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151 裁判は始まる


 ルディ・レントラー。パトリックの弟で、自警団へ入団する為にルークの付き人を辞めた青年。兄と同じく美しい碧眼、灰色髪を短く揃えている。気弱そうな細身だったのに、この一年で随分と逞しい体つきになっている。

 前を進むルディを見ていると、流石に見つめ過ぎて気づかれたのか、ルディは頭を掻きながら照れ臭そうに後ろを向いた。


「せ、聖女様……そんなに見られると、流石に恥ずかしいです」

「申し訳ございません、前にお会いした時よりも随分と立派になられていたので、見過ぎてしまいました」


 素直に言うとルディは顔を真っ赤にして、捥げる勢いで首を振った。


「そんっ、そんな事はありません!他の団員に比べたらっ、ぼ、僕はまだまだで!」

「ルディ様よりも数年早く入団されているんでしょう?比べる所ではありませんよ。あと敬語も、名前も呼び捨てでお願いします。前と同じ様に接してください」

「い、いやっ、それも流石に……!」


 顔を真っ赤にしながら遠慮をするルディだが、決して聖女だからそうなっているのではない。ルークに紹介されて初めて会った時から、ルディは何故か私の前では吃る。女性に対してそうなのかと思えば違い、本当に私だけなのだ。

 ……あまりにも態度が変わるものだから、色々勘違いしたルークが険しい表情で窘めていた。そのお陰もあってか、ルディは私に一切触れる事もなく、そのまま付き人をやめてしまった。何気に先程のエスコートが初接触だ。

 まだ顔が赤いまま、ルディは口を開く。



「えっと……僕は今、西区自警団員で、聖女である貴女を呼び捨てには出来、なくて」

「私が偽聖女だと、世間ではもっぱらの噂ですが?」


 逞しい拳で、壁が勢いよく叩かれた。

 驚きルディを見れば、唇を噛み締めて悲痛な表情を向けていた。


「あんな記事!全て出鱈目です!!反教会派の仕業か、もしくは平民を聖女にする事に異議がある者か……とにかく現在、号外を出した新聞社へ自警団が調査をしています。聖女様がお心を痛める必要はありません!」


 廊下に木霊する程の大声で、ルディは吐き捨てる様に怒りを露わにした。驚き固まる私に気づいたのか、今更手で口を塞いでいる。


「もっ、申し訳ございません!!聖女様の前で、声を荒げるなど……!」

「……いえ、ルディ様のお考えはわかりましたので」


 随分と信仰心が強く、盲目的な青年だ。あの号外に書かれた記事は、かなり具体的に書かれていた。信憑性を増すために関係者の証言なども含まれているので、私だってあの記事を見れば信じてしまうだろう。王族からの発表もない今、ルドニア国民の殆どが私を「偽物」だと思っている。舞踏会で目撃した高位貴族は分からないが、私を聖女だと信じていたとしても、王族よりも先に証言を出す事は出来ない。結局は自分の保身を守るのだ。



 私の仮定が正しければ、あの記事を新聞社に売ったのはラファエルだ。聖女という最高地位へ上げて、そして底辺まで落とす。人々に蔑まされ陥れられ、その結果私の魂は堕落し、神からの愛は閉ざされる。それを狙っているのだろう。



 ……いや違うな。上辺ではそうだろうが、結局はただの憎しみの結果だ。もし私を堕落されるだけなら、もっと簡単な方法などいくらでもある。


 これはアダリムを最後まで助けなかった、神への報復だ。



「親の尻拭いなんて、今回だけだからね」


 私の呟いた言葉へ、ルディが振り向き首を傾げる。


「聖女様?」

「いえなんでも。早く参りましょうルディ様」


 

 後ろで姿を消している悪魔達から、小さな笑い声が聞こえた。





《 151 聖女か魔女か 》




 その少女は、三十一年前に突然現れた。


 国中の医師達が匙を投げ、死ぬ事を待つしかなかった王太子。そのお姿はまるで屍人の様なもので、聖職者の私でさえ目を逸らしたくなった。カーテン越に聞こえる、殿下が死んだその後の話をする大臣達。無礼との言えるその声達によって、殿下の瞳から精力は無くなっていた。

 せめて、殿下がこれ以上苦しまない事を願った。ただの聖職者の私には、それ以上の事は出来ない。



 そんな時、城に物珍しい身なりをした少女が現れた。ありきたりな髪色、闇の様に底のない瞳。少女は「自分の血なら王子を救える」と言ってのけた。当然首根っこを掴まれて、最初は牢屋に入れられていた。当たり前だ。


 だが不思議なもので……この少女ならそれが出来る。そう妙に感じている私がいた。それは王妃も同じだった様で、失敗した場合は処刑にする事を条件に、少女は殿下の謁見を許された。



