155 逆転
現国王と王太子。彼らを癒したのは私である事実は、ここの誰もが知っている。だが実際に目にした人間が極端に少ないのだ。故に其れが虚偽だと信頼ある新聞と文面で書かれてしまえば、人々はそちらを信じてしまう。見た者達も多数を支持し、結局は現実を取る。
私の疑惑を晴らす方法、それは癒しの力を見せる事で叶う。……だが、其れはラファエルもわかっている筈だ。恐らく、今回用意された力を見せつける「実験台」は死者の可能性が高い。
私の力は死者には効かない。悪魔も死者を蘇らせる術を発揮できないだろう。普段簡単に使っている姿くらましだけでも、相当疲れているのか、先程からため息が何度も聞こえた。姿は見えないが、神父様は近くに軟禁されているのか?……癒す事が出来ないと言ってしまえば、其処からどんどん私の化けの皮を剥がしていこうと思っているのだろうか?随分と性格が良い天使様じゃないか。
ラファエルが望んでいる事は、私が絶望し堕ちる姿を見る事。己が愛する聖人が、私よりも尊き存在なのだと神へ理解させる事。……まぁつまりは、私の親に、子である私を攻撃する事で復讐しようとしているのだ。なんてとばっちり、逆恨みだろうか。私は望んで神の子供になった訳ではないし、もう当人同士で喧嘩して欲しい。
普段の私であれば、この事実が分かった途端に国を出ていただろう。この国に愛着はあれど、己程に愛着はない。この国でなくとも、他国にも違法悪魔は存在するのだから。……それにルークから逃げる事も出来る。彼がどう思おうが、私は彼に相応しくない。
しかし私は逃げる訳にはいかない。何せ「名も無き悪魔」との取引があるのだ。ラファエルの陰謀を止める、陰謀とは神への復讐の事だろう。止めたその結果、あの悪魔にどんな利益が生まれるのかは知らないが……成し遂げれば、私はあと二十年も待たなくとも来世へ転生できる。もうあの執着塗れの悪魔共に飼われなくても良いのだ。
ただ私を堕としたい、絶望させたい。たったそれだけの事の為に、ラファエルは多くのものを犠牲にし、利用した。……私の為に、アレクを危険に晒してしまった。
奴は思い知らなければならない。反省しなければならない。私を敵に回す事が、どれ程愚かな事なのか。
敵が望む事がわかれば、後は紐解くのは簡単だ。……嗚呼、でも簡単に止める事などしない。ここまで私や周りを愚弄したのだから、其れなりのものを差し上げなければ。
そう、潰してしまおう。
奴が作り上げた聖人アダリムを、木っ端微塵に潰すのだ。
この世界の何処にも、聖人など存在しないのだと思わせるのだ。
神様、どうか見ていて。
そして娘の行動を、どうか放っておいて。
《 155 逆転 》
「鑑識の結果。ルドニア城地下にあった骨は、およそ六百年前の建国時代のルドニア人のものだ。現在発見されているのは四百年前のルドニア人の骨のみ。だが今回の骨は、其れよりも更に年代が古い。……なのに骨密度が、四百年前より、そして現代人の俺達よりも異常に高い。六百年前、我がルドニア人の祖先は遊牧民だった。故によく歩きよく体を動かす。だから骨密度が高いんだろう。現代じゃあ殆どが馬車での移動だからな」
流石、人に教える仕事をしているだけある。ローガンの説明はとても分かりやすく、そして王室から教授席を賜ったローガンだからこその説得力がある。聖堂に響く彼の声に、誰も意義を唱える事ができない。
「……そしてここからが本題だ。その鞄の中に入っている骨、其れは全て六百年前のルドニア人のもので間違いないが……全員首を折られて殺されている」
「こ、殺されている!?」
