164 新たな世界へ
ギリギリガリガリ、音がした気がする。重い瞼を薄く開ければ、綺麗な顔が目の前にあった。その正体は昨夜、記念すべき童貞卒業を果たしたパトリックくんだ。
大体眉間に皺を寄せている印象の彼も、寝ている時はこんなに可愛い顔をしているのか。髪と同じ色の長いまつ毛が、朝日を浴びてキラキラと輝く。
もう少し離れて全体を見たい、そう思って起きあがろうにも、腕が回されているので上手く身動きが出来ない。
いやぁ、童貞と処女という初心者ペアだったので、途中大事故になりそうだった。処女の癖に、アホ悪魔共のお陰で教育はちゃっかりしている私が軌道修正を数回。結果なんとかなった。これでこの先、パトリックくんが他の女性とこういう場面に出くわしても、円滑に事を進められるだろう。ったく、最後にいい仕事したぜ。
静かに寝息をこぼすパトリックの寝顔、本当はもう少し見たい。なんだろうこの可愛さ。少し前には殴ることしか考えてなかったし、童貞めんどくせぇと思っていたのに。嗚呼やはり、彼を好ましいと思っていだと自覚する。……だがゆっくりしている暇はない。まだ朝日が昇ったばかりの早朝で申し訳ないが、早くしないと使用人が来てしまうのでパトリックくんを起こさなくては。
……あれ?静かに寝ている?じゃあこのギリギリガリガリっていう不愉快な音は、何処から聞こえるんだ?
ギリギリギリ、ガリガリガリ。
耳をすませば、その不愉快な音はパトリックではなく、私の背から聞こえていた。……それを理解した時、突然後ろから頭を鷲掴みされる。頭蓋骨からもうミシミシではなく、バキバキ聞こえてる。破壊的な小顔矯正させてくる。
「うぐぐぐぐぐ!!!??」
「お早うございます、ご主人様」
「おはよう、主」
無理矢理頭を後に向かされた。するとまぁ吃驚!青筋立てたサリエルとレヴィスがいた。ものすごいむせた。
「ど、どどどどどどう……どうして……」
……………何故だ。普段起こすよりも数時間も早いだろう、何でここに二人もいるんだ。しかも二人とも昨日と同じ服装だし、なんか汗臭いのは何故だ?
「昨夜「あの方」がご主人様の元にいらっしゃるのは分かっていました。何かあったのではと駆け付けても、「あの方」の術によってこの部屋に入れませんでしたので、レヴィスと共に一晩掛けて解錠させたんです」
「やっと部屋に入れたと思ったら、主とクソガキが同じベッドで寝てるんだもんな?なぁ、何してたか……教えてくれても良いよな?」
サリエルとレヴィスは顔を一気に近づけた。怒りで息は荒いし、二人とも瞳孔がカッ開いている。ちなみにギリギリギリはこの二人の歯軋り。ガリガリガリは奴らの後ろ、ドアの向こうから此方を見ているケリス、フォルとステラが壁を引っ掻く音だ。猫かよ。
最悪だ。不倫現場を見られたみたいな雰囲気になっている。全く悪くないのに恐怖と絶望が押し迫ってくる。だが全く罪悪感はない。
……よし!逃げよう!!どうにかしてこの悪魔共を部屋から離して、パトリックも置いて逃げよう!さっさとゴートゥーザフィーチャーだ!!
「……そっかぁ、わざわざ説明有難う。じゃあ私着替えるから、一回部屋出てもらえ………アアアダダダダダダ!!痛い痛い痛い痛い!!ほ、本当にぃ!頭ッ!変形しちゃううううう!!!」
◆◆◆
昨夜と同じ一人掛けソファに座った、パトリックもとい「名も無き悪魔」……というか「あの方」は、部下であるサリエル達に苦笑しながら言い聞かせている。
「まぁまぁ、落ち着いてよお前達。でもこうでもしなきゃこの子、いつまで経っても処女のままだったじゃないか?こんなにも性欲の塊なのに三十年間処女で、この先も処女とか可哀想じゃないか」
「誰が欲求不満だ」
私が盛大にツッコミを入れるのに対して、サリエル達は絶対的な存在である奴には何も言えない。だが反抗期なのか、不良の様に片足重心で立ち、物凄い大きな音で舌打ちを繰り返している。最悪な部下だ。
……あ、ちなみに私は頭蓋骨が終わりを迎えたので、床に突っ伏して倒れている。誰か治してくれないかな?無理かな?
