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160 愛し子達


 城にたどり着いた時、門番は私の顔を見て驚いていた。先ほどのヴァドキエル侯と同じ、何故ここにいるのか理解が出来ていない表情だ。馬から飛び降り地面に足をつければ、そのまま門番へ手綱を渡す。


「ルーク殿下にお目通りをお願います!」

「殿下に!?いや、それよりも何故貴女がここに……先程殿下と共に馬車で来られた筈じゃ……ま、待ってください!一度、殿下へ確認を!!」


 門番は私の肩を掴もうと手を向ける。そんな暇はないが、鍛えた兵士に止められてしまえば何も出来ない。どうしようもない障害に舌打ちでもしそうになるが、門番の手は私に届く事はなかった。


 彼の手を掴んでいたのはルディだ。彼は碧眼の瞳を鋭くさせており、殺意の様にも取れるその表情に門番は怯えた。


「この国で貴様は、聖女様の行く手を阻む程に地位があるのか?」

「……い、いいえ……!」

「では貴様がやる事はなんだ?」

「…………っ」


 ルディは投げ捨てる様に手を離す。門番は握られた手を痛みで震わせながらも、城の中へ続く門を開けた。……後ろで、私が乗って来た以外の馬が鳴き声を上げている。恐らくあの馬で私を追いかけて来たのだろう。絶対に最初に追いつくのはサリエル達だと思っていたのに、まさか悪魔よりも人間の方が早く追いついてくるとは。……いや、今其れを考える暇はない。


 門を通らせてくれたのは有り難いが、ここからは確実にガブリエルと対峙する事になる。全く関係のないルディを巻き込む訳にはいかない。


「ルディ様、有難うございます。私はただ、殿下にお会いしたいだけですので、ここからは私一人で向かいます」

「いいえ聖女様、僕も一緒に行きます」


 吃る事もなく、まっすぐ私を見据えてルディは答えた。次には眉間に皺を寄せ苦笑するものだから、全く似ていないパトリックを思い出してしまった。


「僕は団長より、聖女様の護衛を命じられていますので。……そんな張り詰めた表情の貴女を独りにはしておけません。大丈夫、何があってもお守りします。それに口は堅いですよ」

「………私は異端者ですが」

「いいえ、貴女は紛れもない聖女です。どんな形であれ、このルドニアを守った聖人アダリムと同じ、永遠に僕たちが崇拝する存在です」


 そう笑いながら、ルディは私に手を差し伸べた。どうやらこれ以上私が何を言っても、この熱狂的な信者は私を守り通す様だ。……本当に、崇拝や信仰は恐ろしい。まぁ、後でルディの記憶を悪魔達に消して貰えばいいか。静止の声も無視して置いていってしまったので、全力で媚びを売る必要があるかもしれないが。……しかしそれよりも。


「なんだ、流暢に話せているじゃないですか」

「えっ?………あっ!こ、これは、その」


 どうやら無意識だったらしい。指摘すれば気づいてしまった様で、普段通りの口ぶりに戻ってしまった。全く、兄弟揃って鈍感な事だ。私は気づいた事で震え始めたルディの手を取る。彼の体が大きく揺れて、滝の様に汗が滴っていた。そんな彼のおかげで、ルークの事で焦りしかなかった私の思考が癒えていく。


「行きましょうルディ様。せいぜい私を守ってください」

「も、勿論です!!」






《 160 愛し子達 》







 城の中へ入れば、私達は驚愕した。城の使用人達があちらこちらで意識を失っている。使用人だけではなく軍服を着た兵士達も、皆突然糸が切れたかの様に床に横たわっているのだ。普通ならここまでの騒動、遠く離れた門番達の耳にも聞こえる筈だ。……なのに、門番は何も知らない。そんな芸当、人間にできるはずがない。


「な、何なんだこれは!?」

「………」


 近くで横たわる鎧をつけた兵士、恐らく殿下と共に城へ帰ってきたルドニア軍の兵士だろう。兵士達が固く握る手には、誰かへ向ける為に抜かれた剣や銃があった。彼らの側にルークもガブリエルもいない。……手がかりはないか近づけば、ツンと鉄錆の匂いが漂う。


「……っ」

「聖女様?一体何が………」


 私と同じ場所を見たルディは、顔を硬らせた。何故なら床に、まだ真新しい血溜まりが広がっているからだ。血を引き伸ばす様に、誰かの血の足跡と垂れ流され続ける血が廊下の奥へ進んでいた。

 まるで手招きしている様な血の道案内に、身が縮む様な恐怖が襲った。


 大丈夫、ここまで手掛かりを出すという事は、ガブリエルは私に見つけて欲しいのだ。私との交渉の為にも、必ずルークは生きている筈だ。

 震える唇を何とか落ち着けさせて、ルディへ顔を向ける。


「辿りましょう」


 私の表情を見たルディは、力強く頷いた。




 血の道すじは奥へ奥へ続いていく。進んでいけば絨毯の色が藍色へと変わった事で、ガブリエルが何処へ向かったのかを察した。歩んでいた歩幅は広くなっていき、やがて駆け足でその場所へ向かう。



