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0 籠の中の鳥、ではなく豚だった。


 生き物が死後、その罪の重さで堕ちる場所。人を欺く悪魔が棲まう地下牢。それが地獄。この場所に人権などある訳がなく弱肉強食、強いものが他を従え統治している。王の血筋とか何も関係なく、ただの腕っ節の良さだけ。実にシンプルな統治方法で好感が持てる。


 これまでは「名も無き悪魔」が長きにわたって統治していたが、その後任が最悪な事に私だ。本当に意味不明すぎる。人間の私が地獄の主なんて、絶対にすぐに喰われて終わりだろう?と思ったが、今の所はそんな事は全くない。奇跡だ。

 恐らく次期主に推薦したのが前任だったからか、もしくは契約が無くなっても私を主と慕う悪魔達のお陰か。ルドニア国に住んでいた時と殆ど変わらない。



 まぁ、殆どというより……変わったのは、たった一つだけだが。




「んっ………なんだ、もう起きてたのか?」


 寝具が動いたと思えば、掠れて、震える程に色気ある声が聞こえる。そっと目線だけ向ければ、まず明るい茶髪が視界に入った。その次は穏やかな灰色の垂れ目。あと最高にいい体。持ち主の悪魔は己の色気と官能さを出し惜しみせず、私へ妖艶に微笑んだ。


「お早う主。今日の朝食は何食べたい?」

「……たまごサンド」

「了解。食パンは厚切りで、粒マスタードたっぷりね」


 流石だ。長年食事を担当しているだけあって、さながら夫婦の様に私の好みを熟知している。返事の代わりに頷けば、海の悪魔レヴィアタンは欠伸をしながら腰に纏わりついた。寝起きの体の癖に、奴の体は深海の様にヒヤリとしたものだ。だが此方を見つめる瞳は官能的で下品。息も熱い。


「あー……夢みたいだ。永遠に好きな女に食事が作れて?俺好みの体になった好きな女を、永遠に抱けるなんてさ」

「早くたまごサンド作ってこい」

「しかも好きな女が、こんな稀に見ない変態女なんて……はぁ、また興奮してきた」

「うるせぇたまごサンド早く作れ」


 腰に当たる奴のため息が恐ろしい。追い払う様に手を振れば、レヴィスは不機嫌そうに眉を寄せる。だが特に文句も言わず、そのままベッドから起き上がれば軽く指を鳴らした。


「じゃあ作ってくるから、主は寝てて」


 一瞬で使用人服を着たレヴィスは、欠伸をしながら部屋から出ていった。


 ……人が居なくなり静まるベッドの上で、私は疲れでため息を出す。




 地獄にきてから早数週間。その間私は一度もこの城から出ていない。窓の外は輝く新緑、朝日も夜の満月もしっかりとある。……だが、欠けるはずの月は数週間同じ満月で、新緑も風が吹いても葉が落ちない。サリエルにその事を伝えれば、やはりこの景色は奴の造ったまやかしだった。


 本当の地獄は永遠に日が当たらない。何処へいても腐敗臭と血の匂いがして、地獄へ堕ちた人間達は数刻で発狂する程の場所らしい。故に私が病まない様にまやかしを見せているのだという。あまりの切羽詰まる理由に、素直に感謝が出来なかった。どうか一生真実を見せないで欲しいものだ。


 私は地獄の主ではあるが、悪魔に頼らなければまともな生活も、食事も手に入れれない。悪魔との契約も白紙となった今、今私がここで生きていれるのは彼らのおかげだ。私への執着があるからこその温情、ともいうべきか。


 契約や対価のしがらみがなくなった今、悪魔共はその執着を隠さなくなった。終始穏やかになったし、触れる手も唇も遠慮はない。呟く言葉も砂糖袋をひっくり返した様に甘くなった。そして三十年耐えたものを埋める様に、毎晩誰かしらはやって来て、ありったけの欲を発散してくる。完全に籠の中の鳥、いや豚か。



 レヴィスが朝食を作るまでいくらか時間はある。城の書斎室から拝借してきた古書が、丁度ベッドサイドのテーブルに置いてあるので読むとしよう。途方もなく広い書斎、読めるものと読めないものを選別するまで相当時間がかかったが、この永遠に続く鳥籠生活では最高の娯楽だ。その内他の言葉も覚えて読み進めるつもりだ。


 サイドテーブルへ手を伸ばし、古書と白のガウンを手に取る。適当に肌をガウンで隠せば、反対の手は埃を払った古書のページを捲る。


 どうやら古い御伽話らしい。青い鳥が主人公を幸せな世界へ導く冒険。子供向けのものだが中々面白い。物語に夢中になりすぎて、すぐ近くで鳥の囀りの幻聴まで聞こえてきた。



 ペラペラ、チュン。


 ペラペラ、チュンチュン。



 チュンチュン!チュンチュンチュン!!チューーー!!!





