156 祀る
アレクが私を諦めて、政略的に婚姻したのがウィンター家の娘だった。王妃になるにふさわしい身分と気品、そして美しさを持った娘は王妃としてよく働いた。夫であるアレクと心から愛し合おうと必死に彼に関わっていた。
だが、アレクは病に罹った際、親しかった貴族や大臣に見捨てられた過去がある。その貴族の中にはウィンター家もいたのだ。過去の溝は夫婦になっても埋まる事はなく、心は想いあえないのに、世継ぎの為に体だけ繋がる関係に王妃は酷く悲しんだ。……その悲しみは、アレクが唯一心を許していた私への憎しみに変わった。そこからはもう、酷い嫌がらせの数々をしてくれたものだ。
私が「辺境の魔女」だと名付けたのは王妃だった。黒魔術で人を欺く、非道な魔女。そんな悪趣味な噂のお陰で、酷い時には街に出るだけで平民貴族関係なく罵倒され、石を投げられた時もあった。乗る馬車に火を付けられそうになった事もある。
流石に王妃に嫌気がさしたが、かと言ってアレクを頼る事はしなかった。私はアレクの気持ちに答えなかったのだ。今更助けてなんて言えない。……それに、彼らの気持ちも分かる。もう捨てられない様に逃げる事も、誰かに当たりたくなる気持ちも当たり前の感情だ。
故に私はアレクが気を病まない程度に関わりを持ち、王妃の嫌がらせにも耐えた。ありがたい事に私には心強い使用人悪魔もいた。私がどうなろうとも、変わらず接してくれたローガンやヴィルがいた。だから特に気を病んだりもせずに日々を謳歌した。
そんな私を見て、王妃は更に憎しみを増やしていったのだろう。だからルークがアレクと同じ病に罹っても、私が癒す事を拒み続けたのだ。自分の夫が罹った時に、誰も癒せなかった事を知っている癖に。
結果、私がルークを癒した。そして王妃は死んだ。
それは決して、私が黒魔術を使ったとか、呪いを掛けたなどではない。王妃が助けを求めたなら手を取っただろう。だがそれをさせてくれなかったのだ。……だから、王妃が亡くなったのは私に非はない。
それでも、今でも考えてしまう。私がもっと、あの頃王妃に寄り添えていれば、彼女の憎しみを流すだけではなく、受け止め、アレクも交えて話し合いをしていれば……ひょっとしたら、別の未来が存在したのではないかと。
だってそうだろう?……全部、私が生半可な善意の心を持った故に起きた事だ。そうすればきっと、アレクと王妃は幸せな夫婦となっただろう。ルークの病の時だって、すぐに私へ助けを求めて終わっていた話だ。……私が、あの家族を狂わせたのだ。判断を間違えたのだ。
私はその罪を、ルークを気にかけ守る事で償おうとしている。自分の子供の様に大切に、親切に。私を唯一罪から救ってくれる、そう信じて。
《 156 祀る 》
「現在ルドニア軍は、教会本部出入口を全て封鎖しています!既にルドニア国内では王令が出されており、聖女イヴリンの身の潔白を宣言している様です!!」
門番の声は聖堂に響き、聖職者達はざわめく。話を聞いていたローガンは笑った。
「教会本部では王の権限が効かない。……だからこそ、この場所を囲い閉じ込めた訳か。恐らくイヴリンを解放しない限りは、殿下は封鎖をやめないだろうな」
つまりは大きな監獄という事か。随分と長期戦な事だが、それしか方法がなかったのだろう。ノーツ枢機卿は私から視線を変え、立ち上がり此方を睨みつけていたラファエルを見た。
「ラファエル枢機卿。貴方は「王太子殿下も今回の審問会には同意した」とおっしゃっていませんでしたかな?それが何故、このような事態になったのですか」
ラファエルはノーツ枢機卿の質問には答えず、ただじっと私を見ている。奴にとっては操り人形でしかなかったルークの行動に驚いているのだろうか。
王であれと育てられたルークが、私への想いであそこまで暴走する程に掌握していたのだ。あまりの恨めしい目線に小さくため息を吐けば、ラファエルへ言葉を発する。
「アダリムが異端者だった。それを覆す証拠はない。……しかし、別にいいのではないですか?彼が悪魔と契約しようが、異端者だろうが」
「……お前はッ……!!」
随分と天使らしくない声だ。だが気にせず、私は声高々に奴へ、人々へ投げかける。