 辿り着いたのは王、アレクの執務室の隣にある寝室だ。寝室へ入る為の扉、ドアノブには血が垂れる程に付いていた。耐えかねた私は、ルディが開ける前にドアノブを握り、扉を強く開けた。


「殿下!陛下!!」


 中にいるであろう彼らへ叫べば、吸った空気から強烈に漂う血の匂いがした。カーテンを閉じられた薄暗い部屋の中、それでも銀色は直ぐに見つけれる。

 部屋端に倒れているのはルークだ。私とルディは急いでルークの元へ駆けつければ、彼の体に触れる。ぬるりとした感触に唇を噛んだ。


「っ、殿下!!」


 ルークに触れれば、まだ暖かい血の感触がした。息はある。だが顔が真っ青だし、血は止まらず出続けているのだ。急いで私の血を飲ませなければ危ない。ルディの持つ剣を使う為に、彼へ向けて声を出す。



「ルディ様、剣を」

「やめた方がいいよ、王子様に君の血を飲ませるのは」



 後ろから、突然見知った声が聞こえた。それと同時にルディの呻く声。振り返れば、ルディは自分の剣を腹に刺していた。彼自身予想外に手が動いたのだろう、痛みに耐えながらも、己の行動に動揺している。


 ルディの名を呼ぼうとした。だが声は出ず、口に温かな手が添えられる。


 気づけば、私の腕の中にはルークがいない。だがルークはルディの側で倒れている。……私は、まるで瞬間移動したかの様に、部屋の中央にいる。目の前には、深緑の瞳があった。私はガブリエルに抱かれている。


 耳元に口を近づけるガブリエルは、私へ囁く様に声を出した。


「王子様も、一緒に来た護衛も大丈夫。殺すつもりはないよ。君を誘き出す為にした事だ。ちゃんと僕が命の手綱を握っているから、どうか心配しないで」


 震える唇に反応して、密着する体が更に強まった。


「確かに君の血は「癒しの力」がある。でもその力は常人には強すぎるんだ。少量ならいい。だが与えすぎると、人間は耐え切れずに朽ちてしまう。……ほらその証拠に、ベッドを見て」


 無理矢理体を向けられ、私はベッドを見る。

 ベッドの上には、舞踏会で出会った時とは別人の様に、頬が痩せ窶れたアレクがいた。漸く口を塞いでいた手が離れた事で、震える唇から声が出る。



「アレク……」



 名前を呼んでも、アレクは目を開けない。

 ……待ってくれ。お前の言っている事が本当なら、アレクがこうなっているのは私の所為なのか?私が血を飲ませたから、癒したから?


「わ、私は……そんなつもりじゃ」

「分かってる。君は慈悲を与えただけだ。でも彼がその器じゃなかっただけ」


 はしたなく言い訳を述べて、呼吸が浅くなる。己の犯した罪に絶望と後悔が押し寄せる。足に力が入らず、ガブリエルにもたれる様に体を預けた。

 奴は熱の篭るため息を漏らして、再び己へ顔を向けさせる。……その表情は、ベルゼブブの賭博場にいた悪魔達に向けられたものと、全く同じものだった。


 恍惚に私を見るガブリエルから、熱の篭った息が吐かれる。


「ルシファー、僕は気づいたんだ。ラファエルがアダリムへの気持ち故に、愛する主への憎しみを募らせた様に。僕も彼と同じく、君を愛おしく、そして憎んでいる事に気づいたんだ」

「何を言って……」


 それ以上言わせない様に、ガブリエルの唇が合わさる。今までで一番拙いもので、唇は奴の歯によって血が滴った。


「っ、」

「……ルシファー。君が僕を見つめる度に嬉しくて、君が僕の名前を呼ぶ度に心が癒された。けれど僕以外を見ていると唇が切れて、僕以外に触れられれば胸が痛んだ。悪魔に飼われ弄られる君を助けれないもどかしさに、主から授けられた試練に苦しんだ。………でも一番辛かったのは、君が悪魔に飼われている事を、心の何処かで許していた事。さも当然の様に受け入れていた事。………僕以外の、ましてや人間でもない弄られた存在に、ずっと愛を向けている事。だから、ラファエルに審問会を開くように提案した。でも君はそれさえも防ごうとするから、計画を変えた。……そうだ、この親子を使えばいいと。君は、彼らの前ではただの人になるから」


 見たこともないガブリエルの冷たい目に、背中に這わされる手に怯えた。どれだけ体を震わせても、熱に浮かされた奴の言葉は、静まる部屋に響いていく。


「君は主が僕に与えた、僕だけの女の子。僕の番になる為に生まれた存在。最高の贈りもの。最高の名誉…………なのに!!どうして君は!!!」

「あ”ッ!?」


 怒りを孕んだガブリエルの声が響く。背中に這う手が立てられ、爪が肌を抉る。


「君は悪魔のものでも、ましてやそこに転がる人間達のものでもない!!ルシファー、君は僕のものだ。僕を愛する為に生まれたんだろ!?」

「違う……わ、私は」

「嗚呼ほら!そういう所が憎たらしくてしょうがない!ずっと見守っていたのは僕だったのに、悪魔なんかに掠め取られたばかりに!!」


 違う。悪魔は何も関係ない。たとえ()が私をガブリエルに与えていたとしても、私は決してそれに屈しない。私は私の求める事の為に生きている。私は私のものだ、お前達のものではない。