「でぇ、どうしてご主人さまに会いにきたんですかぁ?」
「そうだそうだー!もう天使のいんぼーは終わったよー!」
頬を膨らませながら、うちの癒し担当フォルとステラが可愛く質問している。「あの方」はフォル達の質問に目を輝かせ、パチンと一回指を鳴らす。
「良くぞ質問してくれた!……実はそこに寝転がっているイヴリンと、ある「取引」をしていたんだよ」
「取引?契約ではなく?」
「まさか。今回主が逃げずにクソ天使の事を調べていたのも、その所為だったりします?」
美しい顔面を怪訝に歪ませるケリスに、呆れ顔のレヴィスも声を出した。「あの方」はそんな二人にも指を鳴らして見せる。
「その通り!彼女にラファエルの騒動を片付ける様にお願いしてたんだ。お前達の契約みたいに期限付きでね」
明るい口ぶりで真相を告げる上司へ、少し考える様に目線を下げていたサリエルが、目線を倒れる私に向けて口を開いた。
「ご主人様。問題解決の代わりに、何を願われたんです?」
「………そ、それは」
私は的確な質問に慌てて、頭の中で円周率を呟く。こうでもしないとサリエルに読み取られてしまうからだ。案の定上手く読めなかったサリエルが、目線を鋭くして私の前でしゃがんだ。
「……まさか、僕達から逃げようとでも思っています?」
ハイ、めっちゃ逃げようとしてます。という心の声を、脳内でじゅげむを唱える事で回避する。だが、この質問の答えは回避すれば肯定とも取られるだろう。
サリエルはまた心を読み取れなかった事で確信したのか、何とか保っていた無表情が崩れていった。体がみるみる蛇肌に戻り、獣の様に瞳孔は細くなっていく。荒々しい呼吸音が肌に触れた。
「君を逃す訳がないだろう。例え来世に行こうが、その世界を潰して君を迎えにいく。姿形が変わろうとも、君が君である限り必ず見つける。何度だって、君を愛して逃さない」
「プ、プロポーズがカッケェ……」
「そして捕まえて監禁して、犯して喰って犯して喰って犯し尽くして廃人にしてやる」
「一気にクソすぎるプロポーズになりやがった……」
「まだ頭は無事みたいですね、もう少し形変えましょうか」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
頭を鷲掴みされる前に、私は最後の力を振り絞ってサリエルの攻撃を避けた。奴の舌打ちを聞きながら、そのまま「名も無き悪魔」の胸に飛び込む。勢い良すぎて突進する様な形になったが、奴は驚きながらも軽々と受け入れた。
「おや、随分とお転婆だね」
「うるせー!私の頭蓋骨が生きている内に、さっさと未来を寄越せ!!この悪魔共の契約から解放しろ!!」
胸ぐらを掴み、唾を出しながら悪魔へ叫んだ。後ろから複数人の駆け寄る足音が聞こえる、ドレスを掴まれる感覚がある。
だが捕まる訳には行かない、やっと手に入れた未来なのだ!私がこの三十一年間望んでやまなかった、本当の自由が待っているのだ!!
悪魔は燃える碧眼を歪ませながら、私へ妖艶に笑いかける。
スローモーションの様に手が、私の胸へ触れる。……吐く息から、灰が溢れた。
「……嗚呼、くれてやるとも。今回の「取引」の対価を、君へ最高の「来世」を!」
「うんうん!ちょーだい!!」
「君は今日から、私の代わりに「地獄の主」になるんだ!」
「うんうんうん!分かった!地獄のある……………
…………………………………………うん?」
…………おい、今、この悪魔なんて言った?
