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135 密談


 養父に呼ばれてやってきた教会本部は、皆忙しなく動き回っている。彼らとすれ違えば、皆とある娘の事を言っていた。



 教会が認定した新たな聖女。史上二人目の聖者、聖なる血を持つ娘。イヴリン。本来なら新たな聖女の誕生を祝う筈が、その聖女様が行方不明となって暫く経つ。


 教会と自警団は未だ手がかりさえも掴めない有様なので、あのお嬢ちゃんは相当隠れるのが上手い様だ。噂では、近い内にルドニア軍が捜索に参加するらしい。近隣諸国が恐れる最強軍隊か、まさか小娘一人の為に動くとは。


 本来なら神父の俺も、聖女様捜索に力を貸すべきなのだろうが……逃げたって事は、聖女になるのを嫌がってるって事だ。嫌がる女を無理矢理祀りあげるなんて、後味が悪すぎる。


 周りの忙しさを気にせずに、俺は養父に会う為廊下を進んでいく。

 暫くすると、後ろからやけに主張する革靴の音が鳴った。




「おや?君が此処にいるなんて珍しいね」


 革靴の音、後ろから聞き覚えのある、弾むような声。最悪だ、厄介な相手に見つかってしまった。無視して進みたいが、奴はそれが出来ない地位を持っているので、仕方がなしに振り返った。


 自警団服がお似合いの、橙色の髪を綺麗に切り揃えたボブ頭。年若そうに見えて、俺と歳が変わらない詐欺師野郎。奴は俺に意地悪そうに笑った。


「ミカエル神父、枢機卿に会いにきたのかい?」

「お久しぶりです、ノーツ団長。ええその通りで、これからラファエル枢機卿に謁見します。あと私の名はアダリムです」


 ロンギス・ノーツ。この国に来てからというもの、何かとちょっかいを掛けてくる男。ノーツ枢機卿の息子で、自身も自警団の団長なだけに軽くあしらう事が出来ない。父親から、俺がラファエル枢機卿に拾われたのだと聞いたのか知らないが……兎に角、面倒な男だ。よし逃げよう、それが得策だ。


「では急いでおりますので、これで失礼致します」


 早々に逃げようと、爽やかに微笑み歩みを進めた。だが奴の一歩の方が俺より遥かに大きく、あっという間に肩を掴まれる。この野郎、足が長いって自慢してんのか?


「君は、聖女様捜索に参加しないのかい?」

「私一人が参加しても、足手まといになるだけですから」

「一人でも多い方が良いに決まってる。……さては、探す気がないね?」

「いえいえ。毎朝聖女様をご無事を思い、心から祈っていますよ」

「そんなのは当たり前だろう?君は神父様なんだから」


 ……抑えろ俺、頑張れ俺の表情筋。こんな男に突っかかっても碌な事がない。立場は向こうが上なんだから、こっちの所為と言われちまえば俺が罰を受ける事になる。

 俺の心情を分かっているのか否か、ロンギスはねっとりと口元に弧を描く。


「嗚呼失礼、別に怒らせたい訳じゃないんだ。……ただ君が気になってね」


 そう教えるロンギスの表情。まるで纏わりつく、自分を品定めされているかの様な目線だ。俺が不機嫌に眉間に皺を寄せれば、そんな目線は直ぐに元の意地悪なものに変わったが。


「アダリム神父、君は確か戦争孤児だったね?何処の戦争かな?もしかして敗戦国かい?」

「…………」


 安い挑発だが、何度言われても眉間の皺が深くなってしまう。


 基本的に教会の聖職者は、深い知識と信仰心があれば誰でもなれる。だが殆どがルドニア人なので、他国生まれの、ましてや戦争孤児が聖職者になるのは極めて珍しい。故に見習い時代は差別的な言葉を言われる事も多かった。正直それが嫌で旅をしていたのもある。


 気にするな、どれだけクソな人生だったとしても、他の戦争孤児よりも俺は運がいい方だ。俺の返事を心待ちにしているであろうロンギスに、精一杯の笑顔を見せつけてやった。


「幼い頃の事ですから、もう忘れてしまいました。……では、枢機卿を待たせていますので」


 嘘を並べて、肩に触れる手を諭す様に払った。手は抵抗もなく落ちていくのに、肩には呪いでも込められているかの様に重い。

 ロンギスへ会釈すれば、俺は養父の元へ向かう為に歩みを進めた。後ろは怖いので見ない。







 養父の執務室は、教会本部の一番奥にある。他の枢機卿達は中庭が見える場所やら、広い部屋を求めるが養父は違う。元は物置部屋だった小さな部屋だ。最初聞いた時はいじめでも遭っているのかと思ったが、養父が日当たりの良さで選んだらしい。


