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130 踊る相手は


 今頃、城ではエドガーと養父が舞踏会を楽しんでいるだろうか。遠くに見える堂々たる城は、いつもより眩い光を輝かせている。


 国中で行われる祭りや宴会、この孤児院でもそれは同じで、今日は特別に上等な肉や魚などのご馳走が出る。

 近隣の住民達も食材を持ち寄り、孤児院の中庭で子供達はご馳走を楽しみ、大人達は祝い酒を堪能する。ここまで国王が民から好かれる国は珍しい。それ程にまで恩恵を受け、皆幸せに暮らせているのだろう。近隣諸国では、今でも戦争や資源の枯渇で苦しむ場所も多いのに。


 中庭のベンチに腰掛けていると、柔らかいパンを口いっぱいに頬張りながら、孤児院の子供達が俺を見た。


「神父さまー!もう食べないのー!?」

「ええ、どうぞ私の分も食べてください」

「やったぁ!」


 嬉しそうに口に運ぶ子供達を見ていると、心地よい感覚にこっちまで頬が緩んでしまう。養父も俺を育てている時、こんな気持ちを持っていたのだろうか?


 そのまま賑やかな様子を見ていると、顔を真っ赤にした大人達が此方へ向かってきた。……全く、ここからでもわかる程に酒臭いんだが?子供の前で何をしているんだ、愚かな酔っぱらい共め。


「神父様!アンタも記念ワイン飲まないかい!?」


 何人かいるオッサン共の一人、近所で肉屋を営む男が、機嫌よくワインボトルを目の前に出して来た。ラベルは陛下の似顔絵と白百合の紋章、そして今日の日付の入ったものだ。成程、これがこの前エドガーが言っていた「記念ワイン」か。随分と上等そうな赤ワインで喉がなりそうだが……悪いなオッサン、世間体を取らせてもらうよ。


「嬉しいお誘いですが、私は遠慮します。子供達も見ていなければなりませんし」

「なぁ〜んだ!神父様、酒は飲めないのか!?」

「あまり得意ではありませんね」


 嘘です、毎晩飲んでます。その事実を知る手伝いが遠くでため息を吐いた。


 男達はつまらなさそうにワインを下げて、少なくなった酒のツマミを家から持って来ようと話し込めば、見事な千鳥足で中庭から出ようとしている。まだ飲む気か?頼むから子供の前で吐くなよ。



 ……が、途中で何かを見て、全員更に顔を赤くさせていた。どうしたのだと問いかける前に、男達の目線の先、ベンチからは死角になる位置から、踵の高いヒールの音が聞こえる。


「初めまして!エドガー・レントラー様の部下をしております!ダリです!今日のお祝いの差し入れをお持ちしました!」


 はっきりとした、明るい女性の声。その名には聞き覚えがある。確か、エドガーが唯一直属の部下として雇っている女性だ。言動の割に仕事が早く頭もいいと評価していた気がする。

 顔は見えないが、男達の上せた表情からして相当いい女らしい。案の定男の一人が下心丸出しで口を開く。


「ち、丁度よかった!俺達酒のツマミを取りに行こうとしてて……あの、よかったら俺達と」

「ダリは忙しい身なので!微塵も興味のない人間とは戯れる気はありません!消えてください!」


 全てを言う前に一刀両断、清々しい程に拒絶されている。声を掛けた男、周りの男達は固まってしまった。えげつねぇ。

 そんな男達を無視して、ヒールの音が近づいてくる。


「全く興味がなかったので、此処には来ていませんでしたが!何ですかこの臭い!?酷いですねゲロ吐きそうです!!……うっ」

「は!?いやちょっと待て!?」


 まさかお前が吐くのか!?慌ててベンチから立ち上がり声の元へ駆けつける。


 漸く姿が見えたプラチナブロンド髪の女性、もう吐きそうなのか下を向いているので、焦り彼女の肩を掴む。




 触れた途端、大きく体が揺れた。勢いよく顔を上げた彼女は、まるで宝石の様な青い瞳で俺を見る。……これはまた、そんじょそこらの舞台女優よりも美しい女性だ。透き通る陶器の様な肌が相まって、まるで精巧な人形の様にも見える。……エドガーめ、なんていい女を隠してやがったんだ。


「おいお嬢ち……お嬢さん!大丈夫ですか!?」


 友人への文句よりも彼女の体調だ。此処で吐かれてみろ、折角の機嫌の良い宴会が台無しになる。肩に触れたまま、此方を見て固まっている女性へ声を掛ける。

 だが、女性は見る見る内に怯えた様な表情へ変わり、足の力が無くなったのか地面に膝を付ける。



 その姿に驚きつつも、妙な既視感があったのは……前にあのお嬢ちゃん、イヴリンが連れていた青年も、同じ様な表情で俺を見ていたからだ。……まさか、俺は美形に気持ち悪がられる顔なのか?そうではないと思いたい。


