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13 意地悪


 結局、劇はノイズが酷すぎて半分以上物語が分からなかった。

 劇が終了し、ルークが隣でここが良かった、ここが驚いた。など話してくれているが、適当に相槌を打つ事しか出来ない。ルークもそれに気づいたのか、やや苦笑しながらこちらを見た。


「……もしかして、あまり面白くなかった?」

「え!?いやそんな事はないですよ!?」

「それならいいんだけど……今から、総支配人と主役の女優に挨拶に行く予定があるんだ。イヴリンも来るかい?」


 願ってもない誘いに、私は何度も頷く。違法悪魔と関わっているだろうあの女優と話すために、第四の契約を使おうか悩んでいたのだ。


「是非一緒に行かせてください」


 私の言葉に、ルークは嬉しそうに微笑んだ。ついでに後ろから微かに舌打ちの音が聞こえたので、恐らくケリスだろう。悪いな、契約を使わなくても接触できてしまって。





 ルーク達と舞台裏に向かうと、そこには待ち構えていたように中年の男性がいた。やや痩せ型の男性は、ルークを見て満面の笑みを向ける。


「王太子殿下!本日はご覧頂き有難うございました。劇は如何でしたでしょうか?」

「素晴らしい劇だったよ。特に主役の女優は美しい歌声だった」

「ええ!ええ!うちの看板女優でして、是非彼女にも殿下からお褒めの言葉を差し上げてください!」


 男性は満面の笑みでルークを接待していたが、隣にいる私に気づいて目を大きく開く。だがすぐにそれは穏やかな表情になり、私の目を真っ直ぐ見ながら会釈をした。


「お噂は何度も耳にしております。お久しぶりです「辺境の魔女」様。覚えていらっしゃらないかも知れませんので、ご挨拶させて頂きます。私は当劇場の総支配人で、マーカス・ヒドラーと申します」

「……お久しぶりです、ヒドラー様」


確か、この劇場が建てられた当初からの総支配人だ。前にあった時は随分若く頼りなかった気がするが、二十年経った今は堂々とした佇まいだ。私は失礼にならない程度に会釈した。


 そのまま総支配人に連れられながら、舞台裏の楽屋へと足を進める。観客に見える面は豪勢な作りだが、舞台裏となるとやや質素な作りだ。

 役者や大道具、照明を担当する人々とすれ違うが、皆どれだけ狭い廊下でも、立ち止まりルークへ頭を下げていた。ルークもそれが当たり前の様に廊下の真ん中を進んでいく。

 平民の私と仲良くしてくれ、穏やかな彼だからか忘れてしまうが、彼はこの国の唯一の王位継承権を持つ王太子なのだ。どれだけ近づいて来てくれても、その溝は埋まらないと教えられた気がした。


 総支配人は、舞台裏の一番奥にある部屋まで案内した。その扉へ、彼は何度かノックをした。


「アイビー、いるかい?」

「今開けます」


 透き通るような声が部屋の中から聞こえる。扉が開くと、そこにはあの舞台上に居た、栗毛色の髪色を持った女性が顔を見せた。彼女は総支配人と、そしてその後ろにいるルークを見て目をまん丸に開いている。


「……お、王太子殿下!?」

「吃驚したかい?実は今日の劇は殿下もご覧になっていてね。君が殿下に憧れている事を伝えたら、是非感想を伝えたいと仰って下さったんだ」


 成程、だからわざわざ王太子をここまで連れて来たのか。普通なら向こうから特別室まで来て挨拶するべきだと思っていたのだ。アイビーと呼ばれた女性は、ルークを見て恥ずかしそうに頬を赤くさせている。


「殿下にご足労頂くなんて!とんだ無礼な事を!!」

「いいや気にしないでくれ。君の歌声は本当に美しかった。素晴らしい劇を見せてくれた事に感謝する」

「そ、そんな!滅相もございません!!殿下にお喜び頂けて嬉しいですわ!!」


 顔を真っ赤にして喜ぶアイビーに、ルークは目を細めて微笑んだ。国で一番の歌姫と王太子。素晴らしい組み合わせじゃないか。ルークに憧れていたらしい彼女は、もっと話したい事もあるだろう。私は邪魔にならない様、少しずつ後ろへ下がる。