「その通り、全員、後ろからあり得ない力で捻られている。骨折箇所から見て、全員同じ人間に折られているな」
判決者は驚愕の表情をしているが、私は感心しすぎて小躍りしそうだ。ローガンに頼んだ事は「骨の年代を調べて欲しい」だったはずなのに、まさかここまで発見してしまうとは。何百年も前の骨の調査など、考古学の類なのでローガンには厳しいかと思っていたが……本当に、いい友人だ。
私はパトリック……否、悪魔が持っている鞄から骨を一つ取った。暫く眺めれば、次には判決者へ笑いかける。
「六百年前の骨が城の地下に隠されていた。そこには怪しげな文字で作られた紋章。まるで、何か「儀式」をしている様だと思いませんか?尊き命を差し出す程の、そんな闇の様な儀式……一体誰かしたんでしょう?」
その時、近くで大きな音が聞こえた。音の方向には、ラファエルが座っていた椅子の肘掛けに拳を当てていた。
奴は興奮が収まらないのか、肩で荒々しい呼吸をしている。眼光は鋭く私を見つめて離さない。
「まさか建国王が、悪魔と契約していたとでも言いたいのですか?……城に建国時代の骨が置かれていたから?怪しげな文字が書かれていたから?」
例え天使でも、この場で本当の真実を語る事は出来ない。自身が六百年も生きる天使だと言っても誰も信じない。故に私の言葉は全くの出鱈目なのに言えない。それに怒りを抑えきれず、ラファエルは震えた声で呟いた。思いのほか早くも化けの皮が剥がれてきた様だ。お優しい枢機卿が見せる狂気の表情に、周りの聖職者達は怯えている。
必死に呼吸を落ち着かせて、汗ばんだ髪をかき上げながらラファエルは言葉を続けた。
「……ええ、ええそうですね、もしも貴女の言葉が真実で、城の地下で異端的な事柄が行われていたとしましょう。ですがだからと言って、建国王がその場所にいたのかは分からない筈です。城に住んでいた者はウィリエだけではないのですから」
ラファエルの言葉に、周りの聖職者達も頷いた。
「そうだ!城の地下で行われていた事だけで、建国王を異端者と決めつけるのは可笑しい!!」
「我々が求めるのは「建国王が異端者である」証拠だ!忌まわしい儀式の内容ではない!」
「聖女を偽る魔女め!早く火炙りにされてしまえ!!」
誇り高い聖職者達とは思えぬ罵倒だ。思わずため息が出てしまった。後ろを振り向けば、いつの間にやら術を解いていたフォルとステラが、此方に穏やかに微笑んでいる。
フォルが差し出したのは、小さな小包だ。
其れを受け取った私は、聖堂の真ん中で包みを開く。
包みの中を見たラファエル、そして見覚えのある枢機卿が驚愕の表情を向けた。固まるラファエルとは反対に、枢機卿は周りの人間を押し出しながら前に出る。そして怒声より、誰よりも強く叫ぶ。
「全員目を瞑れ!!!」
「おや、何故ですか?どうぞ見てください。只の古い帯です」
怒声を気にせず近くの聖職者達へ帯を見せれば、皆枢機卿の命令に驚き、そして不思議そうに布を見た。一人の神父が顔を近づけた。
「な、何だよ……本当に、只の帯じゃないか」
「ええそうです、帯の柄が「王の紋章」なだけの」
「………え?」
神父のか細い声と同時に、何処からともなく現れた手によって、私の胸ぐらは掴まれる。目の前に現れた中年男性は、私へ深緑の瞳を歪ませていた。……ああ、思い出した。この男性は先代王弟の息子だ。だからこの紋章に気付いたのか。
「帯を何処で手に入れた?まさか、殿下に頼んだのか?」
「いいえ、よく見てください。所々が傷んで切れていたり、色褪せが激しいでしょう?それに今の戴冠式では帯ではなく、衣装にこの紋章が使われている筈です」
男の手に、長い指が添わされる。それはフォルの手だ。
