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162 滑稽な恋物語


「マルファス。君の望んだ通りになった?」


 見知った声が聞こえた。次には隣に腰掛ける音。

 鴉の声が知らせなくとも、誰が来たかなんて分かっている。音と気配を辿って、その声の主を鼻で笑う。


「そうだなァ……及第点って所か。オメーの部下は役に立ったけどな」

「ルディの事かな?やっぱり彼に護衛を頼んでよかった。……で。及第点って事は、あんなに頑張った聖女様に、何処か減点する所あったのかい?」


 やや不満げなその声に、俺は少し考える素振り。だが理由を述べるのに時間はかからなかった。


「ガブリエルの策略に気づくのが遅い。その所為で危うく戦争になりかけたじゃねェか」

「でも、最終的に「あの方」を止めたじゃないか。普通ありえないんだろう?」

「確かに俺はともかく、今の右腕のサリエルとレヴィスじゃァ無理だな。あいつらガキだし」

「何万年も生きている悪魔が、ガキね……」

「ガキだよ。だからイヴリンみたいなのを気に入るんだ」


 本当は、サリエルやレヴィス所ではない。悪魔は皆、人を欺き人を陥れるのが生き甲斐の、いうなれば孤独な存在だ。


 それ故に、もし「素」の自分を受け入れる奴が現れれば。そいつがもし、決して欺かれない様な稀有な存在であれば、悪魔は狂う様に求める。……結局悪魔ってのは、愛に飢えている生き物だと思う。それも紛いも無い、真実の愛ってやつ。


 寝転がりながら呟けば、隣から鼻で笑う声が聞こえた。……なんとなく、言いたい事は察する。言い返す言葉も見当たらないので、負け犬の様に唾を吐いた。


「ンで?お前は何しに来たんだよ。まさかこれだけじゃないだろ?」

「ああ、お別れの挨拶をしようと思ってね」


 風が肌に触れる、草木の匂いがした。


「あ?……何処行くんだよ」

「何処か遠くに。大丈夫、手紙送るよ」


 立ち上がる音、反応する鴉の声。居るであろう場所を見上げても、暗闇だけで何処にも奴の姿はなかった。


「もう弟は不幸じゃない。新しい家族を見つけて、命が尽きるまで永遠に幸せで居続けるんだ。……それなら、ロクに大切にしてやれなかった、古い家族はいらないだろう?」

「……別に、ここにいればいいだろ」

「流石に今回の件で弟や周りに構いすぎた。その内ボロが出て気づかれたくない」


 笑いながら、奴は歩みを進める。止める理由もないので、そのまま音が聞こえる方へ顔だけ向けたままだ。……ふと、その足音が止まった。


 見えないのに、何故か笑っている気がした。



「この六百年、本当に有難う」

「……俺と目玉を交換したばかりに、そんな曲がった存在になったのに感謝か」

「でもお陰で、もう父に殺されることはなかった。父の残したルドニアを、ここまで見ることができた。……君と六百年、友達でいられた。……有難うマルファス。私は十分幸せだ」




 足音は、それ以上聞こえる事はなかった。








「マルファス。やっと見つけましたよ」


 暫くすれば、再び足音が聞こえる。この声はラファエルのものだろう。腰掛ける音もないので、俺の前で仁王立ちしているらしい。相変わらず高慢な天使様だ。


「ンだよ、やっと昼寝出来ると思ったのに」

「知りません。此方は渡すものがあるのです」


 渡すものがある、と言う割には随分と苛立っている。そりゃそうか、天使が悪魔に何かを施すなど、それこそ羽をもがれた方がマシだと考える奴が多いだろう。愛想悪く笑ってやる。