「大丈……すいません!手を貸して頂けますか!?」


 身体中が震えている、これは吐く所ではない。一刀両断され固まっていた男達に声を掛ければ、跳ねる様に意識を戻して慌て始めた。


「た、大変だ!とっ取り敢えず水と、医者か!?」

「ハワード先生なら中庭にいるぞ!デロデロだけど!!」

「馬鹿それよりも担架だろ!?お嬢さんを休ませないと!」


 最後の男の言う通り、酔っぱらい先生の前に休ませる必要がある。四方へ散り散りになった男達を目端で見れば、俺は女性の腰に手を添え、そのまま抱き上げ救護室へ連れて行こうとした。……だが、腰に添えた手を女性が勢いよく掴む。


「ア”ッ!?」


 悲痛な声を出す程の、尋常じゃない力の強さだ。

 驚いて女性を見れば、もう彼女は怯えた表情はしていなかった。



 ポタリ、何かが落ちる。

 それは唾液だ。




「ア……あハハ……アハはハハハアヒャヒャヒャ!!!」




 涎を垂らした女の口から、狂った笑い声が放たれた。掴まれた手は離れず、その手から汗が滴る。荒々しい呼吸と共に、女は大きく息を吸った。


「嗚呼忌まわしい!!忌まわしい忌まわしい!!自分で造った人間(粘土)に発情するクソが!!」


 笑いながら、まるで悲鳴の様に聞こえる其れ。美しい目は充血している。


 唖然としている内に俺の手は移動し、女の涎まみれの口元に触れた。下品な音を出しながら、女は俺の指を舐める。まるで発情した犬の様、あまりの気持ち悪さに悲鳴が出そうだ。


「っ!」

「アァそうかァ!?イヴリン様とは違う…………ア”〜〜〜〜やっっっパり!!不味イ不味い不ズイイイイイイ〜〜〜!!!」

「何っ、お前何なんだ!?」

「何?……アァ!!コッチも何で!?何でナンデこんなノがこの世界にいるのォ!?「あの方」は知ってルノ!?ねぇねぇねぇねぇ教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えろ教えろ教えろ!!!!!」


 まるで壊れた玩具の様だ。この女が一体何を言っているのか分からない。畳み掛ける様な悲鳴は怒声に代わり、中庭にいた大人や子供達が何事かと、近づいてくる足音と声が聞こえる。

 最悪だ、こんな気狂いに近づけさせる訳にはいかない。本当に、本当女の趣味が悪い!!





 女から力づくでも離れようとしたその時。



 ……ふと、鴉達の鳴き声が聞こえた。







《 130 踊る相手は 》







 多くの人々が集まる、騒がしい会場の中だ。なのに、彼が私へ会釈をした際の服の擦れも聞こえた。


 想像していたよりも、随分と若い枢機卿だった。真紅の祭服と、同じ色の目。枢機卿は私へ穏やかに笑う。……まさか早速向こうからやって来てくれるとは。騒がしい心臓の音を深呼吸で落ち着かせて、私は枢機卿へお辞儀をする。


「お初に目にかかります、猊下。イヴリンと申します」

「イヴリン様、どうぞ私の事はラファエルとお呼びください。貴女様にはそう呼ばれたい」


 ラファエルはゆっくりと、諭す様に言葉を発する。彼は次にゲイブをその瞳に映した。


「ウィンター公、()()()()()()()。無事勤めを果たしている様ですね」

「ええ幸運な事に、敵味方関係なく邪魔をされていますがね」


 ゲイブのあからさまな言葉に、ラファエルは目を細めた。


「ご謙遜を、敵の方は「躾けて」いらっしゃるじゃないですか。お仲間になったのですか?」


 背中に、悍ましい気配が這う。パトリックはその気配で周りに悪魔達がいるのが分かったのか、一気に顔を真っ青にさせていた。

 ゲイブは鋭くラファエルを睨み、苛立ちを治める為に荒々しく息を吐き出した。


「いいえ、私よりも……今の貴方様の方が、まるで「反逆」だ」


 ラファエルの口端が一度痙攣する。



「……「反逆」?いいえ違います。これは「忠誠」の結果ですよ」


 己の真紅の祭服を撫で、ラファエルは顔を動かした。

 姿の見えない悪魔達、そしてパトリックへ目線を向ける。表情は笑みのままなのに、何処か嘲笑う様だ。


 やや挑発的だが……それでも今まで出会った数少ない天使の中では、かなり真っ当な方に見える。

 だが現在のゲイブとの話ぶりからして、私が神の子供である事実、そしてゲイブが神に命令された内容を知っているのだろう。……だとしたら、何故ルークと手を組んでいる?



 妙にねちっこいラファエルの視線に戸惑っていると、此方へ向かう足音が聞こえた。

 その方向を見なくても、来客の騒ぐ声で誰かは察した。


「イヴリン!」


 藍色の正装を身に纏うルークは、濃紫の目を細めて笑いかける。呼ばれた私と、ゲイブやラファエル、パトリックは頭を下げた。……パトリックは、誰よりも深く頭を下げている。そう言えば、何故付き人である彼がルークの側にいないんだ?