「だから「地獄の主」だよ。サマエル達との契約から解放させて、新たな人生。新たな来世として、新たな地獄の統治者になるんだ。最高の来世じゃないか」
「お前も心を読むな」
イカン、思わずツッコミを入れてしまった。……この悪魔何を言っている?え、次の人生が地獄の責任者?何を馬鹿な事を、私は普通の人間だぞ?
ドレスを掴んでいた手も、予想外の悪魔の言葉に驚いて緩んでいく。それでも、暫くすれば後ろからサリエルの声が聞こえた。
「……地獄の主?ご主人様は人間ですよ?」
「なんだサマエル、そんな些細な事を気にしているのかい?地獄にいる悪魔で、私の次に力があるお前とレヴィアタンが側にいれば良いだろう?オノスケリスやフォルネウス、ステンノーもいるんだから。お前達に守られている人間なんて、どれだけ美味そうでも襲う悪魔なんて居ないさ。例外としてベルゼブブはいたけれど、今じゃあすっかり反省して地獄で事務方をやってるよ。ね、そうだろうレヴィアタン?」
「……いや、確かにそうですけど……え、て事は主が地獄に来るのか?」
「だろう?なら良いじゃないか。………いやね?最近の地獄はちょっと野蛮すぎると心配してるんだ。違法悪魔だって、お前達が何十年とやっても一向に減らない。ならば、私ではなくもっと賢い者が地獄の統治者となればいい。そうしたら多少はいい改革してくれるだろうし、地獄ももっと住みやすくなるだろう。どう思うオノスケリス?」
「す、素晴らしい考えだと……思います?……地獄にご主人様が来る……?」
「ね!それに私も、かれこれ統治者やって幾億年、流石に隠居したいと思っていたんだよ。でも私の次に相応しいマルファスは、何度誘っても頷きやしない。だから腹いせに、地獄に来る度に目玉燃やしたり呪いを掛けたりしたんだけど……で、どうしようか悩んでいたら、お前達がやけに気に入っている人間がいると風の噂で聞いてね。興味本位でちょっと見てみたら、それはそれは素晴らしい頭脳の持ち主だった!私がそろそろ引退したいな、後継者どうしたものかな?と思っていた時にイヴリンに会えたんだ。運命だと思わない?ね、フォルネウスにステンノー?」
「………う、うん、そう思いますぅ……地獄に来る?え、来るの?」
「お、思うねー………地獄に、ご主人様が来る?」
「そうだろうそうだろう!しかも彼女は今とは違う世界での来世、つまり人生を望んでいるんだ!なら地獄の生活は此処とは全く違うし、彼女の願いも叶う。……ね、最高の「取引」だと思わないかい?イヴリン」
饒舌に語る悪魔は、胸に飛び込んでいた私を膝の上に乗せた。手が頬に触れれば、少し焦げ臭い匂いがする。……話を理解するたび、全身の血が凍えていく。震えが止まらない。
碧眼を揺らす悪魔へ、私は震える唇を動かした。
「……あの、地獄の主って……ちなみに任期は……?」
その答えには、悪魔はにっこりと笑ってみせた。
「私でさえ幾億年だったんだ。というか君を推薦した私が、数万年如きで辞めさせると思う?」
「労働基準法って知ってる??」
「何だいそれ?お菓子の名前?」
ハイ!何それ美味しいの発言が来ましたね〜!テンプレ!
あり得ない!まさか来世の人生を選ばせず、あろう事か地獄の主とか意味不明な責任を背負わせようとするなんて!!っていうか、地獄に行きたくないからこの三十年頑張ったのに、なんでご褒美で地獄に行かなにゃならんのだ!?アホか!?この悪魔にして脳筋悪魔共か!?
