにその青年へ笑った。



「はじめまして、聖人様」






《 07 利益 【上】 》







 悪魔と契約する方法は二つある。一つは悪魔自身が人間を見つけ、契約をする様に促す方法。そしてもう一つは、人間側が悪魔を呼び寄せる方法だ。


 だが殆どは前者の契約で、後者は滅多にお目にかかれない。決して悪魔を呼び寄せる方法が隠されているから、ではなく。なんなら普通に流通した都市伝説だ。


 なのに何故前者が多いのか?それは簡単、悪魔は人間を獲物としか見ていないから。


 悪魔は皆、好みの人間を狩る為に人間と契約する。例え呼び寄せても、その対価を与える契約者が好みでなけれは受け付けない。そもそも人間の呼びかけに応えるのがあり得ない。


 ……だが、逆を言えば「好み」であればいい。

 例えば……その呼びかけた人間の体や、才能に溢れる者であれば。悪魔が応える可能性は大いにある。



 鏡を元の場所に戻し、私は再びシェリーへ目線を向ける。焦りから大量の汗をかいている彼女は、美しく魅せていた化粧を溶かしていった。


「少し疑問だったんです。伯爵が言う証言と、現状証拠の辻褄が合わない。展示室にあった悪魔の遺物、伯爵が言うには「初代当主」からあったそうですが……ヒルゴス家が出来たのは相当な前になるのに、まだ羽やら本やらが真新しく残っているのが可笑しいなと。……そりゃそうだ、あの展示室に置かれていた「本物」達は、伯爵となった貴女が集めたもの。初代伯爵が集めていたものは「偽物」の方です」

「………っ」

「貴女は、エドガー様に展示室の品物について尋ねられた際、嘘をついた。賢い彼なら、些細なきっかけで真実を見つけると危険視したのでしょう。……もしくは、恋敵である私を今宵の生贄にしようとしていたから、かもしれませんね。何にせよ貴女は、毎年招待客を対価にして、悪魔(化け物)と契約をしていた。……しかも、ただの契約じゃない。悪魔から「利益」を得ておいて「対価」を渡す前に、その悪魔を殺していた。一方的な契約破棄です」


 この「仮説」を立てた時、私はまだシェリーへの疑惑を信じきれなかった。それ程までに彼女の証言は完璧だったからだ。

 だがあまりにも辻褄が合わない。そこで私は皆に協力して貰い、今度は「招待客」へ証言を聞いてみる事にした。……そうしたらどうだろう?聞けば聞く程このシェリー・ヒルゴスが起こした()()が出てくるではないか。


 ヒルゴス家の危機。それを控えめな性格で、特に秀でた才能がなかった彼女。だが独自で仕入れた()()()によって、一家を劇的に回復させていった。

 かつては一族と分家の為に行われていた食事会も、彼女により才能溢れる人間を招くものへと変貌する。その食事会へ招かれた者の中には、彼女により別の才能を引き出された者達が出てくる。


 ……話を聞けば聞く程、シェリー・ヒルゴスが食事会の裏で「何」をしていたのか理解できた。だからこそ私はエウリュアレーに頼みシェリーの居場所を探した。その結果がこれだ。


「一種の悪魔退治……「払魔師(エクソシスト)」だと表現すればいいのでしょうか?まぁ、本物の払魔師よりもよっぽど俗っぽさがありますが」


 広い隠し部屋には、聖人が捕らえられた檻の他には何もない。ただの悪趣味な部屋だ。だが、床に敷かれた絨毯の隅、何度も捲られた跡がある。私は足でその絨毯を蹴った。



 絨毯を脱がせた床には、古い血で描かれた大きな紋章があった。何度も絨毯をかぶせた為か掠れている所もあるが、またその上から血で紋章を塗り替えている。……この紋章はサリエル達と契約した際に、契約書の羊皮紙の下に描かれていたものと似ている。


「……悪趣味な紋章だ」


 その言葉には、もはや美しさのかけらも無く、醜く顔を歪めるシェリー。……もう「仮定」は「真実」となった。


「聖人を何処で知ったのか、何処で出会ったのかはもういいです。……何度も言いますが貴女は、毎年招待客をこの部屋に招き、そして悪魔を呼んだ。奴らから「利益」を先に得て、「対価」を払う前に聖人に殺させた。本来ならば悪魔は、唯一の敵である聖人の気配をすぐに察知する事が出来る。ですがメデューサの目玉を嵌めている聖人は存在がねじ曲がり、その気配を感じ取れなかった」



 醜い彼女の前でしゃがみ、顔を近づける。

 私の表情はもう無表情ではなく、心から感動した笑みだ。



「この三十年余り、私は数々の悪魔や契約者と出会ってきましたが…………その全てが霞んでしまう程の、感動です。……まさか、悪魔を欺く人間(ノイズ)に出会えるとは」



 笑いかける私の頬に、シェリーが吐き出した唾が当たる。活気のいい嬢ちゃんだ。

 エウリュアレーから唸る声が聞こえたので、彼女を睨んで止めさせる。それでちゃんと止まってくれるあたり、本当にいい悪魔だと思う。


 さて、この次はどうしようか?一応恋する乙女の気持ちを理解して、エドガーと口が軽すぎるダリは別室で待ってもらっている。……っていうか、今まで契約違反した悪魔ばかりだったので、人間バージョンはどうしたらいいんだ?とりあえずダリに聞けばいいか。



 考えをまとめて、再びシェリーを見つめた時。

 彼女は、己の唇から滴る血を…………床の紋章に擦り付けていた。




「ー!ーー、ーー!!!ーーー!ッ!!!」

「え!?ちょ!?」



 その言葉は、よくアホ共が術をかけるときに聞くものだった。


 甲高いシェリーの声に反応して、古びた血の紋章が、鮮血の様に赤く赤く染まっていく。止めなければ、そう思いシェリーの口を塞ごうとしたが、時すでに遅し。




 やがて鮮血は閃光となり、焼き尽くす様な痛みに目を閉じた。










 ………すぐ側で、革靴の音が聞こえる。

 それはよく知った音。あともう少しの間は聞きたくなかったものだ。





 その正体に身体中が震え、言い訳の声を発しようとした。が、その前に頭を掴まれた。ミシミ……いやもうギシギシ鳴ってる。割れる。




「今晩は、ご主人様。………叱られる準備、できてますよね?」




 

 ………ゆっくり、ゆっくり目を開けた。


 目の前にブチギレすぎて、全身蛇肌になっているサリエルくんがいた。開けなきゃよかった。




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― 新着の感想 ―
一瞬、全員集合になるのかと思いました(笑)
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