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129 守護天使と共に


 進む馬車の中、窓の外から見える人々の明るい笑顔を見ていれば、向かいから熱っぽい溜息が聞こえる。声の先には、普段より随分張り切って整えたゲイブがいた。深緑の目が、此方を真っ直ぐ見据えている。


「……このまま、天界の住処に閉じ込めたい」


 うん、この前のサリエルと同じような事を言っているのに、目が狩人のそれすぎて怖い。なぁ、お前は本当に天使様なのか?

 答える返事が見つかずに愛想笑いをすれば、隣のサリエルくんから盛大な舌打ちが聞こえた。


「見るな、喋りかけるな、触れるな」

「何言ってんの、今からエスコートするんだから無理だよ。……嗚呼可愛い、やっぱりイヴリンにはレースを贅沢に使ったドレスが似合うと思ってたんだ。背中のレースなんてまるで羽みたい。僕とお揃いだね」

「やめろ反吐が出る。ご主人様を舐めるように見るな」


 お前もよくしてるけどね。まぁそこは言わないでおいてやろう。





《 129 守護天使と共に 》





 ゲイブから贈られたドレスは、胸元や背中にレースを多く使った深緑のドレスだ。明らかに手触りと細部の細かさが違うので、全て職人の手編みだろう。ドレスの生地には品が良い刺繍が施されており、所々に宝石も縫い込まれている。今まで着たドレスの中で一番着心地もいいし……本当、値段は聞きたくない代物だ。


 ゲイブも私とお揃いの生地、そして胸元にはレースで出来た花が飾られている。私と並ぶ姿を見れば、皆私達が唯ならぬ関係だと勘違いしそうだ。恐ろしい程に気合が入りすぎている。お陰様で使用人達は機嫌が悪い。


 この馬車には私とサリエル、ゲイブの三人しか乗っていないが、残りの使用人達も別の馬車で向かっている。舞踏会場の城に付けば皆、姿を消して私の護衛をしてくれる予定だ。五人もいらんわと言いたい所だが……まぁ、今回は万が一も考えた方がいいだろう。


 私達は決戦の地へ行く様な気持ちなのに、アホ天使ゲイブは能天気なものだ。じっとりとした目で奴を見つめる。


「ウィンター公。先日お話しした事、忘れてないですよね?」

「分かってるって、ラファエルと話したいんでしょ?協力するって。……まーあいつなら、向こうから来そうだけど」


 ゲイブ曰く天使は全員、神に酷く心酔しているらしい。そして旧ハリス領地にいた天使ウリエルの様な、狂った思考を持つ天使も珍しくない。

 ラファエルもどちらかと言えばそちら側で、奴が私の存在を知っているのであれば、むしろ今まで関わりを持たなかった事の方が可笑しい位なのだとか。


「僕みたいな穏便派が珍しいんだよ。普通なら神の御子が、薄汚い害虫にうじゃうじゃたかられているなんて知ったら、怒り狂って無理矢理奪いに行くよ?……ま、僕はそんな考えなしな事しないけど。君に嫌われそうだし」

「確実に毛嫌いしますね」


 深く頷けば、ゲイブは機嫌良く笑う。


「でしょ?だからイヴリンの契約が無事満了になる様に、裏からこっそり加護を与えたり助けたりしてたんだ。君の手助けになりそうな商人と関わりを深くする為に、教会の悪魔を伝えたり。自警団の専門解剖医を出来の良い人間にしたり。国立学校の調査を円滑にさせる為に、癪だけど悪魔もどきと同じクラスにしたりとかさ」

「へぇ、ちゃんと守護天使してくれていたんですね」


 感心して奴を見れば、サリエルがため息を吐いた。


「……ご主人様。このクソ天使は契約満了し転生する魂を取り上げ、ご主人様を天界に縛り付ける気ですよ」


 勢いよくゲイブの胸ぐらを掴む。そのまま前後ろに振り動かした。


「見損なったぞアホ天使!!」


 なんてこった、契約満了してからも一悶着するのか!?もう公爵とか立場は関係ない。胸ぐらを掴み思いっきり罵倒しているのに、ゲイブは頬を赤めらせて「可愛い〜〜」しか言わない。駄目だ、この天使の脳には羽が生えている。



