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139 ようこそ我が屋敷へ


 「もしかして神父様も、聖女様の住まわれていたお屋敷に行くのかい?」


 相乗り馬車の中、一人の乗客が俺に話しかけてきた。相手を見れば、その青年は期待でいっぱいの瞳を此方に向けている。孤児院の子供達と重なってしまい、思わず笑ってしまった。


「君も聖女様のお屋敷へ?」

「当たり前だよ!今一番有名なお屋敷なんだから!」

「君は屋敷へ行って、何をされるご予定ですか?」

「お祈りするに決まってるだろう?聖女様が早く戻ってきます様にってね」


 住んでいた屋敷に祈って何になるんだ、と言いかけた言葉は引っ込めた。祈る場所を決めるのは聖職者ではないし、結局はどこで祈っても、神はお聞きになっているだろう。


 窓の外を見れば、丘の上に立派な屋敷が見えてきた。どうやら其処が「聖女様の屋敷」らしいのか、青年も他の乗客からも歓声が聞こえる。

 ……あのお嬢ちゃん、あんな城みたいな所に一人で住んでいたのか?良いご身分な事で。





 屋敷の前まで着くと、周りには地面に座り祈りを捧げる信者が多くいた。てっきり数人位かと思っていたが、何十人、もしかしたらもっといるかもしれない。その中には俺と同じ聖職者の姿もある。

 この国の民は、熱狂的な信者が多いと思っていたが……あんまり考えるのはよそう。気を紛らわす為に首を掻きながら、俺は屋敷の周りを歩く。


「……屋敷の門は鍵がかかって開けられないし、囲う塀も随分高いか」



 俺は神父で人探しは専門外だ。お嬢ちゃんと会った事は一度しかないし、その一度でどんな性格だなんてよく分からない。エドガーには女王様だが、もしかしたら他の一面もあるかもしれない。なので、取り敢えずは生活していた屋敷の中を物色して、人となりを知って行く。少しでも手掛かりがあれば上等だ。


「俺も養父と同じく罪人か……まぁ過去にもこんな事良くやったし、あの人みたいに誰かを傷つけてはいないんだ。天の神も分かってくれるだろ」


 教会本部と自警団が合同で行っている捜索隊に入れば手っ取り早いだろうが、やけに俺に興味津々なロンギスが鬱陶しい。俺が隊に入れば確実に何かあったのだと調べてくるだろう。嫌な男に好かれたものだ。


 屋敷の場所を教えてくれたエドガーが言うには、お嬢ちゃんの屋敷の入り口は一つではなく、丁度裏側に隠す様にもう一つ存在するらしい。……俺が何をしようか分かっているのか否か、あの商人は性格が悪い。



 屋敷の周りを歩き続ければ、道は棘のある草木に囲まれていく。少々振り払いながら進めば、話に聞いていた通り裏口があった。

 正面とは違い鉄ではなく木製、鍵穴も至って素直そうなやつ。信者達は正面玄関にしかおらず、この奥まった場所には俺以外いない。最高の状況に口笛を一度吹いて、俺は持っていた鞄から道具を出せば、ドアの鍵穴に丁寧に差し込む。


「嫌だねぇ……こういう時、戦争を経験してよかったと思っちまう」


 戦火の中では、大人が子供を守る事はない。年齢関係なく個人として扱われるのだ。生き残る為に家に忍び込んで、食材を漁る。そんな事をしなければ生きていけない。何処で習ったかももう覚えていないが、手癖の悪さを身につけていた。

 相当昔の手癖だが、まだ腕は鈍っていなかったのだろう。鍵穴を弄り暫くすれば軽快な音が鳴り、扉はゆっくりと動き出す。俺は再び周りを確認してから、気づかれない様に中に入った。




 外観から想像はしていたが、屋敷の中も豪華なものだった。天井の高い廊下、床には金の刺繍の絨毯が敷かれており、壁には美術価値のある絵が品よく飾ってある。あまりにも長い廊下だからか、小休憩できる様に革張りの高そうな椅子が置かれているのが腹立たしい。


「まるで女王様だな」


 部屋に何度か入ってみれば、何もない空き部屋か無機質な客間しかない。家主と数人の使用人しかいないのだから、こんなにも部屋数は必要ないのだろう。だからといって、使っていない部屋が汚れている訳はなく……というか家主が長く離れている割には、この屋敷の何処にも埃ひとつないのが可笑しい気がするが……まぁ、気にする時間はない。さっさと手掛かりを探そう。


