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140 口裏を合わせて


 部屋の外から、複数の声と慌ただしい足音が聞こえてくる。まだこの場所に来て一時間も経っていないのに、随分と早い到着だ。

 私は座るソファの隣に立つ、深呼吸を何度も繰り返しているアダリムの脇腹を小突いた。


「神父様、分かってますよね?」


 アダリムはやや緊張した表情で、眉間に皺を寄せた。


「分かってる、ちゃんと話は合わせるさ」


 その返答に頷く。同時に部屋のドアがノックもなしに開け放たれた。


 ドアの向こうには呼吸を荒くしたルークと、後ろにはラファエルも見える。

 まずは天使に注視しなくてはならないのだが、私は駆けつけたルークに釘付けになってしまった。……そうか、この離れていた数ヶ月の間にルークは十六歳になったのか。立派な青年の姿になっているから吃驚した。

 子供だった彼の成長に感動していると、ルークは顔をクシャリと歪めながら此方へ駆け寄る。


「イヴリン!!!」

「お久しぶりです、殿」


 殿下。まで言う前に声が止まる。代わりにむにゅりと柔らかい感触。……その正体は唇だ。どうやら駆け寄ったルークによって、私の唇は塞がれたらしい。

 周りは彼の行動に驚き沈黙する。私は周りに反して冷静に彼の表情を見れば、頬は涙で濡れていた。……いや泣いてるからって、大勢の人が見ている中で、急に口付けをする理由にはならないが?見ていない内に随分といい性格になったな。悪魔共にされすぎて、口付けでは照れなくなった私も大概だが。


 触れるだけの口付けは長く続いて、漸く離れても顔が近い。次には壊れ物を扱う様に、優しく頬に彼の手が触れた。取り敢えず、口は自由になったので再び言おうか。


「お久しぶりです。殿下」

「イヴリン……今まで何処にいたんだい?凄く心配したんだから」


 待っていた言葉には大きく頷き、隣のアダリムへ顔を向けた。咳払いを何回か繰り返したアダリムは、真顔でルークへ語りかける。


「イヴリン様は、舞踏会で来賓の方々から聖女だと騒がれた事に驚き、恐怖のあまり逃げ出したそうです。私が神父を務める教会付近でお見かけしたので、御心を落ち着けて頂く為に、暫く独断で匿っていました」


 予想外の真実に驚くルークだったが、私は頬に触れる彼の手を握る。


「私には癒しの力はありますが……それ以外はただの平民、しかも異邦人です。周りの方々の熱気に恐れを抱き逃げましたが、声を掛けてくれたアダリム神父も同じ異邦人だと知り、沢山お話を聞いてくださいました。……暫く匿ってほしいと、神父様にお願いしたのは私です!ですので、神父様に罰をお与えにならないで下さい!」


 しおらしく言っているが、勿論全部嘘だ。平民で異邦人位しか真実はない。だがルークは私の手を握り返して、悲痛な表情を浮かべている。


「勿論、アダリム神父に罰は与えないよ。君が無事でよかった……」


 この表情は、本当に私を心配してのものだ。指から伝わる温かさに、嘘で塗り固めた心が抉られる様だ。それはアダリムも同じなのか、疲れた様に小さくため息を吐いている。



 だがそれは、殿下の後ろにいる枢機卿の目線によって、緊張の趣に早変わりするのだが。



「ミカエル……どうして私にも、聖女様の事を伝えなかったのですか?」


 美しい声が、アダリムを責め立てる様に強く言い放たれた。本当に、さも当然の様にアダリムをミカエルと呼んでいる。ラファエルは厳しい表情でアダリムに一歩近づいた。


「聖女様の御心を癒す事。それは素晴らしい行いです。ですが彼女の安全の為には、私には伝えておくべきだったのでは?」

「そ、それは……」

「一歩間違えば、貴方は誘拐犯だったんですよ?」

「えっと……その……」


 これは危ない、飄々とした神父様が子犬の様に狼狽えている。すかさずルークから離れ、アダリムを庇う様に前に立ち塞がった。


「猊下、神父様は私のわがままに、仕方なく付き合って下さったのです。聖職者たる彼を陥れたのは私、責められるのは私です」


 精一杯の健気さと共に、慈悲を乞う信者の様に演技する。ラファエルは眉間に皺を寄せる。これは面白い、天使が表情を隠せない程に、本当にこの神父が大切なのだろう。

 ラファエルは何かを言い返そうとしたが、それにはルークがラファエルの肩に触れて止めた。その表情は鋭い。


「僕は「アダリム神父に罰は与えない」と言った。そして聖女であるイヴリンが、アダリム神父を許せと言っているんだ。教会の頂点は聖者だ。生きた聖者が存在しなかったから、聖者の血を引く王家や、枢機卿の君達が君主の役割も担っていたが……今は違う」

