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144 二人目の聖者

5/21夕方、一部訂正しています。


 その名に聞き覚えがあるのか、イヴリンは俺が掴んだ手を抜き、苛立つ様にため息をこぼす。

 目が見えない俺でも、この娘の表情が想像できてしまった。……この娘は賢い癖に、何年たっても心情が態度に出やすいのが欠点だ。触った感覚で分かる、俺の手に収まりそうな小さな顔につく、小さな口が動く。


「……マルダって、ノア・ハシリスの娘で、ウリエルの妻でしょ?」

「そう、その女」

「何の為に契約したの?マルダは天使の妻でしょ?今回のお前の行動に関係あるの?」


 どうやら予想外の回答だったらしい。いつもよりも早口で、それでいて質問の数が多い。それほどに天使に使われた、あの豚の王子が心配なのだろうか?


 匂いがわかる程に近かった体は、数歩の足音が聞こえたので離れてしまったのだろう。だがそのまま部屋から出るわけではなく、近くで軋む音が聴こえた。……どうやら娘は、ベッドに座り俺の長い物語に付き合ってくれるらしい。


 俺は、小さく息を吐いた。


「お前の言う通り。俺ァあの舞踏会で、ラファエルに頼まれてサリエル達の術を打ち消した。アイツとは、随分前から仲良しでね」

「悪魔と天使が仲良し?笑えない」

「そうか?悪魔も天使も似たようなモンだろ?」


 俺の言葉が随分と癪に触ったのか、吐き出す様な笑い声が聞こえた。……まぁ、確かにこの娘にとっての「悪魔」とは、随分と身勝手な存在なのかもしれない。


「俺とラファエルの出会いはァ……もう数百年前になるか?ある天使サマが、この地に降り立った所から始まるな」

「……ウリエルか」


 あえて名前を言わない様にしたのに、この娘は空気が読めない。鼻で笑いながら、ソファに深くもたれる。


「地獄と天界の戦争が終わった後、俺ァ「あの方」にある存在の監視を命じられた。その存在は近い将来、地獄の脅威になる可能性がある。殺せるなら殺せとも言われた。ンでその場所へ行ってみればァ?落ちぶれた天使と、ソレを崇拝するクソみてェな人間共がいた。天使が人間を庇護するなんざよくある事だが……その中に「ある存在」がいた。まだ人間の女……マルダの胎の中にいたが」

「天使と人間の子、アダリムの事でしょう?お前達は天使の子の前だと、随分と可愛くなるよね」


 嘲笑う様に話す声に、俺は首を横に振った。



「違う、神の子だ」



 聞こえていた呼吸音が止まる。どうやら真実が理解できた様だ。本当にこの娘は賢い。


 再び呼吸音が聞こえた後、呟く声が聞こえた。


 「……ウリエルは知っていたの?」

「ウリエルも、孕まされたマルダですら知らなかった」


 娘から、大きな舌打ちが聞こえる。お優しいことだ。


「前にサリエルから「神は姿を変え憑依できる」って聞いてたけど……神様ってのは、随分といい性格してるじゃん」

「そう自分の親を言ってやるなよ、天使も人間も同じ自分の造作物だ。人間の倫理や道徳心なんてモンは、対等な存在同士だから成り立つんだ」


 あの時、マルダの胎の中にいた存在は神の子だった。それも親と等しい浄化の力を持つ、いうなれば、悪魔にとっては二人目の神だと言っても良い存在だ。

 苛立ちを抑えきれない娘は、俺へ強く声を出した。

 

「お前がアダリムが「神の子」だと気付けたのに、ウリエルは気付けなかったのは何故?」

「俺達や天使っつーのは、敵の気配を探知するのは得意な癖に、身内の気配を嗅ぎ分けれる奴はそうそういないからだよ。だからサリエル達は、お前に違法悪魔なんざ探させてンだろ?ウリエルはアダリムを自分の子供だと思っていたが……あの力は、天使もどきが持っていいものじゃねェ。お前と同じ神の子だ」

