14 依頼の内容
今最も人気の高い歌姫、アイビー・スミス。
両親が事故で亡くなった後、妹のノエル・スミスと二人暮らしをしている。自分と妹を養う為に酒場で歌い始め、その美しい歌声で人々を魅了し、偶然その場にいた総支配人に見出された女性。
ルーク達と舞台劇を観に行った翌日、私はアイビーを屋敷に招いて話を聞く事にした。
応接室に案内し、向かいに座る彼女は落ち着きがない。恐らくこの屋敷が恐ろしいのだろう。何せこの屋敷、近づくと魔女に洗脳されるともっぱらの噂なのだ。迷惑すぎる、何をどうしたらそんな噂が広がるのだろうか?
苛立ちを隠す様に、私は咳払いをしてから彼女を見る。
「アイビーさん、それで妹のノエルさんの事ですが」
私の問いかけに、アイビーは昨日と同じく険しい表情を見せた。
「そう!《 貴女にあの子を探して欲しいの! 》」
「……妹さんは、どうして行方をくらませたんですか?」
「それは分からない……でも、あの子が私に何も言わないで家を開けるなんて、今までなかったのよ」
行方不明になった理由が分からない、それは困る。確実に違法悪魔と関わりがあるだろう妹が、何処にいるか手がかりを掴むことができない。
私の眉間の皺を見て、アイビーは目線を下に落とした。
「あの子は社交的ではなくて、毎日家と職場の往復しかしていなかったから……誰に聞いても、行方は知らないと言われてしまって……」
「妹さんは仕事をされていたんですか?」
「ええ、城下町のアビゲイルって仕立て屋の針子をしていたわ」
アビゲイル。確かケリスが、腕のいい仕立て屋が出来たと喜んでいた店だったか?
ここ数年で出来た店らしいが、経営者がかなり賢い男だそうで、今では城下町で一二を争う仕立て屋に成長した注目の店だ。人気の理由は納期の早さで、それを実現する為に大人数の針子を雇っていると聞いたが……もしそうなら、姉には話していないだけで、ノエルにも職場に友人と呼べる相手がいたかもしれない。
「今から、妹さんが働いていた店に行きましょう」
それには、アイビーは驚いてこちらを見た。
「い、今から?」
「はい、時間が惜しいので」
手がかりが全くないこの状況で、今日も含めて三日間の間にノエルを見つけなくてはならない。私はアイビーに馬車の前で待つように伝えてから、外出準備を急いで整える為に自室へ向かった。
自室の扉を開けると、中には既にケリスが待ち構えていた。どうやら影で話を聞いていたのか、クローゼットから外出用のドレスが出されている。
「ご主人様、お召し物を変えさせていただきます」
ケリスはそう伝えると、私の目の前で屈んで着ているドレスの紐を解いていく。私は服を脱がしていくケリスの頭上を見ながら、声を掛けた。
「今回の依頼、ケリスも一緒について来て」
一瞬、ケリスが服を脱がすのを止めた。だがすぐに再開し始めるのだが、手が微かに震えている。あと鼻息が荒い。
着ていた服を全て脱がしてくれたが、着替える服をくれない。脱がした服を持ったまま、ケリスは服に顔を埋めて大きく息を吸っている。あまりの吸い込み具合に恐怖で体が震えてしまうが、何度か深呼吸をした後に彼女はこちらへ顔を向けた。目がイッてる。
「勿論ですわご主人様。必ずやお役に立って見せます」
「不安しかない」
どうしてこう、私の契約した悪魔は変な奴が多いんだ。
私とケリス、そしてアイビーは城下町へ向かった。
他の店よりも数倍は大きい赤煉瓦調の店、看板には「仕立て屋 アビゲイル」と書かれている。店の扉を開けようとしたが、その前に扉は開かれ中から男性が出てきた。思わずぶつかりそうになるが、男性は肩に触れてそれを阻止する。
「失礼」
「あ、いえ……有難うございます」
この国でも珍しい褐色の肌、白髪の短い髪。黄金色の美しい瞳を持った青年。私の顔を見て、青年は目を大きく開いて固まった。もしや城の使用人か何かだろうか?だがここまで目立つ容姿なら、覚えている筈だが。
