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05 覚えられない顔


 人と異質な故に迫害され、そして命を奪われた娘。死んでもなお、飾りとして扱われる無様なメデューサ。……彼女を哀れだとは思う。


 乗りかかった船だ。世話になっているステラの妹の問題だし、彼女の悲願を叶えてやろうと思った。……後、近い内サリエル達に見つかった際、ちょっと弁解するのを手伝って貰いたい。無欲に手を差し出せないとは、私も嫌な女になったもんだ。



 あの後会場に戻った私は、まだ鼻を啜っているエウリュアレーと行動を共にしている。ここにいないダリには船員に化けて貰って、関係者通路や部屋などを見てもらう事にした。

 何処で手に入れたのかは不明だが、メデューサの頭を所有している以上、目玉もヒルゴス家にある可能性が高い。となれば、ヒルゴス家所有の船の中に保管されている可能性だって捨てきれない。


「というか、そもそも初代ヒルゴス伯が頭を所有した時点で、目玉はなかった可能性もあるけど」


 果実酒を飲みながら、会場で繰り広げられる光景を見つめて呟く。

 隣にいたエウリュアレーが、その呟きには頭を下げ、小さく息を吐いた。……うわしょげてる。多分、言ってはいけない事を言った。とりあえず話を変えようと、必死にネタを考える。


「そ、そういえば!エウリュアレーはどうして「この世界」にメデューサの頭があるって分かったの?」


 やや引き攣った顔で質問を投げ掛ければ、エウリュアレーは顔を上げた。


「……妹の頭を探す為に、私は様々な世界の伝承や伝説、噂を調べていました。その中にヒルゴス家の食事会で「醜い蛇頭の女の生首がお披露目されている」と噂を聞きましたので、この地を訪れ調べる事にしました。……ですが、私は地位としては上級悪魔ですが、実際は下級よりも弱いのです。姿を完全に化かす事も出来ず、かと言って姿を消すのも限られた時間しか出来ません。そんな時、地獄の気配と共に、幸運にも主様をお見かけしたのです」

「へぇ、成程?奇跡みたいな偶然だ」


 エウリュアレーの突撃訪問に納得しつつ……ある事に気づいた。思わず彼女の顔を覗き見る。肩を大きく震わせた。子ウサギか。


「待って。頭を見つける為に伝承伝説を調べたのは分かるけど、何で「お前達の世界」だけじゃないの?」


 エウリュアレーの探し方は間違っていない。不思議な力を持つ、恐ろしい化け物の頭を探しているのだ。目撃者が文献としてその存在を残している可能性は大いにある。

 だが何故自分のいた世界だけでなく「様々な世界」を探す必要がある?メデューサを殺したのは、所詮聖人(人間)だろう?


 迫る様に顔を近づければ、長い前髪で隠れていても瞳と頬が隙間から見える。黄土色の肌が赤く染まり、目玉は忙しなく泳いでいた。


「そっ!それは……メデューサを殺した聖人が《時空を越える力》を、も、持っているからです、!」

「聖人ってそんな事も出来るの?所詮人間なのに?」

「通常はあり得ないのですが……あ、あの聖人は……最高位の天使の、子供なので……」


 驚いた。聖者と呼ばれる者達にも階級が存在するとは。説明をし終われば、エウリュアレーはプシュプシュと頭から煙を出しながら壁にもたれる。……この悪魔、もう少し感情が乏しくなかったか?さっきから可笑しいぞ?


 

 その時突然、会場中央より甲高い女性の声が響く。エウリュアレーから目線を外し、その場所を見れば女性の声はヒルゴス伯、シェリーだ。

 彼女が腕を回しているのはエドガーで、好きな男に相手をしてもらっているからか、相当機嫌が良さそうに笑っている。で、挑発的に此方を見ている。おいおい、やめてくれって。さっきは悪かったと思ってるよ。


