138 取引内容は豚小屋に
若干のBLっぽい発言があります。
長い間寝ていた気がする。漸く体が自分の元へ戻った様な、懐かしさを感じる。ぼやける視界が覚めていき、自分の部屋ではない天井が見えた。
「……ここ……は……」
「ランドバーク子爵家の屋敷です」
本のページが捲れる音と、側から聞こえる声に目を見開き、勢いよく上半身を起こした。
寝ているベッド横の椅子に座るイヴリンは、太陽の光を使って本を読んでいた。寝起きのカサつく喉が潤い出す。
「イヴリン、なのか……?」
「それ以外誰がいるってんですか」
小馬鹿にした様な、人を見下した様な表情。久しぶりだが、全く見た目が変わらない想い人。……この数ヶ月、忽然と消えた彼女を必死に探していた。幻かと思い触れようと手を伸ばしたが、彼女は振り払い、小さく息を吐きながら本を閉じた。
「パトリック様。体調は如何ですか?何処か痛い所は?」
「…………」
「此処に来た際、かなり疲れた様子だったとローガンから聞いています。まだ時間が宜しければ、もう少し休まれます?」
「……………」
「………何で無言なんですか……もしかして、パトリック様ではなく「レントラー公」とお呼びした方がいいですか?今更呼び名を変えるのも面倒だと思ったのですが」
「…………………」
「あのぉ〜〜?聞いてますぅ〜〜?……うわっ!なんか震えてる!?」
全身を震わせる俺に気付いたのか、イヴリンは慌てて立ち上がり、人を呼ぶ為に部屋から出ようとした。だが歩みを進める前に、俺は今度こそ彼女の手を掴む。
引っ張られる様に立ち止まったイヴリンは、驚きながら此方に振り返ったが……俺の表情を見て察したらしい。これから起こる事態へ、彼女は顔を引き攣らせた。
《 138 取引内容は豚小屋に 》
童貞に滅茶苦茶に怒られた。もうあり得ない程に怒られた。鼓膜が破れるかと思ったし、使用人悪魔達が駆けつけてパトリックを殺しそうになるし、散々な事になった。
まさかパトリックが、ルークの付き人を解雇されてると思わなかった。付き人だから彼には居場所を伝えなかったのだが……後悪魔達が面倒な事になりそうで、特にサリエルとレヴィス。恋愛脳馬鹿共。
あいつらは私に恋愛感情を持ち、そして私が知った事で我慢をやめた。相当なメンヘラ男共になってしまっている。やる事やっておいて、想いに応えない私も悪いのだろうが……まぁいい。慈悲深いご主人様なので、全て水に流してやろう。
夜、私は使用人悪魔達に、新たに契約したベルフェゴール。協力関係のマルファスとダリ、そしてパトリックを私の部屋に集めた。先程からダリは、パトリックの存在が気になるのか体を近づけ匂いを嗅いでいる。童貞が童貞らしく照れているのが面白い。
「ボスの血縁者の!悪魔もどき!一度よく調べたかったんです!わぁ!本当に童貞だ!精通してなさそ〜〜!!」
「おい近づくな!ボスって誰……貴様まさか!俺に会いたがっているっていう、叔父上の直属の部下か!?悪魔だったのか!?」
「そうです!悪魔のダリと申します!何度もパトリック様に会いたいと伝えていたのですが「私の甥っ子が穢される気がするから嫌だ」と言われ続けてて!ここで出会えるなんて運命ですね!!」
「運命な訳あるか!悲劇……おい近づくな!!その舌は何だ!?」
うん、私がエドガーの立場でもそう言う。
フォルとステラが後ろからダリの腕を掴み、パトリックから引き剥がそうと必死で対抗している。
「ダリぃ!だぁめ!ご主人さまの前でやめてぇ!」
「ご主人さまのいないトコでやってー!」
「ちょっとだけ!ちょっと舐めるだけ!!」
「こっ、この!!やめろ破廉恥!!」