「……はぁ、灯台下暗しだ」

「トゥーダイ?……なんだそれ?」


 恐らく娘の世界の言葉なのか。それだけ呟けばベッドの軋む音と、疲れた様なため息が聞こえる。想像するに寝転がっているのだろう。


「で?もしかしてラファエルは、聖人アダリムの守護天使だったの?聖人様が死んだ後は、神父様を代わりにして守ってる?だから同じ名前なの?それで偶然この世界に来た私を、ウィンター公の様に、悪魔から助けようとしてるって事?……嗚呼、これだとお前の得はないか。破綻した仮説だ」


 呆れた声でそう言うものだから、俺の代わりに外の鴉が笑った。


 娘は答えを求めようと起き上がった様だが……そこで漸く、部屋の外の騒がしい声に気づいたのだろう。体を動かす音と、そして足音が遠さがる。


「……騒がしいな、何かあったのか?」

「きっと、聖人アダリムの肖像画が見つかったんだろうな」

「肖像画?」

「旧ハリス邸、そこに隠されていたものだ」


 怪訝そうな声を頼りに、俺は娘へ顔を向けた。


「確かにラファエルは守護天使だった。……でもなァイヴリン、ラファエルは一度だって守護する相手を変えていないんだよ。アイツにとって、()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………え?」


 娘の声、汗の匂い、呼吸音。


 ……嗚呼、やはり目玉が欲しい。

 この娘が真実を知った時、どんな顔をするのか知りたかった。






 ◆◆◆







 中央区の教会へ戻ろうとしたが、廊下で出会った養父に「話す事がある」と言われてしまった。……そういえば、この前呼ばれていたんだった。すっかり王太子との会話で忘れてしまっていたが。


 養父は自身の執務室ではなく、教会本部の聖堂へ俺を招いた。

 本部なだけあって、ここの聖堂は数百人が一斉に祈りを捧げられそうな広さを誇る。そんな聖堂には、今は俺と養父しかいない。


 壁を彩る美しいステンドグラスが、この国で唯一だった聖人の物語を描いている。……ここに、お嬢ちゃんも描かれる日が来るのだろうか?


 前を歩き、溢れる光を一身に受けた養父が振り返った。


「聖人アダリムの事は、何処まで知っていますか?」

「そりゃあ、何処まででも知っていますよ。建国王の息子として産まれた聖人アダリムは、数々の偉業と神業を残した英雄。そして俺達が永遠の忠義を誓った相手だ」



 聖人アダリム。父親だったウィリエを支え、父と同じく神業を使う事が出来た男。王座を息子へ譲り、自身は国の為に領土の拡大や統治に奔走した陰の王。このルドニアが大国であるのも、アダリムが尽力した結果だ。

 

 そんな素晴らしい聖者だが、不思議な事に彼の肖像画は一枚も発見されていない。勿論全く情報がない訳では無く、彼の物語を語るこのステンドグラスや、伝承や文献などは大量にある。……だが、その情報が可笑しいのだ。ある街の伝承では「茶褐色の髪」と記され、ある文献では「黄昏の髪」と記されている。大柄だと記されていると思えば、細身と記されていたり、描いたものはステンドグラスのみで、それも抽象的すぎて姿は分からない。……兎に角、聖人アダリムの姿は定まっていない。故に建国王と同一人物、なんて囁かれたりしてしまうのだ。


 養父は俺の解答に満足なのか、柔らかく微笑んだ。


「私はあの日からずっと、この身を聖人アダリムに捧げて来ました。彼が再び戻ってきても、もう誰にも傷つけられない様に準備をして、彼が幸せになる事だけを考えて、ただひたすらに」

「……枢機卿?」


 突然の養父の言葉に、その意味に怪訝な表情を向けてしまう。……一体何を言っている?意味不明な言葉を告げて、俺を揶揄っているのだろうか?


