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15 妹探しと、ある男の一目惚れ


 キャロンの住んでいるアパートメントは、仕立て屋から程近い場所にあった。

 この国は世界でも有数な先進国の為か、給料も高いが物価も高い。特に中央区は物価が飛び抜けて高く、独身の平民が持ち家を持つのは金額的に難しい為、殆どは集合住宅に住んでいる。前の世界で例えるなら、首都東京と地方の違いみたいなものだろうか?


 目的地に到着したのか、馬車はゆっくりと停止した。女性が住むにはやや古い、防犯性もなさそうなアパートメントだ。ここは居住区だからか人が多い。皆御者の居ない、異様に大きな馬が引く馬車に興味津々だ。

 この馬はケリスの使い魔で、言葉はしゃべれないが理解してくれる。だから馬に連れて行ってほしい場所を伝えれば良いので、御者がいらない。ちなみに好物は兎の肉だ。人参じゃない。


 ケリスに手を借りて馬車を降りると、彼女は私へ問いかけた。


「ご主人様、どうして依頼者を連れてこなかったんですか?」

「うん?それはアイビーさんはもう直ぐ劇があるからで……」

「あの時、ご主人様は「後は任せてほしい」と言った後に、劇の時間が迫っている事を思い出した様に話しかけていました。つまりは劇の時間は適当な理由、元々ご主人様は、依頼者をここへ連れてこなかったつもりだったのでは?」


 美しく微笑むケリスに、私はそこまでバレていたのかと驚いた表情を向ける。


 私はそのままアパートメントの中に入り、店主が教えてくれた部屋番号を探して階段を上る。途中ですれ違うガラの悪そうな男達は、皆ケリスの美貌を見て口笛を吹いていた。まぁその度に彼女に恐ろしい形相で見られ、顔に似合わない可愛い悲鳴をあげているのだが。

 私は先程の質問の答えを、部屋を探しながら伝えた。


「あの依頼者、最初から何か引っ掛かっていたんだよね。人探しなんて中央区の自警団に相談すればいいし、お金を掛けてまで私へ依頼する意味が分からない」

「確かにそれはその通りです。……ですが、あの人間は有名な歌姫、世間に知れ渡るのを恐れていたのではないですか?」


 ケリスの当然の意見に、私は頷いた。


「私もそうなのかと思ったよ。でもさっきの仕立て屋で、彼女はあの作業場の床のヒビを知っていた。例え家族だとしてもあの店の従業員じゃない。あんな分かりづらいヒビ、何度もあの場所に行かないと知らないでしょ」

「……それは、妹に聞いたのでは?」

「後、依頼者が私に苛立っていた時の手癖。机を爪で引っ掻いてたよね?妹の机にも、爪で引っ掻いた様な跡がいくつもあった」


 三階まで階段を上り、そこから近い部屋の前にたどり着く。店主が教えてくれたキャロンの部屋番号だ。私は部屋の扉をノックする前に、後ろにいるケリスを見た。彼女は察したのか、眉間に皺を寄せていた。


「あの依頼者が妹を探す理由、それは妹を見つけて聞かなければ分からない」

 

 そう伝えた後、私は扉をノックする。

 ……だが、どれだけノックをしても気配がない。普通は留守かと諦めるだろうが、何か恐ろしい感覚がある。ドアノブに手をかけ回してみると、その感覚があっていたのか、鍵の掛けられていない扉は開く。



 私はゆっくりと扉を開いた。……だが、全てを開く前に、何かに引っ掛かり扉は止まる。






 少し空いた扉の隙間から中を見れば。

 同じく外へ顔を向けていた、血塗れの女性と目が合った。









◆◆◆







「叔父上?」

「え?」



 ふと前を向くと、険しい表情を浮かべながら私を見る甥がいた。どうやら彼の話の途中で意識を飛ばしてしまっていたらしい、私は苦笑いを向けた。


「すまない、少しぼうっとしていたみたいだ」


 そう伝えると私の甥、パトリックはわざとらしくため息を吐いた。

 

「俺が成人するまでは叔父上がここの家長なんですから、しっかりしてください」

「はは、もう成人するのを待たなくても、お前がなっても良いんじゃないか?」

「国王陛下が決めた貴族の法律です。それに俺は叔父上と働く事が出来て、いい経験になっていますから」

「嬉しい事言ってくれるね」


 あの兄、先代公爵のいい所ばかりを引き継いだ甥は、兄の様に女に溺れる事もなく、真面目に家の仕事を手伝ってくれる。最初こそあの事件の所為で苦しんでいるのではと心配したが、どうやらある平民の女性のお陰で立ち直ったらしい。前は真面目ながら少し尖った所もあったが、それも今では丸くなっている気がする。

 私はそんな可愛い甥っ子を見ながら、頬杖を突いて声を掛けた。


「今日、午前中にアビゲイルの視察に行っていたんだけどね」

「アビゲイル?……ああ、何年か前に叔父上が興した仕立て屋ですか」

「そう。店主が節約の為にって、作業場の床の修理を怠っていたり散々だった。注意したからもう大丈夫だと思うけど」

「そうですか。で、その店がどうかしたんですか?」


 その言葉を待っていた。私はあの時の事を思い出しながら、緩み切った顔をパトリックに向けた。


「その店に丁度、物凄い好みの女の子がきたんだよ。健康的な焦茶色の髪に、漆黒の瞳。それにこの国では珍しい容姿の子でね、あまりにも好みすぎて一目惚れしちゃったんだ」

「………へぇ、そうですか」


 何故か更に顔を険しくしていくパトリックを無視して、私は机に突っ伏す。目を瞑れば今でも思い出せる彼女の顔に、私はため息を溢した。



 側にいた他の女性達よりもやや劣る容姿だが、彼女を見た時釘付けになった。まるでずっと探し求めていた運命の相手の様に心臓が高鳴り、全身の血が沸き立つような感覚。生まれて初めてのその感覚は、今でも思い出せる程に強烈だった。


「今日は衝撃で何も話せなかったけど、次会ったら絶対に名前聞いて、口説く。それでもし平民だったら権力を使ってでも嫁にする」

「………そう、ですか」


 さっきから同じ言葉しか言わない甥の表情は、突っ伏していたから見えなかった。




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