「そりゃァ滑稽だなァ!オメーみたいな高慢天使が、悪魔に?……オイオイ。まさか舞踏会の時に手助けした、お礼とか?鳩羽はいらねぇよ!」

「………鳩羽ではありません」

「はァー?じゃあ何………んぐっ!!??」


 質問する前に、突然口に何かを突っ込まれた。どうやら蓋の開いた瓶らしい。瓶の中の液体が舌に当たれば、その正体に驚く。暗闇に光が現れる。




「……イヴリン様より頂いた「聖なる血」です。貴方には、小綺麗なものより此方のがいいでしょう?」



 目の前に、真紅の瞳が揺れていた。地面に生い茂る草木が、太陽の光で輝いていた。……目元に触れる。久しぶりに眼球の膨らみを感じた。


「………取られたものが有るなんて、癒しじゃねェだろコレ」

「貴方、目玉潰れたんじゃなくて取られてたんですか?随分趣味の悪い相手ですね」

「…………」


 突然の視界に唖然とする俺へ、やはり仁王立ちしていたラファエルは眉間に皺を寄せる。


「この血を受け取った際に、少しイヴリン様に助言を頂きました。……貴方が六百年前に契約したのは、ロンギヌスではない。悪魔へ願った対価は、一方的に「渡す」もの。目玉の「交換」は対価にならないと」

「……………」

「そして貴方は、イヴリン様へ「契約したのはマルダ」だと言っていたそうですね。であれば、この六百年間貴方がアダリムの魂を喰わずに、来る日に蘇らせたのは、マルダの願いだったのですか?ロンギヌスとの目玉の交換も、その願いだったと?……私に力をかしたのも、そうだったと?」


 随分と質問が多い。答えようにも何処からがいいのやら。もう必要なくなった取れかけの包帯を捨てれば、何処にも支えなく立ち上がった。鴉は役目はないと分かっているのか、気配があるのに随分静かだ。


 怒りを向けるラファエルへ、俺は穏やかに笑ってやる。そのまま奴の横を通り過ぎ、草原を歩いていく。目を凝らしても、随分前にこの地を去ったあの男の姿はなかった。 


「……マルファス?」


 遠くを見る俺へ、ラファエルは怪訝そうに呼びかける。

 俺は小さく息を吐いた。



「……俺はな、アダリムの監視と始末を「あの方」に命令されてたんだ。ウリエルの女は人間だ、何でも願いが叶う契約を持ち込めば、欲に負けて胎にいるアダリムを対価にすると思ってた。……けどな、あの女全く契約しねェんだ。「己で叶えるので結構」なんて吐き捨てて、俺の存在を無視しやがった」


 語るのは、随分昔の思い出話だ。唯一に従う事への名誉に悦びを感じ、それ以外は取るに足らないと思っていた時代。そんな俺を変えたのがマルダだった。


 金に地位に名誉、今まで人間が欲したものを全て与える事が出来る。そうあの女に言っても、小馬鹿にした様に笑っておしまい。だが俺だって「あの方」からの命令なのだ。ウリエルの目を盗んでは何度もマルダに契約を持ちかけた。……でも女は一向に頷かず、どんどん胎は大きくなっていった。


「結局アダリムは産まれた。「あの方」が危惧した通り、神に等しい破魔の力を持ってな。……あと、ついでに面倒な天使も来た。毎度毎度突っかかってきたなァ……」

「当たり前じゃないですか、守護する相手のすぐ近くに上級悪魔がいるんですから」


 呆れた声が後ろから聞こえる。ラファエルは想像通りの表情だ。目端に黄昏色が見えるから、もうじき闇に包まれるだろう。……鴉が鳴いている。


「ウリエルがロンギヌスを生贄にする。その事実をアダリムがマルダに教えた。兄を助けに行くと地下へ向かう息子に、口だけで力もないマルダは足手まといになるだけだ。……その時に、マルダは俺と契約した」

「…………何を、願ったんですか?」



 手を空へ翳した。一匹の鴉が手に止まる。目が無かった時、いつも道案内をしていた鴉だ。獣の目が俺を、俺の目を見ている。……ラファエルを一瞥すれば、俺は再び何処かへ歩みを進めた。背中から、適当な憎まれ口と共にため息。


