表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/188

161 責任


 ヴァドキエル侯と話したイヴリンは、次には顔を真っ青にして兵士から馬を奪った。淑女とは思えない手捌きで手綱を掴み乗り込めば、そのまま周りの静止も無視して駆け出したのだ。

 悪魔達は自分達の命令に従わないイヴリンへ怒りを募らせながら、馬車に乗り彼女の後を追った。俺も兵士から馬を借り彼女の後を追う。


 イヴリンを追いかける馬車を追いかけて、辿り着いたのはルドニア城だ。ほんの数刻前まで居た場所だが……何故か今この場所にいると、背中を撫でられる様な気味の悪さがある。


 自分よりも遥かに早く辿り着いていた悪魔達は、門の前に馬車を停め出ていた。足元には城の門番が泡を吹いて倒れている。確実に彼らの仕業だろう……変だ。普段の彼らなら、わき目も振らずイヴリンの元へ行きそうなのに、その場で立っている。俺は馬から降りて、そんな彼らの元へ歩みを進めた。


「おい、貴様ら何してる」


 背中へ声を掛けても、誰も此方を見ない。だが彼らに近づいていけば、話す会話が耳に届いた。




「ねぇ、どうするぅ?この気配……ぜぇったいに()()よねぇ?」

「いるー……しかもー…すっごく不機嫌ー……こわい」

「そうね、あんなにお怒りになるのも珍しいわ……今ご主人様の元へいけば、確実に三回は死ぬわね」

「なんか懐かしいな……前にこの位怒らせた時には、海の水全部蒸発させられたな」

「……………………クソ伝書鳩」




 二度見した。まさかの、この高慢な悪魔達が絶望を孕んだ目線で城を見ている。それほどに恐ろしい存在が、イヴリンと共にいるのか?

 確かに禍々しい気配の様なものは感じるが、それでも彼女が危険なら向かうべきだ。腰抜けた悪魔達の前を進み、俺は城の中へ入る為に門へ向かう。背中に哀れみの様な目線を感じるが、気にしたら負けだ。




 だが、後少しで門をくぐろうとした所。突然城からつん裂く様な爆発音が鳴り響く。

 

 驚き固まる俺の頬を、何かが掠めた。………後ろで、馬の断末魔が聞こえる。




 恐る恐る後ろへ振り向けば、俺の乗ってきた馬が原型を保っていない。肉片と成り果てている。まさか、今掠めたものに当たった結果なのか?


 砲丸か障害物か何かか、そう考えるのが普通だろうが……肋が飛び出た腹の中央に、見知った男が倒れている。男は馬か本人のものか分からない血を纏い、苦痛故の呻き声を出している。だがその表情は絶望ではなく、深緑の瞳を鋭く此方へ向けた。


「ウィンター公!?」


 ゲイブ・ウィンター。我がレントラー家に並ぶ古い家柄で、現ルドニア王の妻がウィンター家の出身だ。先日の舞踏会でイヴリンと共に会場に来ていたので、彼女と親しい事は分かっていたが……馬が潰れる程の衝撃を受けたのに無事なのだ。彼の正体をおおよそ察する事ができる。



 あまりの惨事に顔が引き攣るが、ウィンター公が飛んできた前から足音が聞こえた。


「いやぁ弱い弱い!満身創痍で堕ちてきた頃のサマエルよりも弱いじゃないか!そんなので大天使の称号を得ているなんて。天界も随分鈍ったもんだ……ねぇ聖女さま?」

「……は、吐く……」

「…………ルディ!?」


 やって来たのは弟、ルディだった。普段の温厚な彼は何処へ、片眉を上げながら公爵を見下している。乱暴に小脇に抱えているのはイヴリンだ。相当揺らされて来たのか、顔を真っ青にしながら垂れていた。

