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03 犬と探しもの



 大型船の中は素晴らしいものだった。全ての場所には金刺繍の施された、真紅の絨毯とカーテン。進む道には明らかに価値のある芸術品が飾られており、天井に吊るされたシャンデリアの硝子細工は、この世界背景ではあり得ない程の透明度とカッティングが施されている。金にものを言わせた結果だろう。


 食事会の会場であるホールは更に豪華絢爛で、並べられた食事も高級食材から珍味まで飽きさせない配列だ。食事会といっても舞踏会寄りの立食会で、中央では招待客達が楽しそうに踊っている。年若い女性達のドレスの露出加減を見る限り、この食事会は将来有望な貴族や資産家を捕まえるには、最高の戦場なのだろう。奥のカーテンが変にもりあがっている。皆知らんふりをしているが……いや、私は何も見ていない。


 才能ある紳士淑女の強かさと下品さに感心していると、目の前に美味しそうなシャンパングラスを差し出された。少し見上げれば、この会場で一番下心を持っている男がいる。


「イヴリン、美味しそうなシャンパンがあったよ」

「有難うございます、エドガー様」


 エドガーからグラスを受け取れば、まずは一口飲む。……炭酸の泡がクリーミー、程よい苦味と、どこかシトラスの味がする。素晴らしい味わいだ。エドガーも同意見だったのか、飲めば口元は弧を描く。


「それで、レディ・エウリュアレーとダリは?」

「二人で「探しもの」の手がかりを見つけに行っています」

「おや、君は手助けしないのかい?」

「エウリュアレーの「探しもの」が関係あるかは不明ですが、この食事会には違法悪魔の反応がありました。危険な場所で、エドガー様を一人にしておけませんから」

「そりゃあ嬉しいね。魅力的な私の騎士様だ」


 本当は私がエウリュアレーと行動を共にして、ダリに護衛を任せたかったのだが。先程会場に着くなり、ダリが「楽しそうなので!」と笑顔でエウリュアレーを連れて行ってしまった。あの悪魔は本当に扱いが難しい。


 思い出して苛立ち、シャンパンを一気に飲み干す。空のグラスをエドガーへ差し出せば、エドガーはそんな私へ、片眉を上げながら挑発的な表情をしていた。……多分、ダリを扱いきれなかった事に気づいてるなこれ。話変えたろ。


「そういえばこの食事会では、伯爵家の集めた品物がお披露目されるんでしたっけ?廊下に飾られていた、芸術品の事ですか?」

「いいや。あれは骨董品ではなく価値があるものだから、別室に展示されているんじゃないかな?」


 確かにエドガーの言う通り、此処まで来る際に飾られていた展示物は、素人の私が見ても価値があると分かるもの達ばかりだった。このままダリ達が帰ってくるまで会場に居てもいいが……うん、エドガーの後ろにいる熟れた淑女達が、さながら狩人の様に彼を見ている。流石大国の資産家、モテモテじゃないか。このペアルックまがいのものを見せつけても、私相手なら女として勝てると確信しているのだろう。面倒な事になる前に逃げなくては。


「エドガー様がよろしければ、その骨董品とやらを見に行きませんか?エウリュアレーの「探しもの」もあるかもしれませんし」

「ああ勿論。関わっておきたい来賓にはもう挨拶をし終わっているから、何処までもお供しよう。……ただ展示室の場所が分からないから、給仕人にでも聞こうかな」


 そう言えばエドガーは周りを見て、手の空いている給仕人を探そうとした。……だが、それを見越したかの様にヒールの音が此方へ近づく。音の方へ向けばシェリーと青年がいた。


「展示室をお探し?よろしければご案内致しますわ」


 どの淑女達よりも狩人の目をしたシェリーが、さりげなく豊満な胸を見せながらエドガーを誘っている。思わず己の胸を見てしまった。大丈夫、メロンには負けるがリンゴ、いやミカン程度ならある。

 誘惑されているエドガーは、愛想のいい表情でシェリーへ笑いかけた。ちなみに一切胸を見ていない。そうだな、胸より叩いてくれる足だもんな。


「有難いお申し出ですが、今宵の美しい主役を独り占めする訳には参りませんので。場所だけ教えて頂いてもよろしいですか?」

「ご遠慮なさらないで。この船は通路が入り組んでおりますから、口よりご案内した方が早いですわ」


 おお、品の良い言葉に隠された、男女の攻防戦が繰り広げられている。流石のエドガーでも、今宵の主催者であるシェリーには強く言えないのだろう。周りはそんな二人の姿へ憶測を囁いている。取りあえず一番近い、中年男性達の話へ聞き耳をたてた。