 そして草木が大きく揺れる。振り返れば、もう其処にはラファエルはいなかった。


 己と鴉以外いない。いつも通りの事だ。





 ……言える筈がない。

 

 

「恥ずかしくて言えねェよ。あの女の願いが「息子達が幸せになるまで守って欲しい」で、女欲しさに契約しちまったなんて」


 賢い鴉は、俺の独り言に肯定する様に鳴いた。


「ンで?ウリエルから逃す為にロンギヌスと目玉の交換したり、諦めずに死体集めしてるウリエルを、監視する為に中級悪魔と協力関係にさせたり?半端な存在になったロンギヌスの手助けをしてやったり。折角いい時代に生まれ変わらせたのに、アホみてェな脳みそのアダリムとラファエルの関係修復の為に、イヴリン陥れたり……本当、この六百年は悪魔らしくない事したなァ」


 本当に、この六百年の間は悪魔らしい事をしていない。まるで天使になった気分だった。




 ……それでも、別に悪くはなかった。




「帰ろうぜ、マルダ」


 


 願いの対価。成れの果ての鴉は鳴く。

 結局、俺も新人右腕達の事は強く言えないのだ。







《 162 滑稽な恋物語 》





 目の前で、好きだった男が顔を顰めている。紫目をじっとりと此方へ向けてくれるが、私は気にせず無表情でフォークを差し出した。


「陛下、残っていますが?」

「イヴリン、世の中には食べなくてもいい食材もあるんだよ」

「ただの好き嫌いじゃないですか、いい感じに言えば済むと思ってます?」

「全く……大人になってもニンジンが食べられないなんて、育て方を間違えたのかしら?」

「ほらいいんですか陛下。王太后様が悲しんでいらっしゃいますよ?食べてください」

「ちょっ、イ、イヴリン!無理矢理口に入れないでくれ……!!君だってピーマンいまだに食べれない癖に!!」

「ピーマンはいいんです」



 ある日のルドニア城、とある部屋のベッドの上。すっかり血色の良くなったアレクは、私とクリスティーン王太后に甲斐甲斐しく世話を受けていた。こ綺麗にニンジンだけ避けて昼食を平らげたアレクに対して、クリスティーンはわざとらしく嘆き、私はニンジンを刺したフォークをアレクの口に無理矢理入れ込もうとする。周りの護衛やヴァドキエル侯、宰相やルークは顔を引き攣らせながらその様子を見ていた。なお、この女二人を相手するのを恐れて、誰も私の行動を止めない。


 アレクは口に押し込まれるニンジンを嫌がっていたが、最終的には固く目を瞑って口に入れ咀嚼した。その様子を私とクリスティーンが「えらい〜〜!!」「すごいわ〜〜!!」と、まるで子供相手の様に拍手で喜ぶ。アレクは恥ずかしいのか耳が赤い。周りの温度は一気に下がった、特にヴァドキエル侯あたり。

 やがてニンジンを飲み込んだ彼は、目を細めて私を見た。


「で、出立は何日なんだい?」

「明日です」

「早すぎないかね?もう少し後でもいいじゃないか。準備だってそう急がなくても……」

「もう使用人達が準備を終えてくれてますから」


 私が微笑めば、アレクは小さくため息を吐いた。



 名も無き悪魔の力により、ルークの怪我は癒され、ガブリエルや城の中で起こった出来事の記憶も一部欠けていた。アレクも体調が戻ったが、まだ完全には治りきっていない。それでもみるみるうちに血色も良くなり、固形物もしっかり食べれる様になったのは奇跡だ。……神の血の副作用、それを治してしまうのだ。やはり只者ではない。


 私はまず最初に、意識を戻したルークと話した。内容は察しの通り、彼の想いに応えれない事への謝罪だ。ルークは酷く絶望した表情で、しかし薄々気づいていたのか、涙を浮かべながらも受け入れてくれた。……予想外だ。今までの行動から考えて、無理矢理手篭めにしてきたりとか、不敬罪にされるかもと思っていたが……誰かの所為で、一皮剥けたらしい。いい男になった。


