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133 誘惑


 私がアレクを癒した事実は、目撃した来賓達によって瞬く間に知れ渡る事になった。

 複数の、ましてや国王主催の舞踏会に参加を許された、高位の貴族達の証言だ。翌日には正式に聖女と認められ、私は史上二人目の聖者となった。



 舞踏会場のシャンデリアが落ちたのは二回目だ。一回目の勲章式の際は、ダンスが終わり来賓が真下に居なかった間。今回は私とアレクだけがダンスをしている間。


 ……私がアレクを癒した時に見た、ラファエルの表情。それが全てを物語っていた。思い出すだけで腹立たしい。完全にしてやられた。


 

 だが気掛かりな所もある。あの時、ルークは真っ青な表情で私達に駆け寄ろうとしていたのだ。結局私が使用人達の術で姿を消したので叶わなかったが……ラファエルと協力関係じゃなかったのか?もしくはルークにとっても、今回の事は予想外だったのか?



 私が姿を眩ませた事で、教会本部は私の捜索を自警団に依頼した。行方を探す為に、全区の自警団と教会本部が血眼になっている。消えた私の行方を推理する記事が連日載せられ、国民は私の名を口にしない日はない。唯一幸運な事は、最強と名高いルドニア軍がまだ動いていない事位だ。


 悪魔が味方にいる私が、そう簡単に見つかる事はないのだが……ラファエルが気掛かりだ。今は大人しく人間達に探させているが、それもいつ迄続くか分からないし、そもそもあの天使が何をしたいのかは未だ不明と来た。……何故か皆の記憶は消せなくなってしまった様だし。本当に厄介な状況だ。


 取り敢えず助けてくれそうなランドバーク子爵家で身を隠してはいたが、当初はすぐに別へ移ろうと計画していた。

 だが新たな聖女誕生のお陰か、聖人アダリムの信仰までも国内で高まっているのだ。生誕祭までとはいかないが、多くの人間達が聖人アダリムへ祈りを捧げている。そのお陰で悪魔達は力が弱まってしまうので、別の場所に移るよりか、人の少ない田舎街の方が安全になってしまった。


 ヴィルも「べ、別にすぐに出てかなくていいじゃない!」とか般若みたいな顔で言ってくれたし。お言葉に甘える事にした。あのお嬢ちゃん、なんやかんや私の事大好きだよな。





「ただ平穏な日々を過ごしたいだけなのに……私が聖女とか、意味不明なんだが」


 歩きながら独り言を放つ私に、隣で聞いていたケリスが頷いた。


「だから散々言っていたではないですか。余計な人間関係は、余計な事しか生まないと」

「うんうん!ご主人さまが尻尾フリフリしてたせいだよー!」


 ケリスの言葉に同意する様に、反対側で私と手を繋ぐステラも頷いた。何も言い返せないので取り敢えず黙っている。

 すると前を歩くダリが振り返り、此方へ頬を膨らませた。


「三人とも!早く足を動かして向かいますよ!」


 そう言い放ち、人を躱しながら更に早歩きになるダリに、私たちはやや速度を上げてついて行った。


 特に隠れも為ず人の多い街を歩いているのに、通行人は声が聞こえ不思議そうに此方を向くだけ。姿は見えないので幻聴だと勘違いしている。



 現在西区の街中を歩いているが、私達には姿眩ましの術が掛けられているので、特に変装もせずに堂々と歩いている。この状態であれば、天使にも気配がなんとなく感じれるだけってんだから……悪魔の力ってのは、本当に便利なものだ。


 だが教会本部がある区にいるからか、悪魔達は信仰に当てられて疲れている気がする。ダリが急いでいるのも、この場にそう長く居たくないからだろう。ちょっと涎垂らしてるけど。私は前へ前へ進むダリの背に向けて声をかけた。


