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02 宴の幕開け


 私の使用人として長年世話をしてくれたステラ。可愛らしい幼児姿だが、あれでも奴は地獄を生きる悪魔の中ではかなり古い生まれであり、同時に異質な悪魔だ。

 私が地獄に堕ちたとき、早速襲いかかろうとする悪魔共をどうにか止めようとして、さまざまな話を投げ掛けた時に偶然聞いた昔話だ。



 途方もない昔、異なる世界で生まれたステラと妹達は、人間ながら女神と歌われる程の美しい女性達だった。だがその姿故に様々なものを魅了し、そして憎まれ呪いをかけられた。結果人間なのに悪魔と呼ばれ、その世界の聖人によって末の妹は殺されてしまう。


 美しい顔は醜い怪物となり、生き残ったステラとエウリュアレーは憎しみに支配される。やがて人を襲い、人を殺し、化け物の様に血肉を喰う。そして最後には罪人として地獄へ堕ちた。

 本来ならばそこで罪人となり地獄で永遠に苦痛を受ける事になるのだが……彼女達は地獄の邪念に当てられた結果、存在を悪魔と変えた。


 つまり、彼女達は悪魔の中でも極めて珍しい、人間から変質し悪魔となった存在なのだ。被食者が捕食者と変わる、そんな結果があるのかと私自身の環境故に怯えたが、永く存在する地獄の世界でも、そんな変異したのはステラ達だけらしい。

 それ程憎しみが凄まじいものだったのか、もしくはパトリックの様に血を持っていたのかは分からない。



 ステラは悪魔となった後は、憎しみを欲へと変える事で平静さを取り戻した。だが元は人間であったからか、堕ちた天使や生まれたばかりの悪魔の世話を好んだ。



 だがエウリュアレーは違った。悪魔と変質した彼女は世界を転々として「あるもの」を探し続けている。……まるで、彷徨う様に何千、何万年も。






《 02 宴の幕開け 》






 ヒルゴス伯爵家は、この国では相当な権力を持つ伯爵家らしい。その理由はヒルゴス家の行う貿易業だ。


 この国は国領が狭い為、殆どを輸入に頼る貿易国家だ。国の海辺を領地として持つヒルゴス家は海上輸送を担っている。一度で多くの荷物を輸送できる海上貿易はこの国の要であり、代々その利益を国に与えたヒルゴス家の価値は大きい。


 そんな地位も金もあるヒルゴス家は、毎年身分関係なく才能に溢れた人々を招いて、伯爵所有の船にて食事会を行う。

 富を見せつける様な金縁の招待状、平民が一生口に入れることは出来ない豪華な料理と宴。招待された名誉溢れる来賓達。ヒルゴス家の食事会はこの国で、最も憧れる催しだ。……私は全く唆られないが。



 私達を乗せていた馬車は、ヒルゴス領土の海岸で停まった。御者によって開かれた外の視界は、漆黒の大型船が全てを占めていた。……口笛でも吹いてしまいそうな程の、巨大な大きさの船だ。大型船と言ってはいたが、中型程の大きさだと思っていた。ここで食事?旅行の間違いじゃないの?

 


「嗚呼、やっぱり君は装飾を施したドレスも似合うね。とても綺麗だ」


 馬車から降りる際に、手を差し出したエドガーが目を蕩けさせながら私を見る。手を添えて、何度目か分からないため息を吐いた。


「……有難うございます。これも全て、エドガー様がクローゼットに用意してくださったお陰です。それはもうぎっしりと」

「どういたしまして」


 柔らかく笑いかけるエドガーは、添えられた手をそのまま己の腕へ回させた。品の良い濃紫色の正装は、今私が着ているドレスと同じ色と生地だ。なんなら付けている髪飾りと同じ装飾が、エドガーの胸にブローチとして飾られている。私達の姿を見た他の来賓からは、頬を赤めらせる人や、微笑ましいものを見た様な、生暖かい目線を向ける人ばかりだ。……そうだな、側から見たらこれ、ラブラブカップルだもんな。私がそっちの立場なら引いてるレベルの。エドガーお前もガブリエルと同じ、見せびらかしたいタイプだったのか。


「で?貴族様がウジャウジャいる場所へ行きたくない君が、急に「食事会に行きたい」とおねだりして来たのは……後ろのレディの所為かな?」


 エドガーは優しい口ぶりのまま、続けて馬車から降りてきた女性を一瞥した。女性、エウリュアレーはその視線に髪で覆われた顔を下に向ける。ここまで来る場所の中でも薄々気づいてはいたが、この悪魔結構な人見知りだ。……まぁ、流石に素性は明かすべきだろう。


「エウリュアレーです。ステラの妹で、昨晩食事会に連れて行ってほしいとお願いされまして」

「成程。君とこうしていられるのも彼女のお陰か」


 エドガーの目線に思う所があるのか、すぐ私の後ろに付いていたエウリュアレーは数歩下がり、側にいたダリの背中に隠れてしまう。随分と可愛い反応だが……大丈夫か?