 殿下の姿を見た時、少女の表情は一瞬こわばる。……が、すぐに両手で自分の頬を叩き、そして己の手を切る様に衛兵に命じていた。衛兵は動揺していたが、最終的には渋々剣を抜き手の平を傷つけた。少女は痛みで眉間に皺を寄せながら、己の手から垂れる鮮血を殿下の唇に、口の中に垂らしていく。


 


 そして私は、少女イヴリンの「神業」を見る事になった。





 厳かな聖堂も、この日ばかりは囁き声で騒々しい。恐らくルドニア国中の聖職者達が集まっているのだろう。ひしめく人々は皆、昨日出た記事を見ている筈だ。


「ノーツ枢機卿」


 まず最初に声を掛けてきたのは、西区自警団長ランギス・ノーツ。私の血の繋がらない息子だ。平民向けに解放された一般枠で自警団試験を受け、歴代一位の成績を叩き出した逸材。剣術だけでなく口もうまい男で、その才能はかつての衛兵、フォーレン・ヴァドキエルも認める程だ。

 そんな彼に親はおらず、身分としては孤児と同等。その才能を身分如きで潰されない様、ノーツ家の養子として迎え入れたのだ。


「ランギス、お前には聖女様のお出迎えを頼んだ筈だが」

「聖女様は先程教会本部へ来られましたが、ルディ・レントラーを代わりに出しました。彼と聖女様は顔見知りですから、私が行くよりもいいかと」

「……そうか。少しでもお心が癒やされるといいのだが」


 今から聖堂で行われる事、それは聖女イヴリンが本当に聖女なのか、もしくは偽の聖女かを判断する審問だ。通常は反教会派や、聖職者の終生誓願の違反などで審問を行う。だが今回は史上初の聖人と認められた者の審問だ。


 この審問で「有罪」とされれば、その者は罪の重さによって異なる罰を受ける事になる。地下牢に幽閉、鞭打ち。そして処刑。万が一聖女イヴリンが偽だと認められれば、確実に処刑処分になる。……彼女は聖女になる事を求めず、周りが囃し立て祀り上げただけだというのに、随分と酷い。



 だが、あのお方は本物の聖女だ。聖人アダリムの再来だと騒がれている神父アダリムよりも、聖者に相応しいと私は考える。だが号外で出された記事があまりにも出来すぎた。

 王室からなんの証言もない今、聖女イヴリンが処刑を免れる方法はひとつ。癒しの力をこの場で見せる事だけだ。


「王室は王令を出さないし、舞踏会で聖女様の神業を目撃した貴族共も、自身の保身故に声を出さない。……権力は持つものではないと、つくづく思い知らされる」

「枢機卿も三十年前に聖女様のお力を見られたのに、声を出していないではないですか」

「出したさ。だが老いぼれの耄碌だと思われたよ」

「嗚呼、確かに枢機卿を罪人にする訳にはいきませんからね。半年ほど前の教会支部の失態もありますし」


 ランギスの言葉に頷く。

 その時、聖職者達の声が一層騒がしくなった。どうやら聖女様が到着されたらしい。入り口へ視線を向ければ、自警団の青年と共に彼女はいた。


 聖職者が注目する中、聖女イヴリンは颯爽と歩みを進めている。初めて出会った時と変わらない見た目だが、あの時とは違い底知れない恐ろしさが見えた。……ふと、目が合う。私の事は覚えていないのだろう、そのまま目線はすぐに逸らされた。


 騒がしい声はすぐに鎮まり、皆用意された席へ座る。聖女イヴリンは中央に用意された証言台に肘を置いた。彼女の目線は、既に腰掛けていたラファエル枢機卿を見ている。彼とも顔見知りなのか、だが眼差しは穏やかなものではない。



 主役の用意ができれば、判決者は聖堂に声を響かせる。



「イヴリン・アノニマス。今回ここに呼ばれた理由は分かりますか?」


 聖女は頷く。


「ええ存じています」

「であれば。……貴女が聖女だという証。癒しの力を、この場で見せていただけますか?」


 判決者の要求に、皆が生唾を呑んで注目する。

 だが聖女は気にせず、判決者を嘲笑い己の胸へ手を添えた。



「聖女の証?私にそんなものはありません。なにせ私は聖女ではなく、悪魔と契約し力を得た、魔女なのですから」


 本人が偽者、そして異端者だと認めた事で、再び聖堂が騒がしくなる。……だが、彼女が告げたのはそれだけではなかった。




「ですが。……貴方がたが崇拝する聖人アダリムも。私と同じ、悪魔から力を得た異端者。……この世界に、神から愛を受けた聖人など、存在しないのです」



 


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