「殿下、先日の視察ぶりですね」 

「あの時は楽しかったよ、また一緒に街を歩きたいな。……今日も本当に綺麗だ。まるで天使様みたい」

「……あ、ありがとう、ございます」


 うっとりと言ってくれるが、本物の天使がいる前だとジョークに聞こえてしまう。必死に顔を引き攣るのを抑えていると、ゲイブが顔を上げてルークに笑いかけた。


「お久しぶりです、殿下。見ない間に随分と大きくなられましたね」

「有難うございます、叔父上。……まさか、イヴリンのエスコート役を叔父上がされるとは思いませんでした。僕がしたかったのに」


 ルークは不満げに頬を膨らませて、私のドレスを軽く掴んでいる。……王太子であるルークが、平民の私へ自ら話しかけに来たのだ。今現在大注目の中でこれはやめてほしい。ヒェ、聞き耳を立てて聞いている令嬢達から歯軋りが聞こえた。何度も生唾を飲んで平静を保つ。

 ゲイブはルークの言葉に軽く笑いながら、周りの来賓へ目線を向ける。


「殿下にエスコートされたら、ミス・イヴリンは殿下目当ての大勢の来賓に囲まれるでしょう?彼女は平民で、ただでさえこの舞踏会に参加するので疲労が溜まっているのに」


 流石私の守護天使!上手い事よく言ってくれた!!尊敬を込めた輝く目でゲイブを見れば、奴は私へ天使の様に微笑んだ後……次には何処かへ向かって、小馬鹿にした様に皮肉に笑っていた。多分サリエル見てる。



 ルークは何かを言い返そうと口を開いたが、その声よりも大きく、国王陛下の名が呼ばれた事によって消えてしまった。





 会場中央の扉が開き、主役のアレク……ルドニア王が王太后と共に入場する。来賓の貴族達は盛大な拍手で出迎える中、ルドニア王は周りを見渡し、拍手が鳴り止んだ後に口を開いた。



「今日はお集まり頂き、心から感謝する。これから始まる舞踏会を是非楽しんでほしい」


 王は、会場にいる音楽隊へ合図をした。


「私はこれからも、このルドニアの為に身を捧げよう」


 王の言葉の後、直ぐに会場中に美しいワルツが響き、舞踏会の始まりを合図した。

 周りの貴族達は連れと手を取り、会場中央へと歩き出していく。



 その光景を他人事の様に眺めていると、横に立つゲイブの手が、再び私の腕を引っ張る。


「ダンスはちゃんと練習したんでしょ?一緒に踊ろう?」


 この天使、何故練習した事を知っている?……確かに、社交界でダンスが上手いと有名なアーサーを、ケリスで釣って練習に付き合って貰っていた。険しい顔をしながら「恐ろしい程に下手すぎる」やら「ステップしろスキップじゃない」とか散々言われながらも、中々面倒見の良い彼のお陰で、なんとか足を踏まない程にはなった。


 でも練習最終日に、アーサーパイセンは両肩を掴んで警告してくれたのだ。「絶対に注目される最初には踊るな」……と。パイセンの言葉は胸に刻んでいるので、私は首を横に振った。


「中盤辺りから参加します」


 私の言葉に、ゲイブは不服そうに顔を顰める。そんな顔されても答えるつもりはないので顔を背けると、今度はルークと目があった。ねぇドレス離して欲しいな。


「イヴリン。叔父上の次に、僕とも踊ってくれるよね?」


 パイセン!殿下と踊ったらどう足掻いても大注目です!どうしたらいいっスか!?ドレスを掴み、上目遣いで見つめるルークの破壊力に後ろへ下がるが、それ以上の歩幅でルークが近づいてくる。くぅ、恋する少年は勢いがあるね!


「い、いやっ……流石に殿下と踊るのは……」

「駄目?」


 周りの目が痛い!そして周りが注目する中で、王太子の誘いを断るなんて出来ない!「頷く」以外の選択を与えてくれない!頷いたら最後、絶対に恥を受ける事になるのに!!パトリックに助けを求めようと後ろを見るが、既に奴は姿を消していた。……あいつ逃げやがったな!?私の事好きなんじゃないのかよ助けろよ!!


 私と周りの姿を見て、悪魔達から威嚇なのか寒気までする。この全てをどう対処すれば良いのか分からず、段々と体が震えはじめてきた。もう子ウサギの気分である。




 けれど、そんな私の凍える背中に、温かくて大きな手が添えられた。

 誰だと振り返る前に、耳元に優しい声が聞こえる。





「イヴリン、踊ろう」

「えっ?」




 温かな感触、よく知っている声。

 その人物はゲイブとルークから掠め取る様に私を抱き込む。


 そのまま力強く手を引っ張り、私は誰かに会場中央へ連れて行かれた。


 藍色の正装、靡く美しい銀の髪。

 その人物がアレクだと気付くには、そう時間は掛からなかった。




 

パイセン!結局警告無視してますスンマセン!


次回で二部は終了。そして最終部である三部に進みます。少しずつ結末に近づいてきて、作者感激です。

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パイセンは足踏まれまくったんだろうな……
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