 俺の驚く声に気付いたのか、ルディは此方へ目線を向ける。次には大きな歩幅で近づき笑った。弟の足から、石が焼かれる音がした。


「やぁ我が……いや、お兄様!聖女さまを助けに来たの?じゃあ悪いけど預かってくれる?私はまだ、あの鳩とお楽しみの最中なんだ」

「は!?」


 そう言い放ち、ルディはイヴリンを乱暴に投げ渡す。吃りながらも受け取ったイヴリンは、目を回しながら俺の胸の中にすっぽりと収まった。弱くも俺の腕を握る彼女に、変に喉が鳴った。


 俺の様子を揶揄うように見ていたルディも、ウィンター公へ目線を戻せば瞳に猟奇さを孕ませた。実の弟の筈なのに、炎の様に揺れる碧眼に冷や汗が出る。弟は普段通りの明るい声だ。


「私はね、面白い事が大好きなんだ。だから君達天使がこの世界に居ても、面白そうだから放っておいた。でも今回ばかりは面白くない。イヴリンの魂と体は、私が定めた契約の名の下に、地獄の悪魔のものとなっている。勝手に地獄のものを取られちゃ困るよ」


 ゆっくりと立ち上がる公爵は、無言でルディを睨み続けている。その目線が答えの様に、ルディは乾いた笑い声をあげた。


「なんだっけ?聖女さまの世界の言葉で、仏の顔も三度までってあるよね?一度目は六百年前の「大洪水」の未遂でしょ?二度目は天使が勝手に、この世界の豚に「聖人」を伝え、祀る場所を作った事……そして三度目は今。欲に塗れた悪魔がここまで我慢したんだ。流石に苦情を言いにいかなくちゃ。天界にお邪魔するんだから、やっぱり手土産は必要だよね?君の羽とかどう?」


 ルディの手が小さく動く。直後に公爵から耐えきれない悲鳴と、何かが落ちる音が聞こえた。

 目に涙を溢れされた公爵は、苦痛に耐え己の服を強く握った。彼の足元には、何故か真新しい血が広がっていく。まるで四肢が切られたかの様な、生臭い血の匂いだ。


 吐きそうな程の血の匂いに顔を顰めるが、同じくルディ達の様子を見ている使用人悪魔達は、無表情で弟達を見ている。まるで、それが当たり前の様に。



 ……目の前にいる「あれ」はなんだ?俺の弟の姿をしているが、違う。普段の弟は教会に命を捧げた様な信者で、そして俺を慕う優しい子だった。そんな弟だからこそ、付き人を辞めて西区の自警団になる事を許したのだ。だが、今の弟は違う。背中を這う様な寒気と、恐怖が支配している。こんな感情を弟に感じた事はない。


 自分に体を預けているイヴリンの肩を強く掴み、俺はその正体を知ろうと口を開いた。……けれど、その声は届く事はなかった。その前に違う場所から、凛とした声が届いたからだ。



「地獄の主よ。どうか怒りを鎮めて欲しい」



 更に手を動かそうとした、ルディの手がぴたりと止まった。

 満身創痍のウィンター公の前、庇うように現れたのは褐色肌の女性だった。純白の正装を着こなした女性は、張り詰めた表情でルディを見据えている。


「先のウリエルの起こした騒動は、その命をもって罰とした。……今回のガブリエルの事は、愛し子への想いが暴走した結果だ。今後一切この様な事が無い様、彼は相応の罰を主から受けるだろう。だから……」


 女性の頬が切れた。顔を歪ませる彼女へ、ルディは口元を歪ませる。


「だから何だ?今回の事は見逃せと?私の世界で好き勝手天使が暴れて、私の世界をその鳩羽で穢したのに?じゃあ君達の管轄である世界で、同じ事をしてもいい?「嗚呼お慈悲をお与えください!」って泣き叫べば許してくれるんだろう?」

