132 子爵の苦悩
三章がはじまります〜!
執事が来客だと知らせてくれた。いつもの様に追い払えと指示を出したが、どうやらそれが不可能な相手らしい。窓の外を見れば自警団の紋章が見えてしまったので、その意味がよく分かった。
曽祖父の代から住んでいる古い屋敷だ。大勢の革靴が此方へ向かう音はよく聞こえる。
やがてドアは強くノックされ、私が声を出す前に彼らは部屋に入ってきた。断りもなしにぞろぞろと虫のように入り込む。品性のかけらもない。
「ランドバーク子爵。突然の訪問になってしまい申し訳ございません」
一番前に立つ団員は、私へ恭しく頭を下げた。襟足で綺麗に整えられた橙色の髪。深緑の瞳で、此方を穏やかに見つめた男。彼の身に纏う団員服は、自警団団長のみが許されるものだった。
穏やかな顔つきなのに、何処か不気味さが隠しきれていない。私は彼と、その後ろで険しい表情をする団員達を睨む。
「西区自警団の方々が、こんな田舎街になんの用かしら?」
団員に与えられる指輪、教会と同じ薔薇の紋章を持つのは西区自警団だ。男は深緑の瞳を大きく開いた。
「おや、私は自分が「西区」自警団だとは伝えていませんが……嗚呼、指輪の紋章ですか?流石「女傑」と呼ばれるだけはある様で、素晴らしい洞察力です」
「やめて。野蛮な男に言われたって、全く光栄じゃないわ。気安く私を評価しないでくれる?」
男以外の団員達は今にも襲い掛かりそうだ。尊敬する上司を侮辱されてか?例え彼らが貴族出身であれ、爵位持ちに手を出していい事など一つもない。なんと上司想いな、己の誇りを大切にする馬鹿達だろうか。これだから自警団は嫌いだ。
後ろの態度に気づいた男は、団員達に振り返って笑う。
「よしなさい。か弱い女性に剣を向けるなんて」
「……申し訳ございません、ノーツ団長」
団員達はばつが悪そうに目線を逸らす。……ノーツ、確か枢機卿の一人に同じファミリーネームの者がいた。教会本部を構えた、信仰心の高い者が配属される西区自警団の団長なのだ。恐らくは同じ一族の人間なのだろう。
だがそんなものはどうでもいいし、こんな茶番など見る暇があったら領土の仕事をする。私は小さくため息を吐いて、ノーツを見た。
「で?もう一度聞くけど、この地に何か用かしら?」
私の尖る言葉に、ノーツは目を細める。
「この地に住まわれていた「辺境の聖女」様の手掛かりをお持ちではないかと思いまして。国王陛下をお救いした後、あの方は行方を眩ませてしまった。……私達はあの方を探しているのです。新たな崇拝するお方として、早く教会本部へお招きしなくては」
長々と正当性を伝えてくるが、結局はイヴリンを正式に聖女に祀り上げたいのだ。彼らを睨み腕を組み、私は尖る言葉をやめない。
「イヴリンなら知らないわ。帰って」
団員全員からの殺意を感じた。何人かは剣を構えている。先程ノーツに謝罪をしていた団員が興奮気味に喰らいつく。灰色髪の碧眼……何処かで見た事がある。
「貴様!聖女様を呼び捨てにするなど!!」
「……「聖女」ねぇ?少し前までは、あの子の事を「魔女」と呼んで貶していた癖に」
私の皮肉には、何も言い返せないのか団員は顔を顰める。あまりの滑稽ぶりにため息を吐けば、椅子に座り机に置かれた書類を手に取る。
「あの子の場所なんて知らない。いきなり来られても私だって暇じゃないの。帰って」
投げ捨てる様に言葉を放てば、それ以上は彼らを一切見ずに仕事を始めた。……ノーツは此方へ微笑み見つめていたが、すぐに恭しく礼をして部屋から出た。私にこれ以上話を聞いても無駄だと分かったのだろう。あの見透かした様な目、気持ち悪さに鳥肌が出そうだ。
後ろの窓から、自警団の馬車が屋敷から立ち去るのを確認する。
今回みたいな事は初めてじゃない。自警団も、信者も、記者も。皆行方不明になったイヴリンを探している。