「……ええ、全ては聖女様の御心のままに」


 目を伏せラファエルの呟いた言葉で、アダリムは安堵したため息を溢す。どうやら争いは終わったらしい。


 教会の頂点、それは国王ではなく聖者だ。今まで聖人アダリムしか存在しなかった為に、アダリムの血を引き継ぐ王家と枢機卿が役割を担っていた。だが私が「生きた聖者」として認められたからには、教会の権力はすべて私の管轄になる。勿論お飾りではあるが、それでも表立って枢機卿の立場の者が、聖女の私に意見をする事は出来ない。


 ラファエルを宥めたルークは、すぐに私へ蕩ける様な目線を向けた。成長し益々アレクに似ているので、妙に緊張する。


「イヴリン。城に部屋を用意したから、一緒に帰ろう」

「城に、ですか?」

「あんな田舎街には返さないよ。君はもう聖女で、この国で最も眩い光なんだ。……今夜は沢山話し合おう?」


 艶かしい指が、再び私の頬を撫でる。


 何を話し合う必要がある?もう決まっているのだろう?私がルークと婚姻する事など。


 けれど私は、彼の言葉に頷くだけだ。


「はい殿下。……私も、お聞きしたい事があります」



 頷いた私に、ルークは恍惚な表情を見せた。







◆◆◆








 窓の側に座るご主人様の様子を、遠くの屋根の上から眺めていた私達は、無事に事が運んだ事に胸を撫で下ろした。

 万が一力を使う事を考え、少年ではなく紳士の姿のフォルは、屋根の上で優雅に座りながら苦笑する。


「どうやら我が主と神父殿は、ラファエルを上手く誤魔化せたみたいだね」


 フォルの言葉に、隣で立つケリスは頷くが、先程王子様がご主人様に行った行為に腹を立てているらしい。獣の様に鼻息を荒くしながら、どうにか必死に怒りを抑えている。


「その様ね……後でご主人様の唇を、私ので癒して差し上げないと」

「まさか、貴女の唇で癒すとか言わないですよね?」


 ケリスの発言にベルフェゴールが不愉快そうに顔を歪めた。……前のケリスなら癒すも何も、すぐに王子様の首を絞めに掛かっていただろう。これでも短期間で随分成長しているのだ。まぁご主人様に裏切られたら暴走するが。


 自分が世話を焼いた娘の成長に感心しつつ、そういえば世話を焼いた筆頭のサリエルとレヴィスの姿が見えない事に気づく。ついさっきまで一緒に屋根の上で見ていたのに。


「フォルー!サリエルとレヴィスどこー?」

「お互い話す事があるって、何処かに行ったよ」

「話すことー?」


 フォルは頬杖を付きながら苦笑いした。


「この前の喧嘩の事じゃないかな?またあんな事しないでよって注意したら「監視役も連れて行く」って」


 監視?マルファスの事だろうか?確かに怒り狂った二人を止めるのは「あの方」かマルファス位しか出来ないだろう。


 しかし話し合いか、感情と感情で当たり散らかす二人にしては珍しい。彼らの仲は非常に悪いが、性格はかなり似ている。言い争いになれば取り敢えず、殺すか犯すかして黙らせて解決させる。それが難しいなら問題の放棄。これが常だった。


 だが、今回は問題の放棄をせずに二人で話し合うと?ケリスの様に成長したのか?いやそれはない。あの二人は永遠にクソガキのままだ。という事は、それ程にまで重要……………



 ………………………あ。




「…………成程?」

「ステラ、どうしたの?」


 間抜けな私の声に、ケリスが不思議そうに首を傾げ此方を見る。イカン、被害が拡大する。ケリスへとびっきりの笑顔を見せて誤魔化した。


「ううん!なんでもー!……あ!ご主人さまが王子さまに連れてかれてるー!」

「なんですって!?ベルフェゴール!追跡しなさい!」

「言われなくとも」


 騒がしいケリスにため息を吐きながら、ベルフェゴールは窓から離れていくご主人様を凝視する。今の奴の目には、建物を透き通りご主人様の姿が見えている。本当に面白い能力だ。



 さて、どうにかケリスの気を逸らす事が出来た。……これ以上戦闘態勢の使用人を増やしたくない。悪いがこのまま黙らせてもらおうか。ケリスがベルフェゴールの追跡に夢中の内に、私はため息を大きく吐き出す。


「最悪だ、知ってしまったか」


 恐らくサリエルとレヴィスは、お互い同じ人間を番にしようとしているのに気づいたのだろう。あの二人が諦めない事柄といえばそれしかない。……絶対に話し合いで終わる訳が無い。譲り合いの心なんて、二人にある訳が無い。絶対に力で解決しようとして、近くの国が滅びる。……本当にマルファスを監視に連れて行ってくれて良かった。



 と、思っていたの束の間。

 ひよっこりとマルファスがダリと共に現れ、今まで商人とチェスをしていたと言ってきた。



 …………誰だ監視って!?




次回。神父の苦悩、そしてサリエルとレヴィスと監視が男子会します。

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