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06 予想外


 悪魔という生き物は、思ったよりも単純な生き物だと思った。

 万人を魅了する容姿や、永遠に終わらない寿命、食物連鎖の頂点に立つ力。それだけのものを持ち得ているのに、知能が低い為に何の役にも立っていない。

 だからこそ私や、イヴリンにいい様に使われてしまうのだ。


 その証拠に、イヴリンとの契約を終了させたベルフェゴール。彼の経営している賭博場を私の管轄下に置く「取引」は簡単に出来た。彼を部下にする事で、この長期休暇を得る事ができたのだ。……まさか、彼女が地獄にいるとは思いもしなかったが。



 私とイヴリンは似ている。自分の得を第一に考えて、それ以外は自分の為のチェス駒としか思っていない所だ。……だが彼女は根元の性格を捨てきれず、無慈悲にはなれない。



 だから普通じゃない、私の様な人間に好かれてしまうのだ。自分と似ている癖に、やけに人間染みた彼女。その優しさに依存して、付け込んで。彼女の捨てきれない慈悲を、全て自分のものにしたくなる様な、貪欲な人間や……悪魔達に。



 嗚呼、でももう我慢できない。今夜で思い知った。

 あの背徳的な彼女を、自分以外が既に見てしまっているなんて……腸が煮えくり返る。




《 06 予想外 》




 エドガーがシェリーから聞いた話では、メデューサの頭には随分前から目玉はついていなかった。だが最初からではなく、初代当主の時代にはあったらしい。


 初代ヒルゴス伯爵。彼は当時裕福とはいえないこの国に突然現れた。

 生まれがどこかも分からない異邦人だったが、彼の持っていた莫大な金資金により海上貿易は始まった。そのおかげで他国との取引も盛んに行われる様になり、今の貿易国家の基盤を作り上げる。その功績で異邦人ながら、国王より伯爵位を賜る事が出来た。


「……()()()ねぇ」


 再び甲板に集まった私達は、ここまでで得た情報をまとめている。夜中の船の上は肌寒いが、エドガーに狙いを定めたシェリーから逃げるにはここしかなかったのだ。先程も私を抱きしめたエドガーの元へ、まぁいい歯軋りをしながらやって来ていた。怖い。


 この肌寒い甲板でも、ダリは笑顔で隣のエドガーを見て、笑顔で手を上げて主張している。……どうやら発言の許可を得ようとしているらしい。さっき喋ったらクビって言われてたもんな。

 エドガーが苦笑いをしながら頷けば、ダリは嬉しそうに口を開いた。


「イヴリン様!展示室に置かれていた品の中には《ハーゲンティの手》がありました!奴は錬金術を使う事が出来ます!特に鉄を金に変える事が得意です!!」

「じゃあ先代公爵は、そのハーゲンティと契約して、金を作れる手を貰ったって事?」


 私の素直な答えに、ダリは首を横に折れる勢いで振る。


「いいえ!それはあり得ません!大量の金を与える契約なら兎も角!上級悪魔である、奴の手の所有が出来る対価なんて、この世の何処にもありません!神の子であるイヴリン様の体でやっとですね!」

「例えがあまりにも分かりにくいけど……つまり、あの展示室に悪魔ハーゲンティの手があるのはあり得ない、と言いたいのかな?」

「その通りです!!」

「いや普通にあるんだけど」

「そうなんですよね!ちょっと予想外です!!」


 ダリちゃんは「やれやれ」と言わんばかりの呆れた表情をしてくれる。お前可愛けりゃ何でも許されると思うなよ。

 エウリュアレーもダリの発言に頷き、私へ顔を向ける。


「主様。先程もお伝えした通り、メデューサが聖人に殺されたのは、その聖人が《目玉》を求めたからです。ヒルゴス家の先代伯爵の時代にまだ目玉があったのなら……おそらく、先代伯爵は……」


 彼女が何を言いたいのか、その答えは分かっている。私は頷いた。



「お前の考えている通り、ヒルゴス家の先代伯爵はメデューサを殺した、聖人の可能性が高い」



 メデューサの目玉を求め殺した聖人は、己の力で「この世界」へと辿り着いた。そして悪魔ハーゲンティを狩り、奴の手を奪い富を手に入れた。

 という仮説が正しければ、あの展示室にあった他の悪魔の体や所有物も、その聖人が狩り得た「勲章」である可能性が高い。



 ……しかし、これだと話の内容としては合うが、複数の部分で疑問が残る。


 まず一つ目、ここまでの話の内容であれば、特に違法悪魔の気配はない。その為ノイズが鳴る理由が分からない。


 二つ目、ヒルゴス家初代当主が、メデューサを殺した聖人である。とするのはいいが、バーガンディの手やら羽やら、あれは比較的新しく見えた。メデューサの頭の様に聖なる遺物の器となっている訳ではない。メデューサが殺されたのは相当な昔で、初代の時代に腐敗処理など存在しないはずだ。死んだ悪魔の一部や所有物が、何故まだ現存している?