 己の背中に棲みついたエウリュアレーに、ダリは弾んだ声で問いかける。


「エウリュアレー!貴方がここに来たいという事は、()()()()()()()()()


 ダリの質問に、エウリュアレーは小さく頷く。理由を知らないエドガーは、答えを知る為に私へ顔を向けた。


「そういう事とは?」

「エウリュアレーは「あるもの」を探しているんです。その「あるもの」がこの大型船にあるそうで」

「何を探しているんだい?」


 別に隠すものでもないし、エドガーに協力をして貰えば心強い。答えを述べようと、口を開こうとしたその時……目端に、此方へ向かってくる女性がいた。

 女性は此方へ、その瞳でエドガーを熱く見つめている。



「ようこそお越しくださいました。エドガー様」


 腰まである葡萄色の巻き髪。その髪色と同じドレスには、富を象徴する様に宝石が散りばめられている。若々しく熟れた体につける装飾も、目が眩む程の大きなダイヤモンドときた。

 豪華絢爛な姿に似合う美しい顔立ちと化粧、そしてエドガーと同じ金色の瞳。そんな派手な美女が口元を扇で隠しながらやって来た。美女の後には同じ髪色の青年がいるが、此方はかなり素朴だ。家族だろうか?


 美女のあまりの豪華さに茫然としていると、エドガーは知り合いだったのか、貴人らしく微笑んで美女に振り返る。


「ヒルゴス伯。本日はお招き頂き有難うございます」


 はぁ成程、彼女がヒルゴス伯か。どうりで一際豪華な出で立ちだと思った。もう目が痛い。

 ヒルゴス伯はエドガーへ艷やかに微笑んだ後、隣にいた私へ目線を向ける。少しだけ目端が鋭くなった気がした。あー……成程?私の三十年以上の女の勘が、色々理解した。

 

「どうぞシェリーとお呼びください。ご高名な商人である貴方様を、この食事会へ招待するのは当然の事です。……それで、お隣の可愛らしい方をご紹介頂いても?」


 私は目線に気づかないフリをして、淑女らしく挨拶をしようとドレスの裾をつまむ。……が、急に横から腕を引っ張られ、独特な香水を纏うエドガーの胸の中に閉じ込められた。驚き離れようとしたが、若い男の逞しい力には逆らえない。なんか後ろでゲラゲラ笑う声が聞こえるが、エドガーは無視してシェリーへ微笑むままだ。


「彼女はミス・イヴリン。私の運命の女性です」


 おいドマゾ商人。その紹介は本当にやめてくれ洒落にならん。思わずひくつく頬を必死に抑え、更に鋭いものとなったシェリーの目線へ愛想笑いを向ける。


「お初にお目にかかります、伯爵様。イヴリンと申します」

「……あら?つい最近教会で聖女認定をされた平民の娘と、同じ名前なんですね?」

「え!?えぇ!?偶然ですねぇ?」


 変な声が出たが、必死にはぐらかす。目線が更に鋭くなった。


「本当に偶然です。しかも聖女イヴリンは、闇の様な漆黒の瞳を持った、変わった容姿の方だと聞いています。……あら?貴女も聖女様と同じ、とても美しい夜色の瞳ですね」

「そっ、そうですかぁ〜?」


 ええい隠せ!隠すのだ!確実に私の正体に気づいているだろうが、ここで認めれば面倒になる事間違いない!エドガーは様子に察して、私の顔を隠す様に更に腕の力を強めた。それも良くないんだがね!?


「ヒルゴス伯、彼女は聖女ではありませんよ。ただの、私の愛おしい人です」


 変わらず微笑むエドガーに、シェリーは彼を真っ直ぐ見据えた。……それでも最後には諦めた様に溜息を吐いて、私達へ背を向ける。


「エドガー様が言うのなら、そうなのでしょう。……今宵はどうぞ、イヴリン様もお楽しみください。きっと忘れられない日となるでしょうから」


 シェリーはそのまま歩みを進め、他の来賓達へ挨拶へ向かった。後ろでここまでを見ていた青年が朗らかに此方へ会釈をして、すぐにシェリーの元へ早歩きで向かって行く。


 彼女らが立ち去った後、漸くエドガーの腕が緩んだので勢い良く離れる。まるで猫の様に威嚇する私へ、エドガーは面白そうに笑うだけだ。


「エドガー様!面倒な事になるので目立つ事はやめてください!!」

「悪いと思ってるよ。あの伯爵はいい取引相手だが、色仕掛けにはうんざりしていたんだ。恋人がいると言っても諦めてくれないし、それなら目の前で仲睦まじい様子でも見ていただこうかと。どうやら伯爵の様子を見るに、効果はあったみたいだ」

「その恋人役を!私にしなくてもいいじゃないですか!!ダリでいいのでは!?」


 名前を呼ばれた事で反応したダリは、可愛らしい笑顔と共に首を横にふる。


「イヴリン様!ダリは頬を足で叩かれて、興奮して鼻血出す人の恋人にはなれませんよ!大分引きます!無理です!!」

「フリだって言ってるだろ!!お前の好みなんて知るかクソアマ悪魔!!」


 怒りを露わにする私の何が面白いのか、ダリは腹を抱えながら大笑いをしている。胸ぐらでも掴んでやろうかと、奴の元へ足取り強く向かっていると、横から品の良い婦人達の噂話が耳に入った。



「そういえば聞きました?今ルドニア国が大変な事になっているとか」

「ええ知っていますわ!歴史的な大嵐に遭っているのでしょう?」

「しかも一部の地域では、悍ましい血色の雨が降っているそうですよ。我が国の貿易に支障が起きなければ良いのですが……」

「まぁ恐ろしい!でも大国ルドニアですから、今回の災害で国が傾く事はないと思うけれど……心配ですわね」



 ………聞こえない!!何も聞こえないからな!!!



 


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