こうなれば背に腹はかえられない。土下座でも何でもして、サリエル達との契約を継続させなくては。このままだと地獄に堕ちて生命を脅かされる、任期万年の社畜生活になってしまう。アホ責任放置悪魔の胸元を叩き勢いよく離れた私は、後ろで呆然としているであろう、契約した悪魔達へ慈悲を乞う為に振り向く。
「み、みんな!ごめん、やっぱり契約続けさせ」
愛想よく振り返り、なんとか契約継続を願う。その予定だったのだが……振り向いた途端見えたのは、美しい顔を盛大に歪ませた悪魔達だった。久しぶりに女らしい悲鳴をあげた。サリエルはそんな私へ、頬が赤く恍惚としたため息を溢す。卑猥。
「そうか、そうか……ご主人様が地獄の主となればいい。そうすれば無理矢理番にしなくても地獄に連れていけるし、人間であるご主人様はどう足掻いでも下界に戻る事はできない!ゆっくり確実に廃人にさせて、永遠に地獄に閉じ込め僕達だけのものに出来る!!」
「あ、あのサリエルくん、話を」
次に聞こえたのは高笑いだ。見れば全身から、塩味の水を出しまくっているレヴィスさんだった。目がイッてる。怖い。
「地獄で主が生活するには、どう足掻いても俺達の力が必要だよな?って事は、安全の為にも統治者の住処で監禁するだろうし……そんなの……その辺の蛆虫よりも弱くて、俺達がいなきゃ生きていけない哀れな主なんて……………あーー………最ッッッ高だ!!これで他の悪魔にも、豚共とも主は一切関われなくなる!!永遠に俺達だけの人間になる!」
「ねぇ待って監禁する前提なの!?主に自由はないの!?」
次に聞こえたのは、床にボタボタとこぼれ落ちる何かの音。見れば口元から涎を出しまくっているケリスさんだ。おい喘ぎ声を出すな。下品。
「最高だわ!地獄で私達しか頼れないご主人様なんて!!絶対に私達の言う事聞くしかないじゃない!!手出し放題じゃない!!夜這いし放題じゃないの!!!」
「おいド変態メイド!!お前の頭には夜這いしかないのか!?」
突然、両腕を勢いよく掴まれる感触。両側を見れば、可愛らしい顔で大喜びしているフォルとステラがいた。なお、目は猟奇的なものを孕んでいる。幼児キャラどこいった。
「わぁいわぁーい!!ご主人さまが地獄の主ぃ!ずっとずっと……ずっとずっとずっとずっと!一緒だねぇぇぇ!!」
「わーーい!!!地獄でも、私たちがずーっとずーっと、ずーーーーーっと!!守るからねーーー!ご主人さまーーーーーー!!」
「ずっとの言葉が重い!怖い!!」
奴らの大興奮した表情や声が、私の未来が最早決められた様に聞こえて恐ろしい。足が恐怖で震え、力なく床に座り込んでしまった。……しかし、しかしだ!悪魔との契約は「互いの同意」がないと解消できない筈!ま、まだ大丈夫、まだ逃げれる!!