「………それは」

「別に私は、また戦争をしようだなんて言ってないさ。ただ、天界でのうのうと此方を見つめる神へ文句を言いにいくだけ。まぁ多少はお詫びの品を期待してるけど?」


 吐き出す言葉は鋭利で、何も言い返せない褐色の女性は唇を噛んだ。その姿に口角を上げる地獄の主は、再び指先に炎を宿す。



「嗚呼でもそうか。彼は「主に最も愛された天使」なんだっけ?そんな彼の羽を手土産にしたら、意図せずまた戦争になっちゃうかな?まぁそれはそれで楽しそうだ。また「違う世界」をもらうとするよ」



 天使達へ嘲笑うその表情は、未来に起きる光景に頬を赤めらせた。……指先の炎が、大きく揺れる。




 




 ……その時、胸の中にいた魔女が息を吐いた。









《 161 責任 》







「随分な言い方だ。まるで自分には、少しの責任もないみたい」



 漸く吐き気がおさまり、口から出るのは普段通り調子の良い皮肉だった。名残惜しい胸の中でもう一度息を吐けば、今度こそパトリックから離れる。……此方を見つめる碧眼の瞳は、もう炎を灯していない。やはりその方が好ましいと思い知らされた。


 私は目の前、名も無き地獄の主を見据えた。奴はガブリエル達を見るのをやめて、此方へ薄気味悪い笑みを向ける。


「……その言い方じゃあまるで、私にも責任があるみたいじゃないか」

「お前、分かってないの?全部お前の責任だよ」

「ご主人様!!」


 挑発してみせれば、奥からサリエルの狼狽える声が聞こえた。目端で見ればサリエルの他、というか使用人全員がいる。何だいたのかお前達、もっと早く来いよ。お陰で主は、お前達の上司に小脇に抱えられ悲惨な時間を過ごしたんだぞ。


「お前はね、自分で自分の首を絞めていたの。己の監督責任で、悪魔達を止めれなかった結果を全部人になすり付けて」


 名も無き悪魔は青い炎を指先から消して、ただ笑っている。……だが口元が歪んでいるので、機嫌が良い訳ではなさそうだが。底知れない恐怖に心臓が跳ねるのを、必死に相手に悟られまいと息を吐く。


「ずっと気になっていた。お前は私に「陰謀を止めろ」と言うけれど、どうして私にそんな取引を持ち込むのか。私が期間内に取引を完遂させようと動く、その様を見るのが面白そうだから?……いいや違う」


 この悪魔が私と取引をした理由。解決の為とはいえ、この国を滅ぼす事を嫌がった。もしくは私の様子を見るのを面白がっているのだと考えた。だが物語の結末はどうだ?ラファエルの狙いはあくまで神と私であり、悪魔には何の損もないものだった。……であれば何故、この悪魔は国を滅ぼす必要がある?そう考えた時、この悪魔が言っていた言葉を思い出したのだ。


「お前は言ったよね?「理想郷を守る為に手を取り合おう」と。という事はラファエル達の策略によって。お前の理想郷である「この世界」が危険に晒される可能性があった。……それは何か?お前達悪魔は「聖人」にめっぽう弱い。その存在や、その存在への信仰でもお前達には毒になる。ただの人間でもそうなるのに、神の浄化の力を引き継いだアダリムが「聖人」として、この国で崇められればどうなると思う?」


 碧眼の瞳が揺れた。どうやらこの仮説は正しかった様だ。

 もう私の目の前にいるのは、この数十年幾度なく相手した「只の人間」と変わりない。手を大袈裟に広げて、私は己を飾る。


「神父アダリム自身もだし、彼への信仰は毒じゃ済まないのでは?恐らくラファエルの狙いに、お前は随分前から気づいていた。だがかと言って、あの存在を悪魔は殺す事なんて出来ない。だから私を使った」

 

 聖人アダリムが復活してしまえば、本人だけでなく信仰の力も強まるだろう。……今でさえ混じり合った「聖人アダリム」の祈りで悪魔達が苦しんでいるのだ。その対象が確実に本人の元へと変われば、悪魔がこの国で暮らすのは不可能だ。ひょっとすれば世界中に影響が出るかもしれない。