「人を導く為に人を殺した。自分が聖者だと偽った。だから何です?例えどれだけの犠牲を払おうとも、アダリムがルドニアの為に尽くした事実は変わらない!ルドニアの為に力を持ち、ルドニアの為に体を血で穢したのです!例え人ならざる行為をしたとしても、悪魔と契りを結ぼうとも。それでも彼はルドニアの英雄です!……ならば、貴方達は何をするべきか?……いえ、言い方を変えましょう」
視線を向けたのは、ステンドグラスに描かれたアダリムだ。
聖職者達が、神の使者だと勝手に決めつけた、ただの人間だ。
「貴方達が崇拝するのは「聖者」ですか?それとも「アダリム」ですか?」
◆◆◆
イヴリンは、とても秘密が多い人だ。
この国に来る前は、一体何処にいたのか?何故見た目が変わらないのか?どうして癒しの力を持っているのか?そう数えきれない程に質問したのに、一度も答えてくれなかった。最近起きた事や、ありきたりな内容を話すだけ。何処までも踏み込ませてくれなかった。
彼女が欲しくて欲しくて。だからこそ、無理矢理にでも繋ぎ止めようとしたのに。それさえもさせてくれない。……分かっている、彼女が僕を愛さない事など、とっくの昔に。
でも、僕は彼女を愛している。
例え僕を見ていなくとも。それでも、永遠に愛している。
「ヴァドキエル侯、急に無理を言ってしまったね」
現在教会本部。正門の前には僕と、後ろにヴァドキエル侯が率いるルドニア軍がいる。後ろを向かずに侯爵へ声を出せば、小さく鼻で笑われた。
「我がルドニア軍は王家の剣。貴方はただの剣に感謝や、ましてや謝罪をすると?」
「ふふ……随分と洒落た返事だ」
「真実です」
パトリックが立ち去った後、開けられた扉に背中を押された気がした。同時に、自分がどれ程愚かだったのか理解した。
きっと、ここで行動をしなければ一生後悔するだろう。彼女に見返りばかり求めて、それなのに助けようとしなかった自分を恨むかもしれない。……皮肉な話だ。嫉妬で離した付き人の方が、僕より遥かに彼女を愛していたなんて。
漸く動いた足で歩き、王令の準備の為に宰相を呼ぼうとした。……準備中、突然やって来た叔父上とイヴリンの使用人達から、城を調べさせて欲しいと頼まれた。そこで語られた内容はとても信じれるものではなかったが、それでも彼女が助かるならと許したのだが……。
「まさか、本当に隠し地下を見つけるなんてね」
「ええ、私も驚きました」
叔父上が連れていた褐色の麗人は、まるでその場所を知っているかの様に案内してくれた。何百年も閉ざされていたであろう地下室では、惨たらしい骨達が出迎えた。床に染みつく乾いた血から、当時の生臭い匂いが漂う気がした。……そんな部屋を見て、僕は自分の祖先が犯した罪を知ったのだ。
後ろから、小さくため息が聞こえた。
「殿下、六百年も前の出来事です」
「分かってるよ。でも、僕の祖先は聖人様ではなかったみたいだ」
祖先の話で、自分の罪ではない。戦争ではもっと多くの人間が死んでいる。……そう思っていても、どうしてもやりきれない思いが募る。その所為で声は小さく、目線は足元を見ていた。
暫くすれば、兵士達のざわめく声が聞こえる。跳ねる様に前を向けば、遠くから此方へ少女が歩みを進めていた。
何処からでもわかる、自信に満ち溢れた佇まい。イヴリンは僕に気づくと、眉を下げて苦笑した。張り詰めていた緊張が、彼女を見るだけで解けていく。
「だから、何だと言うのですか」
「え?」
声に反応し後ろを振り向けば、ヴァドキエル侯は真っ直ぐ僕を見ていた。
「例え人を殺めて、神に背いた力を手に入れたとしても。……私は崇拝します。このルドニアに栄光を与えた建国王と、アダリムに」
〜ちまちま自己紹介〜
アーサー・ヴァドキエル 年齢27歳//身長180前半
⇨中央区自警団に所属する青年。次期団長として懸命に仕事をしている。この作品では珍しい「普通」の青年。ケリスに一目惚れをしており、燃え盛る炎の様にアプローチしまくっている。三日に一度は手紙を送っているが、今の所返事はない。「女王蝿編」にて、イトコであるアリアナの記憶は消えている。アリアナを妹の様に大切にしていたが、それが消えた影響で、妹的な存在の矛先がイヴリンに向けられた。でもたまに、赤髪の少女を見ると目で追ってしまう。
好きな食べ物は肉料理、嫌いな食べ物は貝類。