「………ん?」


 可笑しい。いくらなんでも鳥の囀りが近すぎる。しかも囀りというか、騒々しい。

 本から目線を離して横、鳴き声の聞こえる窓の外を見る。……そこには小鳥がいた。前にサリエルに首をチョン切られた小鳥と同じ種類だ。


 本をサイドテーブルに置き、小鳥のいる窓へ向かう。小鳥は前と同じ、騒々しく何かを訴えている様だった。……随分と綺麗な青い鳥。サファイヤの様な瞳を持つ幻想的な小鳥だ。


「もしかして、誰かの使い魔か?」



 窓を開けて、枝に佇む小鳥へ手を向ける。



 ……その時、奴は滑らかに嘴を動かした。




『ツカマエタ!!』

「え?」



 小鳥から発せられた言葉に驚くも、既に羽が指に触れていた。

 振れた途端、私の視界は闇に包まれる。


「………え!!??」


 慌てて離れても、粘りつく闇が私を捕らえるのは変わらない。闇が体を撫で上げて、私の動きを泥の様に止めていく。意味の分からない現状に声を荒げるが、その口もやがて闇に包まれた。








 次の瞬間、耳に聞こえるのは波の音。潮の匂いと、知っている香り。香辛料を混ぜた独特のこの匂いを、纏う人を知っている。

 体を動かせば、柔らかな感触とバネの軋む音。どうやらベッドの上で間違いないらしい。だが地獄の私の部屋とは違う、もっと高級なやつだ。ふかふかもふもふ。


 ……なんとなく、なんとなく色々察した。目を開けるのを戸惑い瞑っていれば、すぐ近くで急かす艶やかな溜息が聞こえた。粘りつく闇が消えた代わりに、肌に、特に足に触れるのは人の手だ。まるで確認するかの様に、慎重に触れる手。……その手が、ふと止まる。



「イヴリン、起きてるんだろう?……それとも、私を誘ってるのかい?」



 目をカッ開く。最初に視界に移るのは、やはり黄金色の瞳だった。足に触れる手を振り払い、勢い良くベッド端まで逃げる。ベッドボードに頭を思いっきりぶつけた。


「〜〜〜っ!!!」

「嗚呼、痛い音が鳴ったね。大丈夫かい?」


 眉を下げて心配してくれるが、大丈夫な訳ないだろ痛すぎるわ。……先程から聞こえていた波音は、開けられた窓からのものだったらしい。……あれ、この間取りは……いやいや、今はそれよりもこの状況だ。私は必死に愛想笑いをしながら、此方へ穏やかな金眼を向ける青年へ声を出す。



「……えっと、エドガー様……お久しぶりです。お元気でしたか?」


 私の絞り出した声に、大商人エドガー・レントラーは慈悲深く笑う。


「久しぶり、イヴリン。私は元気だよ?だけど最近、少し腹立たしい事があったんだ。知り合いへ格安で貸した物件の住み心地を確認する為に、数日仕事を休んでこの国まで来たのに。貸している筈の借主はいないし、その行方も分からないんだよ。これじゃあ家賃収入もないし、色々と大損だ」

「へ……へー……色々と?」

「そう、色々と。特に恋愛とか性欲面でね」


 珍しく早口で畳み掛けられた。わぁ、穏やかに腹を立てやがる。清々しい程の文句に顔が自然と引き攣ってしまった……そうか、ここはエドガーに借りる筈だった、他国にある彼の別荘か。白を基調としたシンプルながら品の良い部屋で、開けられた窓の向こうには砂浜と海、まるで南国の景色が広がっている。よく見れば、私が来世で切望していたココナッツもあるではないか。


 あまりの理想郷そのものの景色に感心していると、再び足に手が這わされた。気づいたらまた近くにいた。顔面も、今日の服も派手だねぇ。


「で?ダリに調べてもらったら、君が地獄にいると言うんだよ。だからダリにお願いして呼び戻してもらったんだ」

「そうでしたか……で、ダリさんは今どこに?」

「ダリなら「ボスの性癖は趣味じゃないので、終わるまで出かけてます」だって」

「…………成程?」


 そっかぁ〜止める人は誰もいない訳だぁ?えぇ困るな〜昨日レヴィスを散々相手にしたんだけどな〜〜?

 私の絶望と諦めを察している様に、エドガーは金眼を細くさせていく。どこか獣を孕んだ目だ。どうやら相当な怒りと、欲の溜まり様らしい。その証拠にほら、真っ赤な舌が犬の様に見え隠れしている。


 ……この先の未来はほぼ確定な気がするが……取り敢えず、交渉をしてみよう。目の前の商人様へ、私は上目遣いで慈悲を伺う。


「あの、エドガー様。こんな事になってしまったのには事」

「イヴリン、私は確かに駆け引きを生業にした商人だけど。君の前ではただの、性癖が歪んだ獣みたいな男だからね。……それを理解した上で、この状況で何を言うつもりだい?」

「…………………どうぞお手柔らかに」

「善処しよう」



 うん、終わったらココナッツジュース奢ってもらおう。





番外編が始まります〜!のんびり書いていきます〜。

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