「あのヒルゴス伯が、あそこまで熱心に口説く姿は初めて見る。よっほどレントラー卿を気に入っているのだろう。彼には相手がいるのに、強欲な女だ」

「だがヒルゴス家と関係を持てるのは、レントラー卿にとっては大利益になるんじゃないか?僕ならヒルゴス伯を正妻にして、あのレディを愛人にするがね」


 おいふざけるな。あんな男の愛人になってみろ。毎日アブノーマル祭りで頭が可笑しくなってしまう。ああいう性癖を相手するのは、偶にが良いのだ。

 しかし、このままでは二人の攻防戦は終わらない気がしてきた。エドガーを置いて逃げてしまえば良いが、違法悪魔がいるかもしれない今宵に、彼を一人にするのは気が引ける。待っていてもいいが、エウリュアレーの手助けもしてやりたい。


 

 ……はぁ、致し方ない。大きくため息を吐いた私は、エドガーの腕にいじらしく手を這わした。そして上目遣い、これ重要。



「エドガー様、このままでは伯爵様にご迷惑がかかってしまいます。もう隠さず、お話しされては?」

「イ、イヴリ……っ!?」


 シェリーからエドガーを掠め取る様に、彼の腕を引き己の体で包み込む。驚き目を見開く彼は、照れているのか耳が赤い。ちょっと甥っ子に似てる。

 私は驚き固まっているシェリーや、他の招待客に見せつける様にエドガーの耳元に唇を近づけた。


「エドガー様。展示室へ行きたいのではなくて……私と、人目につかない場所に行きたいんでしょう?」


 囁く、けれどはっきりと聞こえる甘い言葉に、エドガーの喉が鳴った。そりゃあもうゴクッと。シェリーは囁いた言葉に顔を真っ赤にして、私を軽蔑する様に睨みつけた。


「なんて破廉恥な!」

「おや、どうして破廉恥だと?一体どんな想像をされたのですか?」

 

 言い返せば、彼女の睨みつける表情は社交性を忘れた。片手に持っていた扇子が強く握られ、悲鳴をあげている。……へぇ意外だ。想像と違って中々可愛い反応じゃないか。恐らく損得関係なしの、純粋な恋心故の今までの行動だったのだろう。なんだ、ちょっと悪い事したな。


 だが言ってしまったものは戻らない。先程まで下品な話をしていた男共を目端で見れば、気まずそうに目線を逸らしていた。その態度に嘲笑いながら、再びシェリーへ目線を戻す。


「そういう事ですので、私達は少し会場から離れます。失礼致しました」


 恭しくお辞儀をして、エドガーの腕を引っ張る。彼は驚くほど素直に歩みを進めてくれた。シェリーは唇を噛み締めながら、扇子を勢いよく振り下ろす。


「待ちなさい!ヒルゴス家当主である私に、何の才もない平民風情が!そんな態度を取っていいと思っているの!?エドガー様を離しなさい!!」


 どうやら私を脅しているらしい。だが真っ赤な顔で何を言われても、子犬の威嚇だと可愛く見えるだけだ。このお嬢ちゃん、見た目からして二十代前半か?はーん、まだまだ子供だねぇ。

 無視して歩みを続ければ、段々注意は罵倒に変わっていく。……これで昨日の商談がオジャンにならない事を願おう。まぁ、エドガーを離せと言っているので、恨みつらみは全て私に集中しているから大丈夫かな?エドガーに損があまり被らない様に、下品に振る舞ってよかった。


 キャンキャン吠えるシェリーの声に鼻で笑いながら、無言のままのエドガーと共に会場を後にした。悪いねお嬢ちゃん、でも君の為なんだ。こんなドマゾストーカー男に恋するのは、純粋なやつをした後の方がいい。イカスミパスタを食う前に、まずはミートソースパスタからってね。





 丁度手の空いていた給仕人に展示室の場所を聞いたので、お目当ての展示室へ向かおう。

 だが会場から出れば、ここまで素直だった腕の力が強くなり、私の手を離さない様にきつく締め上げた。何事かと慌てたが、頭上から聞こえる荒い息継ぎでおおよそ察した。……再びため息、そして犬の様に息を吐くのエドガーを嗜める。


「エドガー様……今のは全て、ヒルゴス伯を諦めさせる為に言った事ですからね」


 と静かに告げて、さっさと展示室へ向かう為に通路の右を進もうとする。が、力強く腕を引っ張られ阻止された。


「イヴリン、すぐに家に帰ろう」


 早口でそう告げるエドガーが、連れて行こうとするのは左の出口だ。今まで体力を温存していたのか?という位に異常な力で引っ張られる。


 まぁ?先程の発言で、エドガーがこうなる事は分かっていた。このワンちゃんは欲に忠実すぎる。……なので今夜は言った手前、求められたらお相手してやろうと思っていたのだがね?こうも性急に求めてくるのは予想外だ。腕もげそう。

 私は顔を引き攣るのを隠さずに、掴まれた腕を振り解こうとする。


「エ、エドガー様……ま、まだ食事会始まったばかりじゃないですか。エウリュアレーの探しものもありますし……」

「彼女にはダリがいるから安心して。先程言ったとおり、もう挨拶をしたい招待客には済ませた。今ならまだ船は出航していないから、すぐに家に帰れるよ。というか、今すぐ家に帰って君の犬になりたい。君に助けられるまで、ヒルゴス伯を避けきれなかった私に罰を与えて欲しい」