「ねぇ、本当にベルフェゴールに協力してもらわなきゃ駄目なの?ダリの情報だけでも相当助かってるし、マルファスも手伝ってくれてるんでしょ?」

「甘いですねイヴリン様!マルファスは鴉が居なければ使い物になりませんし!賢いダリでも限度があります!ましてや大天使と、この国の絶対権力が相手ですからね!」


 大声で叫ぶ様に言うものだから、通行人が驚いてダリの方を二度見三度見している。イカン、姿見えなくてもその内バレるぞ。


「ダ、ダリちょっと静かに」

「ベルフェゴールは追跡や探知能力、つまり覗き見に関しては右に出るものはいません!」

「ひでぇ特技だな」

「天使や王室の動向を知るには必須の能力ですし!味方は何人もいた方がいいです!」

「わ、分かった分かった、だから少し静かにし」

「あ!もうすぐで賭博場に着きますよ!!」


 駄目だこりゃ。話聞いてる様で、自分の事しか考えていない。どうやってエドガーはダリを従えているんだ?今度教えて貰おう。




 私がランドバーク家に隠れている事は、ダリを通じてエドガーには知られていた。

 誰にも話さずに隠れていたのに、突然ダリがやって来て「ボスに暫く、イヴリン様に協力しろって言われました!」って大声で来た時には驚いた。すぐにサリエルがダリの顔を潰したのも驚いた。その最中後ろから、突然マルファスに首を舐められたのには悲鳴をあげた。すぐに奴はレヴィスにチキンの丸焼きを顔面に当てられていた。皆仲良しかよ。



 私の契約した使用人悪魔達は、恐らくラファエルに知られている。故にそう表立って行動も出来ないし、どうやって奴の企みを調べようか悩んでいたので、ダリとマルファスの協力は好都合だった。ダリは分かるとして、何故マルファスが協力するのか聞けば、上手い事はぐらかされたのは気になるが。


 だがある日、ダリは私に新たな協力者を願い出た。その協力者候補がベルフェゴールだ。なんでまたあいつなんだ。


「イヴリン様にまんまと騙されたベルゼブブは激昂し、その矛先をベルフェゴールに向けているんです!マルファスと賭博場に行った時驚きました!なんかベルフェゴール縛られてるし!客の前でザックザク切られてるし!私も他の悪魔も大笑いでしたね!」

「ねー!そんな所にご主人さまを連れて行く気ー?」

「ステラの言う通りよ、協力させるだけなら力づくでやればいいじゃない。そんな場所へご主人様を連れて行くなんて危険すぎるわ」


 ステラとケリスの言う通りだ。むしろ私は最も二人に憎まれている存在で、どう考えても行くべきではないだろう。火に油、いやガソリンだ。大爆発する未来しか見えない。


 だがそんな私達へ、賭博場の倉庫の前に立ち止まったダリは、再び私達へ振り返る。



「力づく?そんな可愛いやり方で、あのベルフェゴールが人間に、ましてや憎きイヴリン様に協力する筈がないですよ!もっと根本的な所を叩くんです!」

「……どうやって?」



 嫌な予感がした。ダリの表情は、まるで私を品定めする様に長い舌を出していたからだ。

 案の定美しい顔を歪ませて、奴は私の質問に答える。


「そんなの決まってるじゃないですが!イヴリン様!その素晴らしい体で、ベルフェゴールを誘惑してください!」



 



 




《 133 誘惑 》







 イヴリンを陥れたつもりが、逆に此方が陥れられていた。ご丁寧にレヴィアタンが与えられた屈辱に、逆らえない絶対的な強さに兄は怒り狂った。


 その元凶の娘には手出しできない。……そうなれば、全ての怒りは私に向けられるのは、当然の事だ。


 兄は何度も私を殴り、蹴り、嬲り鬱憤を晴らす。抵抗しない様に術を込めた鎖で縛り、まるで玩具の様に私を扱った。時には客に見せびらかして余興にもした。



 自尊心はどんどん削れていき、ただの豚になっていく。まるで賭博場で賭けられた人間達の様だ。……それでも、奥底では沸々と兄への憎しみが煮えたぎる。どうして私がこんな目に遭う?私は兄の言う通りにしただけ、それだけなのに!!