 一歩、また一歩と悪魔へ近づく。もう笑う事を忘れた悪魔は、私へ揺れる瞳を見せていた。


「……けど、そもそもこんな事になったのは、ウリエルをお前が放置したからでしょう?早くに殺していれば、ウリエルは神への狂信で「大洪水」を起こそうとしなかった。……神の子であるアダリムは運命をウリエルに狂わされず、何も知らない普通の人間として命を終えれた筈。結果ラファエルが教会を作る事もなかった。……お前の部下が私をこの世界に連れて来る。それを許さなければ、ガブリエルはこんな事しなかった。全部全部、お前が撒いた種が花開いただけでしょ?」


 ついでにマルファスの責任も言ってやりたいが、その所為で奴が罰を受けるのは後味が悪い。……ガブリエルが此方へ目を見開いた。別に、お前の為に最後付け足した訳ではない。ただこの無責任悪魔に腹が立っただけだ。


 すぐ触れられるまでの距離へ来れば、ルディの頬に手を添えた。そして窘める様に優しく、慈悲深く声をかけてやるのだ。




「まさか、悪魔を「規則」で縛っているお前が、その責任を全部誰かの所為にするの?」




 近くで見る奴の炎は、随分と美しく恐ろしい。責めてしまえば同じ人間だと言い聞かせても、やはり手が震え出してしまう。気づかれぬうちに手を離そうとしたが、阻止する様に手がからめられた。……小さく、熱いため息が溢れる。地獄が見えた。


「体だけの豚が、私に楯突くなんて随分と威勢が良いじゃないか。このまま丸焼きにして喰ってやりたいよ」

「ピェッ」


 あまりの恐ろしい形相に、奇声と共に失禁しかけた。やはり挑発するのは良くなかった……どうしてこう、私って短気なのかねぇ!?もう隠せない身体中の震えの所為で、手を離す事ができない。


 その時、丸焼きへの恐怖で半泣きの私を、後ろから複数の力によって手を無理矢理離された。驚き見れば、パトリックにサリエル、レヴィス。ケリスにフォルとステラ。天使のイオフィエルと、何なら真っ青の表情のガブリエルまでいる。全員若干怯えながらも、私を守ろうとしてくれているらしい。あまり心強い感じはしないが。



 地獄の主はその行動に驚き、唖然。……その後は一気に機嫌が良くなり、腹を抱えて大笑いしている。


「あはははは!!凄いな君は!全種族に好かれているじゃないか!もしかして全員に抱かれたの!?」

「い、いえ……その様な事は……」


 まだ処女です、と言葉が出そうになったが引っ込めた。吃逆を出しながら笑いを必死に止めた奴は、己を睨みつけるガブリエルへ目を細めた。


「さて……命拾いしたね、天使ガブリエル。聖女さまの言う通り、多少は私も悪かったみたいだし……まぁ今回は許してあげるよ」

「多少じゃないだろ全部だろ、しれっと責任減らすな責任放置悪魔」

「ご主人様、今そういう合いの手は止めてください!!」

「主、頼むから黙っててくれ!!」


 珍しく焦り声なサリエルとレヴィスに止められる。……この高慢悪魔な二人をここまでにしているのだ、どうやら目の前にいる「あの方」は本当に強い存在なのだろう。もう少し愛想振りまいておくべきだったか?もう遅いか?


 そんな事を考えていると、名も無き悪魔はルディの顔で此方を再び見れば、恭しく礼をした。美しい所作に見惚れていると、悪魔は妖艶に微笑む。



「うーん、天界に行くのも面倒になってきたな。じゃあ疲れたし、私はそろそろお邪魔するよ。またね聖女さま。……マルファスによろしく」



 それだけ挨拶すれば、ルディは意識を失い地面へ倒れた。兄であるパトリックが慌てて私から離れ、ルディの元へ駆けつけている。



 どうやら、これで全てが終わったらしい。……………後ろから、悪魔達の疲れたため息が何回も聞こえた。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
はてさて「取引」はどうなったのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