ジリジリと押し寄せる使用人悪魔達から、足が立てずに四つん這いになりながら逃げていく。まるで獲物から逃げる子ウサギの気分だ。
「お、お前達との契約はまだ継続中だろ!?そんな了承もなしに破棄なんて出来るわけない!!」
キャンキャンと吠える様に叫べは、それには名も無き悪魔が吹き出した。
「いやイヴリン、何言ってるの。さっき言ってたじゃないか「この悪魔共との契約から解放しろ」って大声で」
「はーーー!?さっきのアレ!?状況全然違うじゃん!!無し無し!!」
「この地獄の主である、私の目の前で叫んでみせたんだ。流石に無しは出来ないよ?……あ、「元」地獄の主だったね」
「おい待て何だ「元」って!まだ私は了承してないぞ!?」
もう引退したかの様に振る舞う悪魔に、掴みかかろうと腕を伸ばす……筈だったが、突然床が水風船の様に柔らかくなった。驚き下を見れば、私のいる床が全部闇に染まっている。……この景色は知っている、アリアナを地獄へ堕とした時に現れたものだ。必死に体を動かそうにも、闇に囚われた私の体は身動きが出来ない。
それでも何とか離れようとがむしゃらに動かす体を、後ろから強い力で抱きしめられる。長い蛇舌が首を嬲る。気持ち悪い。
「……ご主人様、そんなにも怯えないでください。地獄でも僕の紅茶は飲めますよ」
「ええい離せ脳筋執事!私が飲みたいのはココナッツジュースだ!!」
「硬い実の中身を吸うものですよね?地獄に堕ちた豚の頭で代用できますよね?」
「お前の脳筋頭を吸ってやるよコンチクショーー!!」
大興奮しているサリエルの頭を鷲掴みにしていると、ドボンドボン!複数人が闇の沼に入る音が聞こえた。音の場所にはレヴィスにケリス、フォルとステラだ。奴らは嬉しそうに此方へ近づいてきている。特に長い足を闇に浸しながら、レヴィスがサリエルの肩を軽く叩く。
「おいサリエル。紅茶より地獄に戻ったらやる事あるだろ?……まずはこの主の体から匂う、腹立つクソガキの匂いを上書きだ。もう主は処女じゃないんだから争わずに好き勝手、発情した豚になるまで主を弄べる」
「そうだな、童貞の拙い手捌きは忘れて頂かなくては。……近い未来、あの悪魔もどきは血筋故に地獄に堕ちて来るだろう。その際には是非とも、僕達のお陰で廃人となったご主人様を見て頂こう」
その言葉にケリス、フォルとステラはうんうんと強く頷いた。
「私も勿論協力するわ。女同士の快楽から化けて男と女まで、ありとあらゆる所までご主人様を籠絡してみせる!!」
「僕も僕もぉ!元にもどれば、もっともっとできるよぉ!」
「私もー!縛ったりできるよー!」
悪魔達は楽しそうに談笑してくれているが、全く内容が笑えない。酷すぎる。
絶望しサリエルに体を預けていた私へ、談笑に混じっていたフォルが、美しいエメラルドの瞳をビー玉の様に動かす。そして何かを思いついたのか、次には私の腰へ抱きつき甘え始めた。
「ねぇ!ご主人さまが新しい「地獄の主」になるなら、また新しい名前つけてあげるよぉ!」
名付けの悪魔フォルネウスは、過去に私にイヴリンと名付けた様に、今度は新たな名前を授けようとしているらしい。それを聞いたステラも同じく抱きついて「いいと思うー!」と甘い声で肯定している。大人悪魔三人も同じく頷いた。
「そうだな、地獄でご主人様が他の悪魔に「イヴリン」と呼ばれたら捻り潰しそうだ」
「俺達だけが呼べればいいよな」
「そうね。それに地獄の主だもの、もう少し威厳のある名前がいいわ」
皆の肯定を受け入れたフォルはその後、私の返答お構いなしにステラに応援されながら、新たな名を決める為に頭を捻らせた。……数秒後、閃いたのかフォルは可愛い笑顔を向ける。
「決めたぁ!今日からご主人さまはサタン!「地獄の主サタン」だよぉ!」
「わー!いいなまえー!!!」
いや、今までの名前と掠りもしないじゃないか。何をどうすればその名前が閃くんだ。と、普段なら饒舌にツッコミを入れる所だが、正直今はそんな元気はない。
何だい皆して。私の地獄堕ち、万年社畜生活が確定したかの様……否、訂正しよう。もう確定しているのだろう。名も無き悪魔の言う通り、私は契約の解放を一度は願ったのだ。この使用人悪魔達を出し抜いて、来世へ行こうと企んだのだ。……その結果、まんまと悪魔に欺かれたのだ。
嗚呼神よ、ちょっとあんまりではないですか。三十年余りも転生する為に必死に生きてきたのに、まさか最後の最後でこんな結果となるなんて。こんな事になるなら神父様を助けなければよかった。神なんて助けなければよかった。童貞なんて放っておけばよかった。
……だが私の人生終了、この世の終わりに嘆いているのに。……何でだろうか?