 長い廊下を歩いていくと、どこからか薔薇の花の香りが漂う。つられる様に進んでいけば外廊下に出た。外側は中庭に面しており、真っ赤な薔薇が見事に咲き誇っている。あまりの美しさと陽の眩しさで目を細め見る。



 だが、美しい薔薇達に守られる様に、影が動く。

 驚き目を見開けば、俺と同じ焦茶色の髪が揺れた。あり得ない存在に、後ろに下がる俺の足音が聞こえたのだろう。髪は揺れ、闇の様な瞳が此方を見る。



 彼女は、俺へ穏やかに微笑んだ。




「私の屋敷へようこそ、アダリム神父」

「…………えっ?」








《 139 ようこそ我が屋敷へ 》








 天気も良いので、このまま中庭でお茶をする事にした。ティーポットを持ち、私とアダリムのカップへ紅茶を注ぐ。湯気の立つカップを彼の前に置けば顔を伺う。


「神父様は紅茶にミルク入れますか?それともレモン?」

「ミ、ミルクレモン……?」

「外道すぎません?」


 多分探そうとしていた私が、突然現れたので驚いているのだろう。だがミルクレモンは認めん。


 エドガーから連絡が来た時は驚いた。アダリムはエドガーに私の屋敷の場所、後は周辺の情報を聞きに来たらしい。奴が理由を尋ねれば、私が聖女だから探している訳ではなく、個人的な理由で私を探しているとの事だ。枢機卿であるラファエルを養父に持つ相手なので、念の為私へ連絡してくれた様だが……本当にできる男だ。


 だが丁度良かった、私もアダリムに確認したい事が山ほどあるので、彼の教会へ向かおうと思っていたのだ。故にエドガーに、屋敷の裏口をアダリムに伝える様指示を出した。彼がラファエルを何処まで知っているのか不明だが、あのレヴィスが恐れた相手だ。慎重に、まずは相手が私を探す理由を知りたい。


 ……それにダリの言葉が本当なら、彼は私と血が繋がっている。そして聖人聖女と同じ、もしくはそれ以上の力を持っているのだ。今後の計画に害が有るのか否か、前者ならここでどうにかせねば。私にだって慈悲はある。あまり血縁者を手に掛ける事はしたくない。



 外道な真似はさせずに、彼のカップにはミルクを注いでやる。私は最初はストレートと決めているので、そのままカップを持ち一口飲んだ。……うん、やはり自分の家で飲む紅茶は美味い。ランドバーク邸も嫌いじゃないんだけどさぁ、姐御が永遠と小言言ってくるんだもん。

 アダリムも呆然としながら、手だけは動き紅茶を飲む。その姿に引き攣った表情を向けながら口を開いた。


「私を探しに屋敷へ?教会に連れて行く為ですか?」

「……いや、別にお嬢ちゃんが聖女になろうが興味な……ゴホン!……聖女様のお心のままに従うのが、神の僕である聖職者の務めですから」

「エドガー様より性格は聞いてますし、もう見苦しいのでやめて下さい」


 私の言葉にアダリムは顔を苦くした。


「可愛げがない女だな」

「貴方に可愛がられたくないですから」


 紫の目が鋭く此方を見るが、暫くすれば疲れた様にため息を吐いて、テーブルに肘を付く。聖職者と思えない気だるげな表情に、そう言えば彼とエドガーは酒場で出会った事を思い出した。


「お嬢ちゃんは、枢機卿……俺の養父と、どんな関係なんだ?」

「と、言いますと?」

「お前を聖女にする為に、養父と王太子が舞踏会であの事件を起こしたんだ」


 何処で知った?もしくはお前も協力していたのか?

 そう問いかける口よりも先に、アダリムは目を細める。


「ちょっと二人の言い争いを聞いちまったんだよ。自分が怪我をする手筈だったのに、どうして国王がその役目になっているんだって、王太子が養父に怒鳴ってた」

「……そう、ですか」


 紅茶にミルクを注ぎながら、安堵のため息をこぼす。……良かった、ルークもあの事件に協力はしていたが、父親を傷つけるつもりはなかったんだ。

 アダリムは頭を掻きながら、私とは違い苛立つ様にため息をこぼす。


「国王に怪我をさせるなんて極刑だ。王太子は話を聞く限りじゃ、お嬢ちゃんに懸想しての行動みたいだが……何で養父は王太子と協力したんだ?崇拝する相手が欲しくて?そんな馬鹿な事をする人じゃない」