 対するエドガーは愛想良く、かといってこれ以上踏み込ませない意志を感じる。その態度こそがシェリーの狩猟本能を燃え上がらせているのだろうが……ま、いっか。


 その様子を見ている私へ、頬の赤みを戻したエウリュアレーは、やや混乱した様に呟いた。


「……あの人間は、一体何をしているのですか?」

「メデューサの頭について、ヒルゴス伯爵に聞いてもらってるの」

「え、主様の番が、ですか?」

「絶対それ本人の前で言うなよ。……エドガー様は番じゃない。ただの友人だよ」

「……友人」


 皮肉に笑いながら、酒を飲み干す為にグラスを傾ける私へ、エウリュアレーは言葉を復唱して何かを考えている。その時にどんな表情をしているのかは、今度こそ長すぎる前髪に隠れて見えない。



 エドガーが、シェリーから話を聞き終わるまで眺めていようと思ったが……私達の元へ、革靴音が近づいている事に気づいた。エウリュアレーは気配に気づき、隠れる様に姿を消す。


 一瞬サリエル達かと思い震えたが、奴らはここまで一歩一歩が重くない。まるで存在を伝える様な強い足音だ。



 振り向けば男性がいた。襟足の整えられた橙色の髪に、深緑の目。何処か品の良さを感じるその顔立ち似合うグレーの正装。男性は私へ目を細めた。


「今晩は、美しい人。壁の花にしておくのは勿体無い。どうか私とお話ししませんか?」


 訛りが一切ない、品の良い声。随分とキザな口説き文句からして、この場に出会いを求めている貴人らしい。……だが、どこかで見た気がする。もしやルドニア国の貴族か?


「生憎連れを待っておりまして、少しでしたら。……ルドニア国の方ですか?」

「ええ、国籍はそうですね。今は自由気ままに他国を渡り歩いていますが」


 ……ほぉ、つまり?それなりの貴族かもしくは資産家が、悠々自適な火遊びをしてるってか?確かに中々いい顔立ちで、正装からでも分かる筋骨隆々とした体付き。この食事会に招かれる程の地位を持つならば、女に困る事はないのだろう。私は変わり種って所だろうか?柿の種のピーナッツって感じ?


 貴人は近くにいた給仕人に声を掛けて、彼の髪と同じ色のカクテルを二つ受け取る。再び此方へ優雅に微笑み、その一方を私へ差し出した。特に拒否する理由もないので、お礼を伝え受け取る。


 貴人も私達と同じく壁に寄りかかり、会場中央のエドガーを見た。……カクテルを口に含んだ後、此方へ目線だけ向けた。



「展示室に飾られていた、怪物の頭。その事について何故調べているのです?」

「へっ!?」



 思わずグラスを落としそうになった。否、落とす筈だったが、物理法則を無視した力により静かに手に戻った。

 恐らく姿を消しているエウリュアレーの仕業だ。私の動揺具合に、男性は眉を下げて苦笑する。


「失礼。驚かすつもりではなかったのですが……私は耳が良いのです。貴女のお連れの方が、先程からヒルゴス伯へその事を聞いている様でしたので、気になりまして」

「そ、そう、でしたか」


 偶然聞いてしまった、と言わんばかりの表情をしてくれる。だがこんな騒がしい会場で、中央にいるエドガー達の話す内容まで聞き取るならば、相当な近くにいなければ難しいだろう。……私はこの貴人に話しかけられるまで、エドガー達の姿を見ていたのだ。その間に彼が近くにいた記憶はない。


 甲板での話を聞いていたのか?もしくは、本当に聞こえたのか?前者なら、唯の好奇心故の行動。だが後者なら……。


「……展示室に置かれていた怪物の頭、目玉だけないのが気になったのです。それを彼も気になり、伯爵に聞いているのだと思います」


 私の答えに、貴人は二口目のカクテルを飲みながら聞いている。グラスを唇から離せば、その口元は弧をえがいていた。



「目玉、ねぇ……貴女は「哀れな聖人」の物語を知っていますか?」

「哀れな聖人?」



 貴人は頷き、酒で濡れた唇を動かした。

 

「遥か昔の話です。己の力に慢心した聖人が、力のない弟を守っていたつもりが、全くの逆だった。結果、弟は兄を助けた所為で殺されてしまう」

「…………」


 静かに語られる物語に、私は貴人の瞳を見た。

 美しい深緑は、まるで獣の様に瞳孔が細い。その目線には、強く既視感があった。


「そして聖人は弟を助ける為に、地獄の民と目玉の交換をしたのです。獣の目玉を受け入れた聖人は、存在が捻じ曲がり、永遠に彷徨うだけの「生きた亡霊」となった。……滑稽な話でしょう?」