何処かこの状況を、素直に絶望しきれない。この先続く闇の世界に、何故か光が見えてならない。
………嗚呼、そうか。
案外、私はこの悪魔達と過ごす日々を楽しんでいたらしい。
ふと、後ろから顎に触る冷たい手。されるままに顎を後ろへ向けられれば……これ以上ない程の幸福を浴びた、私の悪魔がいた。
ゆっくり、蛇舌を這わせて己の熱を当てる。この悪魔の、冷たくない舌は初めてだ。
「嗚呼崇拝なる、新たな地獄の主よ。これから永遠に、君だけを愛して、君だけの悪魔になると誓おう。……………
…………だから安心して正真正銘の、阿婆擦れ淫乱豚に成り下がりましょうね。ご主人様!!」
「前言撤回!全然楽しくない!!!おい名無しの悪魔ぁああああ!!!今すぐ私を助けろ!!!地獄に行きたくないいいいいいいいいい!!!!!!」
名も無き悪魔が、大暴れの末、元部下達に羽交締めされながら闇に呑まれる私へ目線を向ける。
だが手を差し出す事もなく、只々私へ……それはそれは、穏やかに笑った。
「ね?最高の取引だっただろう?」
《 164 新たな世界へ 》
祖父が死んだ。国王陛下生誕祭の、舞踏会の会場で。バルコニーから落ちたのだ。
その様子を目撃した使用人数名は「公爵様が自ら堕ちた」と証言している。……だが、祖父は度重なる病の結果衰弱し、殆ど車椅子で移動していたのだ。バルコニーの柵はそう低くはない。そんな状態の祖父が自ら落ちるのは不可能だ。
明らかな他殺なのに、柵から祖父以外の指紋は検出されない。その最中の目撃者もいない。その使用人達も、事件当初バルコニーにいた訳はなく、祖父が落ちた一階の中庭にいたのだ。……だからあの舞踏会の最中、祖父の側に誰がいたのか、もしくは誰もいなかったのか……それは誰にも分からない。
そしてもう一つの証言。あの舞踏会の日、祖父は来賓の中で「誰か」を見つけたらしい。それまで意識が薄かった祖父が、その「誰か」を見た時。はしたなく名を叫んで、老体に鞭を打ち一人バルコニーへ向かったのだ。
その名は、この国では有名な女性の名前だった。
かつて先王、そして現国王を病から救った女性。だがその変わらない姿故に、人々から「魔女」と長く蔑まれた女性。漸く功績が認められ、史上二人目の聖者という名誉を与えられても、その名誉を捨て国から去った女性。
もう数十年も前に去った女性を、人々は決して忘れない。……否、忘れられないのだ。
祖父が生前、私によく魔女の話をしてくれた。語る表情は、それ以外では見ない程に穏やかな表情だった。
祖父は、きっと愛していたのだろう。……五人の美しい悪魔に飼われた、哀れな女主人を。
終
「散々な目に遭う、強気で下品な主人公書きたい……!!」と言う作者の破廉恥な感情から、気づけば本作品が生まれました。気づいたらメスガキになってました。ここまで長く書いた、そして頭を使った作品は初めてです()
また番外編など書く機会がありましたら、活動簿などでお知らせします〜〜。
ここまでお読み頂き、本当に有難うございました!
7/27追記
もうすぐ総合評価が1000ポイントになりそうです。メールも感想も活動コメントも感謝感激です、本当にありがとうございます(泣)読者様のコメントが嬉しすぎるので、これはお礼になるのか不明ですが、感謝のショートストーリーをそのうち更新します(大泣)