 おっとぉ、これはいけない。エドガーさんが盛大に燃え盛っている。……くそう、マゾ男相手にやりすぎたか?でもしょうがないじゃないか!特に才も地位もない私があの場を切り抜け、己に損を集中させるには愛人らしく振る舞うしかな考えが思いつかなかったのだ。むしろ損を殆ど与えず抜け出せた成果を感謝してほしい。


 私は必死に抵抗して、どうにか右へ進もうと踏ん張る。しかし美丈夫な男には些細な力なのか、小さな笑い声と共に腰に反対の手を回された。そのままあっという間に横抱きされる。


 その時に漸くエドガーの表情を見た。黄金の瞳が、獲物を狩る獣の様に研ぎ澄まされている。興奮で鼻呼吸を忘れて口呼吸、その吐息が肌に当たれば熱い。


 欲にまみれた男は、犬らしく舌を出しながら、私へおねだりしてきた。



「イヴリン、もう我慢できない。……早く私を、君の犬にさせてほしい」



 腕を掴んでいた手が、今は私の足を撫でている。……駄目だ。この男に植え付けられた加虐精神が興奮している。こんな求め方をさせて、普通なら引くはずなのに興奮している。や、やめて!私はまだノーマルでいたいの!!


 無言を肯定と悟ったエドガーは、嬉しそうに目を細めながら左の通路へ歩みを進める。エウリュアレーよ、申し訳ない。地獄の主は今日手伝う事は難しそうだ。エウリュアレーへ心の中で謝罪をしながら、私は絶望と興奮で体をだらけていく。



 だが、その時後ろから見知った声が聞こえた。


「ボス!イヴリン様!!」


 エドガーは声につられて、私を抱えたまま後ろへ振り向いた。やはりいたのはダリだ。この通路を走って来たのか、少し息が荒い。エドガーは丁度いいとダリへ声をかけた。


「丁度よかった。私とイヴリンは一足先に家に帰るから、レディ・エウリュアレーの探しものの手伝いを引き続き頼むよ」

「ボス!その事で、イヴリン様に見て頂きたいものがあるんです!」


 ん?私に?珍しく真剣な表情で私を見るダリへ、怪訝な表情を向けた。


「どうしたの?……というか、エウリュアレーは?」

「エウリュアレーは展示室で待ってもらっています!早く来てください!」


 そう言い放てば、ダリはエドガーを引っ張り私ごと反対の通路へ連れていく。エドガーは驚き抵抗しているが、どうやら彼でもダリの腕を振り払えないらしい。暫くすれば観念したのか、私を下ろしてくれた。


 やがて着いたのはとある部屋で、解放された重厚な扉には「展示室」と書かれている。中に入れば数人の招待客と、その中央にエウリュアレーがたたずんでいた。

 エドガーは展示室に飾られた品物を見て、やや顔を引き攣らせている。


「これは……随分と個性的だ」


 展示室の中。ガラスケースに個々に飾られていたのは、皆統一性のない個性的な品物ばかりだった。

 黄金で出来た右手、表紙に血がついた古書。何かの動物の巨大な羽や、銅で出来た剣まである。……エドガーの言う通り、中々個性的なもの達ばかりだ。廊下に裸で飾られていた芸術品の方が、よっぽどガラスケースに入れる価値があるものだろう。


 だがダリは真剣にそのガラクタを見て、唸りながら眉間に手を添える。何度か深呼吸をした後に、私へ疲れた表情で目線を向けた。


「《ハーゲンティの手。バジリスクの羽》……これらは全て、悪魔の体や所有物です」

「……え?悪魔?」


 ダリの放つ言葉にノイズが鳴る。どういう事だ、何故その部分でノイズが鳴る?

 私は再び、中央にたたずんでいるエウリュアレーを見た。……彼女は、ある展示物を凝視している。



 そこには、まるで特殊マスクの様な醜い女の頭があった。髪は干からびた蛇を生やして、腐敗を止める為に、蝋を塗りたくられた肌はひび割れている。顔の造形も歪で、見るものが怯える程の醜い、恐ろしい頭だ。



 ……だが、私は知っている。

 この頭と似た顔を、私は数十年前、ある使用人に見せつけられたのだ。




 エウリュアレーの唯一見える唇が、怒りで震えながら動く。


 彼女は、皺がれた声で小さく、はっきりと告げた。





「やっと見つけた……メデューサ……なのに……何で……何で……」




 揺れ動く前髪から見えた、エメラルドの瞳。

 その美しい瞳は、目玉のない頭を真っ直ぐ見据えていた。




番外編「彷徨う者達」が本格的に始まりました〜。

本編に入れたくて考えていたのですが「これエドガー贔屓すぎん?イヴリン欲に忠実すぎん?大丈夫かこれ?」と気づいて、入れれなかった代物です。今でも公開する事にビビっています。

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