 廊下をひたすら進んだ先、もうじき部屋が見える所で……その場所から、青年の怒声が聞こえた。

 驚き一度足を止めたが、再び歩みを進める時には気づかれない様、ゆっくりと進む。



「何故父上を犠牲にした!?あの役目は僕だった筈だろう!?」

「その方が、当初の計画通りに事が進むと考えたからです」

「ふざけるな!当たり所が悪かったら即死だったんだぞ!?」


一人は養父の声だが……もう一人は誰だ?随分と若い声だ。足音を最小限に、声の元へ辿ればやはり目的地の養父の部屋だ。どうやら扉が少し開いていたのか、その所為で声がここまで漏れていたのだろう。一番端の部屋だからって、不用心すぎる。


 少しの隙間に目を近づけ、その部屋の中を見れば養父と……あれは、王太子だ。一体養父に何の用だ?

 王太子は激昂し養父の胸ぐらを掴んでいる。対する相手は涼しい顔でされるままだ。養父からわざとらしくため息が吐かれた。



「イヴリン様を聖女にするには、あの舞踏会の場で癒しの力を使って頂く必要がある。ですがあの方は用心深い、その辺の人間が傷ついたとて何もしないでしょう」

「だから僕が怪我を負うと計画していただろう!!」


 ……何を話している?お嬢ちゃんに力を使わせる?あの舞踏会の事故は、故意で起こされたのか?……王太子は、養父は。一体何をした?


「ですから国王陛下が怪我を負った方が、イヴリン様は癒しの力を使うと判断したのです。イヴリン様は陛下を愛しておられるのですから」

「それは過去の話だ!!」

「殿下がそう思いたいだけでしょう?現実はどうです?イヴリン様は陛下の姿で正気を失い、公で力を使ったではないですか」

「っ……」


 養父の言葉に何も言い返せないのか、王太子は胸ぐらを掴む手を緩めた。その姿に目を細め、養父は王太子の手を自身の両手で包み込む。


「私は邪な想いのある殿下と違って、イヴリン様を聖女にしたかっただけです。その為ならどんな手でも使います」


 諭す声を耳元に当てられ、王太子は包む手を乱暴に振り払った。日の光で輝く銀髪を掻き、苛立ちを治める様に息を吐く。


「……もういい、何にせよイヴリンは聖女になったんだ。国外へは出られない様に関門は見張っている。この国にいるなら、必ずあの子は見つかる」

「ええ、そうですね」

「見つけ次第直ぐに妻に迎えるだけだ。……もう地位も、何も障害はないんだから」

「この世界でイヴリン様を除いて、現在聖人の血が最も濃いのは殿下だけですから。聖なる女は、聖なる男と添い遂げるべきでしょう」


 養父の言葉に頷き、王太子は部屋から出る為に此方へ体を向けた。俺は慌ててドアから離れ、そのまま逃げる様に退散する。






 廊下を小走りで歩きながら、俺は今の養父達の言葉を思い出す。


「……あの二人が、お嬢ちゃんを聖女にする為に、舞踏会の事故を起こした……」


 口に出す言葉に、冷や汗が出てしまう。どうしてそんな事を?王太子の為に?気づかれれば確実に極刑になる事を、どうして養父は協力した?


 養父に問いただしたいが、それで答える男ではない。なら誰に聞けばいい?だがそんな事を聞けば、養父の身が危なくなるかもしれない。




 ……あのお嬢ちゃんなら、答えを知っているだろうか?




「……イヴリン」



 探そう、彼女を。

 彼女の名を口にすると何故か、すぐに見つけられる確信が持てた。




◆◆◆





 ベルフェゴールを連れ帰ると、奴を見たヴィルが「せめて不細工を連れてこい!」と怒鳴ってきた。いつぞやのアーサーみたいだ……きっとそろそろ彼女も更年期なのだろう。ハーブティーでも今度贈ってやるか。


 どうやら私の事で多方面から質問攻めに遭い、根暗が加速してしまったローガンが帰って来ているらしい。茶菓子でも持って部屋に行き、この前送ってもらった本の感想でも伝えようとしたが……使用人が怖いのでやめた。人の交友関係にまでちょっかいを出さないでほしいものだ。



 食事も風呂も終わらせて、用意して貰っている部屋に戻る為に廊下を歩く。もう遅い時間なので使用人達も誰もいない。

 窓から見える月を眺めながら進んでいたからか、横から手が伸びている事に気づかなかった。


「うわっ!」


 引っ張られ、少し大きめの声が出る。そのまま廊下の曲がり角、月明かりが照らされない場所へ連れて行かれる。


 誰かと顔を上げれば、暗くても鮮やかな赤目が見えた。……赤目は細くなり、私の首筋に触れる。グチュリと、奴の爪が傷口を抉った。


「いっ、!」

「どうして、ここまで噛まれたんですか?」


 耳元で問いかける声は、やはりサリエルの声だった。幽霊ではない安心感を抱きつつ、質問の内容に呆れながらため息を吐く。


「いや、対価なんだから仕方がないじゃん。サリエルだって人の事言えないでしょ」

「僕はそんな言葉を聞きたいんじゃありません」


 滅茶苦茶横暴じゃん。しかし面倒な事に、サリエルは静かに怒っている様だ。きっと見えない顔は、青筋が浮かんでいるのだろうか?