 鉄の扉が開く音が聞こえる。恐らく兄がやって来たのだろう。今日も余興にされるのだろうか?これ以上傷つける場所もないだろうに。




 ……だが、扉が開けば香る強烈な色香に、もうない目を見開いた。




「前みたいに金の扉じゃないから不安だったけど……まさかお目当ての場所に、ドンピシャで着くとは」

「あの扉は「資格」によって変わりますから!この前賭博場で荒稼ぎしてVIPになったダリは、どの場所にも行ける「資格」があります!えへん!」

「ちょっと!汚すぎるわ!こんな場所にご主人様を連れてくるなんて!」

「うわー!見て見てご主人さまー!ベルフェゴール両手と片足がないよー!目玉もないー!おもしろーい!」


 羽虫の様な女の声、この匂いは上級の悪魔だ。だがそれよりも、この涎が出そうな香りだ。

 忘れもしない、憎くて憎くて堪らない人間の匂い。私がこうなった元凶の豚。


「イ”……イヴリ……」


 枯れた喉で、その忌まわしい名を呼ぶ。

 名を呼ばれた豚は、此方へ近づきながらため息を吐いた。



「あ、脳はまだ無事なんだ?私の名前、もう忘れてると思った」



 ブチブチと、自分の血管が引き千切れる音が聞こえる。怒りで声は獣の様に唸り声をあげ、娘に襲い掛かろうと体を暴れさせる。

 だが椅子に縛られた、片足しかない私には無駄な足掻きだ。それでも憎しみが体を動かし、暴れさせる。


 そんな暴れる体に、小さな手が這わされる。強烈な色香と共に、耳に甘い吐息が放たれる。


「嬉しいな、そんなに私に会いたかったの?」

「っ、巫山戯るな!!憎くて堪らない!!」


 全部この豚の所為で、私はこんな惨めな目に遭っている。今すぐにでも襲いかかって、その高慢な舌を引き千切ってやりたい!!


 ……それなのに、鼻が忌まわしい豚の香りを堪能している。普段と違い匂いを隠していないのか、初めて会った二年前よりも別格だ。ひくつく鼻が止まらない、涎が止まらない。なんてはしたない姿だ。


 娘が私の姿を見てか、小さく笑い声を出す。


「私の所為でベルフェゴールがこうなっちゃって、一応悪いとは思ってるよ?だから助けに来たの」


 片足にのし掛かる柔らかい感触。同時に甘美な香りが一層近づいた。ガチガチと歯が獲物を前に音を鳴らす。怒りではないものが私を支配する。

 


 喰いたい、今すぐにこの娘を喰いたい。



「ねぇベルフェゴール。契約しようよ」

「何をっ……」

「私がお前を助けてあげる。代わりにお前は、私に力をかして」


 駄目だ、この声は脳を溶かす。匂いは毒の様に体を蝕む。本能がこの娘を求めてしまう。無理矢理にでも体を離したいのに、体が言う事を効かない。


「ねぇいいでしょ?また契約しようよ」

「……っ」

「ほら、契約書だして」


 嗚呼忌まわしい、忌まわしくて憎くて、最高な豚。今すぐ喰い散らかしたい。壊したい。


「ベルゼブブが憎いんでしょ?私ならその手伝いが出来るよ?」


 娘が吐く誘惑を、吐く息を吸い込んで。潰れた目で犬の様に娘を探す。

 頭の中で、どれだけこの娘を嬲っただろう?どれだけ触れたかっただろう?……だがこんなのは聞いていない。ここまでの毒だと知っていれば、最初から近づいていない。自分が自分ではなくなっていく。


「私だったらこんな目に遭わせない。どれだけ下品なお前でも離さないであげるし、いい子にしてたらご褒美もあげる」


 怒りが溶けて、混じって、グチャグチャにされていく。

 その先に何があるか分からないのに、頷けと本能が言っている、体中が痙攣して、ない理性が崩れていく。



 私の姿に豚はため息を吐いて、次に口元に指が這わされて、震えた歯に触れた。私を弄ぶ。




「ねぇ、早く出してよ契約書。そうしたらお前は自由で、私を可愛がれるよ?」



 歯に当たった柔らかな指は、簡単に裂けて血が滴る。


 そこからは私は理性は砕け、獣の様な本能だけで動いて、垂れる少ない血をはしたなく貪った。貪れば貪る程、無くなった体の動きが思い出せていく。





 最後に目が見える様になった時。

 妖艶に微笑んだ、私のご主人様の顔が見えた。




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