 ……が。いきなりルークは、目線も向けずに腕を掴んできた。そのまま自分の横に並ぶ様に力強く引っ張っていく。もう大人になったと思ってはいたが、まさか精神面だけでなく肉体的にも男性らしさが出て来ているとは。


 アイビーは私を使用人だと思っていたのか、いきなりルークが掴んで、自分の横に持って来る姿に驚いていた。だが当の本人は全く気にせず、変わらず微笑んでいる。


「彼女も君の歌声をとても褒めていたよ。ね、イヴリン」

「は、はい……」


 何故私に話を振る?どう考えても邪魔だろう?後ろにいるパトリックは意味深に咳払いをしているし、ケリスは……いや彼女はもう王太子を睨んでいる。やめろ罪に問われるのは私だぞ。アイビーは上から下まで私を見た後に、ゆっくりと口を開いた。


「イヴリン……「辺境の魔女」と呼ばれてる、腕利きの探偵の?」

「魔女ではありませんが、その通りです」


 私はやや固い表情で笑う。どうにも私の通り名は「王族の愛人」だの「辺境の魔女」だの良いものが一つもない。もう少し可愛らしい通り名はないのか?


 だが私の名前を聞いたアイビーは一変して、私の肩を両手で掴み険しい表情を向けた。急な肩の強い掴みに驚いていると、彼女はため息を吐いた。


「《 貴女に頼みがあるの。……ノエル……私の妹を探して欲しいの 》」

「妹?」

「《 ええ、三日前に姿を消したっきりで、誰にも居場所を伝えていなくて 》」


 今までルーク達と話していた時には普通に聞こえていたのに、再びノイズが混じる声に変わった。つまりは妹が今回悪魔と関わりがあるのだろうか?

 アイビーが取り乱した様に私に掴みかかるので、総支配人は慌てて辞めさせようとする。私は総支配人の方を見て首を横に振りそれを止めると、次にアイビーに目線を合わせた。


「お受けします。しかしもう夜も遅いですから。明日馬車を向かわせますので、どうぞ屋敷にお越しください」


 アイビーは私の提案に、小さく頷いた。






 舞台裏での話を終えた私は、ルークにこの後城で食事でもどうかと誘われたが、流石にそれは遠慮した。これ以上、攻め落とそうとするルークと一緒にいるのが心臓に悪いのと、お菓子までは良いだろうが、ちゃんとした食事を食べて帰るとレヴィスが怒りで狂う。また縛られ無理矢理食事を押し込められるのは嫌だ。


 せめて馬車まで見送らせて欲しいと懇願されたので、お言葉に甘える事にした。これ以上断ったら本当に泣きそうな表情なんだもん。やはりまだまだ子供だ。いや、むしろ子供でいてほしい。


「……あの、イヴリン。僕は公務として彼女に会いに行っただけで、別に自分から求めて行ったわけじゃないからね」

「えっ?……あー……」


 恐らく先ほどの、総支配人がアイビーに伝えていた事だろうか?彼女は恐らくルークに憧れ、というか恋心に近いものを持っているのは感じていた。その事をルークも分かっていたのだろう。だから弁解をしている様だが……いや恋人同士でもないんだし、そんな暗い表情しなくても。


「気にしておりませんし、私がとやかく言う問題ではありません」


 やや冷たい言い方だろうが、本当にその通りなのでルークに笑顔で告げた。馬車の中へ進む私に手を差し出していたルークは、一気に顔を歪めていく。


「君の全てを愛しているけど……そういう、僕に一線を引こうとする所は嫌いだ」

「あ、あい……」


 初めてルークからちゃんとした言葉で愛を囁かれたので、動揺して上擦った声を出してしまった。一瞬の隙を見逃さず、ルークは歪めていた顔を意地悪そうなものに変える。馬車の中へ入るために握っていた手を掴まれ、そのままルークは手の甲に口付けを落とした。


「そういう顔は大好きだ」

「………………」


 そういう顔、と言うのはこの恥ずかしさで真っ赤になっている顔だろうか?その通りなら、ルークは本当に性格が悪くなった。出会った頃の可愛いルークは何処だ。



 その後は後ろから険しい表情を向けていたパトリックによって、どうにか手を離して貰い馬車で屋敷に帰る事が出来た。


 だが屋敷まで帰る間、ここまで比較的大人しくしていたケリスが「クソ王子!!!」と大暴れし、ルークを殺しに行こうとするケリスを抑える事になるのだが。



 

 

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