 そうこうしている内に、馬車は停まり御者が扉をノックした。その音を聞いてサリエルは姿を消し、私もゲイブの胸ぐらを掴む行為をやめた。


「旦那様、ルドニア城に到着いたしました」

「うん、有難う」


 御者によって開かれた扉、向こうには華やかな衣装を着た貴族、そして藍色一色で整えられた舞踏会場が見える。

 ……元の世界でも、舞踏会なんて縁がなかった人生だった。この世界でも平民なのだから変わらないと思っていたが……白百合勲章以降、久しぶりの舞踏会だ。思わず緊張で体を硬らせてしまうが、その手をゲイブが優しく触れる。


「大丈夫、僕が側にいるよ」


 そう励ましながら、ゲイブ穏やかな微笑みを私に向けた。その表情が、とても頼もしく見える。


 ……少しだけ、心強いと感じてしま…………おい、サリエル舌打ちするな。台無しだ。





◆◆◆




 主が僕に与えた、僕だけの女の子。彼女は僕の番になる為に生まれた存在。最高の贈りもの。最高の名誉。


 今はイヴリンと名乗っている。悪魔から与えられた名だが、それなりにいい名前だとは思う。でももっと相応しい名前を主から与えられているから、天界に連れて行ったらその名を呼ぼう。


 僕の手を取ったイヴリンと共に、人間達の注目を浴びながら会場へ向かう。嗚呼大声を叫びたい。ほら見て!こんなに可愛いんだよ僕の番は!

 ……近くに彼女が契約した悪魔の気配が、僕の皮膚を刺激している。本当に害虫、いや寄生虫みたいな奴らだ。


「イヴリン!」


 会場に入るな否や、遠くからある青年に声を掛けられた。腰まである長い灰色髪を結ぶ、碧眼の目を持つ青年、パトリック・レントラーだ。

 僅かだが悪魔の血を持つこの青年は、不相応にもイヴリンに好意を抱いている。非常に目障りだが、それでも悪魔を敵と見做し彼女の手助けをしている。今は殺す価値がないので放って置いているだけだ。


 人混みで雑音が多いのに、イヴリンはその声を聞き分け振り返った。向かって来る青年は、振り返る彼女の姿に目を見開き、そして少し頬を赤くする。

 だが隣の僕に気づけば、すぐに表情を戻し会釈した。


「お久しぶりです、ウィンター公」

「久しぶりパトリック君。今日は一人かい?」

「いえ、叔父と一緒です。……ウィンター公は、ミス・イヴリンと共に?」

「うん、彼女には旧ハリス領地の時から親しくさせて貰ってるんだ」


 パトリック・レントラーが、僕やイヴリンの正体まで知っているのかは不明だ。周りの目もあるし、取り敢えず適当な言い訳を並べる。

 青年は次に、隣にいたイヴリンを見た。……また顔が赤くなっている。隠す気はあるのか?イヴリンは気にせず、目線を青年に向けた。今日は僕だけを見てほしいのに。

 