馬車が見えなくなる迄確認し終えれば、私は立ち上がり部屋から出る。そのまま廊下を進み、執務室からほど近い、とある部屋の前に立つ。……ドアをノックすれば、中から声が聞こえる。
ドアを開けた向こう、闇の様な瞳と、それを囲む獣の様な瞳達が此方を見る。
「嗚呼丁度よかった。レヴィスがフルーツタルトを作ってくれたんです。紅茶と一緒にどうです?」
暗闇の瞳を持つ女性は、私へ愛嬌のある笑みを向けた。
イヴリン。約三十年前からこの領土に住んでいる領民。
少し前までは「辺境の魔女」と悪名を付けられていたが、先日の舞踏会で見せた神業により、今は「辺境の聖女」と呼ばれる存在。……幼い頃内気な弟を、犯罪心理学の先駆者に仕立て上げた……捻くれすぎる恋愛感情を孕ませておいて、ほぼ放置している愚領民。ランドバーク領で一番の厄介者。存在が汚点。下品。
彼女に従う使用人も、見た目で持てはやされているが気味が悪い。別に彼女を奪おうとしていないのに、触れる事ですら罪と目が語る。
ソファに座るイヴリンは、返答のない私へ首を傾げた。
「ランドバーク子爵?」
「…………」
「えっ無視?もしかして生理??」
「黙りなさい愚領民」
本当に、彼女は迷惑しかかけない。今回だって、いきなり豪華なドレス姿でやってきた彼女が「暫く匿って欲しい」と言うものだから何事かと思えば、次の日の新聞には一面が「聖女誕生」の言葉とイヴリンの顔だった。年越しパーティーの時に守ってやるとか言わなければよかった。
やけに顔が良い美形達が、この屋敷の仕事を手際良く手伝ってくれる事は有り難い。屋敷中はとても清潔になり、紅茶も同じ茶葉と思えない程に美味しいし、料理なんて涙が出る程だ。……うちの使用人は彼らに見惚れ、使い物にならなくなったが。
彼女が住んでいた屋敷には、毎日の様に熱狂的な信者が祈りに来ていて不気味だし、ローガンだって彼女の唯一の友人だと知れ渡り、弟に爵位がないからか言い放題なのか、逃げ出した聖女の行方を探す自警団に詰め寄られ、根暗が更に根暗になり当面仕事を休む事にしたらしい。……の癖に、ここにイヴリンがいると伝えたら、今日帰ってくると速達が来た。そんなだから良い様に相手されるんだ。
家族でもない、只の平民の為にここまでする意味なんてない。こんな迷惑な領民、さっさと自警団に差し出してしまえばいい。
……でも、それでも手助けしてしまう理由?……答えは簡単だ。
私はそんな、奔放な彼女がずっと昔から羨ましくて……好きだから。……弟の事を、本当は強く言えない。
「おーい!子爵!聞こえてますか〜?」
「…………聞こえてるわよ………頂くわ」
周りはこんな事になっているのに、当の本人のあまりの優雅すぎる生活ぶりにため息が出そうだが、タルトに罪はない。イヴリンの向かいに用意された席に座れば、美しい執事と料理人が紅茶とタルトを用意した。香り高い紅茶の香りに、艶のある美しいフルーツが乗せられたタルト。見た目だけで絶品だと分かる。
フォークでタルトを刺し口に運びながら、品良く紅茶を飲む彼女へ先程の出来事を伝える。
「とうとう西区自警団が来たわよ」
イヴリンは意地悪そうに笑った。
「家がある領土ですからね、遠かれ早かれ、いつか来ると思っていました。……で、上手く追い払えました?」
追い払った前提なのが腹立たしい。自警団以上に私を軽く見過ぎだろう。口に入れたタルトが、ここまで美味でなければ説教していた。
「やや乱暴に追い出したわ。あれは帰ったと見せかけて監視していると思う」
「……そうですか」
少し考えるそぶりを見せたイヴリンは、暫くすれば息をゆっくりと吐く。
「そろそろ、此方も動かなきゃなぁ」
……何を動くのか、それは聞くべきではない気がする。
何せそう呟く聖女様の顔が、とても下品なものだったから。
私が自警団に伝えた言葉は、正しかった。ここには聖女はいない。魔女だけだ。