 傷口を弄っていた手はゆっくりと唇に移動して、鉄錆の味を堪能させてくれる。悪魔共が美味しい美味しい言ってくれるが、私には不味い。



「ご主人様。貴女は誰のものですか?」



 諭すように、静かな声が耳を支配した。

 私は顔を引き攣らせながら、この悪魔の求める答えを告げてやろうか、やるまいか悩んだ。だって答えを知っているのに、わざわざ言わせるなんて悪趣味すぎるだろう?


 答えをすぐ言わない私にサリエルは赤い目を歪ませて、次には唇に冷たい感触が襲う。どうやら口付けをされているらしい。普段よりも性急に蛇舌が愚弄する。反射で身構えたが、それを予測した様に後頭部を掴まれた。ひどい。


「……っ、どうして、僕のだって、すぐに言わないんですか!」

「言、わ、なくてもっ、わかるだろ!」

「言わせないと、安心っ、しない事ばかり……するから、です!」

「おっ、お前の、言いなりにっ、なりゅ、もんっ……むぐぐぐぐ!!??」


 口付けの間に繰り広げられる喧嘩は、最後は唇を齧られ玄人により終了した。……ねぇ!やっぱりセーフになる範囲変わってるよね!?今結構ガッツいてるよね!?やめてよ!私が欲求不満だって言ってる様なもんじゃん!!心の奥底で、もっとかかって来いって思ってるって……事じゃん!!



 

 私は喋りすぎて酸欠。サリエルくんは夢中すぎて、周りを見れていなかったのだろう。



 聴き慣れた足音と共に、死刑宣告は突然現れた。




「……サリエル、随分楽しそうな事してるな?」



 声が聞こえた途端、私の体が恐怖で震え始めた。サリエルは目を見開き、貪る唇を離して、声の聞こえた方向へ顔を向ける。


 私達とは違い、月明かりに照らされたレヴィスは、此方へ笑顔を向けていた。少し離れたここからでも香る潮の匂いは、きっと奴からのものだろう。レヴィスは笑顔のまま此方へ歩みを進めた。


「最近可笑しいと思ってたんだ。主を率先して起こしに行ったり、やけに主から蛇臭い匂いがするもんだからさ。……何?アンタこんなイイコトしてたのか?」

「契約違反じゃ無いんだ、別に構わないだろう?それにご主人様は、将来僕の番になるんだから」


 そんな予定はありません。とツッコミを入れてやりたいが、今声を出せば吐きそうだ。それ位に恐怖で支配されている。しかもサリエルの言葉で、一気に空気も冷えた。


 サリエルの前までやって来たレヴィスは、青筋を立てながらも笑顔で奴へ問う。


「なぁ「ツガイ」って。……俺の知ってる、あの「番」で間違いないか?」

「……嗚呼、そうか。お前もご主人様を番にしたいんだったか?」


 サリエルは納得した様に言えば、壊れた様に震える私を腕の中に招き入れる。目の前のレヴィスから、なんかビキッって音が聞こえた。



「悪いが諦めてくれ。ご主人様は僕の番にするんだ」

「………………は?」



 レヴィスさんのドスの効いた声と、サリエルくんの盛大な舌打ち。


 屋敷が地から揺れ、気づけば窓の外は雷と嵐。あと獣の泣き叫ぶ断末魔。あと良くわからん血飛沫が窓に張り付いてる。まるで外は地獄の様だ。いやぁ、この二人がキレすぎると、こんな天変地異が起きるんだなぁ。すごいなぁうちの使用人。



 とりあえず私は気絶する事にした。それしか逃げ場はない。

 起きた時、二人は仲直りしてくれてるといいな。……無理か。



 


多分領土は無事です。

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― 新着の感想 ―
修ヽ(・∀・)ノ羅ヽ(・∀・)ノ場ヽ(・∀・)ノFoooo!! 表出ろや!の理性は残ってたんですね。 そういやアダリムとサリエルは未だ会ってなかったかな?ロンギスもどこ陣営なのか、不気味ですねー。第…
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