そして三つ目。メデューサの頭を得て「この世界」へ逃げたのは分かる。だがどうしてこの国を選んだ?目玉欲しさに人間を殺す程の奴が、何故貧しい国の再建をしている?


 目線を下げて思考を巡らせていれば、肩にジャケットが掛けられる。先程までダリの隣にいたエドガーが、自分の着ていたジャケットを羽織らせていた。気づき目線を向ける私へ、エドガーは穏やかに微笑んだ。


「その薄着じゃあ寒いだろう?暫く羽織っているといいよ」

「有難うございます」

「是非ともそのまま会場に戻って、先程の色男に見せつけてくれていいよ」

「………考えておきます」


 おいおい、まだ根に持っているのか。最近可笑しくないか?

 ちょっと前なら「まだ自分のものではないから」と言って割とあっさりしていたじゃないか。そりゃあ確かに、人様に嫌な仕事をさせている最中に悪かったと思っているさ。



 だがしょうがないだろう?向こうが突然話しかけてきた………





 …………あれ?







「……「神に背き混じれば、別のものとなる」」

「イヴリン?」



 呟く様に声を出す私へ、エドガーは不思議そうに此方に声を掛ける。ダリとエウリュアレーも同じような表情で私を見つめていた。



 だが私は、その目線を気にする余裕はない。


 新たな仮説を目の前に、私は恐怖で震えていた。







◆◆◆





「あの女!!本当に邪魔だわ!!」


 招待客の入ってこないプライベートルームにやって来た私は、ここまで堪えた苛立ちを吐き出す様に叫んだ。


 それでも抑えきれずに、側にあった花瓶を投げ飛ばす。側から痛みに苦しむ声が聞こえた。その声ですら私を逆撫でて、苦しむ声に向かって無我夢中で殴り続けた。


「あんな醜い顔の女に!どうして私がこんな目に遭うのよ!!私はヒルゴス家の当主よ!!この国で一番の富豪で!!エドガー様にふさわしいのは私なのに!!」


 エドガー・レントラー。彼は素晴らしい男性だ。

 元は敗戦国の高貴な血筋で、ルドニア国一番の商人に成り上がった男性。


 褐色の肌は魅力的で、黄金の瞳が己の富を表している。少し話すだけで賢いと分かるその口ぶりに、私は初めて彼と出会った時「運命の人」だと確信した。


 なのに、あの人は一向に振り向かない。どれだけ得を伝えても、己の美貌を見せつけもなんの意味もなかった。


 ……なのに、なのに……あの人は……あんなはしたない女に男を魅せていた。 


 殴り続けた手から、返り血がこびり付く。その時妙案を思いついた。



「……ああ……そうよ、今夜の「餌」はあの女にすればいいわ。なんの才能もないから、どうせロクな悪魔はやって来ないだろうけど」


 そうだ、あの女を「餌」にしてしまえばいいのだ。やって来た悪魔へ、エドガー様が私を愛する様にしてもらばいい。

 才能ある人間より劣るだろうが、あの女でも下級程の悪魔なら呼べるだろう。


「そのまま悪魔へ与えて、本当に契約してしまえばいいのよ!そうしたらあの女は居なくなって、エドガー様は私を見てくれるわ!!」


 なんて素晴らしい!気分良く天井を見上げてターンを繰り返す。嗚呼、もうすぐエドガー様が私へ、頬を赤く染めて見つめてくれる!欲情した表情で、私の体を求めてくれる!!


「今年は、貴方は必要ないみたいね!」


 私は立ち止まり、()()へ笑いかけた。






 そして、漸く其れの側にいた人物に気付いたのだ。






 まるで亡霊の様に佇むその人物は、其れに触れようとして、触れずに手を止める。



 驚愕し固まる私へ、長い前髪の隙間から、憎しみに塗れた鋭い目線を向けた。


 ………其れと同じ、美しいエメラルドの瞳だ。




「…………見つけた」




 部屋の外から、複数の足音が聞こえた。



 

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