二人に引き剥がされまいと必死に抵抗し、顔から長い舌を出しながらパトリックに襲い掛かろうとしている。パトリックは真っ青になり後ろへ下がろうとするが、すぐ壁なので意味がない。……なんて悍ましいものを見させられているんだ。おい他の使用人共、何とかしろ。興味なさそうに欠伸するな。マルファスにベルフェゴール、金が見えてんだよ童貞のままか否かを賭けるな。
周りの自分勝手具合に呆れながら、私は皆を注目させる為に数回手を叩く。
「お前達!巫山戯てないで話を聞け!これからの事を話すから!」
札を胸ポケットにしまいながら、最初に反応したのはマルファスだ。鼻を動かしながら私の方向を探し当て、口元をニヤけさせる。
「これからだァ?こんな豚箱に閉じ込められて?人間共にバレちまえば、生きた偶像崇拝になっちまう事とか?……嗚呼、あとは乳臭いガキと番になるんだっけか?」
皆が言わんとしていた事実を流暢に言ってしまうものだから、サリエルとレヴィスの背後から禍々しいものが見える。ついでにケリスは唸ってる。
「ご主人様、やはりクソ王子と天使を潰しましょう。あの者たちが何を考えているのか知りませんが、取り敢えず殺しておけば何とかなります」
「サリエルくん脳筋発言はやめて」
おい執事、ご主人様にでっけぇ舌打ちはやめろ。
サリエルの隣で欠伸をするレヴィスは、何か思いついたのか顔を明るくする。
「殺せないなら、王子様犯して従順にしようか?俺とベルフェゴールで」
「別に構いませんが?」
「聞かなかった事にしていいかな?」
おいベルくん!別に構いませんが?じゃねぇわ!思春期男子をなんつー世界に連れて行こうとしてんだ!!……おいケリスもうんうん頷くんじゃない!サリエルも「名案〜!」みたいな顔するな!!
はなから悪魔の答えに期待はしていなかったが、本当に自分の欲求だけしか考えていない。そこらへんの幼児の方が、まだ穏便で良い答えを出してくれるだろうよ。
目の前の悪魔達に呆れつつ、私は壁端まで逃げているパトリックを見た。……今は元に戻っているが、もう時間がない。あの悪魔との「取引」はそういうものだった。
「……「名も無き悪魔」か」
小さく呟いた言葉は、ダリの奇声と合わさって皆には聞こえていない。
名も無き悪魔は「契約」ではなく「取引」だと言った。前者と違い守らなくても私には害はない。
だがやり切れば、私の悲願が叶うものだった。……私がずっと、三十一年間望んだ悲願が。
再び手を叩き、皆を注目させる。
皆の目線を受けながら、私は深呼吸をして心を落ち着けた。
……大丈夫、今までやってこれたんだ。いつも通りの事だ。
私なら、こいつら全員を使って叶える事が出来る。
「……聖女になって、殿下と婚姻する」
私の言葉に。
美しい悪魔達の顔が、化け物に変わっていった。
幕は上がった。演者は揃った。
後は欺くだけ。
『七日間の猶予を差し上げよう。その期間で君は、天使ラファエルの陰謀を止めて欲しい。これは君にしか出来ない事だ。……嗚呼、別に強制じゃないよ?もし期間内に止められなくても、君には何の損も与えないさ。だがこの体の持ち主、パトリック・レントラーの体を使って、天使諸共この捻れた国を滅ぼすだけ。臭いものには蓋をするって言うだろう?言わない?……そんな顔しないで、私には実体がないからね、下界では器がないと力が使えないんだよ。彼を国を滅ぼした大罪人とさせてしまうのは申し訳ないが、この体は私と相性が良いんだ。……うん?君に全く得がないから、取引と言わない?…………あるよ?
もしも七日以内に、君がラファエル陰謀を知り、それを止める事が出来たら……サマエル達と結んだ契約からの解放、そして君に「来世」をあげよう。……君が何十年も望んで止まなかった、最高の来世を』
結末編となる「欺く聖女」編がはじまります〜!