「貴方はラファエル猊下が、あの様な行いをした理由を存じていないと?」

「知らないからお嬢ちゃんを探してたんだよ。予想外の早さで達成したけどな」


 成程、私を探していた理由はこの件でか。これは最高に都合がいい。

 飲み干した紅茶をソーサーに置き、テーブル越しに気だるげなアダリムに顔を近づける。いきなり近づいた顔に目を見開き後ろに下がるが、更に顔を近づけてやった。……本当に、見事な紫の目だ。


「髪色以外、顔は全く似ていないなぁ」

「なっ、何だよ!俺はエドガーみたく、足で踏まれて興奮しないからな!!」

「あの人自分の性癖言いすぎだろ……違いますよ、真実が知りたいんでしょう?お望み通り、教えてやろうと思っただけですよ」


 近づけた顔を離し、私は立ち上がって周りの薔薇達へ顔を向けた。



「お前達!神父様は敵じゃないんだから、さっさと出てきてご挨拶しなさい!」



 手を叩き声を張り上げれば、突然私達に風がふきかかる。薔薇達は大きく揺れ、大量の花弁が舞い踊り視界を遮った。



 花弁と共に、私の体に何かが巻き付く。……しかも複数。




「ご主人様殺しましょうあの神父は殺しましょう無理です吐きそうですご主人様いい匂い」

「あぁーー……主の匂い落ち着く。もう無理足震える、ここに居なきゃ俺は死ぬ。自我を保てない」

「何ですかあの豚!鳥肌が立ちます!存在が害悪!ゴミ!!クソ!!」

「うぇええん!怖いよぉおおご主人さまぁあああ!!!」

「あいつに消されちゃうよーー!怖いよーー!!」

「うっっっ!!??」


 五人全員、私にしがみつく様に抱き付いて鼻を擦り付けてくる。そこかしこからスーハースーハー鼻息が聞こえるのが恐ろしい。

 お客様の手前無理矢理離したいが、全員子鹿の様に震えているので、なんか逆に呼んだのが悪かった気がする。暫く許してやろう。


 アダリムは突然現れた使用人達に驚き、椅子から立ち上がって後ろに数歩下がっていく。


「何だ!?お前ら何処から来た!?」

「あー、やっぱり神父様は何も知らないんですね。好都合すぎるな」

「はぁ!?何をだよ!!手品の仕掛けをか!?……ま、まさかお嬢ちゃん本当に魔女なのか!?」


 張り上げる声に、私にくっ付く悪魔達はアダリムへ鋭い目線を向けた。あまりの殺意ある目線に彼は小さく悲鳴を上げた。


「なっ、何なんだよ!!お前ら一体何なんだ!?」


 真っ青になりながら、アダリムは恐怖でどんどん後ろへ下がる。


 だがそれは、後ろにいた男にぶつかる事で不可能となった。


 何処からともなく現れた、鴉達が騒がしく鳴き出す。震えるアダリムの体を、大きな手が抱き寄せた。


 体を曲げて、覆い被さる手の持ち主。悪魔マルファスは目玉のない顔で、彼へ向かって下品に顔を歪めた。



「ンだよォ、つまんねェだろ?ビクビクしないで、俺達と楽しくおしゃべりしようぜ、神父サマァ?」

「うわーーーーーー!!??」


 もう泣き叫ぶ神父様に、マルファスは畳み掛ける様に鼻を首筋に近づけて、彼の匂いを一気に吸い込んでいる。なんか吐血してるので、体に害があるらしい。アホだ。


「スゥーーーーーーーー………本ッッッッ当に!!クソ不味そうな匂いだなぁ!スッゲェよお前!俺が豚相手に震えちまうなんてなァ!?……チョット齧ってェ、ダンタリオンの土産話にしてもいいかもなァ?………ん?……オイ、オイ豚?…………イヴリン、神父サマが気絶しちまったんだけどよォ、俺何かしたかァ?」

「お前はね、もう存在が恐怖だって事を理解した方が良いよ」

「ン?」



 

 まさかこんな事態になるとは。悪魔達に素の姿に戻って貰って、てっとり早く非現実的な存在を認めて貰おうと思った……が、そう考えた私が悪かったと反省している。

 私に引っ付く悪魔達は、アダリムへの恐怖を逆手に取って、私へ触れる手や唇が下品さを含み出して来た。おまわりさ〜〜ん。誰かがドレスに手突っ込んできま〜〜す。



 ……まぁ良いか、取り敢えずアダリムを休ませよう。私だって彼に聞きたい事が沢山あるのだ。




 

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― 新着の感想 ―
なんか冒頭からラストまでホラーハウスを訪ねる短編みたいな仕上がり(笑)
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