 ルークがあんないい男になったのに、その数万年長く生きているガブリエルくんは駄目だった。縄で縛り屋敷へ連れて行き、使用人達が水責めやらなんやらやっていたが、恐ろしい程の精神の持ち主、もしくは馬鹿なのか。私を永遠に諦めるつもりはないらしい。そんなに思われて女冥利に尽きるが……この天使既に子供の名前決めてるから、天界に愛の棲家も作っちゃってるから。ただの被害妄想天使だから。



 あの審問会以降、私は聖女の役割から「本人の希望」で下される事になった。アダリムの聖人認定も取り下げとなったので、結局この世界に生きた聖人はいない。

 ルディは私を追いかけて城まで行った事は覚えているが、それ以上は何も思い出せないみたいだ。先日見舞いに行った所、吃りすぎてて何を言っているのか分からなかった。うんうん、君はそれでいいのだ。


 


 多少は世間も騒がしい日もあったが、数週間も経てばすぐに普段と変わらない日々に戻った。まぁそれでも、流石に私の名前は色々な意味で広がりすぎたのだ。聖女の役割は解かれたとしても、まだ私への信仰を持つ国民は多い。未だに屋敷の門の前には信者が祈りを捧げている。……ちょっと流石に、あれを毎日見るのは引く。


 名も無き悪魔との「取引」も、あの日から待てど待てどあいつは来ないし。もうこうなれば残りの二十年も生き抜くしかない。より違法悪魔の調査がしやすい様に、他国に拠点を移す事を決めたのだ。ちなみに他国では、エドガーの別荘を格安で借りる。今住んでいる屋敷よりも大分小さいが、海が近い白煉瓦の屋敷で、間取り図を見ても申し分ない。むしろ賃料そんなに安くていいの?って位に高待遇だ。大丈夫かな、あいつ会いに来る度に足せがんでこないかな?


 未来への期待と絶望に胸を膨らませていると、部屋の扉がノックされた。中に入ってきたのは定期検査に来ている医者なので、私はそろそろお暇しようと立ち上がる。……が、アレクに手を掴まれた。



「イヴリン、少し二人で話そう」


 真剣な表情と声で、アレクが私を止めていた。驚き手を引っ込めようとしても、力強い彼の力には敵わない。

 その表情に何を思ったのか、クリスティーンやヴァドキエル侯は、周りの使用人達へ外で待つよう命令している。続々と部屋から出ていく使用人達、次には宰相や侯爵も歩み始めた。……ルークは一度此方を見れば、少し悲しそうに笑ってクリスティーンの車椅子を引いた。



 あっという間に部屋にはアレクと私だけ。あまりの手際の良さに顔が引き攣ってしまう。漸く離れた手は、アレクの手汗で濡れていた。


「……本当に行くのか?」


 真顔のアレクから、真摯に告げられる質問。私は頷いた。


「ええ、行きます」

「ルドニアから出るという事は、君は王室の恩恵を受けられなくなる。……その珍しい容姿では、随分苦労すると思うがね?」

「その位分かっています。ですがもう決めた事ですから」

「……私が、ここに居てほしいと言っても?」

「そうです」


 今度は私がアレクの手を取った。

 昔と変わらない、綺麗な白い手。その手に似合う、薬指の指輪。


「陛下……いや、アレク」

「なんだい?」

「私は、貴方を愛していました」


 大好きな紫の瞳が大きく揺れる。唇を噛んで、何かに耐えようと体を震わせた。私はその姿をただ、眺める様に見るだけだ。




 けれど暫くすれば、アレクは穏やかに私へ笑った。



「……私は、今でも愛しているよ」



 


 私はゆっくりと手を離して、部屋から出ていった。

 その時、自分がどんな表情をしていたのか分からない。





残り2話です。

冒頭のマルファスと話していた相手は、あえて書きません。そのうち番外編でマルファスとマルダの話を書きたいですぅ……。

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