 此方へ笑いかける貴人へ、私は微笑んだ。


「……その()()()が、怪物の頭と何の関係があるのでしょうか?」


 ふと、空いた手を何かに握られた。恐らく姿を消しているエウリュアレーだろう。私の緊張に気づいたのか、守ろうとしているらしい。だが此処で騒動を起こされても面倒なだけだ。無言で首を横にふれば、小さく唸る声は消えた。

 唸り声が聞こえた筈なのに、貴人は穏やかに笑うだけだ。


「いえ、目玉と聞きましたので、ふと思い出しただけですよ」

「そうでしたか、とても面白いお話を有難うございます」


 ……警戒心をやめろ。私の考えすぎだ。あまりにもあの天使に聞いた「史実」と酷似しているからか、妙に警戒心を持ってしまっただけだ。

 私は心を落ち着け、受け取ったカクテルを飲む。うん、オレンジが効いて中々美味しい。


「……ですが」

「え?……っ!?」


 カクテルを愛でる目線から、声の元に顔を向ける。気づけば貴人は目の前、瞬きの間に鼻先まで顔を近づけていた。

 驚きよろけ、今度こそグラスを落としそうになったが……それは貴人が手首を支え、二度目の無事だった。



 男は唇を動かす、その息はラムの香りがした。


「どんなものでも、神に背き混じれば、それは「別のもの」になってしまう。例えそれが、聖なる力を持つものでも」


 

 それが事実だと言わんばかりの声、口ぶり。


 ……嗚呼、思い出した。

 男の深緑の、異質な目線。よく知った目線だ。



 この目線は、己を喰い求める悪魔と同じだ。



 その時。中央から女性の慌てる声と、此方へ駆け寄る革靴の音が聞こえた。

 先にそこへ目線を向けた男は苦笑い。名残惜しそうに私の手首を離せば、後ろへ数歩下がっていく。


「どうやら、お連れの方が戻ってきたらしい。残念だ、もう少し花を愛でたかったのに」

「お前は……」


 私は離れる男を見据え、離れる歩幅分近こうとした。けれどそれは途中で終わり、腰を掴まれ一気に別方向へ引き寄せられる。


「うわっ!?」

「イヴリン!!」


 少し荒れた呼吸と、独特な香りの香水。見上げればやはりエドガーだ。普段の優雅さは欠片もなく、眉間に皺が寄って険しい表情だ。腰を掴む彼の手が強くなった。


「全く、焦ったよ……ふと見たら、君が紳士に口説かれているんだから」

「あ、ああ……申し訳ございません……?」

「君は私に「待て」をしておいて、自分は好き勝手するのかい?」

「ええー……」


 いやだって、話しかけられたら返すでしょ普通?無視しろと?理不尽すぎる文句に顔が引き攣るが、どうやら大層ご立腹らしい。なんだよ、まるで飼い主を取られた忠犬じゃないか。

 目線をあの男のいた場所へ戻したが、すでに男はいない。……おい、ドマゾ商人。思ったよりも構ってくれないからって、尻を触るな。


 何とか体を離せば、まだ不機嫌そうなエドガーへじっとりと目線を向けた。


「エドガー様、伯爵とお話しの途中では?」

「あの頭については、もう聞ける情報は聞いたよ。それとなく離れようと思ったのに、君ときたら……誰だい、つい今まで居た色男は?」


 この食事会での、求めていない熱烈な好意に疲れているのだろう。もしくは早くワンちゃんになれない苛立ちか?普段の大人の余裕はどこいった?取り敢えず私への執着から逸らす為にも、先程の男の事について話そうと口を開く。


「名前は存じ上げませんが、身覚えのある顔だったのでルドニア国の貴人でしょう。特徴は………………………あれ?」

「イヴリン?」


 私の溢れる声に、エドガーは怪訝そうに名前を呼んだ。



 ………あれ、可笑しいな。


 話した内容は覚えてるんだけど…………どんな顔だっけ?




ちなみにイヴリンが男に受け取ったカクテルは「アイ・オープナー」です。

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