「すいません、通りますね」
「あっ……ああ」
青年は慌てながら端により、私達は店の中へ入って行った。
◆◆◆
仕立て屋、アビゲイル。ここ数年で急成長した店で、既にご主人様の服も何着か仕立ててもらっている。納期が早いのに、質も作りも良い最高の店だ。
ご主人様は、あのクソ王子の為に月に何度か城へ行く。その為、城でも着れる外出用の服は何着も必要なのだ。本人は同じで良いと言っているが、そんな事したら城の使用人達に笑われてしまう。あそこの使用人達は、ご主人様に恐るか嫌味を言う者しか居ないのだから。本当に、ご主人様が止めなければ皆殺しにしていたのに。
「ノエルは仕事は出来るが、いつも不貞腐れていて愛想がない子だったよ。国一番の歌姫と姉妹なんて、とても信じられなかったね。おまけに急に居なくなるし、本当に迷惑だよ」
店主が吐き出すように依頼者の妹の話をしている。どうやらその娘は、好まれるような性格の持ち主ではなかった様だ。ご主人様は、作業場で人形の様に働く針子達を見た。
「ノエルさんの、作業机を見せていただいて宜しいですか?」
「作業机?……そりゃあ構わないが、特に何もないと思うけどね」
店主は怪訝そうに言葉を出しながら、依頼者の妹の作業机へ向かった。広い室内に多くの同じ作業机と、そこに座り仕立てる針子がいる。
客が来る店内は豪勢な作りだが、作業場となると予算を削っているのか床にヒビが入っている箇所もある。ご主人様は依頼者に先に伝えられていなければ、危うくヒビの入った床に足を突っ込んでいただろう。せめてヒビがある場所を分かりやすくしてほしい。もしご主人様が怪我でもしたら私は針子の数名を絞め殺していただろう。
「ここがノエルの机だ」
部屋の一番後ろ端にある、何も置かれていない殺風景な机を店主は指し示した。先程店主が怪訝そうだったのは、依頼者の妹の机を見ても、何も手がかりがないと分かっていたからだろう。あると言えば机の傷位で、後は何もない。
ご主人様は机の傷跡を見て、そして周りの針子達を再び見た。店主の方を向き、一番真ん中辺りの机を指差す。
「あの机は誰のものですか?今日はいない様ですが」
「ああ、あそこは………ああ、そういえば居たなぁ、ノエルの友人になりそうだった子。キャロンだ」
「キャロン?」
「あそこの机の、持ち主の娘の名だよ。キャロンはいつも独りのノエルを気にかけていてね。昼休憩の時に食事に誘っていたのを良く見たよ」
そのままご主人様は、その娘の事について詳しく店主に聞いていた。
最初こそその光景を見ていた依頼者も、次第に苛立ちを表情に出す様になり、憂さ晴らしの様に机を爪で掻いている。
「その針子がどうかしたの?ノエルはその子の家にいるの?」
「分かりませんが、この後は私にお任せを。……もうこんな時間か、アイビーさん今日も劇がありますよね?」
「……そうね。妹探しは有名な魔女様に任せて、私は劇場に戻らないと」
「ええ、お任せください」
「魔女さん、私を失望させないでね?」
やや苛立ちを隠せず、挑発的にご主人様に語りかける依頼者に、思わず手で拳を作ってしまう。
特に唆られる血肉ではない人間が、ご主人様になんて無礼なんだ。……絞め殺してやろうか?細い首だから折れるのも早いだろう。血肉は食えばいいし、骨は砕いてしまえば花の肥料になる。
そんな事を考えていると、ご主人様は鋭い目線でこちらを見ている。私は慌てて拳を作るのをやめて目線を逸らした。こんな娘の所為でご主人様に失望されたくない。失望されればされるほどお供の機会は減り、第四の契約で体を貪る事も難しくなる。
レヴィスなんて良い例だ。奴の場合は失望というより、奴の第四の対価でご主人様は毎回、快感で失神させられているからだろうが。
その後仕立て屋を出たご主人様は、依頼者を劇場まで送った後、店主に住所を教えてもらった、その針子の家へ向かう。