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163 いい男


 この国で食べる最後の晩餐には、この世で最も私を堕落させる液体が用意されていた。つまり酒だ、ワインだ。隣でコルクを開けているサリエルを見れば、物凄い不服そうな顔をして「二杯までです」と言われた。どうやら旅立ちの前の祝い酒らしい。今日の君は輝いてるね。


 レヴィスの用意してくれた夕食も、残った食材を使ったものらしいが素晴らしい美味しさだ。この前の対価で盛大に精神を削ってきた変態悪魔共だが、使用人としての仕事は毎度素晴らしい。残りの二十年も精々私の為に働いてほしいものだ。



 食事を終え、風呂も終え。後は寝て明日の旅に備えるだけ。新たな土地では海が近いので、夏には浜辺でバーベキューもいいかもしれない。レヴィスやフォルが好きな時に泳げるって喜んでいたので、その際には全力で止めなくてはならないが。


 そんな未来を考えて鼻歌まじりに風呂から出ると、一人掛けソファに人影がいた。その人影は、美しい碧眼の瞳を此方へ向けた。


「やぁイヴリン、久しぶりだね」


 座っていたのはパトリックだ。だがコレは彼ではない。

 久しぶりの登場に驚きつつも、すぐに奴に向ける目線は鋭いものになった。肌を拭いていたタオルを奴の顔目掛けて飛ばす。くそう、華麗にキャッチされた。


「のこのこ今更!何の用だ責任放置悪魔!私は約束を守ったんだから、パトリック様の体から離れろ!!」

「なんだい、折角「取引」ご褒美をあげに来たのに」

「よくぞお越しくださいました。お茶でも如何です?」

「現金な子だなぁ」


 急変した態度に声を出して笑う悪魔を尻目に、私は話を聞く為に寝巻きに着替え始めた。悪魔は長い舌を出しながら、頬杖を付いて此方舐める様な目線で見ている。あまりの猟奇的な姿に背中が寒くなった。


「で、ここまで遅くなったのには理由があるの?あの事件が終わってからもう二ヶ月は過ぎてるけど?」

「嗚呼、そんなに経っていたのかい。地獄にいるとどうも時間感覚がおかしくなってね。……ま、色々私にも準備が必要だったんだよ。君の願いを叶えるには」


 やけに含みのある言い方だ。さっさと着替え終われば、唯一の椅子が奴に座られているので、近くのベッドに腰をかけた。


「本当に、私がサリエル達と結んだ契約を解除してくれるの?私に望む未来をくれるの?」

「勿論だ。明日の朝、君は望みの通り生まれ変わる。サマエル達との契約も白紙にしてあげるよ。……だけど、君には大分迷惑をかけてしまったからね。かねてより取引としていたご褒美では足りないと思ったから、わざわざパトリック・レントラーの体を借りて来たんだ」

「……どういう意味?」


 私の問いに、悪魔は驚き目を見開いた。


「まさか、君自覚ないの?」

「……何の?」

「あはは!その顔!自覚はあるけど信じたくないんだ?」


 笑う悪魔は立ち上がり、私の元へ歩みを進める。色々察した私は後退りするが、悪魔の方が早かった。腕を掴まれ、私は悪魔に覆い被される。

 悪魔に取り憑かれたパトリックの長い髪が、覆いの様に垂れ下がる。この状況に顔を引き攣らせながら、それでいて胸が痛い。悪魔は目を細めて、私へ囁く。


「最初に君に会いにいった時、どうしてパトリック・レントラーを器にしたと思う?」

「……お前に耐え切れる器が、パトリック様だから?」

「違うよ。この器で取引すれば、君は確実に応じると分かっていたから」

「……………」


 言葉に詰まった。それを予想していた様に、悪魔は顔を近づける。


「だって君、パトリック・レントラーの事好きだろう?誰でも分かるよ、あんな態度してたら。本人は知らなかったみたいだけど」

「……そんな、事は」

「ガブリエルが暴走した理由だって、君がこの子を好きだとガブリエルが理解したからでしょ?頭の良い君がそれを分かってないなんて、あり得ないよね?」

「…………そん」

「イヴリン、顔が真っ赤だよ」

「〜〜〜〜っ!!!」


 からかう言葉に、思わず頬に手を当てて、そして自覚して更に赤くなった。


 五月蝿い。恋愛初心者でもないし、こんな悪魔に言われなくとも分かっている。だが同時に、意味のない想いだと分かっていたからこそ、気づかないフリをしていたのだ。


 もう夜も遅い。窓から見える天高い月が、奴の灰色髪を幻想的に見せている。風呂に入ったばかりなのに、寝巻きに己の汗が張り付いて気持ち悪い。


 知っていた。紫色が一番好きだと思っていたのに、気づけば碧も好きになっていた。自分が好きだと言う彼の気持ちが、いつか他の誰かに向けられる未来を想像して、意味もなく胸が痛んでいた。でもそれは致し方ない、彼には未来があるのだから。


 ……だから、だから忘れるべきだ。だからこそ離れなくてはならない。もうアレクの時のような、忘れるまで地獄の様な日々を過ごしたくない。


 噛み締める唇に、悪魔は好きな男の顔で唇を動かした。



「分かってるよ。君が彼を求めないのには、相応の理由がある事位。……でもさ、もう自分を騙さなくても良いでしょう?だって、明日には君は居ないのだから」


 そうだ。明日私は望んだ来世へ生まれ変わる。もう違法悪魔も見つけなくていいし、使用人悪魔からの執着から逃げる事が出来る。オーシャン眺めてココナッツジュース飲んで、何にも縛られる事がない、最高の未来が待っている。





 だから、もう我慢しなくていい。

 明日になれば、イヴリンは消えてしまうのだから。





 私の表情を見て、悪魔は意地悪そうに笑う。……だが次の瞬間、その表情は驚愕したものに変わった。今までの事を全て忘れた様に、突然ここにいるかの様に彼は驚く。恐る恐る、言葉を発する。


「なっ、なんでここに……イ、イヴリ」


 驚き離れようとするパトリックの頭を掴み、噛み付く様に口付けを落とした。自分の状況が理解できないのだろう、彼は唖然とその口付けを受け入れている。


 暫くすれば、彼はようやく事を理解して、身体から熱の感覚が伝わった。唇を離して彼の姿を見れば、首まで真っ赤にして私を凝視していた。その滑稽さに笑えば、パトリックは濡れた唇を震わせる。


「……イヴリン。……あの、これは……」

「パトリック様。最後に、夢の続きをしませんか?」

「……………夢」


 呟く唇に、もう一度口付けをする。驚きすぎて固まっているパトリックは、私が望むままに受け入れる。……だが、少し経てば興奮した息と共に、ぎこちない欲を出してきた。可愛いやつめ。



 多分、私がこんな事をしでかした理由を察している。「最後」の意味を理解している。

 けれどこの男は、私が離れる事を止めない。だって、この男は私の幸福を願っているのだから。……本当、滑稽な程にいい男だ。



 私を求める好きな男は、熱に浮かされた様に永遠と愛を呟いている。急かすように服を脱ぎ、脱がされる。



「……っ、好きだ、好きだイヴリン……ずっと、……愛してる……!」




 そうか、それは嬉しいね。

 でも私は言わない。……両思いになど、してやらない。






次回でラストです。

本当、色々長かったぜ……!!←

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