 夕日を吸い込んだステンドグラスは、俺と養父を赤色で包み込む。

 俺の言葉に反応した養父が笑えば、美しい表情も血に染まったものに見える程に、赤い光だ。



「ひたすらに、守る相手の為に必死に過ごして……そして私は絶望した。神はもう、この子以外へ愛を与えていたのだと……なら、その愛を再び向ければいい」


 そう呟く養父の表情は、初めて見るものだった。



 一歩、養父が俺に近づく。

 俺は同じ位に後ろへ下がった。……初めて、養父に恐怖を感じた。


「ミカエル……いえ、アダリム。貴方は再び神に愛されたいでしょう?大丈夫です、私に任せてください」

「す、枢機卿?えっと……何をおっしゃられているのか、俺にはさっぱり……」

「嗚呼……可哀想に、偽りの父にあんな仕打ちを受けたのです。忘れたい気持ちも分かりますよ。ですが、もう良いでしょう?こんな人生など」


 二歩目、養父が俺へ向かって手を翳す。見る視界が揺れる。

 心臓が忙しなく動き、呼吸が荒々しいものに変わっていく。


「……っ、枢機……ッ」

「アダリム、貴方は自分を戦争孤児だと言っていますね?何処の戦争です?どうして戦争孤児になったんですか?」

「お、俺は……」

「貴方のご両親はどんな方ですか?お亡くなりになった理由は?どの国に住んでいたのですか?……何も分からないのに、どうして自分が「アダリム」だと分かるのですか?」

「ッ、あ”!?」


 養父の声に、養父が俺を「アダリム」と呼ぶ度に。触発される様に、頭が割れる様に痛み出す。あまりの痛さに頭を抱えて倒れても、養父はただ俺を見るだけだ。



 そうだ。俺は戦争孤児で、幼い頃に偶然養父に助けてもらった。尊敬する養父と同じ仕事に就きたくて、必死に勉強して聖職者になった。


 ……嗚呼そうだ、俺の全てはこれだけなんだ。

 親など知らない、……何処の国にいたかなんて、生まれなんてもっと知らない。でも、それならばどうして、こんなにも鮮明に戦争の記憶がある?泥水を啜った記憶も、鍵穴の開け方だって、戦い方だって!全部俺は覚えている!!……覚えているのに……。


 柔らかな床に体を蹲ませてば、微かに聖堂の外から、職員達の騒々しい声が聞こえている事に気づいた。

 何故かその職員達は、皆俺の名前を叫んでいる。養父は何かを知っているのか、嬉しそうに小さく笑った。


「嗚呼、皆貴方を探している様ですよ。きっと肖像画を見つけたのでしょう」

「肖像……画……?」

「ええ、聖人アダリムが描かれた、この世で唯一の肖像画です」



 そう答えながらまた一歩、養父は俺に近づく。

 俺は身体中を震わせながら、必死に顔を向けた。



 助けてくれ、もう頭が痛くて、もう息も苦しいんだ。思い出したくない。俺は今のままで十分、貴方が側にいてくれれば幸せなんだ。




 けれど養父を見るよりも先に、何がか俺を包み込む。……それは翼だった。鷹の様に雄々しく、そして白鳥の様に美しい。


 騒々しい声達が、やがて足音が聞こえるまでに近づく。



 後ろの扉が乱暴に開かれた。




「アダリム、下を見て」




 耳元に、優しい養父の声が聞こえる。

 言われるがままに足元、聖堂の床を見れば。……俺の周りには、柔らかな草花が生い茂っていた。




 複数の足音が近づいてくれば、人々は俺の姿を見て呼吸を止めた。それでも隠しきれない彼らの興奮が、俺の背中を犯す。


 ……その沈黙を破る様に、養父が息を吐いた。




「建国王ウィリエと同じ、枯れた大地を癒やす神業!!……嗚呼なんという事でしょう!!聖人アダリムの再来です!!」


 

 



135話にて、ノーツに「何処の戦争か?」と聞かれた際に、アダリムが無言だった理由。本人は馬鹿にされたから言えない。と思っているのですが、本当は分からず、答える事が出来なかったからです。

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