 私は深く息を吐き、激昂したガブリエルを見据える。……怯えるな、落ち着け。ルークとアレクは無事だ。ルディも息はしている、彼には一度も血を与えていないから、一度なら己の力で助けられる筈だ。……もうすぐサリエル達が来るはずだ、それまで時間を稼げばいい。


「お前は、神の命令に従っているだけ。正直こんな事をしでかした事には怒りしかないけれど、でもお前はそうせざるおえない程になった。それは悪魔と契約した、この世界に来た私の責任でもある」


 そうだ。ガブリエルも、ルークも、ラファエルも。ローガンやエドガー、パトリックも。私が運命を変えた。私に出会わなければ、私と関わらなければ違う運命だっただろう。



 爪が緩くなり、慈しむ深緑が私を見つめる。私の懺悔を聞いている。







 ()()?……そんなもの、有るものか!!





「だからどうした!?私がお前のもの!?巫山戯るな知るか!!私は私のもので、私が愛する人は私が決める!!何が主だ!何が贈りものだ!!私は愛し子じゃない。悪魔に魂を売った、何処にでもいる只の人間だ!!私は………私は只のイヴリンだ!!お前を使うだけ使って、捨てる只の魔女なんだよ!!」


 耳がつん裂く叫びに、深緑が再び怒りを孕む。勢いよく体を押されれば、足がふらつき床へ倒れていく。……前よりも、随分軋んだ聖なる光が見えた。


「もういい……もういいよルシファー。………《サマエル達が来る前に、君を殺す。天界で嫌という程理解してよ。君は結局、僕のものなんだって》」




 明確な殺意は、ノイズとなって私の耳に届いた。

 ……嗚呼、最悪だ。この短気な性格をどうにかしたい。何故あそこで啖呵を切った?普通なら猫撫でりの声でも出して、こう可愛く時間稼ぎするだろうよ?おかしいな、最初はそのつもりだったんだけど……いやだって、あんまりにも僕のもの僕のものって、私をなんだと思ってるんだよ。



 光から現れた、随分錆びた短剣は私へ向けられる。まるでスローモーションの様に映し出されるその光景。目端に見えるルークとアレク……よし、足はもう元気だ。ならば次の作戦。刃が当たる前に駆け出そう。例え傷ついたとしても、ここから出よう。悪魔達が来るまで逃げ切れば、まぁなんとかなるかもしれない。一種の賭けだが。

 嗚呼、なんで私は悪魔共を連れてこなかったんだ。本当にルークやアレクの事になると途端に視野が狭くなる。……どうしよう、悪魔共怒って助けに来ないかもしれない。いや、契約違反になるからそれはないか。あいつら、なんやかんや私が大好きだからな。




 私は足に力込め、逃げる為に扉を見る。








 ……………あれ?そういえばルディは何処いった?









()はここだよ、聖女さま」

「え?」






 突然、青い炎が私を抱いた。

 呼吸をすれば香る灰の匂い。炎の様に揺れる碧眼。


 興奮した息遣いが、私の頬に当たる。




「本当にサマエル達が羨ましい。こんな素晴らしい豚を愛でる事が出来るなんて、最高じゃないか……嗚呼!君がさっき叫んだ啖呵、最高だった!達した!!」


 その声はルディだ。……だが、この存在はルディではない。別人だ。


 カランカランと、床に剣が堕ちる音が聞こえる。ガブリエルは私を抱きしめる存在に、驚愕の表情を向けている。


「どうして……どうしてお前が……」

「君は彼女だけ熱烈に見すぎて、他の周りを見て無さすぎる。まさかパトリック・レントラー「だけ」が特別で、私が憑依できないとでも思ったのかい?私は誰にでも憑依できるよ、()()()()()()()()()()()()()()で」

「まさか……そんな……」


 震える声とは反対に、機嫌の良い笑い声が聞こえた。ルディは己の灰色の髪をかき上げて、挑発的にガブリエルを見据える。


「ちゃんとこの子を殺しておくべきだったね。……どうこの子?君達の大好きな神様の真似っこしてみたんだ。まるで燃え滓みたいな髪色で可愛いでしょ、私の愛し子達は」

「巫山戯るな、お前は何をしたのかわかっているのか!?」

「……それは、こっちの台詞だよ。天使ガブリエル」




 背中に手が這わされれば、痛みは消えた。

 炎がアレク達を覆えば、流れ出る血は消えた。



 地獄の炎が、天使を見た。



「ここは私の理想郷、私の世界だ。………鳩風情が、この世界(悪魔の世界)で何をしている?」





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る、るでぃ……君は耐えられるのか:(•ㅿ•`):
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