奴は男に微笑んで、ゆっくりと確実に私を掴む手を離させた。
「この紋章は、人骨のあった地下室で発見された物ですよ。ノーツ枢機卿」
「地下室……」
ノーツは漸く気付いたのだろう。此方へ向ける表情は絶望へ変わっていった。
枢機卿の姿に唖然とする聖職者達へ、判決者へ向けて。私は大きく息を吸った。手に持つのは古びた帯だ。
「ルドニア城にあった、隠された地下室。そこには他者により命を奪われた人骨があった。その人骨は建国時代のルドニア人のもの。そして地下室には唯一王が持つ事を許された「王の紋章」の帯があった。文献ではウィリエが亡くなったのは病であり、決して殺害や失踪ではない。となれば、あの人骨の中にウィリエの亡骸は存在する筈がない。……なのに何故、王の紋章はあった?王はあの場所にいたのでしょうか?どうして?……どうしてウィリエは、方舟に乗ってやって来た?」
嗚呼、人々の絶望した表情が見える。己の崇拝するものを、穢される恐怖を感じる。けれどお前達が悪いのだ。私を聖女に祀りあげたのも、堕とそうとした事も全て悪い。
「どうして旧ハリス家は悪魔を呼べた?どうしてその方法を知っていた?旧ハリス邸は元々、百年前まで別の一族が住んで「何か」を守っていました。そしてあの領土には、領民なら誰しも知る古い話があります。「あの屋敷に、かつて領土に漂着した巨大な船の「心臓」を隠している」と」
周りから呼吸音が消える。私が話した古い話が、彼らにとってはウィリエが方舟と共に持ってきた、もしくは方舟とは「悪魔を呼ぶための方法」もしくは「悪魔本体」だと聞こえているのだろう。真実は全く違う、だがどれが真実かを決めるのは私じゃない。お前達の小さな脳だ。
「ハリス家は「心臓」を見つけた為に、あのような悲劇を起こした。……そして、力を得たのです。ウィリエ・ルドニアと同じ「神業」を。同じ方法で」
中央、判決者へ顔を向ける。
もう彼は皮肉に笑えない。唇が噛まれ、血が滴っている。そんな哀れな判決者の元へ近づいた。
「判決者殿。貴方が望んだものを提示しました。……ですから私にも提示してください。ウィリエ・ルドニアが「異端者」ではない証拠を。聖人アダリムが同じ方法を得て「神業」を得たのではない、その証拠を!」
「……それは……」
何も言い返せず、屈辱で耐える姿を眺めている。勝利を確信した私は、上品に笑う事を忘れた。
その時、遠くから馬の鳴き声と、騒がしい声が聞こえる。静まり返った聖堂ではよく聞こえるのか、聖職者達は困惑した表情で見回していた。
聖堂の扉がけたたましく開かれた。扉の向こうには門番がおり、急いで走って来たのか肩で荒い呼吸を繰り返している。皆がその姿に注目する中、門番は声を張り上げた。
「げ、現在門前にて王太子殿下と、ヴァドキエル侯率いるルドニア軍が……聖女イヴリンに対する審問を即時中止する様、声明を出しております!!」
〜ちまちま自己紹介〜
ヴィル・ランドバーク 年齢45歳//身長160後半
⇨イヴリンよりもキツイ目をしたランドバーク子爵家当主。弟を更に根暗にさせたイヴリンへの敵意と、それ以上に私にも構ってほしかった好意が脳内で戦争している。女傑と呼ばれる程に賢く、よく領土を守っている。既婚者で娘が二人いる。夫との仲は非常に良好。イヴリンが屋敷に転がり込んだ時、娘が二人ともサリエルとレヴィスに骨抜きにあった。ぜってぇ許さねぇあの執事と料理人。使用人についてイヴリンにクレームを伝えようとしたが、物陰でサリエルに襲われている姿を見てしまう。その後はイヴリンにはしっかりとした使用人を紹介しようと準備を進めている。つまりツンデレ。