「ご機嫌ようパトリック様。先日の学校ぶりですね」

「そうだな。……お前がランドバーク先生に言い寄ってたって、学校中で噂になってるぞ」

「言い寄ってた?頼み込んでいたのですが……今度、ローガンに迷惑かけたって謝っておきます」

「そうしておけ。……嗚呼、そういえば向こうで記念ワインを振る舞っていたぞ。お前が授業中散々語っていた、東区のワインセラーのだった」

「向こうって何処ですか!?ボトルで貰えたりしませんかね!?」

「ちゃんと教えるから、落ち着け」



 ……面白くない。この悪魔もどきと彼女が話す姿は、非常に面白くない。ワインの場所を詳しく聞こうと、青年に食い入るイヴリンの腕を引っ張った。


「うわっ!?」

「ほら、おしゃべりはここまで。君には目的があるんでしょ?」


 驚くイヴリンへ、僕は出来る限り優しく諭した。彼女も流石に反論が出来ないのか、不満そうな表情はしつつも無言で頷く。

 彼女の反応と、僕の言葉に何か引っかかるものがあったのだろう、悪魔もどきは一気に険しい表情を僕に向け、大きく一歩近づいた。


「彼女と何をするつもりですか?」

「君が気にする事じゃないよ、これは僕とイヴリンの話だ」

「気にします、俺はイヴリンが好きなので」


 ……先程の言葉は撤回しよう。この悪魔もどきは、イヴリンを想う気持ちを隠す気など最初からないのだ。

 嗚呼忌まわしい。悪魔の血を持つ癖に、人間以下の癖に。取り繕った顔が、一気に剥がれ落ちそうになる。そんな僕を知らずか、奴は再び口を開いた。


「俺も彼女の側にいます。何をするのか教えてください」

「……君は、自分が失礼な男だと思わないのか?」


 皮肉を伝えたつもりなのに、悪魔もどきは碧眼の瞳を逸らさない。


「思います。ですが好きな女性が、俺以外の男にエスコートされているんです。これ以上耐えるのは御免です」


 話にならない!何だこの害虫は!イヴリンを掴んだまま奴から離れ、引き攣ってしまう顔で笑みを浮かべる。これ以上、こんな害虫と話す意味もない。僕はイヴリンへ顔を向け、早々にこの場から立ち去ろうと声を掛けようとした。




 だが彼女に顔を向けて、漸く彼女の表情に気づいた。





 僕の贈りものは……彼女は…………その顔を、熟れた林檎の様に真っ赤にしていた。




「……イヴリン?」

「っ、……な、何でもありません」


 いじらしく顔を下に向ければ、耳も赤くなっているのが分かる。その表情を姿を消す害虫達も見ているのか、そこかしこから歯ぎしりの音が聞こえた。


 どうして、そんな顔をするんだ?初めての舞踏会で緊張して?僕が腕を掴んだから?皆に注目される様なドレスを着ているから?




 ………それとも。この悪魔もどきに、好意を伝えられたから?








 その時、後ろからやけに響く足音が聞こえた。足音は、僕の空になった脳に響く。

 同時に、僕と同じ気配を感じる。……まるで粘土の様な目線と共に。


「失礼、ご歓談中に申し訳ございません。どうかそちらのレディに、ご挨拶をさせて頂くお時間を頂けませんでしょうか?」


 案の定、それは見知った声だった。

 声の元へ顔を向ければ、真紅の祭服と、それと同じ色の瞳があった。


 鉄黒髪の男、血の様な瞳はイヴリンを映し、それ以外は映さない。

 彼女を瞳の中で歪ませながら、男はゆっくりと口を開いた。



「初めましてイヴリン様。教会にて枢機卿の役職を賜る、ラファエルと申します」






 


〜ちまちま自己紹介〜


ゲイブ・ウィンター(ガブリエル)外見年齢23歳//身長170後半

⇨ウィンター公爵家当主、に成り代わっている大天使。本物は公爵家の使用人になっています。基本的には優しい性格だが、天使らしく悪魔を毛嫌いしており、特に元上司のサリエルには並々ならぬ憎しみを持っている。

神に最も愛される天使であり、そのお陰で神様の子供を嫁に貰う名誉を得た。将来の嫁の為に、嫁の記憶を覗き見して得た情報で住処を作ったり、生まれる子供の名前も五人くらい決めていた。嫁が生まれてからずっと見守っていたのに、なんか死んだはずなのに来ないし、なんか居なくなってるし、なんか悪魔の気配があるし。……と必死に探して三十年経過した苦労人。現在は害虫との契約を満了させる為に裏で色々手伝っている。はよ終われ契約、はよ魂返せ。

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